なんでも揃う大型書店からこだわりの古書店まで軒を連ねる本の町、東京・神保町。洋書を探すなら北沢書店、中国関連書籍といえば内山書店、農業の本ならば農文協書店、などほかに類のない個性あふれた書店がいくつも点在している。そんな個性的な書店のひとつに、店内すべて猫の本という、にゃんこ堂書店がある。一時は廃業も考えた小さな書店が、いかにして猫好きの聖地とも呼ばれる書店へと変わったのか?!人を呼び込むアイデアや店づくりについてたずねてみた。
人気書店へのきっかけは出版不況だった
出版不況と言われ久しいが、1996年から1997年にかけて書籍・雑誌の売り上げが頭打ちとなり、2000年代を迎えるころには出版不況という言葉とともに、誰もが知る名物雑誌の休刊などがはじまる(『出版指標 年報 2018年版』/出版科学研究所)。当然のことながら出版物を商う書店業界も不況の波に呑み込まれていく。民間の調査会社アルメディアによると、2019年の日本の書店数は1万174店であり、20年前と比較するとほぼ半減している。ところで本の町と呼ばれる神保町には、新刊のみを扱う新刊書店よりも古書を扱う古書店のほうが多い。また新刊書店であってもひとつのテーマに特化した書店が多いこと、古書店に関しては1997年よりも2017年のほうが若干とはいえ増加傾向がみられ、この出版不況下においても本好きや書店好きにとっては一縷の望みが感じられる町だ。
そんな神保町の一等地(神保町交差点そば!)にあるのが、猫本専門にゃんこ堂書店(以下、にゃんこ堂)だ。店主・姉川二三夫(ふみお)さんは「猫本専門になるまでは、うちは雑誌や文庫が中心の新刊を扱う書店だったんです。周辺の中学校や高校の学校教科書などの販売もしていてね。朝から遅くまで、それは賑わっていたんですよ」と述懐する。昭和10年ごろに創業の荒井南海堂書店を前身とし、そこで経験を積んだ姉川さんは店舗ごと受け継ぐかたちで独立。屋号を「姉川書店」として、雑誌や文庫などを商う書店をスタートさせる。「近くのお店や会社へと雑誌の配達も多くて。当時は従業員もいたし忙しかったね」。
しかし好調だった商いは、2000年代に入ると一変。「雑誌数も減り、売り上げも減ってきた。人気ある新刊本なんてうちには入ってこないしね。どうしようかな」と思いあぐね、まずはさまざまな書店へとリサーチに出掛けた。旅の本だけを扱う店、こだわりコーヒーを出す書店、いろいろと見てまわって、何かに特化するのはいいかもしれないと考えるようになる。余談になるが、本や雑誌は出版社から取次という問屋を通して書店へ届けられる。委託販売制度といって、書籍や雑誌は返品ができるため各店ごとの返品率などを考慮して、取次は新刊の配本(入荷数の割り振り)を行っている。新刊や話題の本はより売れると判断される大型書店やグループチェーン型書店への配本比重が高くなり、町の小さな書店に旬の新刊本や話題の本がなかなかまわってこないのが現状だ。
父の意志に共感した猫好き娘による“猫の本”構想
新たな展開をするべき!と考えていたのは、店主の娘・祐夏里(ゆかり)さんもだった。当時IT企業に勤めていた祐夏里さんは、「いつもお客さんはいないし、誰が買うの?と思う本がドッと積んである。場所がいいから貸せばいいと思っていたんです。でも父に話を聞くと、書店を続けたいという強い意志が伝わってきた」。店について忌憚ないアドバイスをしていた祐夏里さんは、父から売れなくてもいいから店内の棚の一部を好きに使ってみるように任された。そこで頭に浮かんだのが猫の本だ。独立後はずっと猫と暮らす愛猫家な祐夏里さん。猫の本はあまたあれども、どの書店でも置いてあるのはほんの一部。「写真集、小説、コミック、実用書など、私のような猫好きが欲しいと思える本をジャンル問わず集めると人気がでるのでは?」とひらめいた。
棚をつくるにあたって猫についてきちんと勉強しようと、キャットシッターのパイオニアであり、数多くの書籍を手掛けている南里秀子(なんりひでこ)さんが主宰する『猫の森』のセミナーを受講。学んだことで選書にも幅が出たうえに、今につながる出会いが待っていた。店の相談したところ、南里さんからひとりのイラストレーターを紹介される。「それが、今や大ブレイク中の『わたしのげぼく』の絵を描かれた、くまくら珠美さんでした。当時ニューヨークから帰国されたばかりだったのですが、店の看板やブックカバーを快く引き受けていただいた。くまくらさんのおかげで、店のイメージを“猫の書店”へと刷新できた。本当に運命的なご縁に感謝しています」。
ディスプレイへのこだわりと客をファンにする店づくり
また選書と同じぐらい祐夏里さんがこだわったのは、表紙を見せたディスプレイにするということ。「手に取ってみてもらうには、棚差しではなくて表紙を見せるのが一番。かわいい、おもしろいと、表紙の印象で手にとることが多い。また中身を見てこそ、買いたいという気持ちになるはずだから、コミックや写真集にビニール装はしない」。そんなディスプレイルールは、店すべてを猫の本に変えた今も続いている。
2012年6月、わずか4棚からはじまったにゃんこ堂。直後から店のオープンを待ちわびていた猫好き客がポツポツと来店するように。IT企業の仲間からアドバイスを受けて、祐夏里さんは店づくりの経過をSNSで発信してファンづくりの仕込みもしてきたのだ。「でも棚4つ分ですから、お客さんも規模の小ささに驚いていました(笑)。でも『欲しい本ばかり』『また来ます』と喜んでいただけたのは嬉しかったですね」。また店内撮影OKとしたため、店のファンとなったお客さんが「つぶれないように!」とSNSで猛発信(笑)。おかげで店のフォロアー数がすぐに4桁を越え、客数が増えるに伴い売り上げも少しずつあがってきた。「1年を待たずして猫本専門店に。そのことでさらにお客様の滞在時間が長くなり、1冊だけではなくて2冊、3冊とまとめ買いが増えてきた。また珍しい書店としてメディアで取り上げられるようになり、国内だけではなく韓国や台湾からの猫好きなお客様が来てくれるようにも」。
書店の枠を超えさまざまな猫プロジェクトや保護猫支援も
店に注目が集まるなかで、千代田区が推進する『千代田猫まつり』の企画や『ネコ検定』やネコグッズの監修に関わるなど、書店の枠を超えて仕事が広がってきた祐夏里さん。数々の猫プロジェクトに関わるなかで、保護猫(*)の支援にも積極的に取り組んでいる。保護猫団体とともに店内で譲渡会などのイベントを開催。「譲渡会に馴染みがない人も書店ならば気軽に訪ねられる。触れあうことで保護猫への理解が深まるし、里親さんが愛情を注いだ子猫や成猫と出会うきっかけになれば」。
*さまざまな事情で保護された飼主がいない猫のこと
ちなみに、にゃんこ堂の二代目猫店長リクジロウは保護猫だ。初代猫店長リクオが亡くなった後、店で催した譲渡会で譲り受けたのがリクジロウだった。「かわいそうだからではなく、かわいいからと保護猫を選ぶひとが増えてきている。新たな家族との出会いをこれからも応援していきたい」。
店主も楽しんでいる猫の本屋、本日もほのぼの開店中
祐夏里さんのアイデアや工夫によって廃業寸前だった店は、猫好きで賑わう店へと大きく変化を遂げた。今年8年目を迎えるにゃんこ堂だが、店主・姉川さんは店の変化をどのように受け止めているのだろうか。「以前の店はね、必要な雑誌や本を買って帰るだけの人がほとんど。でもね、今では自然と『うちの猫はね…』なんて、お客様と会話がはじまるんです。また猫の書店ということで、何十年かぶりにいろんな出版社が営業に来てくれるようになった。売上も少しだけ上向きになってきた。長く書店をやっていますが、今が一番楽しい。娘には感謝しています」。
800種類2800冊、硬軟がそろった猫本専門店にゃんこ堂書店。家時間が増える今だから、とっておきの癒しの猫本を読みながら幸せ気分を味わいたいものだ。
猫本専門 神保町にゃんこ堂
東京都千代田区神田神保町2-2
電話:03-3263-5755
営業時間:10:00~20:00(土曜/祝日11:00~18:00)
休日:日曜
http://nyankodo.jp/