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2020.11.12

炭治郎のチェック柄をオシャレに着こなすには?お江戸女子に学ぶ「市松模様コーデ」8選

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『鬼滅の刃』、幅広い世代に人気ですね。「子どもに付き合っているうちにハマった!」とか、「大ヒットしているので、試しに友人から借りて読んだらドハマリ。そのまま、全冊大人買い!」という大人世代も多い様子。

『鬼滅の刃』の登場人物の衣裳に使われている模様も話題になっています。その中でも、一番人気は、主人公・炭治郎の羽織に使われている市松模様でしょうか?
市松模様は江戸時代の歌舞伎役者・佐野川市松(さのがわ いちまつ)が舞台衣裳として用いたことから広まった文様です。『鬼滅の刃』の人気で、炭治郎の羽織柄のような市松模様の雑貨が販売されている一方、SNSでは「お気に入りだったチェック柄の服を着て外出できない!」といった声もあるようです。

市松模様を含む格子柄は江戸時代も人気で、錦絵にも描かれています。この記事では、街角ファッションスナップ風に、市松模様などのチェック柄を使った着物コーデの錦絵を年代にこだわらずに何点か選び、素敵だと思ったポイントなどをコメントで入れてみました。

おさらい。「市松模様」とはどんな柄?

「市松模様」は色の異なる二つの四角形を交互に並べた格子柄で、「チェッカー柄」「石畳模様」とも呼ばれています。「市松模様」は上下左右にどこまでも途切れることなく繋がっていく柄であることから、 子孫繁栄や事業拡大など縁起の良い模様として、現在も好まれています。

「市松模様」の呼び名は、江戸中期の歌舞伎役者で、若衆形、女形として人気だった初代佐野川市松の名前に由来します。
佐野川市松は、寛保元(1741)年、江戸・中村座で演じた「高野心中(こうやしんじゅう)」の小姓・粂之介で大当たりを取りました。佐野川市松の水もしたたるような若衆ぶりに観客は魅了され、その時の衣裳が、紺と白の石畳模様の袴だったのです!

石川豊信が描いた4人の歌舞伎役者の錦絵(1750年)。右側の市松模様の羽織を着ているのが、佐野川市松です。(シカゴ美術館)

この大当たりをきっかけに、おしゃれに敏感な江戸の女性たちは石畳模様の小袖をこぞって着始め、石畳文様は市松模様と呼ばれるようになりました。市松模様は、佐野川市松が考え出した模様ではありませんが、人気役者が好んで舞台で使ったことで有名になり、流行した模様なのです。

おしゃれセンスの見せどころ。お江戸女子はチェック柄をこう着こなす!

それでは、市松模様を含むチェック柄を粋に着こなす、おしゃれな江戸の女性たちのコーデを見ていきましょう。

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喜多川歌麿「婦女人相十品 ポペンを吹く娘」 メトロポリタン美術館

市松模様の着物を着た女性の錦絵で有名なものと言えば、喜多川歌麿の「ポペンを吹く娘」ではないでしょうか? 良家の娘が当時流行していたポペンと呼ばれるガラス細工の玩具で遊んでいる様子を捉えたものですが、着物にも注目! 紅白の市松模様に桜の花びらを散らした振袖が華やかです。寛政4~5(1792~93)年頃に制作された絵なので、この頃には、市松模様が人気の柄として定着していたのかもしれません。
ちなみに、少女の顔の上サイド部分を膨らませたヘアスタイルも、当時流行していた「燈籠鬢(とうろうびん)」と呼ばれるもの。描かれた少女は最新モードに敏感だったようですね。

▼燈籠鬢に関する記事はこちら!
崩れやすそう…横に張り出した髪型、どうやって作っていたの?お江戸女子の流行ヘアを徹底解剖!

いつでも最先端!トレンドセッターのカフェスタッフは、メイクにも注目

初代歌川豊国「美人合」 国会図書館デジタルコレクション

紫と白の市松模様の着物を着た女性。着物の裾が、黄色と緑色の市松文様になっているのがおしゃれですね。赤い前掛けをしているので、カフェ(=茶屋)スタッフの女性でしょうか?

画像の女性をよく見ると、下唇が真鍮(しんちゅう)色に輝いているのがわかりますか?
これは、「笹紅」「笹色紅」と呼ばれるリップで、紅を濃く塗ることで玉虫色に光るというもの。18世紀末頃には広く流行しましたが、笹紅は高級ブランド品のため、庶民にはなかなか手が出ません。そこで、下地に墨を塗り、その上から紅を塗って笹紅を縫っているように見せるメイクテクもあったのだとか。

人気の市松は、シックにまとめて上品に着こなす

三代目歌川豊国、二代目歌川国久「江戸名所百人美女 第六天神」 国会図書館デジタルコレクション

画像ではわかりにくいのですが、美女の市松模様の着物には、波模様の地紋があります。裾回しは花色(はなだいろ)という淡い藍色の無地で、まだ結んでいない帯は、蔦と花の唐草模様である宝相華(ほうそうげ)柄です。

女性の左の二の腕にある黒い腕輪は幕末に流行した「腕守り」というもの。細い帯状の中に神仏の御守や恋人からの起請文(きしょうもん)を縫い込んだりしました。これを見えないように二の腕に結んで身に着けていたのです!

こま絵に描かれた第六天神は、浅草御門を出てすぐの柳橋にあったので、描かれた美女は柳橋芸者だと思われます。
江戸後期、柳橋に多くあった船宿は、柳橋でも遊んでもらおうと芸者を置くようになりました。柳橋は吉原や深川の花街と比べると後進地でしたが、天保の改革で深川を幕府が取り締まったため、廃業に追い込まれた芸者たちが隅田川の対岸の柳橋に移籍してきます。柳橋は深川の二の舞にならないよう、芸者の身なりを地味にするよう制限。裾模様の着物、柄物の裾回しが禁止されていただけではなく、髪に笄(こうがい)を挿すことも禁止。それでも、柳橋芸者は地味な中にも上品な風情があると評判になり、幕末には吉原や深川をしのぐ人気があったと言われています。

さりげなくて効く! コーデのアクセントは、市松にしてみる

三代目歌川豊国、二代目歌川国久「江戸名所百人美女 上野山下」 国会図書館デジタルコレクション

描かれた美女は、霰(あられ)模様の着物小紋に裾に白い折り鶴が散らした着物を脱いでいるところです。どうやら、花見に夢中になっているうちに鳥の糞で着物の裾が汚れてしまったため、デートの前に着替えをしている模様。

霰模様は、不規則な点を全面に散らして降りしきる霰を表現した模様で、江戸小紋の代表的な柄です。表着の裏と中着はどちらも市松模様。中の襦袢は緋色で、コントラストが鮮やかで、粋なコーディネートです。後ろに置かれた帯は茶の地に黒の花菱の模様で、ところどころにある青い花柄がアクセントとなっています。

「上野山下」は寛永寺の東側のふもとで、現在のJR上野駅の正面広場付近です。江戸時代、ここには火除け地としての広場があり、通常は葦簀(よしず)張りの茶屋や見世物小屋が出て、賑やかでした。また、「出合茶屋」と呼ばれる、男女が密会のために使う茶屋がありました。

花柄 in 市松の華やか帯は、渋い色の着物に合わせるのが粋でおしゃれ

市松模様のそれぞれの格子の中に模様を入れた着物や帯のコーデの女性もいました。
ぱっと見、市松模様には見えませんが、これも市松模様の一つです。

三代目歌川豊国、二代目歌川国久「江戸名所百人美女 ふる川」 国会図書館デジタルコレクション

裾模様が大柄の網代(あじろ)文様の緑色の着物に、中着が紺地にひと回り小さい網代模様です。網代とは、竹や葦、檜皮(ひかわ)などを薄く削り、斜めや縦横に編んだもので、天井や垣根などに用いられました。網代模様は、網代の模様に似ていることからついた名前です。
大柄の裾模様ある渋い色の着物に合わせたのが、格子の中に花柄を入れた華やかな市松模様の帯という粋なコーデです。

美女は芸者のようですが、右側に置かれた岡持(おかもち)が気になる様子。岡持とは、料理屋や仕出し屋が料理を運ぶ時に使った箱のこと。蓋の上に「御蒲」の紙が置いてあるので、中には鰻の蒲焼が入っているのでしょうか?

江戸ガールのお花見は、地味色チェック×チェックで大人っぽく

三代目歌川豊国「浅草寺桜奉納花盛ノ図」より 国会図書館デジタルコレクション

画像は、花見に来た母と娘を描いています。左側の娘は弁慶縞の渋い色合いの着物で、裾からチラリと見える中着も色違いの弁慶縞。チェック×チェックのコーデにおしゃれ心が感じられます。
弁慶縞は弁慶格子ともいう縞模様の一種で、2色の色糸を縦・横双方に用いて同じ幅の碁盤模様に織ったものです。歌舞伎の『勧進帳』に出てくる、山伏姿の弁慶の舞台衣裳にちなんで名付けられました。

浅草寺には、「金龍山千本桜」と呼ばれる吉原の遊女が寄進した桜があり、桜の名所として人気を集めていました。文政10(1827)年に刊行された、江戸の行楽ガイドブック『江戸名所花暦』には、「元文(1736~41年)の頃、寄付ありて栽るとなり」とあります。

ベージュ~ブラウンのワントーンコーデは、地味に着ない

一陽斎豊国「東都本郷光景」より 国立国会図書館デジタルコレクション

本郷にあった加賀前田家の藩邸を背景にし、月夜に照らされながら歩みを進める3人の女性を描いた「東都本郷光景」にも、格子柄の着物を着た女性が描かれていました。
ベージュの地の四筋格子の着物に、中着はブラウンの地に流水模様と紅葉の模様。帯はさらに濃いブラウンに白い縦筋の中に黒い花柄が入っています。全体的に、ベージュ~茶色のワントーンコーデで、着物の裾の青と衿元・袖口・裾からチラリとのぞく襦袢の赤がアクセントになっています。

大人女子 vs 微糖派ガール。年代別、着こなし対決

国貞改一陽斎豊国「豊国三美人」 国立国会図書館デジタルコレクション

3人の美女を描いた錦絵。2人の芸者に付き添う少女のようです。背景が青の濃淡で表現されていますが、真ん中の少女の右上に満月、左側の団扇を持った女性の背景に船のようなものが見えるので、夏の月夜に隅田川の堤で一休みしているところでしょうか?

3人のうち、右側の女性と真ん中の少女がチェック柄の着物を着ています。
右側の、煙管(きせる)を持って一服中と思われる女性。渋い色合いの弁慶縞の着物に合わせた帯も黒地で、中央の白地の中も黒い花柄模様。帯の裏は、着物の裏地と同じような色合いで、鹿の子の格子に大きな白い花模様が描かれています。
全体的にシックな色合いの分、衿元、袖口、裾からのぞく赤い襦袢の色が映えて、ステキですね!

真ん中で煙草盆を持つ、格子の中に縦縞の入った着物の少女。チェックの中に青と白の色が入っているためか、両端の2人に比べると、やわらかい色合いです。帯は着物の中の1色をとった茶色の地に黒の模様のものですが、裏は緋地に大きな桜の花の模様が入っていて、渋い中にも甘さがあって、少女らしいかわいらしさのあるコーデです。

左側の女性は歩き疲れたのか、床几に腰かけ、片方の下駄を脱いでいます。

お気に入りの着物コーデを探してみませんか?

今回の記事では、国立国会図書館デジタルコレクションで公開されている錦絵の中から、市松模様を含む7点のチェック柄の着物コーデを選んでみましたが、気になったコーデはありましたか?

和樂webで記事を書くようになって、錦絵の画像を見る機会が増えました。私自身、着物を着ることもあるので、錦絵に描かれた着物コーデに興味深々。記事用の錦絵を探している中で、「このコーデ、素敵!」と思った錦絵に出会うことも多いため、記事にしてみました。
錦絵は、当時のファッションの流行を伝える媒体でもありました。錦絵の描かれた年代によって、錦絵の着物コーデや髪形などが違っていることもわかります。ファッションスナップ風に錦絵を眺めて、お気に入りコーデを探すのも楽しいですよ。

主な参考文献

書いた人

秋田県大仙市出身。大学の実習をきっかけに、公共図書館に興味を持ち、図書館司書になる。元号が変わるのを機に、30年勤めた図書館を退職してフリーに。「日本のことを聞かれたら、『ニッポニカ』(=小学館の百科事典『日本大百科全書』)を調べるように。」という先輩職員の教えは、退職後も励行中。

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大学で源氏物語を専攻していた。が、この話をしても「へーそうなんだ」以上の会話が生まれたことはないので、わざわざ誰かに話すことはない。学生時代は茶道や華道、歌舞伎などの日本文化を楽しんでいたものの、子育てに追われる今残ったのは小さな茶箱のみ。旅行によく出かけ、好きな場所は海辺のリゾート地。