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大人だけが知っている!「静寂の京都」

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2024.06.17

推し活グッズの原型が江戸時代にあった!歌川国芳「団扇絵」大ヒットのヒミツ

ここ数年、猛暑の続く日本では、様々な涼風グッズが売られています。「片手に小型扇風機」という光景も、今では夏の定番となりました。しかし、一番手軽なのは、やはり団扇(うちわ)ではないでしょうか。軽くて、絵柄も楽しめて、ベルトやカバンにすっと差せる、便利で粋なオシャレアイテムといえます。

今でいえば大ヒット商品? 国芳の団扇絵がすごい!

実は、江戸時代もこの団扇が親しまれていました。中でも、大胆な構図や荒々しい武者絵で一世を風靡した人気絵師、歌川国芳(うたがわ くによし)の描く団扇絵は、とても人気があったのです。

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現在、太田記念美術館で開催中の『国芳の団扇絵 -猫と歌舞伎とチャキチャキ娘』展には、なんと220点もの団扇絵が展示されています。その美しく、繊細な絵柄からは、多様なジャンルを描き分ける国芳ならではの凄みも伝わってきます。なぜ、国芳の団扇絵がこんなにもたくさん描かれていたのか。今まであまり知られていなかった団扇絵の面白さを学芸員の赤木美智さんに伺ってきました。

『船弁慶』 天保11(1840)年頃 弁慶が船の先端に立って、数珠を使って怨霊を退散させようとする図。謡曲『船弁慶』の有名な一場面(後期展示)

- 百花繚乱といいますか、点数もさることながら、題材も美人画、役者絵、戯画と多彩で、あの小さな面に制作されたとは思えないほどの見ごたえのある浮世絵ですね。

赤木:様々なジャンルで活躍してきた国芳ですが、実は団扇絵もたくさん描いています。今回、確認できるだけでも612点もありました。実用品なので、失われたものもたくさんあったはずですから、実際にはこの数倍、数十倍の団扇絵を作成していたと思われます。

鏡面シリーズ 『猫と遊ぶ娘』 弘化2(1845)年 鏡に映った女性のさまざまな表情を描くシリーズ(前期展示)

推し活に必須のアイテムが江戸時代にも団扇として使われていた

― それだけの需要があったというのは、単に家庭での実用品というわけではないですよね。どんなことに使われていたんでしょうか。

赤木:そうなんです。当時人気のあった歌舞伎役者やその演目も描かれていますから、好きな役者の団扇絵を買って、歌舞伎を観に行くこともあったと思います。今でいう、推しの絵ですよね。

- なんと! 自分の推し写真を団扇に貼っているのをアイドルのコンサートでよく見かけますが、あれと同じようなことが江戸時代でもあったんですね。いや、アイドルの推しグッズの原型が、江戸時代の団扇絵だったかもしれないとは驚きです!

赤木:色鮮やかな錦絵が登場した頃から団扇絵も制作されていきました。1700年代後半には、行商で、竹の棹に団扇を挿して、売り歩く団扇売りも登場しています。当時の最先端アミューズメントであった歌舞伎ですから、影響力も大きく、役者の似顔だったり、歌舞伎役者の紋を描いたものが中心となっていました。歌舞伎の演目を描いていたものもありますから、団扇絵にとって、役者絵は売れ筋商品だったようです。

『夕寿豆美』 弘化2~3(1845~46)年 隅田川の納涼の様子。男性が船の上で夕涼みを楽しんでいる(前期展示)

―まさに一大産業。現代のアミューズメントパークでのお土産のように、次から次へと新しいものを制作していったんですね。

赤木:描かれている舞台が、正月から5月ぐらいのものが中心となっているので、上半期の人気舞台を絵にして、夏前に売るといった戦略もあったようです。

― それはすごい。売り出すタイミングまで考えられていたとは。それにしても、今回展示されている団扇絵の状態が、すごくきれいなのですが、どうしてなんでしょうか。

赤木:使われた跡のある団扇絵もありますが、多くは見本であったからだと思われます。

美人画という一大ジャンルでさらに高値の団扇が登場

- 当時、江戸では町人が豊かになって、娯楽を楽しめていたというのもあるんでしょうが、団扇絵はどのぐらいの値段だったんでしょうか。

赤木:1700年代は、蕎麦1杯の値段と同じような16文※1で売られていたという記録があります。庶民でも買いやすい値段だったと思います。ただ、1800年代に入ると、華やかな美人画の団扇絵が制作されるようになり、値段も釣り上がっていきました。高いものだと、36文など2倍以上にもなっています。

※1 1文は現在の約32.5円

― 時代が経つにつれ、団扇絵が一般大衆化していくと、安価なものから高価なものまで需要が広がっていったんですね。美人画は華やかに描かれていたわけですから、値もどんどん釣り上がっていったのも頷けます。

赤木:美人画の中にも役者の顔が入っている団扇を持っている絵があって、この人は団十郎びいきなんだなとわかるんです。実用品なのだけれど、ファッションアイテムでもあり、人気役者もどんどん変わるので、常に新しいデザインを追求しているような感じだったのではないでしょうか。今でいうスマホケースとかファッションアイテムの一つで、定期的に流行りもの、オシャレなものに買い替えていく感覚に近いのかなと思います。

『逢瀬鏡』 弘化4~嘉永3(1847~50)年 「お七𠮷三物」で知られる八百屋お七を描いている。吉三郎は八代目市川團十郎の似顔となっている(後期展示)

天保の改革以後、団扇絵は美人画が増加

― 国芳は役者絵、美人画の他に戯画も団扇絵にしていますが、どういう経緯があったのでしょうか。

赤木:江戸時代に団扇絵が人気だった影には、版元の力もあったんです。日本橋にある伊場仙は、役者絵も美人画も戯画も出していました、実験的な絵柄や前衛的な構図のユニークなものも見られます。国芳が戯画などで新しいアイディアで描けたのは、この伊場仙と組めたことが大きかったのではないでしょうか。舞台の一場面を切り取ってきて、役者絵がベースにあった猫の戯画などは、当時の人は、スターが猫になっちゃった! みたいな面白さで人気を呼んだんだと思います。ちなみに、国芳は水滸伝シリーズでは、伊賀屋という版元と組んで、一世を風靡しています。当時は、版元がプロデューサー的な立場にあり、新しいものを生み出していったんですよね。

『諸鳥やすうりづくし』 天保13(1842)年頃 頭は鳥、体は人間の姿をしたさまざまな鳥たちが、それぞれ物売りとなって商売をしている戯画(前期展示)

― 時代を先読みしていたんでしょうか。やはりいつの時代も、先見の明を持つプロデューサーっているんですね。

赤木:歌舞伎役者を猫の姿で描くという遊び心の溢れた団扇絵を描いていた国芳ですが、天保の改革で、歌舞伎や遊女を描くことが禁止され、質素倹約が推奨されると、それらも控え、役者似顔を用いずに動物や器物を擬人化した劇画を手がけ、また美人画を多く描くようになります。

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― 絵の上手さなのか、背景の細やかさなのか、全く地味な感じには見えませんね。より洗練された美しさが際立っているようです。

赤木:質素に、色数も少なく、安くという制約があって、色数を押さえているとは思えない出来栄えです。制約があるからこそ、どうやったら素敵に見えるか研究していたんでしょう。色数が少なくても浮世絵としてのビビットな色合いは楽しめる工夫がされています。国芳の絵はポップですし、現代の若い方にも人気なのは、こういったテクニックを駆使して、かわいさ、親しみやすさを持たせているからなんですよね。

『絵鏡台合かか身 猫』天保13(1842)年 6匹の猫が体をくねらせ奇妙なポーズを取っているが、裏面の影を見ると「しし・みみづく・はんにゃあめん)となっている仕掛け絵(前期展示)

チャキチャキ町娘の団扇絵からは江戸の風情が漂う

― 今回、美人画の数がたくさんありますが、その中でも市井の女性を描いた団扇絵が数多く展示されていますね。表情もすごくイキイキしていて、背景も江戸の町の暮らしが伝わってきて、見ていて楽しくなります。

『逢身八懐 湯しま暮雪』 天保13(1842)年頃 近江八景をもじったシリーズ。独特な髪結から武家の女性とわかる。染付の鉢には桃の実が入り、その上に雪がたっぷり乗せられている(後期展示)

赤木:親しみやすい雰囲気で、表情も豊かに描いていますよね。化粧や爪を切るなど、日常生活を切り取った細かな生活スタイルも描いています。「ていねいな暮らしの提案」といった感じで、小物を部屋に飾ったり、植物を置いたり、ある意味、市民にとって憧れの生活を描いているようです。

― 確かに色数が多いわけじゃないのに、着物の柄や背景が細かくて、情緒がありますね。江戸時代、園芸文化が盛んだったというのも絵の中に表していますね。本当「江戸の素敵な暮らし方」みたいな雑誌ができそう!

『夏げしき昼夜どけい ひる七つ時』 弘化元年(1844)年 夏の情景を時間帯で描いたシリーズ。裕福な商家の娘が水やりをしているところ(前期展示)

赤木:団扇絵の中に、風を感じさせたり、お寺の夜店の縁日で植木の屋台なんかを見にきていたり、季節感や日常の暮らしの中の彩りを上手に入れている。構図も上手くて、小さな団扇の形の中で、工夫を凝らし、奥行も感じさせるのは本当にすごいなと思います。

― こうやって団扇絵を見ていると、題材の幅も広く、歌人を描いたり、源氏物語などの古典も描いたり、それを楽しめた江戸の人たちの文化教養の高さにも驚かされます。

『流行六戯撰』 弘化2~3(1845~46)年頃 六歌仙の名前をもじった庶民たちの姿をユーモアたっぷりに描いた(前期展示)

赤木:江戸時代は諸外国に比べて、識字率も高く、古典の虎の巻が出ていたり、源氏物語のダイジェスト版があったり、娯楽の一部として親しんでいたんですよね。

- 一度では見切れないほどの点数なので、いろいろな視点から何度も見て、江戸の文化に浸りたいと思いました。今日はありがとうございました。

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取材を終えて

団扇絵と軽く考えていましたが、その多彩な画題と色彩の美しさに改めて国芳の画力に驚かされました。順を追って見ていると、江戸の町が再現されたような、イキイキとした人々の熱気が伝わってきます。来年の大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺(べらぼう つたじゅうえいがのゆめばなし)~」にも通じるような、版元と絵師の関係も面白く、タッグを組んで、世の中のムーブメントを創り出していったと実感しました。浮世絵師と版元は、まさにクリエーター集団です。ぜひ、この展示を見ながら、江戸の人々の熱気と、新しい文化を生み出そうとする当時の人々の意欲に触れてもらいたいなと思いました。

『ちょぼくれおはま 瀬川路之助 花見がへり 沢村訥升』天保3(1832)年 個人蔵

『国芳の団扇絵 ―猫と歌舞伎とチャキチャキ娘』展

2024年6月1日(土)~7月28日(日)前期 6月1日(土)~6月25日(火)
後期 6月29日(土)~7月28日(日)※前後期で全点展示替え(6月3、 10、 17、 24、 26-28, 7月1、8、16、22日は休館)開館時間:10時30分~17時30分(入館は17時まで)
場所:太田記念美術館
入場料:一般 1000円 / 大高生 700円 / 中学生(15歳)以下 無料
公式ホームページ

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黒田直美

旅行業から編集プロダクションへ転職。その後フリーランスとなり、旅、カルチャー、食などをフィールドに。最近では家庭菜園と城巡りにはまっている。寅さんのように旅をしながら生きられたら最高だと思う、根っからの自由人。
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