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2019.03.13

次に国宝になるお宝は? 山下裕二著「未来の国宝・MY国宝」で見る日本美術の意外な傑作

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美術史という学問には、しばしば1人の専門家によって、それまで歴史の忘却の間に埋もれてしまった作家や、見向きもされなかった「美」の概念が突如として掘り起こされ、それがきっかけで大きく書き換わってしまう、非常にダイナミックな一面があります。作品が成立して以来、ずっとそこにあったはずの「美しさ」が発見され、それが元で、作品や作家が”みつかって”いくプロセスには、宝探しに似たような面白さを感じるかもしれません。

「美」の概念を拡張し、新しいアートを生み出すのは現代作家だけではありません。すでにある作品の中から見過ごされている「美」を掘り起こし、広く世の中に問うていく美術史家もまた、新しいアートを生み出していると言えるのではないでしょうか。

そんな「美」の最前線に立って、美術ファンに古くて新しい、魅力的な「美」の世界をわかりやすく提示し続けてくれているのが、今回紹介する「未来の国宝・MY国宝」の著者・山下裕二氏(明治学院大学教授)です。

「国宝」といえば、国がお墨付きを与えた、日本国民にとっての「宝」です。その権威・威力はすさまじく、2017年秋に京都国立博物館で「国宝」ばかりを集めた「国宝展」では、短い開催期間にもかかわらず、同館で過去最高となる60万人以上の来館者を集め、ちょっとした国宝ブームを生み出しました。

そうなると、目の肥えた国宝ファンにとって興味・関心が向くのは、「では一体、次はどの作品が国宝へと昇格するのだろうか」という疑問ではないでしょうか?

そんな貪欲な読者のニーズに応えた書籍こそが、本稿で紹介させて頂く「未来の国宝・MY国宝」です。

3度通読して感じた率直な感想としては、素晴らしい読み応えでした。なぜなら、本書で目指した「これから将来どの作品が国宝になりうるのか」を読み解き、なぜその作品が将来の「国宝」たりうるのかを解説したコラムは、美術史の流れを書き換え、新しい日本美術史を生み出そうと日々奮闘する山下氏にとってぴったりのテーマだったからです。

せっかくですので、本稿では本書「未来の国宝・MY国宝」の何が素晴らしかったのか、もう少し掘り下げて詳しくお伝えしていきます。

「未来の国宝・MY国宝」とはどんな本なのか?

次に国宝になるお宝は? 山下裕二著「未来の国宝・MY国宝」で見る日本美術の意外な傑作

本書「未来の国宝・MY国宝」は、2017年9月~2018年9月まで約1年間にわたって小学館から全50冊が発売された「週刊ニッポンの国宝100」という週刊分冊雑誌内での人気コラムがもとになっています。「週刊ニッポンの国宝100」では、現在国内に1000件以上存在する国宝指定を受けた文化財の中から、毎号2件ずつ選りすぐって特集する雑誌でしたが、このコラム「未来の国宝・MY国宝」の斬新なところは、「国宝」を紹介する雑誌なのに、あえて「国宝ではない」文化財を紹介した点です。その代わり、本コラムでは

・今後「未来の国宝」として選ばれそうな作品
・山下氏が個人的に思い入れのある「MY国宝」作品

が毎号1作品ずつ取り上げられました。

山下氏の「審美眼」の確かさ

次に国宝になるお宝は? 山下裕二著「未来の国宝・MY国宝」で見る日本美術の意外な傑作
著者・山下裕二氏近影。写真・黒石あみ(小学館)

具体的な内容に触れる前に、著者である山下裕二氏に触れておきましょう。山下裕二氏は、明治学院大学の教授で、現在日本美術史においてもっとも影響力の大きい美術史家のうちの1人です。

その専門領域は非常に幅広く、山下氏の研究生活の原点でもある雪舟などの中世水墨画から、江戸絵画全般、明治の細密工芸、岡本太郎ら現代アートから縄文土器まで、日本美術史のほぼすべての領域において確かな見識を持っています。また、有識者として長年にわたって多数の美術展の監修作業にも携わってきました。

山下氏の凄いところは、仕事に対する圧倒的な情熱とプロ意識です。すでに還暦を迎え押しも押されぬ美術史業界での重鎮クラスになった今でも、良い作品があると聞けば、時間とお金を惜しまず全国津々浦々まで出ていって作品の「実物」を自身の目で確認することにこだわる一方、少しでもアンテナに引っかかった展示があればギャラリーや展覧会にも足繁く通い、日々鑑賞眼をアップデートしようとする姿勢には頭が下がります。

次に国宝になるお宝は? 山下裕二著「未来の国宝・MY国宝」で見る日本美術の意外な傑作
辻惟雄(壇上右)氏に長年師事してきた山下氏。「前衛」を高く評価し、積極的に新たな「美」の概念を発見しようと日々努力される姿勢は師匠譲りです。/写真・黒石あみ(小学館)

その一方で、既存の美術史に対して常に一石を投じ、美術史の流れを変えて新しい「美」を作り出そうとする気概に溢れる進取の精神を持っているのも素晴らしいところ。これまで美術史の中で見過ごされてきた「美」に着目し、積極的に展覧会を手がけて論文を書き、世の中に新しい価値観を問いかけていく姿勢は、約50年前に美術書の大ベストセラー「奇想の系譜」を書き、日本美術史を大きく書き換えた辻惟雄氏(つじのぶお)の直系の一番弟子としての面目躍如といったところでしょうか。

未来の国宝にはどんなものがあるのか

現在、無数に存在する文化財の中で「国宝」に指定されている作品は、建造物・絵画・彫刻・工芸品・書跡等をすべて含めて1115件(2018年12月現在)となっています。1897年、古社寺保存法という国宝制度の前身となる法律が制定されてから100年以上が経過した現在、既存の日本美術史の枠内ではある程度めぼしい作品は一通り国宝指定を受けてきたと言っても過言ではないでしょう。

では、これから新たに「国宝」指定される「未来の国宝」にはどのようなものがあるのでしょうか?そのヒントとなるものが、まさに本書にたっぷりと記されているのです。

山下氏のコラムを通読し、「未来の国宝」としてピックアップされている作品の解説を読んでいて、ハッとさせられるのが、「なぜその文化財が未だに国宝指定されていないのか」という理由です。たとえば、日本美術ファンの中には、こんな疑問を抱いたことをある方もいらっしゃるのではないでしょうか?

 ・なぜ円山応挙の作品が1作品しか国宝に指定されていないのか?
 ・なぜ伊藤若冲の渾身の代表作「動植綵絵」は国宝ではないのか?
 ・なぜ琳派の中でも、宗達、光琳の絵はいくつも国宝に指定されているのに、酒井抱一や鈴木其一の作品が一つも国宝指定されていないのか?

本書「未来の国宝・MY国宝」ではこういった疑問にバッチリ答えてくれているのです。たとえば、円山応挙を見てみましょう。

次に国宝になるお宝は? 山下裕二著「未来の国宝・MY国宝」で見る日本美術の意外な傑作

本書で「松に孔雀図襖」「藤花図屏風」「七難七福図巻」と、最も多い3作品が取り上げられている円山応挙。リアリズムを追求し、徹底的に写実を突き詰めた作風で一世を風靡し、没後も弟子たちが円山四条派という美術史の中で大きな流れとなる流派を作り出した巨匠中の巨匠です。しかし、意外にも2019年現在、応挙作品の中で国宝指定を受けている作品は「雪松図屏風」わずか1点のみ。では、応挙が国宝指定を受けるには、何が足りなかったのでしょうか?

山下氏によると、美術史的には意義深い作品であっても、(文化財指定に関わる専門家の好みなどがどうしても反映されてしまうため)戦後に国宝指定される江戸絵画作品が琳派に偏重してしまっていた影響ではないか、との分析。フィギュアスケートや体操競技などの採点同様、国宝を選ぶのもまた高度に特化した専門家の仕事。公平を期して評価を心がけたとしても、どうしてもそこには個人的なこだわりや好みが偏って出てしまうもの。ある意味仕方のないことではありますが、「国宝」制度の今後の課題や限界点なども見え隠れします。

MY国宝として選ばれた多様な作品群から見えるものとは?

また、本書では、これまで見過ごされてきた将来の国宝候補である「未来の国宝」だけでなく、より山下氏の個人的な好みや思い入れも詰まった「MY国宝」も多数ピックアップされています。

それこそ、縄文土器や埴輪といった古代遺跡から発掘された出土品から、岡本太郎、村上隆ら現代作家たちの個性あふれる作品、名もなき作家が製作した超絶技巧な明治工芸、山下氏が幼少時代にハマったつげ義春のマンガ作品、海外に流出してしまって、物理的に「国宝」指定を受けられない名品まで非常に多様な作品が選ばれています。

一見、山下氏の個人的な好み・こだわりに沿った「MY国宝」が脈絡なく並んでいるように感じるのですが、一つ一つのコラムをしっかり読み込んでみると、セレクトされた「MY国宝」に通底する、ある意外な共通点があります。

それは、数十年~数百年先の将来、美術史を俯瞰して振り返った時にエポックメイキングな注目作として名を残しそうな作品が多数選出されているという点です。単に「美しい作品」ではなく、プロの目から見て画期的な新たな「美」の境地を開拓している作品や、時代を確実に先取りしていた前衛的な意欲作が選ばれているのです。

それを顕著に感じたのが、本書で取り上げられた明治期以降の近代・現代作家による作品群です。

次に国宝になるお宝は? 山下裕二著「未来の国宝・MY国宝」で見る日本美術の意外な傑作

たとえば、上村松園「焔」(ほのお)。女性の美しさの本質を内面から捉えて上品に表現する美人画の名手だった松園にとって、本作はスタンダードな美人画からは大きく外れた異色作です。曽我蕭白が描いた「美人図」に着想を得て制作されたとされる本作。描かれているのは、全身に病的な狂気をまとった狂女の姿。いわば醜さと美しさの間にあるような意欲作・問題作であると言えますが、案外後世に残っていく作品とはこうしたフックの強い作品なのかもしれません。

次に国宝になるお宝は? 山下裕二著「未来の国宝・MY国宝」で見る日本美術の意外な傑作

もう1点見てみましょう。こちらも日本美術院で横山大観ら元勲クラスに次ぐ次世代エースとして将来を嘱望されながら、惜しくも40代半ばで夭逝した天才画家・速水御舟(はやみぎょしゅう)の作品「京の舞妓」です。御舟は、短いキャリアの中で北宋院体画風の写実的な作品から琳派に倣ったデザイン要素の強い作品まで、様々な作風を取り入れて作品を残しました。本作で特に強調されているのは、写実的なリアリズムです。ただ、近視眼的に突き詰めすぎてかえってグロテスクになってしまっているきらいがあるように思えます。発表当時、日本画の最新トレンドを追求して意気軒昂だった横山大観ですら全く理解できず激怒したとも言われる本作は、まさに時代を先取りしすぎた問題作であり、美術史の論点として後世に残りうるインパクトのある作品と言って良いでしょう。

他にも「名樹散椿」「炎舞」といった人気作が多数存在する御舟の作品の中から、あえて「京の舞妓」をMY国宝として据えたところに山下氏独自の審美眼や美術史家としての矜持が感じられます。

わかりやすさ・親しみやすさも、本書をオススメしたい理由のひとつ

次に国宝になるお宝は? 山下裕二著「未来の国宝・MY国宝」で見る日本美術の意外な傑作

そして、なんといっても本書を強力におすすめしたい理由の一つが、圧倒的な面白さ、読みやすさです。

時に職人肌なこだわりを持ち、圧倒的な熱量で仕事に取り組む山下氏ですが、単に教授として研究熱心というだけでなく、美術鑑賞初心者や一般読者が読んでもわかりやすく、面白く読ませる文章を書く名手でもあるのです。

特に面白いのは、その作品に関連する山下氏自身の個人的なエピソードが満載なこと。取り上げられた各作品=「MY国宝」への思い入れがケレン味たっぷりに表現されているだけでなく、山下氏がいつ、どのようにその作品と出会い、関わってきたのか「作品に対する強い思い入れ」がいきいきとした筆致で描かれているのです。

たとえば、上村松園との出会いは、まだ美術史家を目指していなかった学生時代、宮尾登美子「序の舞」を原作とした実写映画(1982)を映画館で見たことがきっかけでした。一般人から見たら「大先生」と思えるような学者でも案外卑近な趣味・偶然の出会いが案外その絵に興味を持つきっかけとなっている、というあたりになんとなく安心感を感じます。

次に国宝になるお宝は? 山下裕二著「未来の国宝・MY国宝」で見る日本美術の意外な傑作
単行本だけでしか読めない「熱烈応援国宝」コラムは必見!

また、単行本だけで読めるコラム「熱烈応援国宝」では、作品の評価を巡っての師匠・辻惟雄氏とのやりとりや、雪舟展の実行委員会から外された際の反骨精神あふれるエピソードが必見!「狭い」美術史業界の裏事情が透けて見える面白さに加え、山下氏の人間味や気概がたっぷり感じられます。

極めつけは、巻末の「あとがき」です。詳しい経緯はネタバレになるので伏せますが、TV局のプロデューサーに対して「マジ激怒した」と書かれていたのを見たときは爆笑してしまいました。この「マジで」というラフな表現、本書では何度も登場するのですが、こういったカジュアルな口語表現もまた、本書の読みやすさ、わかりやすさにつながっています。

本書を自分だけの「MY国宝」を探すきっかけに!

次に国宝になるお宝は? 山下裕二著「未来の国宝・MY国宝」で見る日本美術の意外な傑作

本書は、山下氏が選定したさまざまな「未来の国宝」「MY国宝」を論じた各コラムを読むことで、知らず知らずのうちに日本美術史における未踏の分野や、今後研究が待たれる分野、「国宝」指定を巡る諸問題などを自然にインプットできる非常に良質な読み物でした。カジュアルに楽しめるだけでなく、きちんとアカデミックな「学び」も手に入ってしまうのが嬉しいところです。

日本美術に対する抜群の審美眼を持つ山下氏の「視点」を身につけることで、美術館や博物館で作品と向かい合ったときより深い美術鑑賞ができるようになるかもしれません。あなただけの「MY国宝」を見つけだす楽しさに目覚めたら、美術館通いが断然面白くなるかもしれませんね。

美麗なカラー図版が満載で非常に読みごたえある面白い美術史の読み物に仕上がった「未来の国宝・MY国宝」は、本当におすすめです。是非、下記のリンクからまずは試し読みしてみてくださいね。

文・齋藤久嗣

★小学館ホームページ
(↓↓↓試し読みができます!ぜひチェックしてみてください)
小学館のHPでためし読みしてみる

書いた人

サラリーマン生活に疲れ、40歳で突如会社を退職。日々の始末書提出で鍛えた長文作成能力を活かし、ブログ一本で生活をしてみようと思い立って3年。主夫業をこなす傍ら、美術館・博物館の面白さにハマり、子供と共に全国の展覧会に出没しては10000字オーバーの長文まとめ記事を嬉々として書き散らしている。