Art

2026.09.08

桜や海の「奥」に何が見えるか?〜奥村土牛が描いた神仏と人間のドラマを読む【山種美術館】

荒ぶることで知られる瀬戸内海の鳴門の渦潮を、花鳥風月の美を表すのに伝統的に使われてきた岩絵の具で描くとは!奥村土牛(おくむら・とぎゅう、1889〜1990年)の『鳴門』を間近に見ると、改めてそのリアルな迫力に驚かされます。一方、京都・醍醐寺の桜を描いた『醍醐』の優美さには、伝統的な日本画の神髄を感じます。土牛の回顧展が山種美術館で開かれているというので、いそいそと出かけた浮世離れマスターズのつあおとまいこのふたりは、感慨をにじませながらそれらの代表作を鑑賞していました。そのさなかにふと、祈りの心や人間讃歌とでもいうべき表現の妙に出合い、それまで見過ごしてきた奥村土牛の新たな側面を発見したのです。いつにもましておしゃべりが弾み始めたのは、言うまでもありません。

『鳴門』(1959年、山種美術館蔵)展示風景

『醍醐』(1972年、山種美術館蔵)展示風景

えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて今日はどんなトークが展開するのでしょうか。

心の中の丸さがにじみ出る

つあお:奥村土牛は仏像を描いてたんですね!恥ずかしながら、初めて見ました。

『浄心』(1972年、山種美術館蔵)展示風景
梶田半古(かじたはんこ) の画塾で土牛が直接教わっていたという兄弟子の小林古径(こばやしこけい) が亡くなった年に、中尊寺(岩手県・平泉)の秘仏『一字金輪坐像』を描いた作品。ただ目の前の仏像を写すというだけではなく、自分の心の奥にある仏様を描きたいと思ったという

まいこ:確かに!この仏像さんはなかなか新鮮です。
つあお:やわらかい表現で、なんとなくマンガっぽいところが親しみやすい!
まいこ:寄り目でおちょぼ口。首のシワの感じが絶妙。ちょっとぽっちゃりしてる印象を受けます。
つあお:ぽっちゃりしてると言えば、微妙に下ぶくれなほっぺたのラインもいいですね。福耳なのは、仏様だからだな。
まいこ:顎のラインや眉のラインも丸みがあってやさしそう!
つあお:個人的には、眉毛の丸さはかなり気に入ってます。
まいこ:とても長い!
つあお:三日月っぽい存在感!やはり仏様ゆえの表現。一種の理想美を表現しているんだと思います。
まいこ:悟りを開くって素晴らしいですね!
つあお:お顔はちょっと女性的な感じもします。ホントにやさしい表情だな。
まいこ:優美です!
つあお:背景が金だから、この丸くて、やさしいラインが浮き立って見える。
まいこ:光背(こうはい) (※)にも雪だるまのような丸型があったり、大きな銀の丸もあったり。丸い性格なのかな?(笑)
つあお:なるほど、金の丸と銀の丸が背景にあるわけですね。〇〇(まるまる) づくしだ。
まいこ:極めつきは、額の丸です。
つあお:土牛は一生懸命仏像を写生したんだろうけど、何か心の中の丸さがにじみ出てる。ほのぼのしますねぇ。
まいこ:やっぱり写真とは違う。絵ならではの魅力がにじんでますね。
つあお:なんだかね、この仏像の絵は、土牛の本質を表しているような気がするんです。
まいこ:というと?
つあお:土牛は風景だとか人物だとか、いろんな画題で素敵な日本画を描いてますけど、実は絵の奥に仏様が潜んでいる、みたいな。
まいこ:なんと!渦潮を描いた『鳴門』や桜を描いた『醍醐』にも、慈愛が潜んでいるのですかねえ。
つあお:渦潮は大自然の摂理の下で神様が創り出している造形、桜は生命力の象徴ですから。そう思ってそれらの作品を見たら、格別なパワーの宿りを感じられるようになりました。
まいこ:わぉ!
つあお:そういえばね、ふたりのお坊さんを描いた絵もありました。これも、なかなか素敵なんですよ。

※光背=仏身から発する光明をかたどった、仏像の背後にある飾り。(出典:小学館「デジタル大辞泉」

『僧』(1978年、山種美術館蔵)展示風景
奈良・興福寺の『釈迦十大弟子立像』に心惹かれて4像を写生したうちの羅睺羅(らごら) 須菩提(すぼだい) を基にした作品

まいこ:異なる色の袈裟を着たお坊さんがいますね!さっきの仏像の絵を見た私の目には金と銀のようにも見えて、なんだか神々しい!
つあお:それがね、何ともともとは仏像を描いていてこうなったらしいんですよ。でも、人間にしか見えない。
まいこ:へぇ!ばったり出会ったお坊さんを絵にしたのかと思いました。
つあお:さっきの仏像が女性っぽくてかわいいのも、中に人間を見ているからなのかもしれません。
まいこ:えっ!今度は仏様の中に人間が潜んでいるっていうことですか?
つあお:そうなんですよ。ただそれは、俗な意味での人間というよりも、「命」を描きこんでいるのではないかと。土牛は、仏像を彫刻的に表現するのではなく、「生きた人間の気持ちで」描き、仏の姿を借りて自分の心を表そうと試みたと語ってるんですよ!
まいこ:土牛さんが一心不乱に仏様を描いている姿が脳裏に浮かんできました!

能登半島の少女を描く

つあお:魚を売っている若い女性を描いたこの絵も要注目です。

『朝市の女』(1969年、山種美術館蔵)展示風景

まいこ:日焼けしていて日々の労働がにじみ出ている感じ。
つあお:なんとなく、一心にこちらを見つめているような気がするのは、働きぶりの表れなのかなぁ。
まいこ:この魚が全部売れるかどうかに生活がかかっているのかもしれないですね。
つあお:それでね、これはどうも能登半島で出合った風景らしい。きっとここで買えた魚はものすごく美味しいんじゃないかな?
まいこ:能登の魚は美味しいって聞きました。
つあお:今の能登半島はまだ復興のさなかと聞いてますが、たわくし(=「私」を意味するつあお語)が十数年前に食べた海鮮丼は最高でした。
まいこ:へぇ!うらやましい!
つあお:おっと、食通のまいこさんに自慢をしてしまった(笑)。失礼しました。でも、今の能登には、一日でも早く復興してほしいですね。
まいこ:はい。私もぜひ食べに行きたいと思います。この絵からも、魚のピチピチとした感じが伝わってきます。結構魚の種類も多いんですね。
つあお:魚の方向がバラバラで結構アバンギャルドなところが面白い。魚屋さんやスーパーだと、普通は方向を揃えて売ってますよね。
まいこ:確かに。魚に「暴れてる感」がありますね(笑)。道端で売ってると、こんな感じだったのかも。対照的に女性は一点凝視の表情。目が据わってる!
つあお:なるほど、そう言われて改めて彼女を見ると、揺るぎない目が印象的です。さっきの仏像みたいに思えてきました!
まいこ:おお、今度は人間が仏像に!
つあお:そうそう、土牛は能登半島の朝市の光景に感動したらしくて、現地で白木綿とか(かすり) の衣装とか笠とかを買って自分の家に持ち帰って、三男の奥さんに着せて写生を続けたそうですよ。
まいこ:それで、まるで自分が朝市を訪ねてこの少女を目の前にしてるような感覚になるんですね。あくまでも人間を描いているのか。また、一心不乱にその息子さんの奥さんと向き合っている土牛さんの姿が目に浮かんできました!
つあお:土牛は、きっと自分が感動したフレッシュな光景を一生懸命絵に表そうとする画家だったんですね。
まいこ:その純粋な感動に、私は感動しました。
つあお:そういえば、『鳴門』でも渦潮を描こうとしたときに船が揺れて体を支えるのも困難だった土牛を、奥さんが帯をつかんで支えたのだとか!何十枚も写生したそうです。

『鳴門』(部分)

まいこ:良妻賢母ですね。見習わなければ。
つあお:ご無理はなさらぬよう。
まいこ:やっぱやめます(笑)。
つあお:ははは。でも、そんなに一心不乱に描こうという気概があったからこそ、土牛は101歳で亡くなる年まで絵筆を握り続けていたのでしょうね。

『輪島の夕照』(1974年、山種美術館蔵)展示風景

まいこセレクト

「奥村土牛から山﨑種二宛書簡(牛)」(20世紀、昭和時代、山種美術館蔵)展示風景

自身が丑年生まれであった土牛さんは、「牛」の絵をたくさん描いていますが、この牛はまたユニークな味があります。モデルの牛がおもちゃなのですね。それも米俵を積んだ。絵手紙の絵なのでほわほわっとしてかわいらしい。土牛さんはなぜこのような牛を描いたのでしょう? この絵手紙は、山種美術館の創立者・山﨑種二さん宛で、彼からいただいたお餅に対するお礼状でした。種二さんは、付き合いのあった画家たちの絵を購入しただけでなく、日頃から支援を行い、米や食料などを届けることもあった真のパトロン。でも、画家たちに対して尊大な態度を取ったりすることはなかったのだなぁとこの絵から想像できました。ゆる〜い牛の絵を中心にリラックスした文字が散らしてあり、手紙から鼻歌が聞こえてきそう。じっと見ていたら、牛さんが「ありがとうだモー」と言っている土牛さんの自画像に思えてきました。

つあおセレクト

『那智』(1958年、山種美術館蔵)展示風景

土牛が那智の滝を画題にしたのも、仏像を描いたのと同じ境地からだったのではないでしょうか。たわくしは、かなり前に行ったことがあるのですが、うん、神の存在を感じました!それだけに、ここで土牛が何を見たか、何を感じたかが、ものすごく気になります。

土牛は日本画家なのに、実はセザンヌのことをよく研究していたそうです。那智の滝の絵にも、セザンヌを思わせるタッチが随所に現れてます。いや、タッチだけじゃないですね。セザンヌは故郷のサント・ヴィクトワール山をたくさん描いてますが、ただ山の形をなぞったわけではありませんでした。むしろ山の姿の奥に潜む確固たる存在感、山の魂のような何かを描いたんだとたわくしは捉えております。土牛も、那智の滝を描いたときには奥に潜む確固たる何かを描き出したんじゃないでしょうか。

滝からのつながりで水ということで言えば、『雨趣』という作品も素晴らしい。雨に何か水以外の実態があるように見えるんです。美術史上では雨を筋で描くようになったのは江戸時代の浮世絵に始まるのですが、土牛はその筋を一本一本描くのに白い胡粉(ごふん) という画材を使っている。確かに現実の雨は黒くない。でもだからリアルということではなくて、雨を大切なものとして描いているんじゃないかと思うんです。

『雨趣』(1928年、山種美術館蔵)展示風景

※本記事の紹介作品はすべて奥村土牛作、山種美術館蔵。

つあおのラクガキ

浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。

Gyoemon『なると』(2026年)

瀬戸内海にはうどん県(=香川県)もあります。渦巻く「なると」が存在する必然性があるのです……なんていう馬鹿なことを一心不乱に絵を描いている土牛さんに言っても、耳には入らないでしょうね。でも、渦潮にしてもうどんに入っているなるとにしても、魅力の源泉は螺旋(らせん) にあるのではないかと思うのです。名画にはしばしば螺旋を見出すことができます。螺旋もまた自然の摂理から生まれるもの。神が創りたもうた存在なのではないでしょうか。

展覧会基本情報

展覧会名:【開館60周年記念特別展2】奥村土牛 ―名作でたどる100年のあゆみ―
会場名:山種美術館(東京・恵比寿)
会期:2026年8月8日〜10月4日
公式Webサイト:https://www.yamatane-museum.jp/exhibitions/2026/togyu.html

『兎』(1947年頃、山種美術館蔵)展示風景
出品作より。土牛には、こんなにかわいい動物画も!この兎がどれくらいじっとしていたかはわかりませんが、一心不乱に見つめて描いた様子を思い浮かべるだけでも楽しいですね
Share

浮世離れマスターズ つあお&まいこ

つあお(小川敦生)は新聞・雑誌の美術記者出身の多摩美大教員。ラクガキストを名乗り脱力系に邁進中。まいこ(菊池麻衣子)はアーティストを応援するパトロンプロジェクト主宰者兼ライター。イギリス留学で修行。和顔ながら中身はラテン。酒ラブ。二人のゆるふわトークで浮世離れの世界に読者をいざなおうと目論む。
おすすめの記事

猫と炎に神を見る「小林古径と速水御舟」2人の画家が描く神秘とは【山種美術館】

浮世離れマスターズ つあお&まいこ

小原古邨が愛の目線で描いた鳥たち。進化した浮世絵の技にも注目【太田記念美術館】

浮世離れマスターズ つあお&まいこ

お腹が空くほどリアルで楽しい「美を味わう一懐石のうつわと茶の湯」 【静嘉堂@丸の内】

菊池 麻衣子

心ときめく!女性を慈しむ思いが生んだ稀代の名作襖絵【大阪市立美術館 特別展「妙心寺 禅の継承」】

小川 敦生

人気記事ランキング

最新号紹介

10,11月号2026.09.01発売

愛♡日本美術の超名品100

※和樂本誌ならびに和樂webに関するお問い合わせはこちら
※小学館が雑誌『和樂』およびWEBサイト『和樂web』にて運営しているInstagramの公式アカウントは「@warakumagazine」のみになります。
和樂webのロゴや名称、公式アカウントの投稿を無断使用しプレゼント企画などを行っている類似アカウントがございますが、弊社とは一切関係ないのでご注意ください。
類似アカウントから不審なDM(プレゼント当選告知)などを受け取った際は、記載されたURLにはアクセスせずDM自体を削除していただくようお願いいたします。
また被害防止のため、同アカウントのブロックをお願いいたします。

関連メディア