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2019.05.29

世界共通のエレガントな意匠、華麗に昇華した「扇」モチーフ

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世界一の日本美術の殿堂といわれるアメリカ・フリーア美術館の協力のもと、日本美術の名作と世界のトップジュエラーのハイジュエリーが“奇跡の邂逅”を果たす、この連載。今回は、琳派の祖として知られる俵屋宗達によって描かれた「扇面散図屛風」とローマの遺跡・カラカラ浴場のモザイク装飾にインスピレーションを得て誕生した「ブルガリ」のハイジュエリーコレクションとのコラボレーションです。

【連載】日本美術とハイジュエリー美しき奇跡の邂逅 第2回 BVLGARI

両者を結びつける“美の符合”は、エレガントな「扇」のモチーフ。日本の平安京で生まれた「扇」は海を渡り、優美な装身具として世界中の女性に愛されました。片や、遺跡を彩る「扇」モチーフは、その源泉を古代ギリシャ文明まで遡ることができます。この奇しき出合いは、“古より続く美の物語”へと私たちを誘ってくれることでしょう。

日本の帯に着想を得た大胆な意匠と色彩の調和

“ディーヴァ ドリーム”ネックレス[ピンクスピネル14.14ct×ダイヤモンド計17.16ct×翡翠×コーラル×カルセドニー×マザーオブパール×PG]予定価格¥39,330,000(ブルガリ)※文中のPGはピンクゴールド、ctはカラットを表します。

“ディーヴァ ドリーム”コレクションの「扇」モチーフは、ローマの古代遺跡、カラカラ浴場の床を彩るモザイク装飾がインスピレーションの源になっています。さらに日本の帯に着想を得てデザインされたネックレスは、まさに俵屋宗達が得意とした「扇絵」を思わせる大胆な構図と艶やかな色彩の調和が美しい。

モダンな美を極めた時代が求めるスタイル

“ディーヴァ ドリーム”イヤリング[ルベライト計3.95ct×ダイヤモンド計3.68ct×PG]予定価格¥7,330,000(ブルガリ)

耳元で軽やかに揺れる「扇」のモチーフ。鮮やかに輝く真紅のラインが、モダンな意匠をより際立たせ、華やかなアクセントに。その洗練されたデザインは、一見シンプルなようでいて構図も色彩も巧みに計算された、宗達をはじめとする琳派の絵画を彷彿とさせます。

「扇」モチーフが織りなす青海波を思わせる輝き

“ディーヴァ ドリーム”ネックレス[スピネル計29.35ct×ダイヤモンド計10.08ct×PG]予定価格¥30,800,000(ブルガリ)

規則的に連なる「扇」モチーフが、“青海波”(せいがいは)と呼ばれる日本の伝統紋様を思わせるデザイン。華麗な色彩のグラデーションは、“宝石の魔術師”といわれる「ブルガリ」ならでは。カラーストーンには色のバリエーションが豊富で、強い輝きを放つスピネルが使われています。

優美なモチーフを連ねてよりエレガントな意匠に

“ディーヴァ ドリーム”ネックレス[スピネル計9.88ct×ダイヤモンド計18.05ct×PG]予定価格¥24,000,000(ブルガリ)

「扇」のモチーフを巧みに組み合わせ、優美な意匠へと昇華させたブレスレット。モチーフを繋ぐ隙間さえも扇形になるデザインは、画題の意匠化に秀でていた宗達に通じます。すべてのパーツがしなやかに動く精緻なつくりによって、その印象は繊細かつ軽やかに。

BVLGARI公式サイト

古代ギリシャで生まれた幾何学文様と日本の「扇」をめぐる奇跡の物語

イタリアの名門ジュエラー「ブルガリ」がインスピレーションを得たローマの古代遺跡の「扇」モチーフと、日本発祥の「扇」の意外な関係。両者をめぐる奇跡の物語をご紹介いたしましょう。

「をかしきことなど語り出でて、扇広うひろげて、口にあて笑ひ」

この「枕草子」の一節は、扇が平安貴族の暮らしに欠かせないものであったことを教えてくれます。平安初期の日本で誕生したといわれる折り畳み式の扇。その原形は檜の薄板を束ねた「檜扇(ひおうぎ)」で、当初は神事や儀式に用いられていました。そして、平安中期には「蝙蝠扇(かわほりおうぎ)」と呼ばれる紙製の扇がつくられ、冬は檜扇、夏は蝙蝠扇と使い分けられるように。紙製の扇に和歌を書いて贈る習慣も生まれ、扇は宮中文化を豊かに彩る小道具となったのです。

室町時代以降、扇は縁起のよい末広がりの形が好まれ、裕福な町衆にも広まっていきました。15世紀半ば、京の都では扇面に絵を描く「扇絵」が人気となり、専門の絵師まで現れます。桃山時代から江戸初期にかけて活躍した俵屋宗達も、扇絵を売る絵屋を営んでいたともいわれています。

「扇面散図屏風」俵屋宗達六曲一隻 紙本金地着色金銀彩154.5×362.0㎝17世紀初期・桃山~江戸時代 フリーア美術館 Freer Gallery of Art, Smithsonian Institution, Washington, D.C.:Gift of Charles Lang Freer, F1900.24

そのためか、俵屋宗達は今回紹介した「扇面散図屛風(せんめんちらしずびょうぶ)」だけでなく、扇で構成した数々の作品を残しています。そして、それらの作品は、俵屋宗達に私淑(ししゅく)した尾形光琳や酒井抱一など琳派の絵師たちに受け継がれていきました。そういったことからも、日本美術の本流ともいえる琳派にとって、扇のモチーフがいかに重要であったかがわかります。

そんな日本発祥の扇は、平安時代に宋代の中国へ。一方、欧州には16世紀にポルトガルを介して輸出されました。まず、スペインの上流階級に受け入れられた扇は、貴婦人の持ち物として独自の様式に発展。17世紀の欧州では、絹やレースでつくられた扇が人気を博しました。

では、それ以前に存在したローマの古代遺跡を彩るモザイク装飾の扇モチーフは、何から生まれたのでしょう? その起源は、古代ギリシャの唐草文様まで遡ることができます。その一部には扇形のモチーフが使われていました。その後、扇形のモチーフはローマで華麗な幾何学紋様となり、帝国の建造物の装飾に用いられたといわれています。

そのギリシャゆかりのモチーフを日本発祥の扇に見立て、壮麗なハイジュエリーを生み出した「ブルガリ」。さらに、その輝きと扇を描いた日本美術の名画が、時を超えて出合う。「ブルガリ」がギリシャの職人によってローマで誕生したブランドであることを考えると、これは実に運命的な“奇跡の邂逅”といえるでしょう。

フリーア美術館とは? フリーアが生涯抱き続けた日本と日本美術への崇敬

アメリカ・ワシントンD.C.の「フリーア美術館」の所蔵品には、琳派や浮世絵の国宝級の名品が数多く含まれています。それらは、実業家のチャールズ・ラング・フリーアによって蒐集(しゅうしゅう)されました。フリーアは懇意にしていたアメリカ人画家ジェームス・マクニール・ホイッスラーの影響で、日本美術や東洋美術に強い関心をもつようになります。

来日したフリーアと明治の実業家で、数奇者として知られた原三溪(前列右から2人目)。偶然知り合ったふたりの親交は、生涯にわたり続きました。

1895年から5回にわたり日本を訪れたフリーアは、稀代の数奇者、原三溪(はら さんけい)や益田鈍翁(ますだ どんのう)と交流を深めるなかで、俵屋宗達、尾形光琳などの琳派作品を中心に、葛飾北斎などの浮世絵や伊藤若冲などの江戸時代絵画といった日本美術の秀作を蒐集していきました。琳派の歴史を語るうえで欠かせない「松島図屛風」俵屋宗達、「群鶴図屛風(ぐんかくずびょうぶ)」尾形光琳、「椿図屛風」鈴木其一など、日本にあれば国宝級といわれる美術品が同美術館にあるのは、このような理由なのです。

◆フリーア美術館
住所:1050 Independence Ave SW,Washington, DC 20560, U.S.A.
公式サイト

ー和樂2018年4・5月号よりー
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文/福田詞子(英国宝石学協会 FGA)
協力/フリーア美術館
撮影/唐澤光也

【連載】日本美術とハイジュエリー 美しき奇跡の邂逅