『麒麟がくる』の帰蝶の立膝は不作法じゃないって?正座の本来の意味がコワかった!

『麒麟がくる』の帰蝶の立膝は不作法じゃないって?正座の本来の意味がコワかった!

明智光秀を中心とした群像劇の趣きのある大河ドラマ『麒麟がくる』。魅力的なキャラクターが入れ替わり、立ち替わり登場して飽きることがありません。時代考証に基づいているという色鮮やかな衣装など、絵的な見どころも多いです。そんな好評のドラマですが、一部視聴者から制作側に意見が寄せられていると知りました。

それは「高貴な女性が正座をしていないのは、行儀が悪い」というもの。確かに帰蝶や光秀の母・牧は、片方の足を立てた立膝の姿勢が多く見られます。さて、これはどうしてなんでしょうか?この疑問を探ってみることにしました。

そうだ!能楽は立膝で演じている!

私もドラマを見始めた頃は違和感を抱いたのですが、着物を着た立膝の姿は、どこかで見たような気がするなぁと思い始めて…。「そうだ!能楽では、この姿勢なんだ!」と気づいたのです。この疑問を晴らすべく、一般の人を対象とした能楽セミナー『能meets』を開催されている能楽師の林本大(はやしもとだい)さんにお話を伺いました。

観世流(かんぜりゅう)※シテ方の林本さんは、 関西大学で能楽部に入ったことがきっかけでプロの能楽師に。「高校生の時に初めて能を見た時、よくわからないけど面白いと思ったんです。この経験があったので、誘われて何気なく始めた大学の能楽部が縁となって一生の仕事になりました」。元々能楽に関係する環境ではなかったことから、観客側の気持もわかると話します。各地で開催される林本さんのセミナーは好評で、受講した後に能楽堂へ能を観に出かけたり、謡や舞を習い始めたりする人も多いそうです。

※シテ方:能の主役のこと、またそれを演じる人。

実際に、やって頂いた!

立膝のことをお聞きすると、「はい、能では立膝の姿勢を取りますね」。お稽古場の能舞台で、実際に立膝の姿勢を見せて頂きました。お話を伺っている時の柔和な印象から、能楽師の凜とした佇まいに変わります。

能楽の流派である観世流と宝生流は左膝を立てた姿勢を取るそうです。能の公演ではこの状態で70分ほど微動だにしないこともあるそうで、驚きですね。※仕舞(しまい)はこの立膝の状態から始まったりと、次の動きへ繋がる動作とも言えます。立膝の状態からやや中腰になると、シテが正体を明かしたり、何かアクションを起こすタイミングとなるので、動きに注目するのも能を楽しむ秘訣かもしれません。

※仕舞:能の1部を面(おもて)・装束を付けずに、紋服・袴のままで素で舞うこと。能における略式上演形態の1種。

私も教えて頂いて、試しにこの姿勢をやってみました。うう…想像していたよりもしんどい。片方の膝を立てて、もう片方の足の甲は床に付けているので、1本の足だけの正座という感じです。林本さんは、型をきれいに見せるために右足のつま先を立てた状態を取られているそうです。「戦国時代の武将達は、もう少しゆるくこの姿勢を取っていたのではないでしょうか」。能楽の公演では男性の役も女性の役もどちらも立膝の姿勢が見られます。男女の違いはなかったようです。

「能楽の世界でも、以前は皆が立膝かあぐらの姿勢だったと聞いています。今では、※地謡(じうたい)や※後見は正座の姿勢ですね」。このように立膝やあぐらが主流だったということが、能楽から知ることができます。能では、※世阿弥などが室町時代に書いた作品を使用し、動きもそのままだと思うと、まるで600年前にタイムスリップしたかのような感覚になります。

※地謡:4人から8人程度で構成されるコーラス隊。物語の進行を謡で表現する
※後見:舞台上で能楽師のサポートをする人。何か事故があって能楽師が演じられなくなった時は、急遽代役も務める。
※世阿弥:父の観阿弥と共に能を大成させた能楽師。能の作品と共に、『風姿花伝』など多くの芸道論を残している。

能『安達原(あだちがはら)』シテ:女 林本大 撮影:牛窓雅之

なぜ正座になったのか?

室町時代から続いている能の世界に立膝の姿勢が残っていることから、ドラマの帰蝶や牧は決して行儀が悪い訳ではないことがわかりました。史実に則った姿勢だったのですね。では、なぜ正座が正しい姿勢という認識になったのでしょうか?疑問が膨らみます。

能『小鍛冶 黒頭(こかじ くろがしら)』シテ:童子 林本大 撮影:牛窓雅之 

「正座が正式な座り方になったのは、江戸幕府の徳川家光が決めたからだと聞いています」と林本さん。え、そうなんですか!初めて聞く情報にびっくりです。「当時は正座のことを危座(きざ)と呼んでいました。危座とは罪人の座り方で長時間座らせて苦痛を与えるものだったんです。家臣の謀反を警戒した家光は、足をしびれさせて自分を襲えないように、危座を正式な座り方にしたんですね」。

確かに、あぐらや立膝なら次の動作に移りやすい。しかし、徳川家光は参勤交代を義務づけて全国の大名を牛耳るだけでなく、身近な家臣をもガードしていたとは!もっと早く正座が正式な座り方になっていたら、明智光秀は謀反を起こす気分にならなかったのかも?そうすると、『麒麟がくる』のストーリーが変わってしまいますね。明治時代に入ると危座では印象が悪いということから、正しい座り方・正座と呼ぶようになったそうです。

信長は能好きだった?

今までの大河ドラマでは、信長が能に親しんでいる描写がよく見られます。実際はどうだったのでしょう?「もしかしたら信長は合戦前に鼓を打って、文字通り自分を鼓舞していたかもしれませんね」。能に精通していたらしい信長は、生死をかける合戦の前に緊張感を解くのではなく、その緊張を力に変えていたのかも。

本能寺の変で信長が白装束で謡い舞うシーンがありますが、これは能ではなくて幸若舞(こうわかまい)と呼ばれる芸能だそうです。「当時の武士の間で流行っていたようですね」。信長が好んだのは、平安時代末期の一の谷の合戦で若くして討たれた平敦盛(たいらのあつもり)を題材にしたもの。能にも世阿弥作の『敦盛』があり、優雅な名曲として知られています。

能は緊迫感と余白があるのが特徴

能の公演では、リハーサルとなる申し合わせを1回しか行いません。これは、演者全員がその曲を完全に演じることができることを前提としているからだとか。通常の演劇で稽古を重ね、幾度となくリハーサルを重ねるのとは全くやり方が違います。「申し合わせの後に、その会の長となる人などから、2,3注意があったりしますが、演出家はいないので細かい指摘とかはありません。その分、本番では相手がどう出るのかわからないので、緊張感があります」。能の公演は1回きりのことがほとんど。緊迫感溢れる能は、同じ演目を何回も演じるのは、体力的にも精神的にも能楽師達がとても持たないのだそうです。

「能の特徴は全てを演じきらなくて、70パーセントで留めている所だと思います。例えば歌舞伎の『勧進帳』では、関守が目の前にいるのは義経一行とわかっていて、男の情けで通させる解釈です。能の『安宅(あたか)』では、関守の富樫の何某は、知っていたのかどうかは明確には演じません」。情に訴える演出の歌舞伎とは違い、あからさまに演じない分、観客は双方の心理戦に思いを馳せることになりそうです。「後の部分の解釈はお客様に想像で補って頂く、余白を残しているのが能だと思います」。

わかりにくいからこそ、面白い能の魅力を伝えたい

林本さんの能楽のセミナーでは、まず初めに「能は簡単ではない、わかりにくい」と伝えるそうです。そこから、装束の着付けなど、なぜこの付け方をするのかなど、意味を丁寧に説明するように心がけているそうです。「物珍しいで終わって欲しくないので、わかりにくいからこそ、意味が理解できた時に能が面白く感じて頂けると思います」。戦国武将が愛した能に触れると、『麒麟がくる』もより楽しめるかもしれません。

林本大さん公演情報

■能meets杉江能楽堂ブログ特別企画
岸和田藩最後の城主から、城内にあった能舞台の1部を譲り受け、大正6年に設立した大阪府下最古の現存する民間の能楽堂で行う講座。
日:7月19日(日)、8月2日(日)、9月22日(火曜・祝日)
時間:12:30、15:00(1コマ約80分)全6講座
料金:2000円(1コマ)
会場:杉江能楽堂(大阪府岸和田市岸城町6-10)
公式ウェブサイト

■霜乃会in HEPHALL
様々なジャンルの古典芸能の若手・中堅の集まりの「霜乃会」の公演
日時:9月28日(月曜)19時半~、 29日(火曜)14時~、19時半~     
会場:HEPHALL(大阪府大阪市北区角田町5-15HEPFIVE8F)
公式ウェブサイト

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