鮎の塩焼きは、お好きだろうか?
こんがり焼けた熱々の鮎を頭から尻尾までかぶり付くと、塩が付いて焼けた皮と、フワフワな身が一気に口の中に広がっていく。
私は富山県や岐阜県の合掌造り集落など、山奥の観光地によく足を運ぶ。その度に、鮎の塩焼きが出てくるのは何故なのか?とても気になっていた。
日本の鮎の歴史を調べていくうちに、意外な事実を知った。鮎は川魚なので、海から遠い所に住む人々の貴重なタンパク源として重宝されてきた。しかも、古代より国の政策決定を左右するほどに、貴重な食べ物だったらしい。まずは、鮎の基本的な情報について見ていこう。
鮎の由来
鮎の語源は秋の産卵期に川の下流へ降りていくことから「アユル」(滴り落ちるという意味)。あるいは神にお供えする食べ物であることから「饗(あえ)」に由来すると言われている。後ほど詳しく述べるが、一説には占いに使われる魚であることから、「鮎」という漢字が使われている。
鮎の生態と食文化
鮎はとても栄養価が高い。タンパク質、ビタミン、ミネラルなど様々な栄養素が豊富に含まれている。しかも、川釣りに適した魚と言われており、鮎の多い川を上下10キロメーターおさえれば、850キログラム分の牛肉に相当する鮎を確保できるとも言われている。
単なる川釣りだけでなく、「鵜飼い」という伝統的な漁法もある。これは、鵜という鳥を使って鮎を獲る漁法で、岐阜県の長良川、愛媛県大洲市の肱川、大分県の三隅川など各地で行われている。また、鮎は群馬県、岐阜県、奈良県の「県の魚」にも指定されている。
中国ではナマズなのに、日本では鮎
ちなみに、『古事記』、『日本書紀』が書かれた時代には、「鮎」を「年魚」などと表記した。これは一年で一生を終えることに由来している。ちなみに、中国だと「鮎」という漢字はナマズを指し、日本でも昔その意味で使われていた。以前、私が執筆した記事「ナマズが暴れると地震が起こる!」ことわざが生まれたワケ」でご紹介したように、ナマズも日本にとって重要な信仰である鹿島信仰と繋がりがあるので見過ごせない。
鮎は国の統治に関わる
鮎は古代より、国の統治に影響を及ぼすくらい貴重な食べ物だった。『古事記』や『日本書紀』にも、いくつかの場面で鮎(当時の表記は「年魚」など)が登場する。その中でも、神功皇后のエピソードを中心にご紹介する。
神功皇后は鮎釣りをした
第14代仲哀天皇の妃である神功皇后は新羅の遠征から帰ってきた後、末羅県の玉島里(今の佐賀県唐津市)の川辺で、4月上旬に食事をしたことがあった。その際に、川面に突き出した岩に座って、服の糸を抜き取り、ご飯粒を餌にして鮎を釣った。ご想像の通り、ものすごく手軽な魚釣りである。それからというもの、4月上旬に女性が服の糸を抜き、ご飯粒を餌にして鮎を釣ることが絶えなくなったという。
神功皇后は鮎占いもしていた!?
この話に関して、『日本書紀』と『古事記』で内容が異なる。先ほど紹介した話は『古事記』に記されたもので単なる釣りの話で終わっている。しかし、『日本書紀』の話はそれだけに留まらない。
神功皇后が釣りをした際に、「私は西の方の財の国を求めています。もし事をなすことができるなら、河の魚よ釣針を食え」と述べて竿を上げると鮎がかかっていた。そこで神の教えを知り、神祇を祀り新羅征討を行うことを決定した。風の神や波の神、海中の大魚の助けによって、海水が国の中になだれ込むような勢いで新羅に上陸して王を降伏させたとある。それから、アユは「占魚」と書かれ、後に鮎という字がつくられたそうだ。(※諸説あり)
天皇家と鮎の結びつき
神功皇后のエピソードから読み取れるように、古代より天皇家と鮎の結びつきはとても強かった。その他にも様々な話が伝わっているので一部紹介しておく。まずは、初代・神武天皇が即位する前に吉野を訪れた時、八咫烏(やたがらす)の先導により進んでいると、鮎を獲って暮らす「苞苴担之子(にえもつのこ)」に出会った。苞苴担之子は阿陀(今の奈良県五條市)の鵜飼いの祖先の1人と言われており、後にその鵜飼い達は鮎を獲り朝廷に納める集団へと発展することとなる。この伝承は、鵜飼いが国家平定の重要なカギだったことを意味するのかもしれない。
また、地方の人々が天皇の行幸の際に鮎を奉献した事例は数多く存在する。例えば、江戸時代に長良川(今の岐阜県)の鵜飼いは朝廷や幕府に大量の鮎を贈呈したとされる。尾張藩が5ヶ月間に約2万匹の鮎を宮廷に献上したという記録もある。短期間に想像もつかないくらいの数だ。
また、今でも天皇陛下の即位式の時には、鮎が5匹描かれた万歳幡(ばんざいばん)という旗を立てる習わしがある。
日常の中で鮎に注目してみては?
このように、古代より鮎は日本人の生活や国家の重要な決定を支えてきた。日本人にとって鮎は祈りの対象だったとも言える。長い歴史の中で、人々の暮らしと密接に結びついてきたのだ。そう考えてみると、普段何気無く食べている鮎がとても貴重なありがたい食べ物に思えてくるだろう。
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【参考文献】
内藤正敏・松岡正剛,『古代金属国家論』, 立東舎, 2016年
宇治谷孟,『日本書紀(上)』,講談社, 1988年
竹田恒泰,『現代語 古事記』, 学研パブリッシング, 2011年