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2021.05.15

葛飾北斎、93回の引っ越し・ペンネーム30回変更の謎を解け!答えは…幕府による●●だった!?

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先日「謎解き」をテーマにしたサスペンスドラマを観ました。今まで謎解きにはあまり興味がなかったのですが、これがめちゃくちゃ面白いっ!

「よーし、私も何か謎解き考えちゃうぞ~」

ということで、葛飾北斎が生涯に93回引っ越しをし、30回も画号(絵師のペンネームのようなもの)を変更した謎に迫ってみようと思います! ※推理は筆者の個人的な見解です。

映画『HOKUSAI』公式サイトはこちら
葛飾北斎の情報を集めたポータルサイト「HOKUSAI PORTAL」はこちら

天才絵師・葛飾北斎 2つの謎

謎その1:なぜ93回も引っ越したのか

葛飾北斎は、90年の生涯で93回も引っ越しています。『葛飾北斎伝』によると、1日に3回転居したこともあるようで……。なぜそんなに引っ越す必要があったのでしょう?

謎その2:なぜ30回も画号を変えたのか

川村鉄蔵。これが北斎の本名です。そして葛飾北斎という呼び名は、彼の数ある画号のひとつにすぎません。19歳で勝川春章に弟子入りし、勝川春朗の名で役者絵を発表した後、なんと30回も画号を変えています。主なものは「宗理」「戴斗」「為一」「卍」などで、中には「画狂人」という、まさに北斎の生き方を表したかのような強烈なものも。

北斎の画号が書かれた肖像。中央上に「画狂人」「卍」「卍老人」なども
『肖像. 2之巻』国立国会図書館デジタルコレクションより

しかし、何度も画号を変えたらネームバリューが落ちてしまいます。最近の言葉で表すなら「ブランディング」に失敗しているのでは?

ヒントは江戸幕府による「改革」にあり!

喜多川歌麿や蔦屋重三郎が処罰された「寛政の改革」

浮世絵や洒落本など、さまざまな庶民文化が花開いた江戸時代。しかし、その道のりは決して平坦なものではありませんでした。

北斎の生きた江戸時代には享保の改革・寛政の改革・天保の改革という、いわゆる「三大改革」が行われました。これらの改革では、質素倹約や武芸が奨励されたほか、出版・風俗が厳しく制限されます。特に、老中・松平定信主導による寛政の改革では、美人画で名を馳せた喜多川歌麿が手鎖50日という重い刑に処され、失意の中54歳で病没。さらに戯作者・山東京伝らが処罰されたほか、版元の蔦屋重三郎は財産の一部を没収され大打撃を受けました。

「風景画」で北斎は幕府に対抗?

幕府による厳しい締め付けの中、北斎が作品を発表し続けることができたのは、彼の絵のテーマにあるかもしれません。当時禁止されたのは「幕府の方針に反する本」「風紀を乱す好色本」「徳川家康や将軍家に関わる作品」など。北斎の作品には、富士山を多彩に表現した『冨嶽三十六景』や、全国各地の滝の名所を描いた『諸国瀧廻り』など、旅や風景をテーマにした作品が多いことから、幕府の規制をかいくぐることができたのかもしれません。

そんな北斎も、もとは黄表紙(風刺がきいた大人向けの絵本)の挿絵や春画(エッチな絵)など、規制の対象となる作品を手掛けていました。幕府による弾圧にあの手この手で対抗した結果「風景画」に足を踏み入れ、世界を驚愕させた『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』など傑作の数々が生まれたのかもしれません。

北斎の代表作と言えばこれ!『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』 メトロポリタン美術館蔵

引っ越し・改号の謎の答えは「弾圧」!?

北斎が引っ越しを繰り返した理由。それは、絵を描くことに明け暮れ、部屋の掃除を全くしなかったからだ、などと言われています。つまり、家が荒れるたびに引っ越していたのだということ。

しかし、本当にそんな理由だったのでしょうか? 引っ越しをしたことがある人ならわかるかもしれませんが、引っ越しって結構疲れます。北斎は健康・長寿で知られていますが、いくら健康に人一倍気を配っていたとはいえ、年老いてからの引っ越しはかなりの重労働だったはず。それに、部屋の汚さが引っ越しの理由だとしたら、日に3回も転居するほど荒らす方が難しそうなものです。

財産を没収された蔦屋重三郎、手鎖に処された喜多川歌麿の例を見るに「北斎は、幕府の弾圧を逃れるために転居を繰り返していた」。そう推測することもできるのではないでしょうか。

また、作家の責任をも表す画号を、なぜ頻繁に変えてしまったのか。その理由として、画号を売って収入を得ていたという説があります。ですが、私が注目したのは、規制の対象だった春画は地下出版物として流通し、隠号を用い幕府の目を欺く絵師もいたということ。幕府に目をつけられたら、また名前を変えて描けばいい――。弾圧を逃れ描き続けるため、そんな「画狂人」らしい理由もあったのではないでしょうか。

おまけ:セバスチャン・高木の「セバスチャン」って?

HOKUSAI PORTAL並びに和樂web編集長の、セバスチャン・高木編集長。北斎の画号変更の理由も気になりますが「セバスチャン」の由来も気になる! ということで聞いてみました!

セバスチャン・高木の「セバスチャン」って何なのでしょう? 響きがカッコイイからでしょうか?

セバスチャンというのは、キリスト教の聖人の一人。殉教を遂げたことで知られ、そこから執事など「従順に主人に仕える人」みたいなイメージで使われるようになったみたいです。

!? 編集長が従順に誰かに仕えている……!?

はい。私は和樂webの読者のみなさま、オーディエンスのみなさまに殉ずる覚悟です。それなので「セバスチャン」という名前をつけました。

日本大百科全書によると ペストを防ぐ聖者としてヨーロッパで広く崇拝され、護符や絵画彫刻が多く、射撃、狩猟の守護聖者となっている とありますね。

アマビエみたいで、コロナ禍にも心強いネーミングです。意外な発見がありました! 編集長、ありがとうございました!


“Saint Sebastian” メトロポリタン美術館蔵

5月28日(金)劇場公開! 映画『HOKUSAI』

『HOKUSAI』5月28日(金)全国ロードショー(C)2020 HOKUSAI MOVIE

工芸、彫刻、音楽、建築、ファッション、デザインなどあらゆるジャンルで世界に影響を与え続ける葛飾北斎。しかし、若き日の北斎に関する資料はほとんど残されておらず、その人生は謎が多くあります。

映画『HOKUSAI』は、歴史的資料を徹底的に調べ、残された事実を繋ぎ合わせて生まれたオリジナル・ストーリー。北斎の若き日を柳楽優弥、老年期を田中泯がダブル主演で体現、超豪華キャストが集結しました。今までほとんど語られる事のなかった青年時代を含む、北斎の怒涛の人生を描き切ります。

画狂人生の挫折と栄光。幼き日から90歳で命燃え尽きるまで、絵を描き続けた彼を突き動かしていたものとは? 信念を貫き通したある絵師の人生が、170年の時を経て、いま初めて描かれます。

公開日: 2021年5月28日(金)
出 演: 柳楽優弥 田中泯 玉木宏 瀧本美織 津田寛治 青木崇高 辻本祐樹 浦上晟周 芋生悠 河原れん 城桧吏 永山瑛太 / 阿部寛
監 督 :橋本一 企画・脚本 : 河原れん
配 給 :S・D・P ©2020 HOKUSAI MOVIE

公式サイト: https://www.hokusai2020.com

書いた人

大学で源氏物語を専攻していた。が、この話をしても「へーそうなんだ」以上の会話が生まれたことはないので、わざわざ誰かに話すことはない。学生時代は茶道や華道、歌舞伎などの日本文化を楽しんでいたものの、子育てに追われる今残ったのは小さな茶箱のみ。旅行によく出かけ、好きな場所は海辺のリゾート地。