日本文化の入り口マガジン和樂web
12月9日(木)
考えれば考えるほど、人を愛すること以上に芸術的なものはないということに気づく(ゴッホ)
日本文化の入り口マガジン 和樂web
日本文化の入り口マガジン 和樂web
12月9日(木)

考えれば考えるほど、人を愛すること以上に芸術的なものはないということに気づく(ゴッホ)

読み物
Culture
2021.07.17

「死者の着物」専門の買い取り業者も!江戸のSDGsな古着事情に学ぶこととは?

この記事を書いた人

他に類を見ない循環型社会を実現していたことで知られている江戸時代。紙くずや灰、排泄物に至るまで不要なものはすべて専門業者が買い取ってリサイクルし、障子や鍋、茶碗など日用品が壊れたら職人が修理してリユース。ゴミがほとんどでないエコな生活が営まれていました。では、具体的にどのようなことが行われていたのでしょうか?今回は、衣服にフォーカスし、当時の人々のエコ生活の様子を調べてみました。

糞尿のリサイクルシステムもあったことを聞いて驚きました!江戸時代から学ぶことって多いなぁ。

着物は誂えよりも古着がスタンダード

誂え(あつらえ)には、歌舞伎の舞台の道具や音楽を役者や作者の好みによって特別に注文して作る、という意味もあるそう。たしかに一般庶民には手が出せない…。


着物や帯の生地となる織物は、今でも一反織るのに大変な手間と時間がかかります。当時はすべて手織りだったためさらに生産力が低く、高価で希少なものでした。そのため、絹製品を中心に扱う呉服屋は庶民にとっては高嶺の花。基本的に庶民は木綿や麻の織物を扱う太物屋、もしくは古着屋で購入していました。

古着屋は、富沢町、浅草田原町、牛込改代町、神田柳などに多く見られ、享保年間には何と1,000件以上もあったのだとか!着物のほか、帯や腰巻、股引、頭巾、ハギレなども売られていたのだそうです。

1,000件って凄い数!今の下北沢みたいにお店が並んでいたのかな?


左が古着屋、右が呉服屋の様子。『江戸職人歌合 2巻』(国立国会図書館)

「現金 安売り 掛け値なし」の商法で成功をおさめた越後屋(現・三越百貨店)も、決算期直前に売れ残った商品を富沢町の古着屋に売り払っていたのだそう。他の呉服屋もそれに倣ったため古着屋にも新しい呉服が並ぶようになります。庶民にとっては今でいうアウトレットのような感覚でいいものをお買い得に購入することもあったと思われます。

ほんとだ、アウトレットみたい!たくさん並んでいる中から自分にしっくりくるものが見つかると楽しいですよね…


また、店舗だけでなく行商による古着の販売も行われていました。竹馬という竹製の四本足の骨組みのものを使って売り歩いていたので、「竹馬古着売り」とも呼ばれていました。

向かって右が竹馬古着売り『守貞謾稿』(国立国会図書館)
竹馬に乗って歩きながら売るのかと思ったら、違った!(笑)


一方で、農村では貧しさ故、古着を買うのもままならなかった様子。忙しい農作業の合間に手前織りの麻や木綿の衣服を仕立てたり、古いものを仕立て直したりしていたのだそうです。

でもほとんどの人が仕立ての技術を持っていたなんて凄い!本返し縫いとか、学校で習ったけどもう出来る自信がない。

死者の着物を買い取る業者もいた!

古着を扱う業者の中には買取を専門にする業者もいたといいます。紙くず買いや古鉄買い(壊れた鍋や釜などの屑鉄を売買する商人)と兼業する人が多く、万治元年(1658)には江戸市中だけで500人もいたのだそう。基本的には街の人々から着なくなった着物を買い取るのがもっぱらだったと思われますが、中には湯灌場(ゆかんば)買いと呼ばれる、死者の着物の買取を専門とするユニークな業者もいました。湯灌場とは、納棺前に亡くなった人の体を拭き清める場所のことで、主に寺の近くに設けられていたそうです。湯灌場買いは、湯灌場に赴いて不要となった死者が着ていた着物を買い取っていました。

そういえば、江戸の葬儀業界ってどんなビジネスだったんだろう?気になる…!

衣替え=縫い直すことだった!?

江戸時代には衣替えの時期が4回ありました。

・4月1日~5月4日 袷(裏地の付いた着物)
・5月5日~8月31日 単衣(裏地のない着物)・帷子(麻の着物)
・9月1日~9月8日 袷
・9月9日~3月31日 綿入り(表布と裏布との間に綿を入れたもの)

富裕層の間では今のように季節ごとに着物を用意しており、短い間しか着れない着物をあえて豪華に仕立てるなどしてオシャレを楽しむこともあったのだとか。一方、庶民は少々事情が異なります。庶民の一般的な住居は長屋。六畳一間程度の部屋に家族四人で住むのが普通で、押し入れやたんすなどはナシ。衣服は行李(こうり)や葛籠(つづら)などに閉まっていたので、家族全員の衣服を季節ごとに何枚も収納できる場所なんてありません。そのため、衣替えの時期には主に各家庭のお母さんが、暖かくなると袷着物の裏地を取って単衣し、寒くなると再び裏地をつけて綿を入れる…という形で着物を縫い直していたのです。

母ちゃんの優しさにジーン……。映画で子どもの着物を仕立てるシーンをよくみるけどほっこりしますよね、あれ。


部屋で縫物をしている女性 / 鈴木春信『坐鋪八景 手拭かけ帰帆』(メトロポリタン美術館)

こういう事情から、裁縫、いわゆる針仕事は女子にとって欠かせない家事のひとつでした。

針に糸を通すのだけは得意です!

下駄の鼻緒や洗剤にも!着物のエコ活用術がすごすぎる!


古くて着られなくなった着物は、捨てることなく新たな用途を与えられるのが江戸流。
自分が着られなくなった着物は、子供用に仕立て直します。さらに古くなると、生地を割いて下駄の鼻緒や掃除用のはたき、雑巾、赤ちゃんのおしめなどになります。

リメイクも江戸から?今はTシャツなどを使ってマスクを作る人が多いですよね。


その後は燃やされて灰になりますが、その灰は灰買いが回収し、肥料や染料の媒体、また洗濯用洗剤として利用されました。

灰になるまでリユース・リサイクルされる仕組みが整っているとは、今では考えられないほどの徹底したエコ活ぶりがうかがえます。

Perfumeのポリリズムが頭の中で流れました!(昔リサイクルCMの曲に使われていた)


——–

江戸時代は今と比べると不便な部分も多く資源も貴重だったため、半ばリユースやリサイクルをせざるを得ない事情もあったのかもしれません。当時のエコな生活をそのまま現代に置き換えることは難しいですが、“モノを大切にする”というマインドは今にも通じるはず。衣服以外にもサスティナブルな暮らしに繋がるヒントがたくさんあるので、この機会にぜひエコの視点から江戸文化を知り、先人の知恵から学びを得てみてはいかがでしょうか?

【参考資料】
・中江克己『お江戸の意外な商売事情』(PHP文庫)
・丸山伸彦『江戸のきものと衣生活』(小学館)
・石川英輔『大江戸リサイクル事情』(講談社)
・菊地ひと美『江戸衣装図鑑』(東京堂出版)

書いた人

広島出身。ライター&IT企業会社員&カジュアル着物愛好家。その他歌舞伎や浮世絵にも関心がアリ。大学卒業後、DTMで作曲をしながらふらふらした後、着物ムック本の編集、呉服屋の店長を経て、現在に至る。実は10年以上チロルチョコの包み紙を収集し続けるチロラーでもある。