Culture
2018.06.27

日本建築とはなんぞや「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」|尾上右近の日本文化入門

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今、最も注目される若手歌舞伎俳優・尾上右近さんことケンケンの日本文化を学ぶ本連載。今回は、森美術館で開催中の展覧会「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」に行ってきました。「よろしくお願いいたします!」と、舞台稽古の合間をぬって森美術館に現れた元気なケンケンに、学芸員の德山拓一さんが「これまでに1人の建築家、1つの建築のムーブメント、あるいは建築史のみにフォーカスした展覧会はありましたが、日本建築をコンセプトで読み解くような展覧会はありそうでなかったんですよ」と、案内してくださいます。

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可能性としての木造
超越する美学
建築としての工芸
連なる空間
開かれた折衷
集まって生きる形
発見された日本
共生する自然

尾上右近

建築界のノーベル賞と言われているのがプリツカー賞ですが、丹下健三、谷口吉生、安藤忠雄、妹島和世など、なんとこれまで日本人が7人も受賞しています。「アメリカの9人に次いで世界2位。日本建築が世界的にこれほど注目されているということは、そこには何かがあるんじゃないかというのが1つ。で、日本建築の大きな流れを見るときに9つの視点から分析してみました。あるいは9つの遺伝子というふうにとらえていただいてもいいかと思います」と、德山さん。「日本人建築家たちはそれほど高く評価されているんですね、すごい」と、ケンケンが目を輝かせます。貴重な建築資料や模型、体験型インスタレーションなど100のプロジェクト、400点を越える展示がある中、ケンケンが感じた「建築の日本展」を紹介いたします。

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可能性としての木造

最初のセクションは「01可能性としての木造」。国土の70%が森林である日本において、木はどのように生かされてきたのか…。「日本建築を語る上でいちばん最初に語るべきものはやはり木造建築です」と、德山さん。巨大な木のオブジェを見上げながら「これは何ですか?」と、ケンケン。「2015年にミラノで開催された国際万博で、建築家の北川原温(きたがわらあつし)氏が建てた日本館の外壁を再現したものです。日本の伝統建築の中には木組というものがありますが、これは木組の技術を応用して、4つの単純な部材を組み合わせるだけで釘は1本も使っていません」と、德山さん。「釘を使わないってすごいですよね」と、ケンケン。

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立体木格子と称する木組の前で、元気なケンケン

木組の模型の前に立ち、「木組といえば、僕はいつも三味線の棹を思い出すんです。三味線の弦が並ぶ棹の部分は1本の棹に見えますが、実は継ぎ目があるんです。1本でつくっているものもありますが、だいたいは継ぎ目があり、持ち運びに便利なように組み立て式になっているんです」と、ケンケン。「そうなんですか、三味線が木組とは知りませんでした。棹をご自身で外せるんですか?」という德山さんの質問に、「はい。持ち運び可能なように自分で外せて、ケースに入るようになっているんです。で、木の継ぎ目の部分はものすごく精密にできています。でないと、演奏をするときに指が引っかかっちゃうんですよ。だから、木組を見るとつい継ぎ目を触りたくなる(笑)」と、ケンケン。

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「もともと木組みは中国から来たのですが、建築において、日本は雨が多いので軒がどんどん深くなっていき、それを支えるために木組みのテクノロジー、アドバンスな技術が必要となり、それが日本建築をどんどん特徴的にして、木組みが複雑になってきたわけです」と、德山さん。繊細であるがゆえに力強く、「五重塔なんかでもこの木組みで屋根を支えているわけですよね。でも、江戸期の解体期に、支えきれないというので邪鬼を置いたりすると思うんですけど、あれはなぜ置いてあるのかなと思って…」と、編集長。話が脱線したかのように思われたが、「では、これで説明しましょう。五重塔とスカイツリーは同じ技術を使っています。心柱が浮いているんです。五重塔の中央にある心柱が浮いていて制振の効果を与えているのではないかというので、スカイツリーに制振システムとして導入しています」と、德山さん。

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五重塔の設計図とスカーツリーの模型の前で解説する德山さんとケンケン

「重心を分散させているということですね」「はい。もともと五重塔はいちばん上にある相輪(そうりん)を天高く上げるためのもので、誰かが入ってここで何かをするという場所ではないんです。柱を支えるために外の構造がどんどん複雑になってきた。それで、屋根の柱は外側に、心柱は縦で、線の方向が違うので、経年変化によって屋根と心柱の間に隙間が出てきて雨漏りが始まるんです。それを防ぐために屋根の木材(イリキ)を内側にぐっと入れていけば、隙間ができないということがわかり、それで浮かしてずっと中に中に入れているんです。改修工事のときなど、1回その力がなくなって外に働くため、これを支えるために置く。それが結果的に制振システムになるというのが最近の研究でわかってきました。「なるほど〜」と、ケンケンと編集長も納得の様子…。

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おっ、ちょっと待って!江戸時代、福島県の会津若松に建てられたさざえ堂の模型がありますよ。グルグル渦巻くスロープを昇って、そのまま突き進むと知らぬ間に降りている二重螺旋構造の建物。かつては西国三十三観音像が安置され、観音巡礼が適ったというエンターテインメントたっぷりの建築です。和樂6月号『かわいい建築の旅』で紹介し、建築家の藤森照信先生に解説していただきました(140ページ)。実は、偶然にも、藤森先生は森美術館の「建築の日本展」を監修されているそうですよ。

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さざえ堂の模型の前で

超越する美学

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孤篷庵

もののあはれ、無常、陰翳礼讃…日本の美意識には超越的な姿勢があります。繊細でありながら大胆な、シンプルという言葉すら超えた表現は日本建築に受け継がれる遺伝子のひとつでしょう。

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右は、大徳寺の小堀遠州が建立したといわれる孤篷庵。德山さんが「これは月を愛でる茶室でもあるんですけど、上半分は障子になっており、直接月を見ないで、水をはった手水鉢に…」と言うと、「そこに映す!ああ、すごいですね。自然や環境と向き合う時間の絶対数が違うんだね」と、ケンケン。左は、そこから着想を得た前田圭介氏の建築。「家に塀をつくると外側と内側が完全に遮断されてしまいますが、こういう目隠しにして外側と内側に緩やかなつながりをつくっています」と、德山さん。「ああ、確かに。シャットダウンされたようでされてないし、ドアもついていますね。これは泥棒がちょっと戸惑いそうです(笑)」

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鈴木大拙館の模型

こちらは金沢にある鈴木大拙館の模型。建築家は今のニューヨークMoMAを設計された谷口吉生さん(『和樂』2015年12月号30ページで紹介)。「鈴木大拙は禅を初めて英語で紹介して、禅を世界に広めた人です。四角い建物の中で座禅できます。ここも自分に向き合える」と、編集長。「いいですね。禅寺に似てます、すごいステキだ」と、ケンケン。

建築としての工芸

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黒川紀章の東芝IHI会館

明治期に建築という概念が輸入されるまでは日本に建築家はいませんでした。「大工がいたり、いろんな職人の技の集合体として1つの建物ができあがる。だから工芸の集積だったんです。そういう意味で建築をとらえ直したのがこのセクションです。で、いきなりここに出てくるのが1970年の万博のときに黒川紀章さんが設計した東芝IHI会館です。

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編集長が「うーん、すごい。パビリオンの写真を見ても、もはや全然工芸を感じさせない(笑)」。「真ん中の赤いドームは360度から見られるシアターになっていて、その周りに三角の集合体が配置されているんです。同じかたちが連続するというところで工芸的な意味があります」と、德山さん。

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伝千利休 『待庵』 1581年頃(安土桃山時代)/2018年(原寸再現) 制作 ものつくり大学

高度な匠の技を駆使して、「部分」の集積が建築物をなす、成熟したものつくり。千利休の作と伝えられ、現存する茶室建築として日本最古の国宝『待庵』(京都府・妙喜庵)は、「わび」の思想を空間化したもので、日本文化を語る上で欠くことのできない建築の一つです。なんと、六本木ヒルズの高層ビルの中にある森美術館に『待庵』を原寸スケールで再現しています。二畳の茶席やにじり口(出入口)で知られる極小空間が体感できます。ケンケンも実際に入ってみました。

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制作はものつくり大学の50名ほどが協力し合って、実測図や文献を紐解きながら、釘一本からすべて手作りし、土壁や小舞、掛込天井なども忠実に再現しているそうです。こちら、写真撮影もOKです。

連なる空間

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丹下健三自邸(1953年)の3分の1の模型

20世紀に入り、日本建築が世界に伝えたのは、建築は必ずしも内外を壁で仕切らなくても成り立つということ。建築が1つのユニットの集積という考え方でした。「源氏物語に見られる寝殿造りをベースにした日本建築です。大きな1つの空間があり、用途に合わせて襖をたてる。たとえば今日はお客さんが多いから1つの大きな広間にして宴会をしよう。今日はここを寝室にするから襖をたてる。そうして機能に合わせた空間の展開というのが、西洋の建築の中ではすごく近代的な考え方でもあったのです。それで近代になって丹下健三などいろんな日本の建築家が海外で活躍するきっかけになったのでは、という説がこのセクションです。

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部屋の機能は固定されなくてもよい、豪華な装飾ではなく素材そのものの表現によって品位が保てる。実用性が見た目の美しさにもつながる、開かれた空間の理想像は今も日本建築に生き続けています。近代になって世界的に日本の建築家が世界進出できた1つの理由でもあるのです。

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香川県庁舎の模型

さて、こちらは丹下健三が建築した香川県庁舎の模型です。「現在、耐震工事中ですので、実際に香川県庁舎で使われている丹下健三がデザインした椅子や本棚をお借りして来ました。実際に座っていただいて結構です」と、德山さん。ブックラウンジの椅子に腰掛けて「建築家の仕事というのは家具まで入っているんですね」と、ケンケン。

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剣持勇や丹下健三らによるモダニズムの名作家具で構成されたブックラウンジ。書棚の本は手にとって閲覧することも可能

さて、今回の展覧会のもうひとつの目玉は、最新技術のレーザーファイバーと映像を駆使し、日本建築の空間概念を3Dで体感するという体験型インスタレーションです。コロンビア大学建築学科で学び、建築で培ったロジカルな思考と知見をもとに創作するクリエイティブ・アーティストとして世界が注目する齋藤精一氏の最新作。特別にステージに上がらせていただき、ライゾマの作品の中に入って体感していただきました。どんどん変化する日本建築の中でたたずむケンケン。「面白いなあ!」すると「これ、歌舞伎の舞台にも使えそうですよね?」と編集長。

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齋藤精一+ライゾマティクス・アーキテクチャー 『パワー・オブ・スケール』 2018年 インスタレーション

開かれた折衷

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西洋のものを取り入れて、異国の文化を技術として発達させることが日本人は得意です。それがダイナミックに発生したのが開国した明治時代でした。建築で何が起きたかというと、日本で初めての銀行、第一国立銀行が西洋建築で建てられたのです。見よう見まねで日本の大工が建てた西洋建築。石の技術がないため、石でつくるはずの柱の飾りなども全部木でつくられました。「見よう見まねで建てた第一国立銀行が当時の日本で話題になり、それを描いた錦絵が日本中に広まったのです。すると日本中の大工さんがそれを真似して、それで日本全国に擬洋風建築が広まりました」と、德山さん。「すごく洒落て見えますよね」と、ケンケン。編集長も「かえってお洒落ですよね。今も地方の中心都市に残っていますよね」「はい、東京は戦火で焼けましたが、地方には残っています。

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こちらも当時建てられた宮城県議会議事堂のモデルです。これも木造で西洋建築を建てた洋風建築の一例です。「石よりは落ち着くから好きだな」と、ケンケン。

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「こちらは京都市美術館ですが、西洋建築をつくったあとに、上部に王冠のように日本建築をのせています。建築様式的にいうと帝冠様式になるんです、歌舞伎座も同じですよ」と、德山さん。「あ、そうなんですか。へえー! たしかに、昔の歌舞伎座はとくにそうですよね」と、ケンケン。「帝冠様式が、折衷建築の1つの流れとしていろんなところに広がったんです」と、德山さん。「歌舞伎座もそうなんだー」と、しみじみ呟くケンケンでした。

集まって生きる形

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シャルロット・ペリアン 『折りたたみ式寝台とクッション』 1941年 所蔵 山形県立博物館

日本における「公共」には、長屋、寺子屋など縁がつなぐ空間の伝統があります。ここでは、伝統的集落を実測した調査や雪害に苦しむ農村問題など、建築が社会に向き合った例を紹介。戦前、東北の農民の生活改善のために、フランスの建築家シャルロット・ペリアンが藁でデザインした寝椅子なども展示されていました。「これ、すごくいいですね」と、ケンケンと編集長が口を揃えると、德山さんが「これは大変貴重な作品なんですよ」と、德山さん。現代社会では新たなコミュニティ形成の方法として提案された、シェアハウスはじめ、自然の恵みと災害に囲まれた日本の「集まって生きる形」への注目は高まっています。

発見された日本

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1893年にシカゴ万博が行われたときに建てられた、平等院鳳凰堂をモデルにしたパピリオンの設計図

「08発見された日本」では、来日したフランク・ロイド・ライトやアントニン・レーモンドから、現在第一線で活躍する建築家まで、国外の建築家が創造的に捉えた日本像を紹介しています。「フランク・ロイド・ライトは日本の建築の影響を受けているんですか?」と、ケンケン。「実は、ライト自身は認めてないんですけど、日本の建築の影響を受けているとは言われています。もともとライトが日本の建築に出会ったのはシカゴ万博でした。1893年にシカゴ万博が行われたとき、平等院鳳凰堂をモデルにしたパピリオンが建てられたんです。当時、ライトはシカゴに事務所を持っていたんです。で、旧帝国ホテルの前庭も平等院の庭にそっくりだというふうに言われています。面白いのは、平等院をただ建てただけではなくて、実は真ん中が徳川時代の書院建築を表現していて、両脇に藤原時代の寝殿造りと、足利時代の書院造り。建築様式3つを表現しているんです。「それを平等院チックにまとめているのがすごいですね(笑)」と、編集長。「そう、すごいですよね。当時、相当話題になったようです。本当は平等院をそのまま持っていく予定だったようですが、岡倉天心の指揮でこうなったようです」と、德山さん。「批判もあったでしょうけど、岡倉天心だからできたんでしょうね」と、編集長。

共生する自然

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芝棟という日本の住居様式があります。あまり知られていませんが、かつては日本の60%以上の屋根に木が植わっていたそうです。德山さんが「これ、箱根の関所の写真ですが、よく見るとしっかり…」。「あ、屋根の上に木が植わっていますね。なんでなんだろう」とケンケン。「理由は2つあると言われてます。木が根を張ることによって棟が固定されるという機能があるのと、あと建物の天辺の棟は神聖な場所らしいんです。よく田舎の茅葺屋根を見ると、そこに「水」とか書いてあります。水とは、家が火事にならないようにと神棚のようにおまじないをする場所だったようです。芝棟もおまじないの効果があり、芝棟にすると蛇が住むと言われる地域があり、蛇がすむと鼠が来ない。鼠が来ないとお米を食べられないので食糧に困らない…など地域によってとらえ方は違います」。

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「建築家の藤森照信氏は、住宅とは無意識で、住宅以外の建築は意識だ。人は家から出て仕事に行ったときに社会的、意識的になる。家へ帰ったらもう何も考えたくないから無意識になる。住宅はもともと無意識で成り立っているから、芝棟が経済発展の中で失われていっても誰も気にも留めなかった。無意識で知っているものだったので記録にも残さず、今は全然知られていない建築様式になってしまっている。でも実は昔の人にとってはすごく身近な建築様式の1つだったんじゃないかということです」と、德山さん。「意識と無意識はたしかにあります。でも、こういうことしたというのは意識があるから家を守るということもできる。たしかに、理由があることでも、それが当たり前になっていくと、わざわざ口伝していかなくなるというのはありますね」と、ケンケン。德山さんが「そうなんだと思います」。「歌舞伎の口伝でもあるような気がします。これはそういうものだと教えられて、どちらでもいいんじゃないかといってやらなくなることがありますが、でも、よくよく振り返ると理由はちゃんとあった。やっぱりやっておいたほうがいいというようなこと。意識が無意識に近くなっていっちゃうんだね、面白いなあ」と、ケンケン。

尾上右近

右近 日本の建築が、日本古来のスタイルというか、自然に寄り添うような建築に戻っていけてるということが面白いですね。やっぱり高層マンションとか、行くところまで行ったんだなというのがよくわかるし、結局、もともとあるものの、何と言うか、要素の時代なんだなと思いますよね。歌舞伎もそうですが、もともとあるものからヒントを得て発展させたものを表現するという感じで。

尾上右近

編集長 うん。デザイナーや建築家、それから歌舞伎のような演劇もそうかもしれませんが、そうしてアイディアソースを探すじゃないですか。そのアイディアのソースって、最後は自然に行き着くんじゃないかなと思いますね。

右近 今回は拝見した建築は、自然に+α、ちょっと楽しいとか幸せというものが何かエッセンスとしてあるというスタンスが、面白いと思いましたね。それから、様式の変化。変わっていくもの、変わらなきゃいけないもの、変わらないもの、変えていくものという、伝統の4つの原則があるらしいですが、それがやはり建物とか生活とか、人に必ず付随するもの。

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森美術館 「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」

2018年4月25日〜9月17日 開館時間/10時~22時(最終入館 21時30分) ※火曜日は17時まで(最終入館 16時30分)入場料/一般 1800円 東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階Tel:03-5777-8600(ハローダイヤル)

尾上右近プロフィール

尾上右近

歌舞伎俳優。1992年生まれ。江戸浄瑠璃清元節宗家・七代目清元延寿太夫の次男として生まれる。兄は清元節三味線方の清元昂洋。曾祖父は六代目尾上菊五郎。母方の祖父は鶴田浩二。2000年4月、本名・岡村研佑(けんすけ)の名で、歌舞伎座公演「舞鶴雪月花」松虫で初舞台を踏み、名子役として大活躍。05年に二代目尾上右近を襲名。舞踊の腕も群を抜く存在。また、役者を続けながらも清元のプロとして、父親の前名である栄寿太夫の七代目を襲名10月1日(月)〜25日(木)は御園座の顔見世公演に出演予定。【公式Twitter】 【公式Instagram】 【公式ブログ】

文/新居典子 撮影/桑田絵梨 構成/新居典子・久保志帆子

【尾上右近の日本文化入門】

第1回 北斎LOVEな西洋のアーティストたち♡
第2回 大観と言えば富士?!
第3回 東博に超絶御室派のみほとけ大集合!
第4回 ケンケンが刀剣博物館に!
第5回 錦絵誕生までの道程 鈴木春信の魅力
第6回 日本建築とはなんぞや!
第7回 国宝「合掌土偶」が面白い!
第8回 永青文庫で、「殿と姫の美のくらし」を拝見