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尾上右近

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北斎LOVEな西洋のアーティストたち♡ 尾上右近の日本文化入門_INTOJapaaaaN!

今、最も注目される若手歌舞伎俳優の尾上右近さん(ケンケン)の、和樂INTOJAPAN初の連載が始まります!日本の伝統芸能に携わりながらも、なおも日本文化への探究心が強い右近さんと共に、日本文化を学んでゆきましょう。

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第1回は国立西洋美術館の「北斎とジャポニスム」巡りです。絵を描くのが好きだと言うケンケンは、2月に行われる襲名の準備や、バラエティ、朗読劇、舞台稽古、宣伝取材などなど多忙なスケジュールを縫って、開館前の国立西洋美術館に駆けつけてくれました。研究員の袴田紘代さんが詳しく解説しながら案内してくれ、またこの展覧会には3度も通い、自らトークショーにも挑んだ高木編集長も同行。4度目にして、ケンケンのおかげで、また新たなる発見をすることになるのでした。

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今から150年前のパリ万博を契機に巻き起こった日本ブームと、それに続くジャポ二スム。モネ、ドガ、セザンヌ、カサットといった印象派のみならず、ゴッホやゴーガン、ルドン、スーラなどの画家から、ガレやティファニーなど工芸の分野でも、多くの芸術家たちが北斎の影響を受けたと考えられています。その西洋の名画や作品と、北斎の作品を並べて見比べられる大胆な展示が「北斎とジャポニスム」展の最大の魅力です。それでは、ケンケンと共に、北斎が西洋美術に与えた影響をポイントごとに見てゆきましょう。

1章 北斎の浸透

u-11葛飾北斎 『休茶屋』 1804(文化元)年 東京国立博物館/展示期間:12月12日~2018年1月8日

まずは、世界で最も著名な葛飾北斎が、どのような経緯で有名になったかを知るコーナーです。海外のコレクターたちが熱心に集めた数々の北斎の作品が展示されています。ケンケンは、宝飾デザイナーのアンリ・リヴィエールが収集したという北斎の浮世絵『休茶屋』の前で立ち止まり、画面の右上に書き込まれた字を食い入るように読んで「あ、常磐津、と書いていますよね…」と。すると袴田さんは「そう、これは常磐津の床開きの案内用に刷られた摺物です」と説明した上で、「そこまで読み込まれる方はなかなかいませんよ」と、感心!

2章 北斎と人物

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江戸時代、日本人は、西洋から入ってきた版画などを見て、人物の立体的で写実的な描写に驚きます。が、逆に西洋でも、日本から入った浮世絵や絵本の人物が、表情や動作や身体を極めて簡潔に表現していることに驚かされました。しかし、じつは北斎は西洋的な人体研究を怠らず、人体の骨格や筋肉の動きの研究を背景に人物を描いていたのです。日本の伝統的流派がそうであったように、家に伝えられている絵手本をただ繰り返し模写して学ぶやり方では、北斎の求めるものは得られなかったのです。さて、この写真のケンケンの背後に見えている赤と緑の作品は、『北斎漫画』十一編と、そこに描かれた人物の身体の動き(ことに足の上げ具合)がまるでそっくりな、ジュール・シェレの『ジラール座』のポスターです。その格好があまりに似すぎていて、「この脚は(笑)」と、袴田さん。「長えぜという感じですね(笑)。面白いな」と、ケンケン。これには皆で思わず笑っちゃいました…。

u-16ピエール・ボナール 『洗濯屋の少女』1895-96年頃 フィラデルフィア美術館 Philadelphia Museum of Art Purchased with the Jhon D. Mcllhenny Fund,1941

また、北斎の『一筆画譜』と並んで展示されているのは、ボナールの『洗濯屋の少女』。立体感のないシルエットで表された人物像は北斎の表現から学んだと思われ、ケンケンは「これ、おもしろい!それにしても、置き換え方がうまいですよね、みんな。本歌取りがうまい」と、呟きます。「北斎の絵本は海を渡り、アイディアの源泉みたいになっていた。それをそのまんまというのではなくて、ちょっとわからないようにしながらとり入れたんですね…」と、編集長。「ユーモラスな、よちよち歩いていそうな女の子の表現とか……ここまでできるのがすごいなと思います。ボナールは、ジャポナールと渾名されるぐらい日本美術が大好きだったんですよ」と、袴田さん。

3章 北斎と動物

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『北斎漫画』を筆頭とする北斎の絵手本には、ユーモアと親しみのこもったまなざしのもと、自由に表現された動物が登場します。生命力にあふれ、ときに愛らしい動物たちの表現は、かつて生きた動物たちの姿を作品の主要モティーフとして描くことなどはほぼなかった西洋の画家たちの創作欲を刺激しました。一方、装飾工芸の分野では、生物を図案に取り込む伝統があったため、北斎の動物モティーフは瞬く間に浸透します。

u-26エミール・ガレ 『壺:ペリカンとドラゴン』 1889年頃 サントリー美術館

これは、装飾工芸の分野において、北斎の画の転用から独自の解釈をして、表現豊かなガラス器を生み出したエミール・ガレのガラスの壷『ペリカンとドラゴン』。北斎の『和漢絵本魁』に描かれている化鳥と似ています。これを見て「うわぁ、すごくいいなあ。当時、西洋の人々は、漆器には馴染みがあったんでしょうか?」と、ケンケン。「そうですね、そういえば色も漆に近いような感じがしますね。パリの万国博覧会で日本が工芸品を出品したときに、たくさんの漆器が並んでいたでしょうから…漆を意識してるという可能性がないわけではありません」と、袴田さん。

4章 北斎と植物

u-28上:葛飾北斎 『杜若にきりぎりす』 1831-33(天保2-4)年頃 ミネアポリス美術館 Minneapolis Institute of Art,Bequest of Richard P.Gale 74.1.212/下:カミーユ・マルタン/ルネ・ヴィエネール ルイ・ゴンス著『日本美術』(第2巻、1883年刊)のための装丁 1893年 ナンシー派美術館

西洋の伝統的な絵画ジャンルの中で、植物は花瓶に活けて描かれていました。そこには「死を忘れるな」という、キリスト教のメッセージが託されていたのです。逆に、花鳥画をはじめとする日本美術では、花々は地に根を張って空を仰ぎ、風に吹かれ、その周りに蝶が飛び交う…。そこに植物の真実を感じ取ったのは印象派の画家たちでした。ゴッホやモネは大地に咲く花を画面いっぱいに描きました。

なかでも、北斎の『杜若にきりぎりす』はジャポニスムの時代に非常に西洋人に好まれて多くの作品に類似の表現が現れています。このカミーユ・マルタン&ルネ・ヴィエネールによるルイ・ゴンス著『日本美術』第2巻のための装丁もそのひとつです。

u-30アクセリ・ガッレン=カッレラ『冬(ユセーリウス・マウソレウムのフレスコ画の習作)』 1902年 アテネウム美術館、ヘルシンキ

『北斎漫画』四編には雪が積もったさまざまな枝の図柄が描かれています。パリで学んだ北欧画家たちの多くが日本美術やジャポニスムに親しんだことが証明されていて、とくにアクセリ・ガッレン=カッレラの『冬』に見る至近距離で描かれた雪は、北斎の絵と近いと言われています。

u-31アクセリ・ガッレン=カッレラ『冬(ユセーリウス・マウソレウムのフレスコ画の習作)』 1902年 アテネウム美術館、ヘルシンキ

「じつは僕がいちばん印象に残った絵はこれです。ふつう雪の重さって感じませんが、僕は雪の絵を見て初めて雪の重さを感じます。雪の重圧というのかな…。歌舞伎の衣裳では、政岡や松王丸のように家の重圧が自分の身にかかっている役の衣裳には雪持の柄が用いられています」。たとえば、『伽羅先代萩(めいぼくせだいはぎ)』の政岡の打掛は足利家の紋からとった竹と雀が描かれ、その笹に雪がかかった「雪持笹」という文様。『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』の松王丸も松に雪持の柄。

「いずれもじっと耐え抜く決意を表す衣裳で、雪の重さと家に対する重圧とを掛けているんですね。それをスッと連想しました」と、ケンケン。「すごい見方だね、それね(笑)」と、編集長。「いえいえ、僕はそういうところからしか見られないというのもあると思うんですけど(笑)。衣裳として着たときに、雪が新しい表現になる。なおかつ彩として美しいというのはすごいと思うんです」と、ケンケン。袴田さんが「実際にそれらの歌舞伎の舞台を観たくなりますね(笑)」と、目を輝かせた。

u-32エミール・ガレ キャビネット『冬のキヅタ』 1902年頃 オルセー美術館(ナンシー派美術館に寄託) Musée d’Orsay (deposit to Musée de l’Ecole de Nancy) Donated by Jean Bourgogne,1984.

エミール・ガレのキャビネット<冬のキヅタ>。ここにも、雪持の枝が描かれていますね。「塗り残しているんですか、この雪?」と、編集長。「これは寄木細工によるもので、全部違う色の木を切り抜いて、はめ込んでいるんですよ」。木地を生かした美しい描写に、思わず前のめりになって凝視するケンケンの後ろで、「これは前に来たときにはなかったなあ」と、編集長。すると、袴田さんが「いえいえ、一部展示替えはありますが、これはずっとありますよ」。3度も来たのに、見落としがあるらしい。

5章 北斎と風景

u-35クロード・モネ 『木の間越しの春』 1878年 マルモッタン・モネ美術館、パリ

北斎の風景画は西洋の多くの画家たちに影響を与えました。それまでアカデミーで教えられた風景画の「あるべき姿」にとらわれていた画家たちの間で、北斎の人間の視覚体験をもとにした意表を突く構図や、影のない鮮やかな色面による構成、連作で描く発想などは、驚きをもって取り入られます。印象派は比較的規則に縛られず自らの体験を表現していましたが、当時、このクロード・モネの『木の間越しの春』は斬新でした。柳の枝越しにぼんやりと川の対岸を描き出したもので、北斎の『富嶽百景』の中の「竹林の不二」と似通っています。

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ケンケンが笑う「あれ?そのまま?(笑)」。北斎の『北斎漫画草筆之部』の雪景色がそのままお皿に描かれているアンリ=ルシアン・ランベールの「セルヴィス・ランベール」より<皿:雪景色>です。

今回、画像を掲載することはできませんでしたが、風景を描いた西洋画でケンケンの心にいちばん響いたのはノルウェーの画家アイリフ・ペーテシェンの『夏の夜』でした。「北欧はもともと自然があふれる国だったので、日本人と自然に対する眼差しが似ています」と、袴田さん。「ああ、そういうことなんだ。水墨画っぽくも見えますね、いい絵だなあ、これ。水面には月が映っていて、むしろ水面でほとんど景色見てる感じですね」(←気になる方は、是非、実際の会場へ!)

6章 波と富士

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ギュスターヴ・クールベ 『波』 1870年頃 国立西洋美術館(松方コレクション)

北斎が描く波に影響を受けたであろう絵画が並ぶ中、ケンケンはギュスターヴ・クールベの『波』の前で立ち止まりました。自然主義を牽引したクールベは、日本が参加した1867年のパリ万博以降、浜に寄せる波を繰り返し描くようになったといいます。

u-47アルノシュト・ホフバウエル ポスター「マーネス美術協会第2回展」 1898年 プラハ工芸博物館

そして、船から放り出されて溺れそうなアルノシュト・ホフバウエルの『マーネス美術協会第2回展』のポスター。「これは、実は前衛芸術家たちの展覧会のポスターなんです。この波は旧態依然としている美術界のメイン・ストリームを表しているのだと考えられます。その波に呑み込まれようとしている若い作家に向かって、前衛芸術グループのメンバーが浮き輪を投げ、救い出そうとしている、象徴的に波が使われている例なんです」と、袴田さん。「カッコいいね。でも、果たしてこの青年、助かったのかなあ…(笑)、 相当危ういですよね」と、ケンケン。編集長も「危うい!(笑)」。袴田さんも「ものすごく気になりますね」と、大爆笑。

u-48カミーユ・クローデル 『波』1897-1903年 ロダン美術館、パリ

北斎の波の錦絵『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』は最もよく知られており、19世紀後半から現代に至るまで、多くの芸術家にインスピレーションを与え続けています。このダイナミックな大波を彫刻作品で表現したのはカミーユ・クローデルの『波』。

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「これも好きだなあ。この波の裏が気になる」と、ケンケンは彫刻の裏側にまわります。「そこに注目してくださったのはすごく嬉しいですね。実は私も裏がすごく気に入っていて…。手の骨が出ている感じがするでしょう。そこにダイナミックな影もある。それにしても、そこまで回って見ていただく方はなかなかいないから嬉しいです。実はここにも一つ、波の意味があるような気がします。カミーユ・クローデルはロダンの右腕でしたが、女性でしたから、そういう意味でその時代の大きな波にもまれていたのかもしれません…」

「北斎とジャポニスム」観賞後の雑談

u-45ジョルジュ・スーラ 『尖ったオック岬、グランカン』 1885年 テート、ロンドン

袴田「右近さんは、とても自由に鑑賞されるところがいいですね。とらわれない自分なりの見方をしていらっしゃる」

右近「そうですね。なるべくとらわれないように…(笑)」

編集長 「北斎の受け入れられ方って、いろんな階層があるでしょう。完コピもあるし、コンセプトだけ取り入れる、あるいはディテールだけ取り入れる、背景として取り入れるとか、いろんな取り入れられ方がありますが、説明できない部分もある。そのさまざまな取り入れられ方がわかると、すごく面白い。そこを見るのってなかなか難しいですよね」

袴田 「似ている、模写した、それで終わりではなくて、西洋の作家たちがどう工夫したかという能動的な面まで見ていただけると嬉しいですね。作家たちがそれぞれに、北斎の作品を参照して新しい作品を創り出す、その逞しい創作意欲には驚かされます。そのエネルギーをぜひ体感していただき、どんな目的で、北斎のどんなところを取り入れたのか。自由に思いを巡らせていただきたきです」

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アンリ・リヴィエール 『エッフェル塔三十六景』展示風景

編集長「ご自身で絵を描いたりもするそうですが、これはちょっといただきだな、というようなインスピレーションは湧きましたか?」

右近「ふだんは歌舞伎の絵が圧倒的に多くて、人物ばかりなんです。僕は山を描いたことないんです」

編集長「北斎的にいえば、木が手前にあるとか?(笑)。山って相当難しいですよね」

袴田「簡潔すぎる形だけに、山の稜線を描いて重みを出すのは難しい。挑戦かもしれないですね。でも、描く人によってその人特有の表情が出ますよね」

右近「そうですね。横山大観の富士なんてすぐわかりますよね。桜も描いてみたいなあ」

袴田「錦絵や版本を見ていると、歌舞伎のシーンなど、をより近く感じられたりしないですか?」

右近「ええ、感じますよね。違いもある。昔の人とは骨格からして違うなと思います」

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袴田「浮世絵では、菊もたくさん描かれます。とくに西洋にとって菊の花は日本の象徴的な花のひとつで、ピエール・ロティの『お菊さん』にも女性の名前として使われています。桜も梅も牡丹もそうですが。たとえばモネは自分の庭に柳や菊を植えて日本風の庭園をつくり、たいこ橋までかけたんです。19世紀末は、能にせよ歌舞伎にせよ、日本の伝統芸能に関して学術的な紹介も出てきた頃なんです。本展でも『芸術の日本』という雑誌を展示していますが、あの雑誌には日本の舞台に関する記事も書かれていて、歌舞伎についての説明もあります。

右近「へえ、そうなんですね。当時、西洋人は女形を見て、顔は女なのに声は男の太い声で喋ると言ったようです。そこで、女形は地声で喋っていたのだというのがわかります。たしかに古いものを聴くと、お富とかでもわりと地声なんですよ。市川松蔦(しょうちょう)さんという方がいたんですが、その辺りの時代から徐々に声が高くなったみたいです。戦後、カラヤンやチャップリンが歌舞伎を観ていた頃がちょうど変わり目だと思います。その一世代前の明治時代はまだ地声だった。ちょうど録音が始まったぎりぎりの頃は若干その名残で、地声っぽい女形の声があるんです。昔の方は、“今の人は声が高い”と言う人が多くて…。“若い役でもそんな高い声を出すんじゃないよ、地声でやっていれば聞えるようになる”と言います」

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袴田「面白いですね。現在、その頃に立ち返って地声でやってみようという試みもあるんですか?」

右近「という人もごくまれにいますが、完全に流れに逆らうという感じですね。でも、どちらかと言うと僕は地声のほうが好きなんですけど…みんなわりと同じ方向に向きやすいじゃないですか(笑)」

編集長「伝統が重いぶんだけ。同調圧力で(笑)」

右近「たとえば、地声でやるとしたら、さっきの前衛芸術家たちのサロンのポスターで、波にもまれて溺れているのが僕ですね(笑)。で、浮き輪につかまっても、だれも助けてくれなかったりして(笑)」。

袴田「それは辛い(笑)」

u-4トーマス・W・カトラー 『日本の文様および意匠の文法』 1880年(ロンドン) 個人蔵

編集長「(笑)。西洋絵画は、印象派が出てくるまで、絵画の題材は神話や歴史が主題だったのが、印象派により日常の美を描いていいんだという感覚が出てきた。そのタイミングで北斎や浮世絵が入って、うまく乗っかってジャポニスムとなったわけで、ちょうど時代が合ったんでしょうね」

袴田「まさにそうですね。受け取るほうの側がそういう用意が出来ていなかったら、だれも受け取れなくてスルーしてしまう。ところが、現代生活を描きたいという欲求が高まって、とくにアカデミーの伝統に対抗して新しい芸術を目指した時代に、ちょうど日本美術が入ってきた。うまくマッチングしたというか、この時期にジャポニスムが起こったことの理由がそこにあるのだと思います」。

右近「何より日本は鎖国してたんですもんね。ヨーロッパとほとんど国交がなかったときに、それで一気に日本のものが入ってきたときのインパクトはすごかったでしょうね。今日は楽しかったです、勉強になりました」

編集長「お忙しい中、有り難うございました」

右近「図録を眺めてから、もう一度、期間中にゆっくり来てみます!」

袴田「お待ちしています!」

「北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃」 は、2018年1月28日まで国立西洋美術館で開催中です!

公式サイト 『北斎とジャポニスム』展

尾上右近プロフィール

尾上右近

歌舞伎俳優。1992年生まれ。江戸浄瑠璃清元節宗家・七代目清元延寿太夫の次男として生まれる。兄は清元節三味線方の清元昂洋。曾祖父は六代目尾上菊五郎。母方の祖父は鶴田浩二。2000年4月、本名・岡村研佑(けんすけ)の名で、歌舞伎座公演「舞鶴雪月花」松虫で初舞台を踏み、名子役として大活躍。05年に二代目尾上右近を襲名。舞踊の腕も群を抜く存在。また、役者を続けながらも清元のプロとして、父親の前名である栄寿太夫の七代目を襲名10月1日(月)〜25日(木)は御園座の顔見世公演に出演予定。【公式Twitter】 【公式Instagram】 【公式ブログ】
文/新居典子 撮影/桑田絵梨 構成/新居典子・久保志帆子

【尾上右近の日本文化入門】

第1回 北斎LOVEな西洋のアーティストたち♡
第2回 大観と言えば富士?!
第3回 東博に超絶御室派のみほとけ大集合!
第4回 ケンケンが刀剣博物館に!
第5回 錦絵誕生までの道程 鈴木春信の魅力
第6回 日本建築とはなんぞや!
第7回 国宝「合掌土偶」が面白い!
第8回 永青文庫で、「殿と姫の美のくらし」を拝見

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