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2024.04.17

万葉時代の女性の恋心は今と同じ!馬場あき子×小島ゆかり特別対談【時を超える女性の恋歌たち・2】

2024年NHK大河ドラマ『光る君へ』の人気を受けて注目されている和歌。『和樂』本誌2005年9月号では、現代歌壇を代表する女性歌人である馬場あき子さんと小島ゆかりさんに登場いただき、万葉時代から現代までの女性がつくった恋の歌について語り合っていただいていました。 対談のテーマは女性の恋歌。31文字の歌に込められたさまざまな感情は、まさに日本の女性歌人たちが残した恋文であったということでした。 その観点でおふたりが話される、歴史に名を残す女性たちの恋の歌を鑑賞すると、難しいと感じられる和歌がぐっと身近なものに感じられるようになります。

「時を超える女性の恋歌たち」シリーズ一覧はこちら

『百人一首帖(ひゃくにんいっしゅじょう)』 烏丸光広筆 江戸時代・17世紀 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

万葉時代から女性たちは〝待つ恋〟や〝知的な恋〟に身を焦がしてきた

小島:万葉の時代から、もうすでにそんな恋の歌がたくさん詠まれていますね。
馬場:古くは磐姫皇后(いわのひめのおほきさき)の「ありつつも君をば待たむ打ちなびくわが黒髪に霜の置くまでに」(※注4)。霜は比喩だけれど、当時は家の中でも寒かったの。同時に霜は白髪で、白髪が混じるまで相手を待ち続ける・・・。今はいない女だ。
小島:〝待つ恋〟ですね 。今は、別れたらすぐ次の人という時代ですけれど(笑)。
馬場:当時は女性のもとに男が通っていたから、待つ情緒と、翌朝帰っていく男に対する別れの情緒、その両方があった。
小島:但馬皇女(たじまのひめみこ)の「いまだ渡らぬ朝川渡る」(※注5)は異例ですね。比喩かしら現実かしら。但馬皇女は高市皇子(※注6)の奥さんで、この歌のお相手は、穂積皇子(※注7)。
馬場:あの人はいいわね。美男子なのよ。
小島:イケメンの穂積皇子は、但馬皇女に愛され、後に坂上郎女(※注8)と結婚。坂上郎女にとってもそれはステキなことでした。初心なころに年上の包容力ある男にいろいろ教えられたことで、女性としても歌人としても彼女は大きく育ったのだと思います。
馬場:本当に評判になるほど愛されていた。
小島:穂積皇子が死んだ後にもいろいろと。
馬場:藤原麻呂が通ってくるところが、郎女にとってはすごい場面だと思う。結局、麻呂とも結ばれないんですけど。
小島:倭大后(やまとのおほきみ)の歌もいいんですよ。
馬場:あの人のお父さんは 、夫となる天智天皇(※注10)に殺されたのよ。ギリシャ神話みたいね。后になってからもじっと耐えて人格を深め、臣下の信望が厚い后となった。
小島:「青旗の木幡の上をかよふとは目には見れども直に逢はぬかも」(※注11)を読むと、古代の女、特に身分の高い女は霊的な力があるような・・・。
馬場:倭大后は見えないものが見える。今で言うところのSFや超能力者のような感じ 。現代でいちばん先端的とされるものも、全部古代からあったんですよ。
小島:それが古代性だと思うのですが、彼女は亡き夫の魂が見えると断言している。ぞっとしますね。でも、女の恋にはそういう部分がありますよね。

『元暦校本万葉集(げんりゃくこうほんまんようしゅう) 巻一(古河本)』 国宝 平安時代・11世紀 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

小島:万葉の代表的歌人のひとり、額田王(ぬかたのおおきみ)もシャーマン的なところがあった。本当はどんな人だったのでしょう。
馬場:わからない。だけど、私は「あかねさす紫野(むらさきの)行き標野(しめの)行き野守は見ずや君が袖振る」(※注12)の歌の謎は好きだな。歌自体は、あかね色に染まった薬狩(くすりがり)の野を行く君が私に手を振っている、見張りがいるのにと、よくある情景を歌っているんですよ。
小島:宴会で披露された歌ですね。宴に紛れて、本心を言おうとしたとか・・・。
馬場:人間ってお酒飲んで騒いでいるときにポロっと本心を言う。でも、どうかしら・・・。
小島:これは、宴会の席にふさわしい歌で、みんなはそれを開いて「おおっ」と盛り上った、という感じかな。
馬場:ところがその後「紫のにほへる妹(いも)を憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも」と、別れた夫の大海人皇子(※注13)が詠んだからおかしくなった。
小島:大海人が、あやしくした張本人ですね。

大伴家持像(新緑の二上山) 高岡市万葉記念館

小島:「相思はぬ人を思ふは大寺の餓鬼の後方に額づくがごと」(※注14)ですか(笑)。あんな歌 、ほかにありませんよね 。
馬場:その後も、本歌取(ほんかど)りさえだれもできなかった。斬新で時代をどれだけ先取りしていたかわからない歌ね。
小島:笠郎女は大伴家持(※注15)へ恋の歌を贈り続けたけれど、成就するはずのない悲しい恋ですね。
馬場:家持は文学者だから、この人しか私の歌を残す人はいないという意識があったと思う。
小島:そう考えると、家持でなければいけなかった理由がわかります。
馬場:歌というのは大なり小なりアピールであって、自己完結したらつまらない。アピール力があれば、必ず相手の心に染みる。
小島:アピールするものは、フレーズですね。和泉式部(いずみしきぶ)の「あらざらむこの世のほかの思ひ出にいまひとたびの逢ふこともがな」(※注16)など、ぐっときますね。
馬場:儀同三司母(ぎどうさんしのはは)の「命ともがな」もすごい歌よ。
小島:「忘れじの行末まではかたければ今日をかぎりの命ともがな」(※注16)。言われてみたい(笑)。

和泉式部は御伽草子にもなるほど、名を知られた女性歌人であった。『和泉式部物語』 室町時代末~桃山時代 和泉市久保惣記念美術館デジタルミュージアムより
※注4 意味:この黒髪が霜のように真っ白になるまで待っていましょう
※注5 「人言を繁み言痛(こちた)み己(おの)が世にいまだ渡らぬ朝川渡る」
※注6 高市皇子(たけちのみこ):天武天皇の第一皇子。天智天皇の皇女との間に長屋王(ながやおう)をもうける。異母妹の但馬皇女を妻としたとされる
※注7 穂積皇子(ほづみのみこ):天武天皇の皇子。高市皇子の妻の但馬皇女と密通し、勅命で近江志賀寺に派遣される。後に坂上郎女を妻とする
※注8 坂上郎女(さかのうえのいらつめ):大伴旅人(たびと)の妹で、家持(やかもち)の叔母。穂積皇子に愛され、皇子が亡くなった後、大伴宿奈麻呂(すくなまろ)に嫁す
※注9 藤原麻呂(ふじわらのまろ):藤原不比等の四男。坂上郎女の恋人で、郎女に贈った歌三首が『万葉集』に残る
※注10 天智天皇(てんじてんのう):626~671年。父は舒明(じょめい)天皇、母は斉明天皇。大海人皇子は同母弟。正室は倭大后(やまとのおほきみ)。大化の改新で藤原鎌足(かまたり)とともに蘇我入鹿(そがのいるか)を討伐
※注11 意味:青々と繁った木々の上を、亡くなられた天智天皇の魂が通っているのが見えるのに、現実にはお逢いできないのですね
※注12 意味:茜色に輝く天皇家の薬狩の野である標野を行きながら、あなた様は私へ向かって袖を振っておられる。標野場の番人が見ているでしょうに
※注13 大海人皇子(おおあまのみこ):671年、兄である天智天皇の後を受け、天皇中心の集権国家体制の確立に努める。后は後の持統(じとう)天皇
※注14 意味:いくらその人を思っても、本来思いが届かない人ならば、思いを寄せていること自体、まるで大寺にある餓鬼の像の後ろから地面に額づいて仏様を拝むのと同じ
※注15 大伴家持(おおとものやかもち):718〜785年。『万葉集』 第4期の歌人。父は旅人。その歌数は群を抜き、長短あわせて479首
※注16 意味:私はこのまま死んでいくのでしょうが、この世から離れてしまうまえの思い出に、せめてもう一度だけあなたに逢いたいと願っております

Profile 馬場あき子
歌人。1928年東京生まれ。学生時代に歌誌『まひる野』同人となり、1978年、歌誌『かりん』を立ち上げる。歌集のほかに、造詣の深い中世文学や能の研究や評論に多くの著作がある。読売文学賞、毎日芸術賞、斎藤茂吉短歌文学賞、朝日賞、日本芸術院賞、紫綬褒章など受賞歴多数。『和樂』にて「和歌で読み解く日本のこころ」連載中。映画『幾春かけて老いゆかん 歌人 馬場あき子の日々』(公式サイト:https://www.ikuharu-movie.com)でも注目を集めている。

Profile 小島ゆかり
歌人。1956年名古屋市生まれ。早稲田大学在学中にコスモス短歌会に入会し、宮柊二に師事。1997年の河野愛子賞を受賞以来、若山牧水賞、迢空賞、芸術選奨文部科学大臣賞、詩歌文学館賞、紫綬褒章など受賞歴多数。青山学院女子短期大学講師。産経新聞、中日新聞などの歌壇選者。全国高校生短歌大会特別審査員。令和5年1月、歌会始の儀で召人。2015年『和歌で楽しむ源氏物語 女はいかに生きたのか』(角川学芸出版)など、わかりやすい短歌の本でも人気。

※本記事は雑誌『和樂(2005年9月号)』の転載です。構成/山本 毅
参考文献/『男うた女うた 女性歌人篇』(中公新書)、『女歌の系譜』(朝日選書) ともに著・馬場あき子

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和樂web編集部

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