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Culture

2024.04.01

「ことば」が証明する、日本文化の多様性【彬子女王殿下が次世代に伝えたい日本文化】

心游舎の創設当時から、毎年中部大学の深谷圭助先生に辞書引き学習のワークショップの講師をお願いしている。本物の日本文化を子どもたちに伝えるために始めた心游舎で、「なぜ辞書?」と思われる方もおられるかもしれないが、私は文化の根幹は「ことば」にあると思っている。

言葉の奥行きは、文化の奥行き

日本語は、世界中に数多くある言語の中で、最も習得が難しい言語のひとつとされている。アルファベット26文字ですべての言葉を表現できる言語が多いのに対し、日本語は漢字・ひらがな・カタカナが混ざっている。使う言葉が同じでも、「てにをは」の使い方を間違えると全く意味が異なってしまったり、ニュアンスが変わったりしてしまうことがある。「雨」と「飴」など、読み方が同じでもアクセントのつけ方で意味が異なる言葉もたくさんある。

オックスフォードにいた頃に、日本語専攻の友人に「日本語を勉強するうえで、何が一番難しい?」と聞いてみたことがある。返ってきた答えは、「敬語は難しい。でも僕が一番難しいと思うのは、一つの言葉にたくさんの意味があるものが多すぎることだよ!」だった。今一つピンとは来なかったので、「どういうこと?」と聞き返すと、「例えばね…」と真面目な顔で彼は説明を始めた。

英語では、身に着けることはすべて“wear (着る)”という一言で説明できる。帽子も眼鏡もジャケットもすべてwear。でも日本語では、帽子はかぶる、眼鏡はかける、ジャケットは着る、ズボンは履く、腕時計はする、だろうか。「もう、意味が分からないよ!」と文句を言われた。言われてみるまでそんなことを考えてみたこともなかった。そういうものだと思っているから、疑問に思ったこともなかった。日本語を学ぶ人たちが難解だと思うことを、日本人が当たり前のように使えるというのはすごいことなのではないかとその時初めて思ったのである。

「身に着ける」を意味する言葉がこれだけの種類があるというのは、日本人が身に着けるという行為を昔から大事にしてきたからなのだと思う。空、雲、雪、雨など、自然現象を表す言葉も事細かにあるし、英語ではネイビーブルー、インディゴブルー、ターコイズブルーなど、「ブルー」とつけなければそれが青色だということがわからないけれど、日本語では紺色、空色、藍色というだけで、それがどんな青色なのか理解することができる。言葉の奥行きは、その国の文化の奥行きと比例しているし、日本文化の多様性は、日本語の多様性が証明していると私は思う。

歌川広重『東都名所・日本橋之白雨』colbaseより/白雨とは、明るい空から降る夕立、にわか雨のこと

言葉のすべてが詰まった「辞書」を引く

先日私はブータンを訪れる機会に恵まれた。ブータンの第一公用語は英語、第二公用語がチベット語の方言に当たるゾンカ語である。でも、山間の国であるブータンでは地域によって様々な言葉が話されており、ゾンカが選ばれたのは最も話者が多く、書き文字がある言葉だったから。ブータンの学校の授業はすべて英語で行われ、国語の授業だけがゾンカ。ゾンカを話さない地域では、ゾンカを一から学ぶより英語を学んだ方が効率がいいので、若者世代ではゾンカを話せない、書けない人が増えているのだという。

韓国が表音文字であるハングルを採用し、漢字教育を撤廃してしまったが故に、元々は漢字である言葉の意味を韓国人がハングルから想像することが難しくなっていると聞く。漢字で書かれていた頃の書物を読めなくなり、自国の歴史がわからなくなり、伝統文化の理解が薄れていくという、韓国で起こっている問題がブータンでも近い将来起こり得るであろうという危機を強く感じた。言葉とアイデンティティは表裏一体である。日本語を話せるというだけで、日本人なら親近感を覚えてしまうもの。外国の地で、日本語がどこかから聞こえると思わず振り返ってしまったりする。古来根付いていた言葉が失われつつあるブータンで、ブータン人としてのアイデンティティは言葉ではなく、どこに帰属していくのだろうと思いを馳せずにはいられなかった。

余談が長くなってしまってけれど、何が言いたいかというと、辞書には言葉のすべてが詰まっているということである。国語辞書をすべて読めば、載っているすべての日本語を知ることができる。普通の辞書引き学習は、わからない言葉があったら辞書で調べるというものだけれど、深谷先生の辞書引きは逆である。辞書を開き、自分の知っている言葉があったら、付箋の上に通し番号とその言葉を書いて、そのページに貼っていく。辞書の中で自分がどれだけの言葉を知っているかが一目瞭然でわかるし、「今日は300までやる」とか「一緒に始めた友達が1000までいったらしいから負けられない!」などという目標になって、子どもたちが自主的に辞書を読むようになるのである。1回読み終わっても、2回目、3回目と続けていくので、付箋を貼りすぎて、辞書がまん丸になってしまっている子たちがたくさんいる。

令和5年3月21日 「心游舎」深谷式 辞書引き学習ワークショップでの様子

まん丸になった辞書

私は子どもの頃、辞書を読むのが好きだった。暇なときにパッと開いたページの最初から読んでいく。インターネットで言葉を調べると、その言葉しか調べられないけれど、紙の辞書だと前後の言葉に自然と目が行くし、「前に調べたあの言葉の下のあたりにこんな言葉があった気がする」など、視覚で言葉を覚えられたりもする。そうして自分の中の語彙が少しずつ増えて行ったのだと思う。

私は最近辞書引きのワークショップに古語辞典で参加している。誰よりも早く100枚貼りたいので、「大人げない!」と深谷先生にいつも言われる。日本文化の多様性を知るために、私はこれからも日本の言葉の多様性を探求し続けたいと思っている。

豊国『嵐山桜狩之図』国立国会図書館デジタルコレクション

「花見」よりも古くからある「桜狩り」とは?彬子女王殿下と知る日本文化入門

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彬子女王殿下

1981年12月20日寬仁親王殿下の第一女子として誕生。学習院大学を卒業後、オックスフォード大学マートン・コレッジに留学。日本美術史を専攻し、海外に流出した日本美術に関する調査・研究を行い、2010年に博士号を取得。女性皇族として博士号は史上初。現在、京都産業大学日本文化研究所特別教授、京都市立芸術大学客員教授。子どもたちに日本文化を伝えるための「心游舎」を創設し、全国で活動中。
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