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2024.07.02

力士に声で力をつけて、取組を盛り上げる。呼出しの最高位“立呼出し”次郎の仕事・前編

相撲を支える仕事のなかでも、江戸が薫る裁着袴(たっつけばかま)姿が粋な存在の呼出し(よびだし)。土俵上では声高らかに呼び上げを、土俵下では取組進行や水つけ介助など、土俵まわりでさまざまなことを取り仕切ります。そんな呼出しの最高位である、立呼出し(たてよびだし)の次郎さんのお話とともに呼出しの世界を前後編でご案内します。

土俵で相撲観戦ができると呼出しの世界へ

味のある呼び上げで知られる立呼出し(たてよびだし)の次郎(じろう)さん。令和6(2023)年1月場所から立呼出しへと昇進。三役呼出しから副立呼出しを飛ばした二階級特進にて、呼出し界の最高位となりました。両国・回向院そばにある春日野部屋に所属する次郎さんは、現在64歳です。呼出しの世界へ飛び込んだのは、高校卒業後のことでした。

「千葉の実家は総武線沿線だったから、電車に乗ってよく国技館に観に来たね。入門時に憧れの横綱・北の湖関に『呼出しになるのか?大変な世界だぞ」と言われたことは今でも覚えています」

千葉県出身で子ども時代から相撲好きだった次郎さん。高校生になると仲のよい友人と、蔵前時代の国技館へと頻繁に相撲観戦に訪れていたそう。当時のご贔屓は、第55代横綱となり第9代相撲協会の理事長を務めた北の湖関でした。圧倒的な強さに心を熱くしながら観戦した高校時代、卒業したら相撲に関わる仕事がしたいと相撲協会に手紙を送ります。
「手紙を送ったら相撲協会から電話をいただいてね。まずは相撲部屋に入門することなどを教えてもらいました。呼出しを希望したのは、一番近くで取組が観戦できるってそんな単純な理由です」

当時は、呼出し定員38名に対して24名しか所属していませんでした。人員不足もあってうまく話がすすみ、昭和53(1978)年3月に憧れの横綱・北の湖関が所属する三保ケ関部屋へと入門。同年3月場所で呼出しとして初土俵を踏みます。平成25(2013)年11月、三保ケ関部屋が閉鎖したことで、一門の春日野部屋に移りました。

20番以上の取組を呼び上げた見習い時代

現在の呼出しの入門資格は、15歳から19歳未満の男子。定員は45名です。階級は立呼出しを最高位として、副立呼出し、三役(さんやく)、幕内、十枚目、幕下、三段目、序二段、序の口(見習い)までの9階級あります。資格者とされる十枚目(十両)以上の呼出しからは、階級ごとの定員もあります。十枚目呼出しは8名以内、幕内呼出し7名以内、三役呼出しは3名、副立呼出しと立呼出しは1名のみです。入門から3年ほどは、見習い期間として仕事を学んでいきます。

国技館内にある呼出し部屋。二十畳ほどの部屋は、引き出しに呼出しの名が書かれた箪笥や浴衣などの着替えが置いてある。ちなみに部屋の座布団も呼出し印

「最近では呼出し希望者がいるため、ずっと45名を満たしています。私が入門したころは人数が少なくてね。見習い時代も格上の力士の呼び上げをしていましたよ。本場所では20番以上を呼び上げることも多かったね。入門当初は部屋の掃除や親方や力士の用事をこなすと一日が終わっていたことも多かったな。近くで取組を観たい!と呼出しに入門をしたものの、仕事になったら取組をじっくり観る暇なんてなかったね(笑)。一門の先輩になる照夫さん(出羽海部屋)には、いろいろと教えてもらいました」

呼出しは、下の名前だけで呼ばれます。本名をそのまま名乗る人や取り入れる人もいれば、部屋の親方に縁のある名をつけてもらう人も。次郎さんは先輩に名付けてもらったといいます。
「私のすぐ上の先輩が拓郎さんだったの。拓郎さんとは同じ相撲部屋だったこともあって、拓郎の次だからお前は次郎だなって。行司のように受け継がれる名跡は特にないです」

呼出しの三大仕事は「呼び上げ」「土俵築」「太鼓」

呼出しの代表的な仕事は「呼び上げ」、「土俵築(どひょうつき)」、「太鼓」です。ちなみに土俵築とは土俵づくりのことです。それ以外にも取組進行、水つけの介助や塩の手配や管理、懸賞旗(*)の管理など、その仕事は多岐にわたります。昭和40年代ごろまでは、「呼び上げ」「土俵づくり」「太鼓」は分業制だったそう。希望の仕事に就けないなんてこともあったといいますが、今ではすべての呼出しが同じように仕事をこなします。

*幕内の取組に懸賞金をかけた企業が取組前に掲げてもらう旗。懸賞幕とも呼ばれる

「入門したときは、すべての仕事を行うようになっていました。呼び上げや太鼓は、国技館の相撲教習所や支度部屋でよく練習しましたね。今でも若い呼出しは、支度部屋で太鼓の練習をよくしていますよ」

幕末の浮世絵には、「顔触れ言上」を行う裃姿の行司と今と変わらぬ裁着袴姿の呼出しが描かれています。豊国『式守伊之助・呼出シ弥吉』,若与/国立国会図書館デジタルコレクション

土俵上の右手には白扇、左手にはお守り?


誰もがイメージする呼出し仕事といえば、土俵上での「呼び上げ」。白扇を広げて、次の取組力士の四股名を呼び上げます。「ひぃが~し~、◎◎海」「に~しぃ~、◎◎富士」と東西の力士を呼び上げますが、奇数日は東の力士から、偶数日は西の力士からと決まっています。序ノ口から幕内までは一回だけの「一声(ひとこえ)」で、十枚目(十両)最後の取組と三役以上(*)の力士は二回の「二声(ふたこえ)」で、呼び上げます。

*小結、関脇、大関のこと

「土俵まわりにいることが多いので、所作や立ち姿には気をつけています」。常に背筋がピンと伸びたきれいな立ち姿の次郎さん。

基本的に力士の番付と同階級の呼出しが呼び上げます。序ノ口から三段目までの呼出しは15番以上もの取組を、十枚目(十両)や幕内では2番、三役と副立呼出しは2番ずつ呼び上げるのが基本。立呼出しは、結びの一番だけを呼び上げます。呼び上げの間の取り方や節回しは、呼出しによっても異なります。個性あふれた呼び上げを聞き比べるのも相撲観戦の醍醐味です。

「昔から四股名をはっきりと呼び上げることを心がけています。声で力をつけるとも言われる呼び上げですが、呼び上げた力士が精いっぱい力を出し切れるように、また最後まで無事に終わるように、願いを込めて呼び上げています」
大事な仕事道具だからと、常に喉には気を遣っている次郎さん。タバコは一切吸わず、お酒も嗜む程度。私生活でもできるだけ大きな声をださないようにしているそう。

呼び上げの際、右手は白扇を広げていますが、左手は「てもち」という当日の取組表を切り貼りした巻紙を握っています。本場所中には毎日若手呼出しがつくります。呼び上げ終わると担当した取組部分を破って、次の呼出しへと渡します。うっかり四股名を忘れたときのお守りとして、駅伝の襷のように結びまでつないでいくそう。
「十数番を呼び上げる若手時代は、てもちに助けられたことは多かったよ。力士が主役となる土俵で、四股名を間違えることがあってはいけないからね」

普段は折りたたみ、右後ろに差している白扇。呼び上げ時に白扇を広げる理由について、土俵の妖精と呼ばれた元立呼出し秀男さんの著書では「唾が力士に飛ばないようにという説がある」(『呼出し秀夫の相撲話』)と記載。神聖な土俵に唾を飛ばさないようにとの説も。しかし実際のところはよくわからないとか

客寄せに打つ櫓太鼓、興行を知らせる触れ太鼓


相撲興行に欠かせない「太鼓」も、呼出しの大事な仕事。太鼓には、櫓太鼓(やぐらだいこ)と触れ太鼓(ふれだいこ)があります。
櫓太鼓は、櫓の上で打つ太鼓です。本場所中に毎日朝の8時すぎから打つ「一番太鼓」(寄せ太鼓ともいう)と弓取り式(*)が終わると同時に打つ「跳ね太鼓」があります。一番太鼓は客寄せの意味を込めて、跳ね太鼓は明日の来客を促すために打ちます。だから千秋楽は跳ね太鼓を打ちません。

*すべての取組終了後に立行司から弓を渡された力士が決められた所作を披露。結びの勝ち力士にかわって行うのが慣例。

けやき製で耐久性にすぐれ木目の美しさが特徴の相撲太鼓。数年ごとに皮を張り替えているそう。神輿や祭礼具を製造する浅草の老舗「宮本卯之助商店」が手掛けている。

「相撲甚句にも長けた永男(のりお)さんにもよく太鼓を教えていただいた。楽譜なんてないから何度か教わって、必死で見聞きして覚えて、それを毎日のように練習した。部屋でやるとうるさいから相撲教習所や支度部屋で練習していました。櫓太鼓は、若手の仕事でね。国技館の櫓はエレベーターだけど、私たちの時代はよじ登るようにして櫓の階段をのぼった。高さもあるし怖かった」と、次郎さんは思い出して笑います。

国技館の常設櫓は約16メートル。平成7(1995)年5月よりエレベーターが完備。地方場所はその都度、櫓を建てるそう。「櫓太鼓は若手の仕事。私の時代はひとりで太鼓を叩いていましたが、今は太鼓をバチで叩くひと、胴を叩くふち回しの人とふたりの呼出しが担当します」と次郎さん。

また本場所前日に相撲興行を知らせてまわる「触れ太鼓」も呼出しのお役目。土俵に神様を迎え入れる土俵祭(*)では立呼出しの先導で二基の太鼓を担いだ呼出しが、太鼓を叩きながら土俵をまわり、その後に相撲部屋や贔屓筋へと触れにまわります。太鼓を叩くだけではなく、初日の顔触れ(取組)もご披露します。

*初日前日に立行司が祭主となり土俵に神様を迎え入れる儀式

もうすぐはじまる名古屋場所の土俵祭後(初日前日)には、市内の相撲部屋や贔屓筋へと触れ太鼓がまわります。また国技館開催の1月・5月・9月にも、両国駅付近の商店や相撲部屋をまわっています。日本橋の百貨店や両国駅付近で遭遇したことがありますが、いつもの裁着袴ではなく羽織半纏姿で太鼓を担ぐ姿もまた粋なものです。

~後半は、次郎さんが長年監督を務める「土俵築」をはじめ、こだわりの仕事道具や装束をご紹介いただきます~

▼大相撲の人々シリーズ
美しい所作、鋭い眼光、響く声。木村容堂さんに聞く、大相撲「行司」の世界・前編
伝統の「カミ」技で大相撲を支える、床山の世界 ~特等床山・床鶴氏インタビュー・前編~
大相撲の人気呼出し・利樹之丞さんインタビュー!呼出しとはどんな仕事?(前編)

■参考文献
知れば知るほど行司・呼出し・床山(ベースボールマガジン社)
呼出秀男の相撲ばなし(現代書館)
大相撲(小学館)

撮影/梅沢香織

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森 有貴子

和樂江戸部部長(部員数ゼロ?)。江戸な老舗と道具で現代とつなぐ「江戸な日用品」(平凡社)を出版したことがきっかけとなり、老舗や職人、東京の手仕事や道具や菓子などを追求中。相撲、寄席、和菓子、酒場がご贔屓。茶道初心者。著書の台湾版が出たため台湾に留学をしたものの、中国語で江戸愛を語るにはまだ遠い。
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