Culture

2026.05.15

能 狂言『日出処の天子』が待望の再演!大槻文藏・大槻裕一に聞く見どころ

2025年に初演された山岸涼子の名作漫画を原作とした能 狂言『日出処(ひいづるところ)の天子』は、大きな注目を集めました。再演を望む声が多かったことから、2026年8月に東京・観世能楽堂での上演が決定。その再演に先立って、物語のなかのキ—パ—ソンとも言える難役に挑まれた能楽師の大槻文藏さんと大槻裕一さんに、お話を伺いました。

聖徳太子を超能力を持つ人物として描いた衝撃作

1980年から1984年に連載された山岸涼子の原作漫画は、日本の歴史漫画の金字塔と呼ばれる傑作。厩戸王子(うまやどのおうじ 聖徳太子)を主人公に、飛鳥時代の権力争いを描いた歴史ファンタジーで、今もなお漫画ファンから支持を集めています。

厩戸皇子は野村萬斎さんが演じる (C)山岸涼子/OFFICE OHTSUKI 撮影・瀬野匡史

特に厩戸皇子を超能力を持つ孤独なキャラクターとした斬新さは、40数年の時を経ても色あせることがありません。また蘇我毛人(そがのえみし)※1との関係性も、耽美的な魅力を醸し出しています。このふたりの人物と深い関わりを持つのが、厩戸皇子の母親である穴穂部間人媛(あなほべのはしひとひめ)と、毛人の妹である刀自古郎女(とじこのいらつめ)です。穴穂部間人媛を文藏さんが、刀自古郎女を裕一さんが演じられます。

(※1)史実の強硬なイメージとは異なり、温厚で誠実、生真面目な人物として描かれる。厩戸皇子の複雑な心情に翻弄され、やがて魔力に引き込まれていく。

能狂言作品にする苦労

名作漫画から新作を制作する過程はどうだったのか、監修を務められた文藏さんにお聞きしました。「原作が長い作品ですので、それをひとつにまとめあげるのが大変でしたね。原作漫画ファンの人たちがいらっしゃる訳ですが、特に意識するというよりは、原作を出発点にして、新しいものを生み出すという気持ちで取り組みました」

文藏さんは、能 狂言『鬼滅の刃』※2でも、監修を務められましたが、この時は単行本化された数冊分から作品にしたのだそうです。今回は重厚な歴史絵巻とも言える長い全編を新作にするという、大きな挑戦だったようです。

(※2)吾峠呼世晴(ごとうげこよはる)の漫画『鬼滅の刃』を原作として、能と狂言の様式で表現した舞台作品。2022年より上演。

ギリシャ悲劇を彷彿とさせる愛憎劇

私は昨年に観世能楽堂での初演を拝見しましたが、ギリシャ悲劇を連想したことを文藏さんにお伝えしました。すると、「それはやはり、人の運命というものを扱っているからではないでしょうか」との言葉が返ってきました。文藏さんが演じる穴穂部間人媛は、息子である厩戸皇子に超能力があることに気づいていて、そのために我が子への愛情よりも、恐怖心を抱いてしまう役どころです。「このお母さんにしても、運命というものがあって、自分ではどうにもならない。流されていくより仕方がないわけですよね。その運命的な言葉をセリフで表現して、複雑な立場を伝えることで、厩戸皇子との関係性がお客様にも伝わるのではないかと思います」

穴穂部間人媛を演じる大槻文藏さん (C)山岸涼子/OFFICE OHTSUKI 撮影・瀬野匡史

文藏さんは、今まで多くの復曲能(ふっきょくのう)※3を手がけてこられました。「途絶えてしまった能の作品を起こす時は、ただ文章だけを連ねて型をつけても意味がないのです。この作品を現代に復活させる意味はあるのか、価値があるのかということですよね。やはり私は普遍的なテーマが無いとだめだと思うのです。恋とか愛とか、親子の関係であるとか、テーマのある作品は良い詞章(ししょう)※4で作られていますし。そこが重要ですね」

エキセントリックな厩戸皇子と、愛情を育めない母の親子関係は、現代に通じるテーマです。運命に翻弄される穴穂部間人媛の存在が、観客を物語の世界にいざなっているのでしょう。

(※3)江戸時代以降に上演が途絶えた「廃曲」や「非現行曲」を、研究者と共に協力して、詞章や型、囃子を復元・再構成して、現代の舞台に蘇らせる能の上演活動。
(※4)能の物語を構成する言葉・台本のこと。主に「謡(うた)い」と呼ばれる節のついた歌唱部分と、セリフ(言葉)部分で構成される。

波乱に満ちた「刀自古」との向き合い方

裕一さんが演じる刀自古郎女は、兄・毛人と道ならぬ関係に陥り、子を宿してしまう。思いもかけないひどい体験をしたことがきっかけで、劇的な人生へ身を投じる役柄について、お聞きしました。

「前半の可愛らしい様子から、後半の変化というのは、能の作品にもありますので、古典の作品に置き換えて演じました。『道成寺(どうじょうじ)』※5ですと、白拍子から後半は恐ろしい蛇の化身へと変わりますし、『鉄輪(かなわ)』※6もそうです。一旦自分のなかで置き換えて、そこから自分なりの刀自古を作っていった感じですね。ですから、最初の登場シーンで、普通の可愛い女の子とお客様に伝わることが重要なのです」

刀自古郎女を演じる大槻裕一さん (C)山岸涼子/OFFICE OHTSUKI 撮影・瀬野匡史

新作を演じるということについても、話してくださいました。「どうしても新しいものをやろうとすると、構えてしまう。古典に置き換えて、今までやってきたことを踏まえながら新作を作ることが、大切だと思いますね」

続けて、「能の表現は、面(おもて)をつけて、心情を内に込めたものを、お客様に感じてもらうのが特徴なのです」と裕一さん。新作でも、古典でも演技の表現としては変わらないと、話します。作品を観劇をした時に、泣き叫ぶのではなく、静かな佇まいの刀自古から、深い悲しみが伝わってきたことを思い出しました。

(※5)安珍・清姫の悲恋伝説を元にした大曲。白拍子が恨みで蛇体となり、鐘に飛び込む劇的展開と、乱拍子や鐘入りといった高度な演技が見どころ。
(※6)夫に捨てられた妻の深い嫉妬と恨みが、生きながらにして鬼(生霊)へと変貌して復讐を試みる、恐ろしくも悲しい物語。

新作をきっかけに、能に親しみを感じて欲しい

この作品では、能舞台の中央に法隆寺・夢殿をイメージさせる作り物が置かれているのが印象的でした。壁面の白いスクリーンに様々な映像が投影されるのは、演出を担当された野村萬斎さんの発案なのだそうです。

「夢殿になったり、玉座になったり、寝室になったりと、作り物ひとつで展開するわけです。映像を投影するのは新しい発想ですが、『道成寺』の鐘も、同じぐらい大きな作り物ですし、能の作品では、割と作り物はよく出てるのですよ」と裕一さんが教えてくださいました。

左から大槻裕一さんと大槻文藏さん

「今回の作品を観て、能楽堂の空間で、非日常の体験をしたと感じられる方も多いと思うんです。じゃあ、次は能の古典の作品を観てみようという風に、能に興味を持っていただけると嬉しいですね」。こう話す裕一さんは、初心者を対象にした能楽の講座を、大阪、京都、東京の3箇所で継続して開催されています。「この講座を続けていると、能の曲を理解することが、いかに大切かということに気づかされます。自分のお稽古をすることも大事なんですが、その曲のことを理解していないと、舞台を勤めることはできません。お客様と一緒に勉強させていただいている気分ですね」

新作を入り口にして、能の魅力を感じることができたら、その次は講座を受講して、関連する能を観劇するのも良さそうです。

大槻文藏・大槻裕一プロフィール

【大槻文藏】
1942年生まれ。能楽師シテ方観世流。祖父十三、父秀夫および観世寿夫に師事。2016年に重要無形文化財保持者各個認定(人間国宝)、日本芸術院賞受賞。2018年に文化功労者選定。
【大槻裕一】
1997年生まれ。能楽師シテ方観世流。大槻文藏に師事。2013年大槻文藏の芸養子となる。2023年に咲くやこの花賞受賞、大阪文化祭奨励賞受賞。

能狂言『日出処の天子』公演情報

開催日時:
●2026年8月21日(金)17時半開演(17時開場)
●2026年8月22日(土)23日(日)は両日とも、12時開演(11時半開場)、16時半開演(16時開場)

会場:二十五世観世左近記念 観世会館
(東京メトロ銀座線・丸ノ内線・日比谷線「銀座駅」A3出口徒歩約2分)
入場料:SS席14000円 S席13000円 A席11000円 B席8800円
チケット情報:ローソンチケット https://l-tike.com/play/mevent/?mid=749175

■発売開始日:2026年5月15日(金)
※公演の詳細・最新情報は、-能 狂言-『日出処の天子』公式サイトをご覧下さい。
https://hiizurutokoro-nohkyogen.com/

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瓦谷登貴子

幼い頃より舞台芸術に親しみながら育つ。育児雑誌や外国人向け雑誌、古民家保存雑誌などに参加。能、狂言、文楽、歌舞伎、上方落語をこよなく愛す。ずっと浮世離れしていると言われ続けていて、多分一生直らないと諦めている。
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