聖徳太子を超能力を持つ人物として描いた衝撃作
1980年から1984年に連載された山岸涼子の原作漫画は、日本の歴史漫画の金字塔と呼ばれる傑作。厩戸王子(うまやどのおうじ 聖徳太子)を主人公に、飛鳥時代の権力争いを描いた歴史ファンタジーで、今もなお漫画ファンから支持を集めています。

特に厩戸皇子を超能力を持つ孤独なキャラクターとした斬新さは、40数年の時を経ても色あせることがありません。また蘇我毛人(そがのえみし)※1との関係性も、耽美的な魅力を醸し出しています。このふたりの人物と深い関わりを持つのが、厩戸皇子の母親である穴穂部間人媛(あなほべのはしひとひめ)と、毛人の妹である刀自古郎女(とじこのいらつめ)です。穴穂部間人媛を文藏さんが、刀自古郎女を裕一さんが演じられます。
能狂言作品にする苦労
名作漫画から新作を制作する過程はどうだったのか、監修を務められた文藏さんにお聞きしました。「原作が長い作品ですので、それをひとつにまとめあげるのが大変でしたね。原作漫画ファンの人たちがいらっしゃる訳ですが、特に意識するというよりは、原作を出発点にして、新しいものを生み出すという気持ちで取り組みました」
文藏さんは、能 狂言『鬼滅の刃』※2でも、監修を務められましたが、この時は単行本化された数冊分から作品にしたのだそうです。今回は重厚な歴史絵巻とも言える長い全編を新作にするという、大きな挑戦だったようです。
ギリシャ悲劇を彷彿とさせる愛憎劇
私は昨年に観世能楽堂での初演を拝見しましたが、ギリシャ悲劇を連想したことを文藏さんにお伝えしました。すると、「それはやはり、人の運命というものを扱っているからではないでしょうか」との言葉が返ってきました。文藏さんが演じる穴穂部間人媛は、息子である厩戸皇子に超能力があることに気づいていて、そのために我が子への愛情よりも、恐怖心を抱いてしまう役どころです。「このお母さんにしても、運命というものがあって、自分ではどうにもならない。流されていくより仕方がないわけですよね。その運命的な言葉をセリフで表現して、複雑な立場を伝えることで、厩戸皇子との関係性がお客様にも伝わるのではないかと思います」

文藏さんは、今まで多くの復曲能(ふっきょくのう)※3を手がけてこられました。「途絶えてしまった能の作品を起こす時は、ただ文章だけを連ねて型をつけても意味がないのです。この作品を現代に復活させる意味はあるのか、価値があるのかということですよね。やはり私は普遍的なテーマが無いとだめだと思うのです。恋とか愛とか、親子の関係であるとか、テーマのある作品は良い詞章(ししょう)※4で作られていますし。そこが重要ですね」
エキセントリックな厩戸皇子と、愛情を育めない母の親子関係は、現代に通じるテーマです。運命に翻弄される穴穂部間人媛の存在が、観客を物語の世界にいざなっているのでしょう。
(※4)能の物語を構成する言葉・台本のこと。主に「謡(うた)い」と呼ばれる節のついた歌唱部分と、セリフ(言葉)部分で構成される。
波乱に満ちた「刀自古」との向き合い方
裕一さんが演じる刀自古郎女は、兄・毛人と道ならぬ関係に陥り、子を宿してしまう。思いもかけないひどい体験をしたことがきっかけで、劇的な人生へ身を投じる役柄について、お聞きしました。
「前半の可愛らしい様子から、後半の変化というのは、能の作品にもありますので、古典の作品に置き換えて演じました。『道成寺(どうじょうじ)』※5ですと、白拍子から後半は恐ろしい蛇の化身へと変わりますし、『鉄輪(かなわ)』※6もそうです。一旦自分のなかで置き換えて、そこから自分なりの刀自古を作っていった感じですね。ですから、最初の登場シーンで、普通の可愛い女の子とお客様に伝わることが重要なのです」

新作を演じるということについても、話してくださいました。「どうしても新しいものをやろうとすると、構えてしまう。古典に置き換えて、今までやってきたことを踏まえながら新作を作ることが、大切だと思いますね」
続けて、「能の表現は、面(おもて)をつけて、心情を内に込めたものを、お客様に感じてもらうのが特徴なのです」と裕一さん。新作でも、古典でも演技の表現としては変わらないと、話します。作品を観劇をした時に、泣き叫ぶのではなく、静かな佇まいの刀自古から、深い悲しみが伝わってきたことを思い出しました。
(※6)夫に捨てられた妻の深い嫉妬と恨みが、生きながらにして鬼(生霊)へと変貌して復讐を試みる、恐ろしくも悲しい物語。
新作をきっかけに、能に親しみを感じて欲しい
この作品では、能舞台の中央に法隆寺・夢殿をイメージさせる作り物が置かれているのが印象的でした。壁面の白いスクリーンに様々な映像が投影されるのは、演出を担当された野村萬斎さんの発案なのだそうです。
「夢殿になったり、玉座になったり、寝室になったりと、作り物ひとつで展開するわけです。映像を投影するのは新しい発想ですが、『道成寺』の鐘も、同じぐらい大きな作り物ですし、能の作品では、割と作り物はよく出てるのですよ」と裕一さんが教えてくださいました。

「今回の作品を観て、能楽堂の空間で、非日常の体験をしたと感じられる方も多いと思うんです。じゃあ、次は能の古典の作品を観てみようという風に、能に興味を持っていただけると嬉しいですね」。こう話す裕一さんは、初心者を対象にした能楽の講座を、大阪、京都、東京の3箇所で継続して開催されています。「この講座を続けていると、能の曲を理解することが、いかに大切かということに気づかされます。自分のお稽古をすることも大事なんですが、その曲のことを理解していないと、舞台を勤めることはできません。お客様と一緒に勉強させていただいている気分ですね」
新作を入り口にして、能の魅力を感じることができたら、その次は講座を受講して、関連する能を観劇するのも良さそうです。
大槻文藏・大槻裕一プロフィール
【大槻文藏】
1942年生まれ。能楽師シテ方観世流。祖父十三、父秀夫および観世寿夫に師事。2016年に重要無形文化財保持者各個認定(人間国宝)、日本芸術院賞受賞。2018年に文化功労者選定。
【大槻裕一】
1997年生まれ。能楽師シテ方観世流。大槻文藏に師事。2013年大槻文藏の芸養子となる。2023年に咲くやこの花賞受賞、大阪文化祭奨励賞受賞。
能狂言『日出処の天子』公演情報

開催日時:
●2026年8月21日(金)17時半開演(17時開場)
●2026年8月22日(土)23日(日)は両日とも、12時開演(11時半開場)、16時半開演(16時開場)
会場:二十五世観世左近記念 観世会館
(東京メトロ銀座線・丸ノ内線・日比谷線「銀座駅」A3出口徒歩約2分)
入場料:SS席14000円 S席13000円 A席11000円 B席8800円
チケット情報:ローソンチケット https://l-tike.com/play/mevent/?mid=749175
■発売開始日:2026年5月15日(金)
※公演の詳細・最新情報は、-能 狂言-『日出処の天子』公式サイトをご覧下さい。
https://hiizurutokoro-nohkyogen.com/

