Culture

2026.08.06

まるで日本版『ガリバー旅行記』!異形異風の国を巡る珍道中『風流志道軒伝』

昔話に出てくるのは海底世界に地下の楽土、それから月世界。どれも魅力的だけど私には行ってみたい場所があって、それが『風流志道軒伝(ふうりゅうしどうけんでん)』に登場する異形異風の国々。旅先は「大人国」に「小人国」。
あれ、なにかに似ている? そう『ガリバー旅行記』(作ジョナサン・スウィフト)である。
しかし『風流志道軒伝』は日本生まれの物語なだけあって、どことなく和の雰囲気が漂う。旅人の名は、浅之進。いざ、浅之進と共に不思議の国を渡り歩いてみよう。

ペンネーム、風来山人

平賀国倫「風来山人傑作集」博文館、1909年
出典:国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/1882565/1/124)

旅という言葉には、危険な響きがある。まだ足を踏み入れたことのない場所へ、未知の出来事と出会いを求めて赴くのだ。なにが起こるかは誰にも分からない。

『風流志道軒伝』は、江戸時代に書かれた冒険譚である。いや、滑稽話と呼んだほうが正しい気がする。
なにせ主人公が旅する架空の国はハチャメチャだし、登場人物も物語も不可思議。それがなんとも愉快でおもしろい。

作者の名は風来山人(ふうらいさんじん)。というのはペンネームで、じつは博識多才な人物として知られる平賀源内(ひらが げんない)である。
この御方、立派な肩書をいくつもお持ちで本草学者に地質学者、蘭学にも詳しければ浄瑠璃もつくるし俳人でもある。そのうえ文才もある。本作も江戸で大人気だったとか。

「江戸浅草の地内に志道軒といへる、えせものあり」とはじまるこの物語の主人公は、えせもの講釈師の志道軒。松茸のかたちをした(つまり、男根のこと。すでに雲行きが怪しくなってきた)木の棒で机を叩きながらの破天荒な語りが人気の、存在自体がちょっと破廉恥な人物だ。
講釈師の志道軒は架空の人物。物語もデタラメの作り話。しかし、ものの本によれば浅草寺の境内に小屋を構えていた人気講釈師の深井志道軒がモデルになったとか。

さて物語は、志道軒がまだ「浅之進」と呼ばれていた若い時代に遡る。それは、こんな話。

島を巡る冒険譚『風流志道軒伝』

平賀国倫「風来山人傑作集」博文館、1909年
出典:国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/1882565/1/128)

浅之進(志道軒のこと)は、生まれからして変わり者だった。
父親はさる屋敷の用人を勤めていた由緒正しき人物で、子どもが欲しくて夫婦で浅草観音にこもり終夜祈願をした後、南の空から金色の松茸が妻の臍に入り込み懐妊。そして生まれたのが浅之進である。
浅之進は突然やってきたツバメの卵から生まれた美女に連れられて仙境へ赴くことになる。
それでまあ、なんやかんやあって話しの長い仙人から羽扇をもらいうける。この羽扇、あおげば涼しい風が吹き、飛ぼうと思えば羽になり、水辺では船となり、体を消すこともできるという不思議の羽扇だった。
かくして「諸国の人々の人情を知るべし!」という仙人の言葉を素直に聞き受けた浅之進は旅に出る。

異形異風の国々を巡る旅

「大人国」で見上げるほど大きな人間に囲まれる

海を渡り、陸に上がると遠くに大きな家が立ち並んでいるのが見えた。
「ちょっと大きすぎるような気がする」
そう思いながらも浅之進は家に近づいた。
これはデカすぎる。さらに人が集まって来て、興味津々に浅之進を取り囲んだ。身の丈は二丈(6m)もある。子どもでさえ日本人より大きいのだ。
異国ではあったが、羽扇を口にあてながら話すと浅之進の言葉が通じた。大人国の人たちも「これは珍しいお客」と歓待してくれたようだ。
大人の国のもてなしなだけあって、出てくるご馳走もけたちがいである。
遊びに誘われて街へ出ると、浅之進は小屋のなかに案内された。なにが始まるのかと待っていたら笛太鼓の拍子が鳴り響いた。
「手の上に乗っかるほどの男をご覧あれ!」
なんと浅之進は見世物にされたのである。
こんなところに長居は無用である。浅之進は羽扇を天に向け、屋根をつき破り空の彼方へ消え去った。
「あいつは日本にいるという天狗にちがいない。そういえば羽扇を持っていた」
「天狗にしては鼻が低すぎる」
「きっと諸国を漫遊する天狗だ。遊んでいるうちに鼻を落としたにちがいない」
大人国の人たちは、みな口ぐちに言いあったという。

体は豆粒でも忠義をつらぬく「小人島」の住人

羽扇にまかせて大空を舞う浅之進が次に見つけたのは「小人島」。
住人の大きさは一尺二三寸(36~39cm)くらいで、こんなに小さいと天敵の鶴にさらわれてしまうのでいつも四、五人連れだって歩いているのだった。
そんな島に「巨人」浅之進が降り立ったものだから、小人たちは恐れおののいて家の中へ逃げてしまった。彼らからしてみれば、浅之進は大きすぎるのだった。
浅之進は島の奥へと向かった。どうもこの島の住人は奥へ行くほど小さくなるらしい。このあたりの小人は五寸(15cm)から三寸(9cm)くらいしかない。さらに奥へ進むと、住人は豆つぶサイズになった。

国には城主がいて、美しい城に大勢の小人たちが集まっていた。
浅之進は人形のように愛くるしい姫君を見つけるとつまみ上げ、印籠の中にしまった。すると姫君付きの奥家老らしい老人が怒鳴りながら突進してきた。そこで、老人もつまんで印籠に入れてしまった。
小人たちは大騒ぎ。ハチの巣をつついたような騒ぎをよそに浅之進は島の高台で休憩をすることにした。煙管(きせる)をくわえて喧騒を眺めつつ、印籠を開けてみた。
すると、責任を感じた奥家老が丸薬の上に腰かけて腹を十文字にかき切り、果てていた。
「しまった!」
と思ったところで、すでに遅い。
こんなに小さな人間でも忠義の道をつらぬくのかと浅之進は涙ながらに城へもどり、姫君をもとの場所へ帰すと逃げるように小人島を去った。

浅之進の旅は終わらない

平賀国倫「風来山人傑作集」博文館、1909年
出典:国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/1882565/1/139)

風まかせ、羽扇まかせの気ままな旅はまだまだつづく。

浅之進がたどり着いたのは体の大きさは日本人くらいなのに、足の長さが一丈四五尺(約4m)もある「長脚国(ちょうきゃくこく)」。隣国は、手の長さが一丈四五尺もある手癖の悪い人たちが暮らす国だった。
両国は協力して浅之進の羽扇を盗もうとする。竿竹のように長い足と、するすると細い長腕を伸ばして浅之進を襲った。

どうにかこうにか逃げた浅之進が次に到着したのは「穿胸国(せんきょうこく)」。
この国の人たちは、男も女も胸に穴がある。智恵ある者は胸の穴が大きく、智恵のない者は穴が小さいらしい。というわけで、見た目はいいが穴のない浅之進は国を追い出されてしまった。

羽扇をあおぎ、突拍子もない国へ着いては面倒ごとを引き起こしたり巻きこまれたりする浅之進はさらに、「ヤブ医者の国」「遊び人の国」「イカサマの国」などを渡り歩いていく。

まだある日本版「ガリバー旅行記」

歌川貞秀「朝比奈島遊」
出典:東京都立図書館(https://archive.library.metro.tokyo.lg.jp/da/detail?tilcod=0000000003-00225342)

浅之進が様々な島を巡る、島巡り冒険譚『風流志道軒伝』。描かれるのは空想上の世界にすぎないけれど、どこか私たちの暮らしている世界と似ているのがおもしろいし、怖くもある。

小さきものが活躍する物語は、じつは日本にはそう珍しくない。たとえば『古事記』、『日本書紀』に登場する少彦名命(すくなひこな)、言わずと知れた昔話の一寸法師。島巡りを題材とした義経伝説『義経島めぐり』にも小人島なるものが登場する。
『御曹子島渡』の主人公は上半身が馬で下半身が人間の住む島や、裸の女ばかりの島に行く。その次に足を伸ばした島は、背丈が扇ほどの人しか住んでいない小さい者たちの島だった。

ひと口に小人島といってもいろいろ。私が知らないだけで、どうやら世の中にはいろんな島があるらしい。

読んで旅する古くて新しい世界

架空の島とはいえ、これほど多くの作品で小人の島が描かれてきたのはどうしてだろう。もしかすると、読者の大半が大人ではなく子どもだったことが理由かもしれない。
大人を見上げて過ごす子どもにとって、物語の小人たちは親しみやすい相手だったにちがいない。大人国では大きな人間に子ども扱いされて、小人島では傍若無人にふるまう。そんな浅之進に、当時の子どもたちも胸躍らせてページをめくったのだろうか。

手足の長い妖怪じみた存在に、忠義をつくす小さな男。日本的で日本人好みな登場人物は、まだまだたくさんいる。すべて紹介できないのが悔しい。『風流志道軒伝』は古い物語だが、奇妙奇天烈な展開につい笑ってしまう。こういう古い物語は、大人になってから、今の時代に読むからこそおもしろいのだ。

【参考文献】
古谷知新『滑稽文学全集 第7巻』文芸書院、1918年

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馬場紀衣

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。
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