舞台は華やかなイタリアではないし、主人公も洒脱な名前ではないけれど、じつは日本にもよく似た恋愛悲劇がある。恋と家とがからみあう悲恋物語『妹背山女庭訓』である。忍ぶ恋だけが日本の恋だと思っていませんか。激しく燃え上がる恋の行方はいかに。
恋と家とがからみあう悲恋物語『妹背山女庭訓』

出典:国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/1311306)
シェイクスピア最大の恋愛悲劇『ロミオとジュリエット』。あらすじは言わずもがな、モンタギュー家とキャピュレット家という敵対する家の娘と息子が恋に落ちるという物語である。大人たちの確執とは無縁の両家の子どもたちはしかし、両家の対立が招いた悲劇により息絶える。
運命的な出会い。ひと目惚れの恋。胸を焦がす恋愛劇は、じつは日本にもたくさんある。
日本を代表するドラマチックな恋愛悲劇といえば、これまたたくさんあって選べないが『妹背山女庭訓(いもせやまおんなていきん)』もそのひとつ。
『ロミオとジュリエット』のように、家同士の対立により愛が報われなかった物語である。
『妹背山女庭訓』あらすじ
吉野川をはさんで、ふたつの不仲の館がある。
橋はなく、船の使用も禁止されている。それぞれの家の息子、久我之助(こがのすけ)と娘、雛鳥(ひなどり)は恋仲だが親たちの争いのせいで会えない。川の両岸にやって来ては、お互いの姿を見て言葉を交わすだけだ。
折しも都では悪臣、蘇我入鹿(そがのいるか)がクーデターを起こして天皇を追放。権力を握っていた。
入鹿はふたりに命じた。久我助には、自分に忠誠を誓うようにと。そして雛鳥には、自分の側室になるようにと。
ふたりの親たちは仲が悪かったが、ともに天皇の忠臣だった。横暴な命令を聞き入れることのできなかった久我之助は父親の介錯で切腹。雛鳥は母親に胸を刺してもらい、死ぬのだった。
商人の娘と使用人の恋
いまほど自由でなかった時代の恋愛劇には、特有のもどかしさがある。愛を阻む原因が恋敵とか思いのすれ違いなら安心して見ていられるが、家同士の対立となると、ぐうの音もでない。この時代、家だけでなく、身分差ゆえに叶わない恋もあった。
『お夏清十郎』
『お夏清十郎』は、江戸時代に実際に起きた事件を題材にした恋愛悲劇。姫路の米問屋(宿屋とも)の娘、お夏は使用人の清十郎と恋仲にあった。
後世の脚色では、清十郎はとてつもない美男子で、ふられた遊女が自殺したなんて話もある。しかしお夏の父親にしてみれば問題なのは顔よりも身分のほうで、ふたりの恋が許されるはずはなかった。
そのうえ清十郎は意地悪な使用人に盗みの罪をきせられてしまう。身分の差を理由に駆け落ちしたふたりだが、恋の逃避行と呼べるほど甘い道行ではない。
いまや清十郎は自分を騙した使用人を殺し、主人の娘をかどわかした罪状で追われる身である。
追手に捕まった清十郎は、帰らぬ人となった。お夏は悲しみのあまり狂乱。尼となって清十郎の菩提を弔ったという。
『お染久松』
商人の娘と使用人の恋といえば『お染久松』もよく知られている。
江戸時代の大坂で油屋の娘おそめと奉公人の久松が心中した事件は注目を集め、事件後すぐに歌舞伎にされ、人形浄瑠璃にもなった。
油屋の使用人の久松は、主人の娘お染と恋に落ちる。しかし、使用人と主人の娘という禁じられた恋は成就することなく、ふたりは心中の覚悟を決めるのだった。
家の名誉、主人への忠誠、親の義務、それから恋
シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を読んだことのある人なら、誰しもが一度は想像したはずだ。
ロミオがモンタギュー家の生まれでなく、ジュリエットがキャピュレット家に生まれなければ。ロレンス神父の計画が成功していたら。ティボルトがマキューショウを殺さなかったら。ロミオとジュリエットは結ばれていたかもしれない、と。
日本の心中物を読んでいるときも、私はおなじような想像をせずにはいられない。
お夏が米屋の娘でなかったら。清十郎や久松が使用人でなかったら。そうしたら若いふたりは、まったくちがう結末を迎えていたのに。
『お夏清十郎』にしても『お染久松』も、これが実話だったというのがまた悲しい。変えることのできない自分たちの運命に、彼らはきっと幾度も悔しい思いをしたにちがいないから。
日本の恋のかたち

出典:Art Institute of Chicag(https://www.artic.edu/artworks/36127/ohan-and-choemon-from-the-series-fashonable-patterns-in-utamaro-style-ryuko-moyo-utamaro-gata)
恋に悩みはつきものである。ただ、なにが悲しいって、この時代、清十郎や久松のような使用人ですら名誉と義務の規範に縛られていたということ。若い男女の気持ちよりも主人への忠誠や親への義務のほうが重要とされていたのだ。そのせいで、恋をすることもままならない。いや、恋はできたが、それだけだ。
恋と、家の名誉と、義務。これは愛だけでは乗り越えられない、高く厳しい山だ。
『妹背山女庭訓』では、家の名誉や義務が恋の軋轢を生み、恋人たちに悲劇を招いた。彼らの死は、親たちの天皇への忠誠心を示すための死だったといえる。結果、子どもたちは死んだが、両家の名誉は守られた。
若い男女の恋は親の苦難と無関係ではいられない。家族には連帯責任があるのだ。
不運な恋と不幸な恋
ところで、改めて『ロミオとジュリエット』を読みなおして思ったのは、ロミオとジュリエットにおける家同士の争いは、結局のところ私が想像していたほどの障害ではなかったのでは? ということ。
恋に落ちたロミオとジュリエットはお互いの家柄を知って衝撃を受けるものの、出会った日の夜には結婚の約束をしている。急展開すぎる、というのは誰もが思うことである。ロレンス神父はふたりを助けようとしたが、さまざまな偶然というか不幸が重なったせいで計画通りに事が運ばなかった。
こういう言いかたはふたりに失礼かもしれないけれど、『ロミオとジュリエット』の悲劇は、不運が重なっただけともいえる。
一方、家の名誉に巻き込まれ、非情な規範に押しつぶされた『妹背山女庭訓』はただただ不幸としか言いようがない。彼らの前にある不幸は、自分たちの力で乗り越えられるようなものではなかった。
不運な恋と不幸な恋、どちらも悲しいことに変わりはないけれど。
おわりに
社会的道徳で押しつぶされた日本の恋人たちを知る江戸時代の観客たちが『ロミオとジュリエット』を舞台で観たらどんな感想を抱くだろう。イタリアはヴェローナの若い恋人たちの、運命に挑む物語に共感したのか、それとも家の名誉を放りだすわがままな若者と思っただろうか。
歌舞伎や浄瑠璃には、どうして心中しちゃうの、と毎回思わされるほど哀切で印象的な心中場面がたくさんある。江戸時代の観客はこうした恋の軋轢が舞台で繰り広げられるのを楽しんだ。なかには自分の事情を重ねて観た観客もいたかもしれない。日本の恋も、激しさでは負けていない。
【参考文献】
小笠原恭子「歌舞伎名作集」河出書房新社、2008年
中山幹雄「南北物語」学芸書林、1988年

