エロスでありアートでもある。江戸の武術から始まった美しき緊縛の世界

エロスでありアートでもある。江戸の武術から始まった美しき緊縛の世界

緊縛と聞いて皆さんは何を思い浮かべますか?「SMプレイの一種」といった性的なイメージをもっている方がほとんどではないでしょうか。実は私もその一人でした。しかし、現在、外国では性的行為としてだけでなくアートとして注目を集めており、日本でもHajime Kinkoさんなどアートとして緊縛を普及に努めている緊縛師の方がたくさんいます。

性的なイメージから話題に上ることも少なく、謎に包まれた緊縛の秘密を見ていきましょう!

武術として始まった緊縛

緊縛のルーツは、応仁の乱から戦国時代にかけて武士に重宝された戦闘技術としての捕縛術まで遡ります。捕虜の捕獲など戦場で使われるうちに様々な形態が発展し、江戸時代に入ると、その用途は罪人を拘束することへと変化しました。「お縄になる」という表現に聞き覚えがある方も多いのではないでしょうか?

井口松之助編『拳法教範図解 : 早縄活法』より「早縄図解」国立国会図書館デジタルコレクション

江戸時代、捕縛術は大きく「早縄」と「本縄」に分類されていました。同心や岡っ引き(江戸時代の警察官)が容疑者を逮捕する際にはまず「早縄」が使われ、その後罪名が確定してから「本縄」で正式に罪人を縛り上げていたのです。

「早縄」は素早く容疑者を拘束することを重視する一方、「本縄」は罪人を取り調べに送るときや晒し者にするときに使われたため、見た目も重視されていました。現在アートとして確立されているのも納得ですね!

結び方にも、「早縄」は結び目がなく、縄の先端にあらかじめ鉤爪を取り付けておき引っ掛けるといったやり方も多い一方で、「本縄」は逮捕者に合わせて武士用の「二重菱縄」や町人「十文字縄」など複雑な縛り方をするといった異なる特徴があります。

板津安彦著『与力・同心・十手捕縄』(新人物往来社)には「本縄の定法」が以下のように記されています。

1. 縄ぬけ出来ぬこと
2. 縄の掛け方が見破られないこと
3. 長時間縛っておいても、神経血管を痛めぬこと
4. 見た目に美しいこと

「本縄」では、担当の役所や、罪人の身分及び性別、さらには季節までもが考慮されて、色や太さ、そして縛り方が決められていました。様々な縛りの技術は、当時の警察官たちによって独自の方法が数々と発展・口伝され、150以上もの流派が誕生したそうです。

井ノ口松之助著『兵法要務武道図解秘訣 : 一名・柔術剣棒図解秘訣後篇』より「羽付縄」及び「乳掛縄」国立国会図書館デジタルコレクション

江戸時代、「手鎖」という手錠が刑罰に使われてはいましたが、戦国時代を経て捕縄術が高度に発展しており、さらに鎖国体制に入ったことから、金属製や革製の手錠が逮捕用に普及することはありませんでした。これにより、捕縄文化が花咲いたのです。

明治時代には、金属の手錠も輸入されましたが、まだまだ捕縄術は警察などで普及・継承されており、捕縄術が警察の逮捕術から外されたのは戦後手錠が普及してからのことです。

逮捕術から官能の世界へ

では、武術として誕生し逮捕術として長く用いられてきた捕縄術がなぜエロスとして認識されるようになったのでしょうか?江戸時代から緊縛を描いた官能的な浮世絵はあったようですが、一般的には逮捕術として認識されていました。緊縛が性的な行為として認知されるようになったのは、明治生まれの伊藤晴雨の功績と言えます。

伊藤晴雨は、愛人関係にあった佐々木カネヨや二番目の妻である佐原キセをモデルに責め絵を描き、写真撮影も行なっていました。代表作は、キセをモデルにした『雪責め』や『臨月の婦人逆さ吊り写真』です。かなり刺激の強いタイトルですが、お察しの通り、当時は「変態画家」として罵倒されたそうです。

伊藤晴雨著『美人乱舞』国立国会図書館デジタルコレクション

その後も、伊藤晴雨は初めて緊縛写真を掲載した『責の研究』やカストリ雑誌『奇譚クラブ』など様々な作品を「責め絵画家」そして「緊縛師」として残しています。「緊縛」という単語が初めて使われたのも『奇譚クラブ』だとされています。彼はまさに、日本におけるSM文化そして緊縛の開祖といえる存在です。彼の死後、1960年代には雑誌やテレビなどのメディアを通じて緊縛は性的行為として認知されていきました。

石井隆が監督を務めた団鬼六原作『花と蛇』(野村宏伸、石橋蓮司など出演)は、杉本彩さんが主演しており、作品名は聞いたことがある方もいるかもしれません。この映画は、現代日本において緊縛文化をエロスとして普及させた有名作品の一つです。

緊縛にみる日本文化

「SHIBARI」は海外では相撲や歌舞伎と同じように日本の伝統文化として捉えられています。緊縛を日本文化と言われると、「えっ」と思う方もいるかと思いますが、緊縛をアートとして紐解いていくと、実は日本文化が見え隠れします。

そのそも、日本人は「縄」そして「結ぶ」行為と深い関係をもっています。例えば、縄文土器には縄目の紋様が施されています。冠婚葬祭に使われる水引や、注連縄、相撲の回しなどもその例です。「結ぶ」という行為は昔から日本に根付いており、結び方によって様々な用途に使用されてきたのです。そこには、茶道や包装、そして罪人を捕まえる時さえも、日常生活のあらゆる場面に美しさを見出す日本人の性質が現れているのかもしれません。

捕縄術には主に麻縄が使われていました。古代日本では麻縄には神聖な力があると考えられ、邪気を払うと信じられていたからです。そのため、罪人を麻縄で縛ることには「浄化」の意味があったそうです。麻縄は緊縛においてももっとも主流な縄で、ここにも日本の文化・信仰を垣間見ることができます。

捕縄術は浮世絵はもとより歌舞伎に登場するなど、日本伝統文化において古くから活躍してきました。実は、緊縛も日本文化を代表する「盆栽」と類似点があるとも言われています。私には全く想像もつきませんでしたが、『官能植物』(NHK出版)によると、盆栽が植物の自由を奪うことでその美しさを最大限に引き出すのと同じように、緊縛も女性の自由を奪うことでその美しさを引き出していることが似ているそうです。

盆栽も緊縛も、支配するものとされるものとの関係の中ではあっても、相手をよく知り愛でることで美しい作品が生まれます。盆栽が支配階級に普及したのも、この構造が原因の一つなのかもしれません。

捕縄術から始まり、今ではアートとエロスの二つの側面をもつ緊縛。皆さんは緊縛をどのように捉えますか?

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