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Fashion&きもの

2023.07.28

壮大な群像劇『新・水滸伝』では宙乗りも! 中村隼人が語る、あの時あの舞台の“こしらえ”

歌舞伎では、衣裳や鬘(かつら)、小道具を身に着けた役の扮装を「拵え(こしらえ)」と言います。役により印象がガラリと変わり、様々な表情をみせる歌舞伎俳優の皆さんに思い出の拵え、気分がアガる衣裳、そのエピソードを伺います。今回は8月に歌舞伎座、9月に京都南座で『新・水滸伝(しん・すいこでん)』に出演される、中村隼人(なかむらはやと)さんです。

中村隼人さん

1993年生まれ。父は二代目中村錦之助。屋号は萬屋(よろずや)。2002年2月に『寺子屋』松王丸一子小太郎で初代中村隼人を名のり初舞台。近年は立役を中心に歌舞伎の舞台で活躍。主演ドラマ『大富豪同心』は2019年放送開始より人気を博し、現在3シーズン目へ。

歌舞伎座にて。

初めて挑んだ、荒事の大役

隼人さんの印象に残る拵えは、『義経千本桜』「鳥居前」の佐藤忠信実は源九郎狐(げんくろうぎつね)。

「『義経千本桜』は“歌舞伎の三大狂言”の一つに数えられる古典歌舞伎です。現在、その序幕として上演されるのが『鳥居前』で、忠信は本作に欠かせない、いわゆる主演の役。僕にとって人生初の荒事の大役であると同時に、初めての古典の出し物(自らが座組の中心となるお芝居)でした。強く印象に残っています」

佐藤忠信に化けた、狐の役です。荒事では、大らかで豪快で力強いお芝居をします。そのキャラクターを、大胆で鮮やかな拵えが引き立てます。

「歌舞伎独特の配色ですよね。赤縮緬(ちりめん)に源氏車の文様があしらわれた四天(よてん)を着ています。四天の裾には馬簾(ばれん。フリンジのような房)がついています。金糸の織物は、忠信に限らずどれも重いのですがこの役は、重たさよりも動きにくさが大変でした。着肉(きにく)を着て、仁王襷(におうだすき)をしていますから」

仁王襷とは、背中の大きな蝶々結びのこと。素材は絹糸で、中には針金。ポップな見た目からは想像できないほど、重くて硬い作りなのだそう。
「お芝居中は、仁王襷の形が出来上がったものに腕を通して背負います。自分で結ぶ、たすき掛けとは訳が違います。体が後ろへ引っ張られ、手を動かすたびに胸筋トレーニングのようでした」

それほど負荷がかかるなら、ランドセルくらいの緩さにしても良いのでは。隼人さんは、首を横に振ります。

「その位きつくしておかなくては、ズレてきてしまうんです。初役の時は尾上松緑(おのえしょうろく)のおにいさんに教えていただきました。おにいさんは、お芝居のことはもちろん、芝居中に襷を上手く直す方法も教えてくださいました。忠信は古典のお役です。“仁王襷の2つの輪っかはこの辺りにあるように”など、衣裳も含めて基本的な形が決まっています」

舞台で披露される、錦絵のような美しさや生身の俳優が発する迫力は、受け継がれてきた陰の努力、そして緻密なこだわりに支えられているのだと気づかされます。

林冲の、ここに至るドラマを描く

8月は『新・水滸伝』に出演されます。主人公の林冲(りんちゅう)を初役で勤め、スピード感あるストーリー展開の中、宙乗りも披露します。中国の「四大奇書」に数えられる『水滸伝』を原作に、2008年に初演された歌舞伎です。

「中国を題材にした歌舞伎は珍しいですよね。古典では『国性爺合戦』くらいでしょうか。林冲の衣裳は、忠信と同じく『四天』なのですが、柄が違うと印象がまるで変わりますね」

歌舞伎のエッセンスを感じさせながらも、袖のボリュウムや帯のドレープに独創的なデザインが見られます。初演の時に制作されたもので、衣裳デザイナーで空間演出家の毛利臣男(もうりとみお)がデザインを手がけました。毛利は市川猿翁(三代目市川猿之助)が主演した「スーパー歌舞伎」全作や舞踊家モーリス・ベジャールの衣裳デザイン、三宅一生のアートディレクターとしてショーの演出を手がけるなど国内外で活躍し、2022年に逝去されました。

「林冲は、もとは官軍の教練場の指揮官という役です。頭が良く誰よりも腕がたつ優秀な人物。しかし自らの信念から朝廷のやり方に異議を唱えたことで、“危険な思想を持つ男”と判断され、潰されてしまいます。最愛の妻も亡くし、失意のどん底にいるところから物語がはじまり、悪党たちに仲間として迎えられます」

悪党が集う場所が、梁山泊(りょうざんぱく)です。

「たしかに梁山泊の仲間たちは全員悪党です。しかし角度を変えて見れば善人でもあり、悪党にならざるを得なかった過去を持ち、彼らなりのポリシーで朝廷に刃向かっている。彼らとの出会いが林冲を再び立ち上がらせます。主人公は林冲となってはいますが、『新・水滸伝』は皆で作る群像劇だと感じます。そして大事にしたいのは、林冲が過去にどのような経験をし、どんな思いで今ここで生きてるのか。人って、そのような影の部分に惹かれるところがあり、そこにこそ信用が集まると思うんです」

古典歌舞伎では、初めて勤める役は先輩に教わります。しかし新しく作られた歌舞伎の場合、自分自身で役を立ち上げます。上演回数を重ねるうちにキャラクターが変わってくることもあるのでしょうか。

「ブレてしまってはお客様に失礼だと思うので、役の性根(性格や心の持ち方、その人物の本質的な部分)は、初日までにある程度完成させます。これは僕に限ったことではないと思います。けれども、その性根というのが難しいのですよね。片岡仁左衛門のおじさまは『その人物で動くように』と、よくおっしゃいます。以前おじさまが、先輩方に『義賢最期(よしかたさいご)』を指導されているのを拝見しました。その時『義賢で動けば何をしてもいい』とおっしゃっていたんです。義賢で水を飲む。義賢で立つ。義賢で感情を表す。僕自身が直接役を教えていただくようになってからも、『そこは決まってないから何でもいいよ』と。役の性根を掴み、その人物になってさえいれば何をしてもいい。深いですよね。歌舞伎俳優は先輩に役を習うものです。教わる中で何よりも大事なのが、役の性根なのかなと思います」

「林冲にも一本通った変わらない部分があります。たとえば、周りを惹きつける男であること。そこをブラさず勤め続けることで、もしかしたら『あ、林冲はここでこんな風にはしないな』と気づくことがあるかもしれません。その積み重ねで、作品は自ずと良い方に向かっていくように思います」

隼人さんが、次の世代へ伝承したいもの

隼人さんは「二枚目」の役の数々を、美しく華やかに、時に儚げに、時に凛々しく勤めてこられました。ご自身が選ぶ拵えが、荒事の忠信だったことを意外に思われた方もいるのではないでしょうか。

「それは偏見です!……と言いながら、実は『二人椀久(ににんわんきゅう)』の椀屋久兵衛も考えていました(笑)」

「椀久を初めて勤めさせていただいた時、仁左衛門のおじさまが『隼人、今度やるんだって?』と声をかけてくださって、僕からお願いするより先に『俺の衣裳を貸してあげて』とおっしゃってくださったんです。とてもうれしかったですね。なんとも言えない深い藤色が、とても素敵な着物でした」

お話の端々に、仁左衛門さんへのリスペクトが溢れます。この先挑戦したい役を問うと「仁左衛門のおじさまがなさっているお役はすべてです。それに尽きます」と言葉に力を込めました。

「今年4月、僕は昼の部で『新・陰陽師』の安倍晴明を勤めさせていただきました。夜の部では、おじさまが『与話情浮名横櫛(通称『切られ与三』)』をなさっていました。あの1ヶ月、僕はおじさまの与三郎を勉強させていただき、台詞もすべて覚えました。いつでも稽古をしていただける状態です。仁左衛門のおじさまの芸風はおじさま一代で作られたもの。それを僕も、少しでも次の世代へ伝承できたらと思っています」

『八月納涼歌舞伎』は、2023年8月5日(土)から27日(日)まで。隼人さんは、第二部『新門辰五郎(しんもんたつごろう)』と第三部『新・水滸伝(しん・すいこでん)』に出演されます。

ヘアメイク=佐藤健行(HAPP’S.) スタイリスト=石橋修一 衣裳協力=S’YTE/YOHJI YAMAMOTO Press Room 撮影(クレジットのないもの)=塚田史香

関連情報

『八月納涼歌舞伎』
会場:歌舞伎座
公演期間:2023年8月5日(土)~27日(日)
休演日:14日(月)、21日(月)

第三部『新・水滸伝』
出演:中村隼人、中村壱太郎、中村福之助、中村歌之助、市川團子、市川青虎、市川寿猿、嘉島典俊、市川笑三郎、市川笑也、市川猿弥、浅野和之、市川門之助、市川中車、松本幸四郎

歌舞伎座『八月納涼歌舞伎』特別ポスター
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塚田史香

ライター・フォトグラファー。好きな場所は、自宅、劇場、美術館。写真も撮ります。よく行く劇場は歌舞伎座です。
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