連載

Fashion&きもの

2025.03.05

鏡がなくても美しいかたちはつくれる。着物は生地とのコミュニケーション【和を装い、日々を纏う。】 7

着物家として活動する伊藤仁美さん。京都の禅寺、両足院に生まれ育ち、現在は着物を通して日本の美意識の価値を紐解き、未来へとつないでいくことをテーマに講演やイベント出演など幅広く活躍しています。この連載ではこれまでの彼女の歩みや日々纏う着物の魅力について語って頂きます。

前回までの連載はこちらからご覧ください

私が主宰する着付けサロンの「纏う会」では、基本的に鏡を見ずに着付けを行います。鏡を見ずに着物を着ることで、わかること、気づくことがたくさんあると私は思います。今回は、実際に「纏う会」でどのように説明しているのかをお話してみたいと思います。ぜひ一緒に着物を着るつもりでお読みいただければと思います。

前回までの話はこちらから:鏡は見ないこと。それが心地よく着物を纏う秘訣【和を装い、日々を纏う。】6

襟元の整え方と着崩れの原因

前回は腰紐を締めるところまで説明しました。次は、襟を決める作業です。着物の中でも襟はすごく大切な部分で、「襟を正す」という言葉もありますけれども、その人の哲学や美意識が出る場所だと思います。

着物の襟を決めるときには、まずその下にある長襦袢をぴったりと体にフィットさせてから決めます。化粧下地と同じで、下準備が大切。崩れた襟は、その部分だけを直しても綺麗に整いません。長襦袢をまず綺麗に整えてから、そこに襟を乗せることを意識してください。その順番が最も美しいかたちを作ります。なんでも下準備、土台が大事です。

長襦袢の襟元を綺麗に整えたら、そこに着物の襟を合わせます。後ろは、着物の方が長襦袢より少しだけ衣紋(後ろ襟の部分)から出るようにしておきます。前でも襟合わせを決めて長襦袢の襟の出し方を決めます。

この整え方には「正解」はなく、その着物と自分を、どういった場で、どのように見せたいのかが関係してきます。たとえば襟の半襦袢をたくさん見せればカジュアルに見えます。逆に、耳の下から胸元に行くにつれて白い長襦袢の白襟をすっと出すようにすると、清楚な装いにもなります。どういうかたちで、どんな角度で表すか、白の長襦袢の出し方でイメージは変わります。でも、大切にしてほしいのは、ここでも「心地よさ」です。ご自身が見て心地よいと思うかたち、心地よい場所に襟を置いてください。

それができたら、胸元に胸紐をします。腰紐と同じように、これも鏡を見ながら着ようとすると、つい「きっちりと締めないと」「襟が崩れないように」と強く締めようとしてしまいます。鏡なしで着付けをすると、自分が心地いい場所、心地いい締め具合を感じやすくなります。体全体で着物を感じて、「フィットしている」「気持ちいい」と感じる強さで胸紐を締めてください。それで大丈夫です。なお、結び目は作りません。結び目を作るのはウエストの紐だけ。それ以外は締め戻しで問題ありません。

ここまでできたらシワを取りましょう。けれども、シワを取るというのは、生地を引っ張るわけでは決してありません。着物を纏うことは、生地とコミュニケーションをするということだと思ってください。生地がどの方向に行きたいのかを感じ取るようにします。鏡を見て「綺麗に見える方向」に引っ張るのではなく、生地の張り具合を体で感じながら、「生地にとっても心地いい方向」を探す。シワを取るというのは、体と生地の間の空気を抜いていく作業です。生地と体でコミュニケーションをして、お互いがぴったりフィットする場所を探す。無理に引っ張って直す必要はありません。

こうしてシワを取ると、最も着崩れにくいかたちで着ることができます。着崩れる原因はたくさんありますが、その大きな一つが「シワが取りきれていない」ことです。言い換えれば、着物とコミュニケーションが取りきれていないということです。

暮らしの中で何を基準にするか

最後に「おはしょり」を作ります。腰のあたりで布を折り上げ、帯の下側に折り山を出した部分のことです。これがあることで、着物はどんな体形でも着ることができます。このおはしょりも、体から離れないように作りましょう。直線で折ってしまうと、お腹の曲線に沿わせたときに逆にフィットしにくくなります。着物を纏うということは、平面の布で曲線の体を包むということです。両脇を少し上げてつくるほうが、体の曲線に馴染むかたちになります。

両脇を上げたかたち、つまり正面から見たときになだらかな「Uの字」になっていることを意識すると体にフィットしやすく、これは見た目にも腰の位置を高く、足を長く見せます。裾も同じ。丸く両脇を上げてつくり、おはしょりのUの字と連鎖させると、着物の着姿にリズムが生まれます。

ここまでできたら、最後にもう一度深呼吸をして、自分の体の軸を感じてください。鼻とおへそ、地面を1本の線で結び、長襦袢と着物の背縫いと背骨、着物の交わり、そして帯揚げの中心、帯締めの結び目。これらの中心が全部整っているかを確認します。

帯のタレの位置は、後ろ手で、指の間隔を使って確認します。鏡はいりません。体が綺麗に「ラッピング」されているか、着物が自分を支えてくれているかを、視覚ではなく体に尋ねてみてください。自分が心地よいと感じているかどうかを、敏感に感じ取る力が養われていくと、普段は気づかなかった自分の体の感覚に気づくことがあるはずです。

私たちの暮らしは日々選択の連続です。小さな選択から大きな選択まで、いろんな選択をして生きています。情報にあふれる生活の中で、何を基準に物事を選ぶか。多くの人が「良い」と言うから選ぶのか、単に流行だから選ぶのか。

私は、「自分自身の心地よさ」「自分自身が美しいと思えること」を基準にしたいと思っています。答えは一つではなく、いろいろな「心地よさ」「美しさ」があっていい。心地よさを考えることは、あなたらしさ、あなたが思う美しさとはなにかということにもつながるはずです。

「心地よさ」というものに、あなたはどれくらいフォーカスしていますか?

Share

伊藤仁美

着物家/株式会社enso代表  「日本の美意識と未来へ」を掲げ、着物を通して日本の美意識の価値を紐解き、未来へとつないでいく事をテーマに『enso』を主宰。 祇園の禅寺に生まれ、和の空間に囲まれて育つ。祖父の法要で色とりどりの衣を纏った僧侶がお経を唱える美しい姿に出逢い、着物の世界へ進む。着付け師範、一般着付けから芸舞妓の技術まで習得。 講演や連載、イベント出演他、国内外の企業やブランド、アーティストとのコラボレーションや監修も多数、海外メディアにも掲載。着物の研究を通して着物の可能性を追求し続けるなか、自身の理想を形にすべく、オリジナルプロダクト「ensowabi」を立ち上げる。
おすすめの記事

美装とは何か?伝統的な装いが持つ美をひもとく【澤田瞳子+伊藤仁美対談】前編

和樂web編集部

江戸小紋の若き職人が目指す美しさとは。和の装いが秘める美を語る【伊藤仁美+廣瀬雄一 対談】前編

和樂web編集部

禅と和装からひもとく日本の美意識【伊藤仁美+伊藤東凌 姉弟対談】前編

和樂web編集部

祖母の着物姿の優しさと美しさ。着物家・伊藤仁美の【和を装い、日々を纏う。】5

連載 伊藤仁美

産後の不安定な体だからこそ。着物家・伊藤仁美の【和を装い、日々を纏う。】4

連載 伊藤仁美

人気記事ランキング

最新号紹介

※和樂本誌ならびに和樂webに関するお問い合わせはこちら
※小学館が雑誌『和樂』およびWEBサイト『和樂web』にて運営しているInstagramの公式アカウントは「@warakumagazine」のみになります。
和樂webのロゴや名称、公式アカウントの投稿を無断使用しプレゼント企画などを行っている類似アカウントがございますが、弊社とは一切関係ないのでご注意ください。
類似アカウントから不審なDM(プレゼント当選告知)などを受け取った際は、記載されたURLにはアクセスせずDM自体を削除していただくようお願いいたします。
また被害防止のため、同アカウントのブロックをお願いいたします。

関連メディア