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Fashion&きもの

2025.02.26

鏡は見ないこと。それが心地よく着物を纏う秘訣【和を装い、日々を纏う。】6

着物家として活動する伊藤仁美さん。京都の禅寺、両足院に生まれ育ち、現在は着物を通して日本の美意識の価値を紐解き、未来へとつないでいくことをテーマに講演やイベント出演など幅広く活躍しています。この連載ではこれまでの彼女の歩みや日々纏う着物の魅力について語って頂きます。

前回までの連載はこちらからご覧ください

私が主宰する着付けサロンの「纏う会」では、できるだけ鏡を見ない着付けをお伝えしています。鏡を見ずに着物を着ることで、わかること、気づくことがたくさんあると私は思います。今回は、実際に「纏う会」でどのように説明しているのかをお話してみたいと思います。ぜひ一緒に着物を着るつもりでお読みいただければと思います。

自分の背骨を縫い目に合わせていく

鏡を見ないで着物を纏うこと。それは、自分自身の心と体に向き合うことでもあります。そして、自分の内側にある、自分だけにしかない美しさに触れること。それは今自分自身がここにいること、満たされていることに感謝することにもつながると私は考えています。

朝起きたらまず携帯を見て、アプリで天気やその日の温度をチェックして着るものを決める……そんな決め方ではなく、窓を開けて風を感じ、空気の温かさや冷たさ、空の色、雨の匂いを感じる。そして、今日これから会う人や出かけていく場所を考えて、着るものを決める。私はそのようにしています。

着物が決まったらまず深い深呼吸。自分の中心軸がどこにあるかを体で感じます。左右対象である着物の真ん中に、自分を合わせていく。肌着を着て、足袋をつける。この時大事なことは、肌着の背縫いと自分の背中の中心を合わせること。鏡を見て合わせるのではなくて、背縫いを手でなぞりながら、自分の背骨を縫い目に合わせていくイメージです。

鏡があると、後ろを振り返って体を斜めにしながら合わせることになりますよね。それでは体の軸がずれてしまう。目で見えなくても、顎を引いてまっすぐ前を向いて背中に手を当てれば、肌着の背縫いも背骨に沿ってまっすぐ着られるはずです。

自分自身が心地よい場所に心地よいだけ

足袋を履くときに大切なことは、パパッと履こうとしないこと。急いで履いてしまうと足袋に対して足が斜めに入ってしまうことがあります。そうなると、履き心地が悪くなって居住まいも悪くなる。大切なのは、物に向かって自分を正対させるということです。まっすぐ足を入れたら、下から小ハゼを止めていきます。

足袋をつけることでかかとがきゅっと引き締まって、親指と人差し指に力が入ることで、地に足がつく感覚が生まれ、大地との繋がりを感じることができます。

次に長襦袢を羽織りましょう。洋服が「首」で着るイメージだとすれば、着物は「肩」で羽織ります。衣紋(後ろ襟の部分)を綺麗に抜いた状態の長襦袢を、一度首の後ろにピッタリとつけて、再び背縫いと自分の背筋を合わせます。そのときも、鏡は不要です。体の軸と目線をまっすぐにして背縫いを背筋に合わせれば、着物はよじれたりしません。

それから衣紋を抜いて、自分の鼻とおへそとを地上までまっすぐに線で結んだ状態を意識して、襦袢を体の中心に合わせて着ます。そして紐を結びますが、鏡を見ると紐も「綺麗に締めなきゃいけない」「しっかり締めなきゃいけない」という意識が先に立ってしまいがち。そうではなくて、「自分自身が心地よい場所で、心地よいだけ」締めます。きつく締める必要はありません。大事なのは心地よさです。心地よく美しいこと。

着物が楽なのは体を支えてくれるから

そして、長襦袢の衿合わせを整える伊達締めを締めます。だて締めも下線だけを締めます。上は開けておく。そうすれば呼吸も楽になります。

いよいよ、着物を持って羽織ります。この時も「首」に羽織るのではなく、長襦袢の衣紋が潰れないように「肩」に羽織ること。背中心(せちゅうしん)を目安に着物と長襦袢を合わせたら、裾合わせをします。この裾合わせの時は下半身を意識しましょう。前後の裾を持って、平行に持ち上げていき、後ろ側が自分のお尻にぴったり付くように前に向かって着物を引きます。この時、お尻に意識を向けてください。お尻にピタっと生地が張り付いてることを感じて、平面である布を、立体である体に巻き付けていく。「ラッピング」していくイメージです。

ピタッとラッピングすると、まるでコルセットのようなもので体を保護しているかのように、楽な状態がつくれます。着物は「苦しいもの」と想像する人は少なくないのですが、正しく着れば決してそんなことはありません。体を包み込んで支えてくれるものなのです。

そのように意識を変えると、着物を纏うことが、とても健康的で、かつ「今」の自分の体の状態を感じられる、つまりはマインドフルネスを実現させるものだとも考えられるはずです。

そして腰紐を締めます。このときは骨を意識してみてください。洋服が「肉」で着る感覚だとすれば、着物は「骨」で着るものです。特に骨盤の位置を意識して、骨盤の上のウエスト部分で締めます。丈が短い方は骨盤の上で締めるなど、長さによって変わります。体型は変わることがありますが、成人の骨格は変わりません。鏡の中で場所を考えるのではなくて、ご自身の「骨の位置」を把握して、骨盤に対して自分はどこで締める、着るのが楽なのかというのを考えてみてください

次は襟。襟は「覚悟」の表れのような場所です。

【次回は、3/5(水)11:00公開予定です。お楽しみに】

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伊藤仁美

着物家/株式会社enso代表  「日本の美意識と未来へ」を掲げ、着物を通して日本の美意識の価値を紐解き、未来へとつないでいく事をテーマに『enso』を主宰。 祇園の禅寺に生まれ、和の空間に囲まれて育つ。祖父の法要で色とりどりの衣を纏った僧侶がお経を唱える美しい姿に出逢い、着物の世界へ進む。着付け師範、一般着付けから芸舞妓の技術まで習得。 講演や連載、イベント出演他、国内外の企業やブランド、アーティストとのコラボレーションや監修も多数、海外メディアにも掲載。着物の研究を通して着物の可能性を追求し続けるなか、自身の理想を形にすべく、オリジナルプロダクト「ensowabi」を立ち上げる。
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