多くの人々を魅了した「超絶技巧」シリーズの第3弾が三井記念美術館で開催され
ています。
今回は、第1回の「超絶技巧!明治工芸の粋」展、第2回の「驚異の超絶技巧!明治工芸から現代アートへ」展から続き、さらなる進化を予感させてくれる「超絶技巧、未来へ!明治工芸とそのDNA」です。超絶技巧のルーツでもある明治工芸57点と現代作家による最新鋭の超絶技巧作品64点を見比べながら鑑賞できる貴重な機会です。
そもそも「超絶技巧」とは?
「超絶技巧」シリーズを監修されてきた山下裕二さんも指摘している通り、もともと美術ではなく音楽においてよく用いられてきた言葉です。パッと思い浮かぶのは、バイオリンの名手パガニーニによる超絶技巧などでしょうか。考えてみると、バイオリンやピアノなどによる音楽は、鑑賞しているそばから同時進行的に超絶技巧を感じ取れます。例えば、目の前でありえないほどの高速で指を動かし完璧な音を奏でる人を前にすると「あの曲をこんな風に弾けるなんて神業だ!」と感動するなどです。ところが美術の超絶技巧、特に現代の超絶技巧を感じるまでには、見た直後からの時間差があることに今回気がつきました。
例えば、こちらの作品が目の前に出てきて「超絶技巧です」と言われたとしましょう。すぐにピンとくるのは難しくないでしょうか? 布で作られたのか、プラスチックで作られたのかわからないし、もしかしたら3Dプリンターで作られたのかもしれないからです。
「はてな?」と思いながら無数の微細なリングが繋がっているこの作品を眺めつつ、キャプションが目に入ったところで、これが「陶磁」であることが分かります。「えっ、焼き物なの?」。さらに追い打ちをかけるように、この作品は焼成された磁器にもかかわらず、曲げたり、捻ったり、畳んだりできる事を知り「すごい!」の衝撃が走ります。
「どこが超絶技巧なのかな?」とモヤっとしている脳が、「想像を絶する凄さを伝える情報」という強い一撃を受けて「超絶技巧だ」と納得します。
このプロセスが快感! 私はそこに「中毒性」を感じました。特に、1つの作品の中に「すごい!」の快感が2回も3回もおとずれると、より一層中毒性が高いのです。今回鑑賞した中からそのような作品をご紹介します。
29歳が切り開いた象嵌(ぞうがん)の新境地
こちらは、福田亨(ふくだとおる)さんの「吸水」という作品です。
まず何の情報も無しにこの作品を見てみましょう。
その辺にある板の上に、3頭の蝶の剥製を乗せて、水滴をたらした置物だとしたら? う~ん……。
じっと見ていると、まず軽い一撃がありました。実はこの水滴、「木でできている」のです。元々の板を、水滴の部分の厚みを残して彫り下げていき、ポコッと出っ張った部分に研磨を重ねてツヤを出したというのです。そして、蝶が載っている台座の部分は、板に水滴をたらしたようにしか見えないのに、なんと一木(いちぼく)で彫り出されているとは!
さらに、この蝶は木で作られていて、しかも彩色は一切してないと知ります。
「え?でも黄色や水色や赤の色が……。彩色していないってどういうこと?」
福田さん曰く、木にも赤い木、黄色い木、黒い木、緑青腐菌がついた緑の木などがあるそうです。長年木を観察して様々な色の木を集めてきた福田さんが、この蝶を作るために選び抜いたのが、黒檀、黒柿、柿、真弓、朴、苦木、柳、ペロバローサ。その木片を組み合わせることでこんなにリアルで鮮やかな蝶の羽を再現してしまったとのこと。これはステキなサプライズ。
ところで木片はどのように組み合わせているのでしょうか?
「象嵌」という伝統的な技法を活用していて、まず木を切り出し、そのあと、地板にそれと同じ形(パズルのように嵌(は)まる穴)を彫り込むそうです。それからそのアウトラインと底の部分がピッタリ嵌まるように作るとのこと。一瞬、歯医者さんの歯の詰め物を思い浮かべましたが、もちろんそれよりはるかに精巧ですね! しかも、表と裏の模様を変えたりしているので、裏からも木を嵌めているとのこと。なんというこだわりでしょう。「象嵌」という技法自体は飛鳥時代に日本に伝わったものですが、それらは主に平面に施されたものなので、このような立体作品に応用したのはおそらく福田さんが初めて。若干29歳の彼が切り開いた全人未到の境地は、まさに超絶技巧! 爽快な気分になりました。
超絶技巧とエコロジー!?
大輪の白い花が空中に浮いているような作品を制作したのは大竹亮峯(おおたけりょうほう)さん。1年に1度、夜にだけ大輪の花を咲かせる月下美人を表現しています。暗闇に浮かぶ真っ白い花の美しさを想像してうっとりとしているところに、一発目の驚きに襲われました。この薄くて華麗な47枚の花びらは、鹿角からできているとのこと。紙や鉄ではなく、鹿角! なかなか心地よいパンチです。そして次に待っていた大きなサプライズとは? なんと、この花は「動く」のだそうです。
展示してあるのは、動いて花が開いた状態なのですが、ビデオで花開く様子を見られるというのでその部屋に急行。作品に水を注ぐと、鹿角でできた花びらがゆっくりと開いていく様子に心打たれました。大竹さんのこの作品は、アバンギャルドな自在置物(注1)だったのです。
アバンギャルドなポイントその1は、歴史的に金属製であるのが常とされる自在置物を、極めて珍しく鹿角で作っているところ。アバンギャルドなポイントその2は、伝統的に大半が「動物」である自在置物を「植物」でチャレンジしているところです。普通に裸眼で観察していたら、気が遠くなるほど時間がかかる植物の連続的な動きをなめらかに表現しようという発想は、タイムラプス撮影による映像などを見慣れた現代人ならではなのかもしれません。しかし現代のものながら、電気ではなくあえて水の重さというアナログな手法を駆使して動かしているところに、私はエコロジーを感じました。これから必要となる代替エネルギーのヒントになる可能性をはらんだ美しくも未来的な超絶技巧に心地よく酔いました。
(注1)『自在置物とは、鉄、銀、銅などの金属で、タカ、ヘビ、カニ、などの動物を形づくったもの。たんに形にあらわすというのではなく、各パーツを細かく独立させて作り、組み立てられています。金属の塊や板を熱しては叩くことを繰り返し、形に仕上げているのです。その姿はきめわてリアル。しかも胴体や関節の曲げ伸ばしなど、自由自在に動かすことができます。』(東京国立博物館の1089ブログを参照)
他にも、崩れ落ちる直前の極限まで薄く彫り込んだ松本涼(まつもとりょう)さんの木彫や、渡辺省亭(わたなべせいてい)の絵の世界を立体に凝縮して表現した彦十蒔絵 若宮隆志(ひこじゅうまきえ わかみやたかし)さんの漆工など、クセになる現代版超絶技巧にたくさん出合いました。
超絶技巧の進化は果てしなく続き、より多くの人々を虜にしていく予感がしました。
【展覧会基本情報】
会期 2023年9月12日~11月26日
会場 三井記念美術館
住所 東京都中央区日本橋室町2-1-1三井本館7階
電話 050-5541-8600
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日 月(但し9月18日、10月9日は開館)、9月19日(火)、10月10日(火)
観覧料 一般1,500円/大学・高校生1,000円/中学生以下無料
アクセス 地下鉄三越前駅A7出口徒歩1分
URL https://www.mitsui-museum.jp
【巡回展情報】
・富山県水墨美術館
2023年12月8日〜2024年2月4日
・山口県立美術館
2024年9月12日〜11月10日(予定)
・山梨県立美術館
2024年11月20日〜2025年1月30日(予定)
アイキャッチ画像:「《吸水》(部分) 福田 亨 2022年 黒檀、黒柿、柿、真弓、朴、苦木、柳、ペロバローサ W:45.2cm」