洒落を効かせ、日常の風俗を滑稽な表現で楽しんだ江戸狂歌(えどきょうか)。そしてこの江戸狂歌を詠む人々を粋な遊び人として「狂歌師」と呼びました。彼らは、江戸で大変なブームを巻き起こし、今でいうインフルエンサーのような存在でもあったのです。そして、そんな彼らの作者としての号・狂名(きょうみょう)が、すっとぼけていて絶妙なネーミングでした!
世の中をバカバカしい笑いに巻きこんだ狂歌
江戸時代の狂歌ブームの火付け役と言われるのが太田南畝(おおたなんぽ)※1。彼が詠んだ狂歌にこんな歌があります。
「世の中の人には時の狂歌師とよばるる名こそおかしかりけれ」
これは、鎌倉後期の私撰和歌集に掲載された
「世の中の人には葛の松ばらとよばるる名こそうれしかりけれ」※2
の替え歌、つまりはパロディにしたもの。「美しい風景が広がる葛(くず)の松原で一生を終えるのはうれしいものだな」と詠んだ歌を、「こんな世で人々に持ち上げられる狂歌師の名前は滑稽なものだな」と自らを茶化しているのです。貧乏な下級武士であった南畝にとって、堅苦しい仕事に鬱々している時に、世の中をナナメに見て、バカバカしい歌を詠むというのは、現代の私たちのつぶやきにも通じるところがあります。
歌麿や蔦重もつけていた狂名が面白い!
狂歌を詠む時に、作者は号(呼び名)をつけていました。この狂名がおやじギャグ?と思えるほど、笑えるのです。その一例をご紹介しましょう。
禿頭の男のつけた狂名が「頭光(つむりのひかる)」だったり、くさや好きが転じて「草屋師鯵(くさやもろあじ)」、気が利かないと人から言われている男が紀貫之(きのつらゆき)ならぬ、「紀束(きのつかぬ)」と名乗ったり。自虐的でさえあります。
有名どころでは、南畝と並ぶ大家と言われた幕臣の山崎景貫(やまざきかげつら)は、あっけらかんをもじって、「朱楽菅江(あけらかんこう)」、国学者の石川正望(いしかわまさもち)は、「宿屋飯盛(やどやのめしもり)」、『金々先生栄花夢』を書いた恋川春町(こいかわはるまち)は「酒上不埒(さけのうえのふらち)」などなど。さらに、一世を風靡した浮世絵師、喜多川歌麿(きたがわうたまろ)も「筆綾丸(ふでのあやまる)」、彼らの版元であり、江戸のメディア王と呼ばれた蔦屋重三郎も「蔦唐丸(つたのからまる)」と、みな、ふざけた狂名をつけていたのです。
全てがこんな感じ。ゆるいといいますか、狂歌を嗜む時は、地位や立場、年齢を越え、まさに無礼講で呼び合っていたのでしょう。そういえば、かつて和樂webでも、リングネーム付けが流行ったことがありました!
狂歌ブームで、遂には吉原にもサロンが登場
江戸で狂歌が大流行となると、狂歌師たちは、住んでいる場所や活動している地域ごとに「連」を作り、定期的に狂歌を詠む歌会、サロンを開催していきました。
その一つが、吉原遊郭の妓楼、大文字屋※3の妓楼主が遊郭を中心として主宰していた「吉原連」です。その妓楼主の狂名がなんと、加保茶元就(かぼちゃのもとなり)。
大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめばなし)」に登場する大文字屋の妓楼主、二代目市兵衛を、ドラマでは、バイプレーヤーとして名高い伊藤淳史さんが演じます。
泣く子も黙る妓楼主は、実は教養に富んだ洒落人?
なぜ、「かぼちゃ」という狂名がつけられたのか。南畝が書いた『奴師労之(やっこだこ)』という本によれば、初代市兵衛が、もともと河岸見世(かしみせ)※4を開いていた時に、遊女に出す総菜が安いかぼちゃばかりで、その節約のおかげで吉原の表通りに大文字屋を構えることができたことから、「かぼちゃ」と呼ばれるようになったのだとか。
二代目になっても、「かぼちゃ」の名は引き継がれ、それをそのまま、狂名にしてしまったようです。妻も狂歌師で、夫婦でサロンを主宰しており、文化、教養の高い妓楼主でした。
妓楼主といえば、遊女を売り買いする情け知らずの極悪人をイメージしがちですが、なんだか大らかで、ユーモアのあふれる人もいたのですね。
あの有名な画家もおかしなペンネームで参加!
このサロンには、文芸関係者も多く参加し、蔦重や山東京伝(さんとうきょうでん)はもとより、武士出身で、琳派の絵師として活躍した酒井抱一(さかいほういつ)も深く関わっていました。ちなみに彼の狂歌名は「尻焼猿人(しりやけのさるんど)」。
▼こちらの記事で詳しく紹介していますョ
あの酒井抱一が、ペンネーム「尻焼猿人」でセクシーな狂歌を詠んでいた?
身分制度の厳しかった江戸時代ですが、吉原は武士も刀を置いて妓楼に入るといわれていた場所ですから、遊びに興ずる人々の洒落た集いの場所でもあったようです。
参考文献:『太田南畝 江戸に狂歌の花咲かす』 小林ふみ子 岩波書房 『江戸の文人サロン 知識人と芸術家たち』揖斐高 吉川弘文館 日本大百科全書 小学館デジタル
アイキャッチ:『潮干のつと』 喜多川歌麿画 国会図書館デジタルより