天才絵師・歌川広重(うたがわひろしげ)も使った「構図のテッパンテクニック」で日常の一コマを魅力的に切り取ってみませんか?
風景画の浮世絵の第一人者、歌川広重が安政3年~5年(1856~1858)の約2年半にわたって制作した名所絵シリーズ「名所江戸百景(めいしょえどひゃっけい)」。斬新な構図と鮮やかな色彩で、四季折々の江戸の情景を抒情性たっぷりに描き出し、江戸のベストセラーとなった言わずと知れた名作です。
今回は、本作で江戸の人びとを魅了した巨匠・歌川広重の「構図」を現代の写真に置き換えてみることで、広重の絵を見た当時の人びとの感覚に迫ってみたいと思います!
現代の写真は、和樂webが運営するInstagramから選出しました。なぜ、インスタかと言うと、「名所江戸百景」には、現代の「Instagram」と似た要素があるんです。「浮世絵とインスタ……?」と思う方もいるかと思いますが、そもそも「浮世絵」は、庶民の娯楽としてブームになった大衆メディア。一般の人びとをターゲットとして制作された絵画で、庶民の「今」や「欲望」を反映したものでした。
中でも、この「名所江戸百景」は、「綺麗な景色を“映え”るように上手く画面におさめて、鑑賞者の「行ってみたいな~」という憧れを誘い、バズらせる」といった要素があり、現代のビジュアル系SNS「Instagram」と共通点が多い作品と言えます。
それでは、早速、「名所江戸百景」で使われている特徴的な構図を見ていきましょう!
1つ目★近景拡大構図
まずは、「名所江戸百景」と言えばコレ! という、広重が「名所江戸百景」で特に効果的に多用した構図がこれです。
こいのぼりドーーン!
この絵の舞台は、水道橋駿河台。ドデカイこいのぼりの向こうに、端午の節句のこいのぼりや吹き流しが立てられた駿河台の景色と富士山が描かれています。
もう一枚! 松ドーーン!
手前に大きく描かれているのは、上野の不忍池端にあった、枝を丸くして月の形をかたどった松、その名も「月の松」。この松は、他の浮世絵にも登場していて、上野のシンボル的存在! 今でいう、「インスタ映え」スポット的な存在だったのかも……? 背景には、不忍池と対岸の本郷の武家屋敷が広がっています。
これらの作品で使われているのが、極端に拡大した近景の物の向こうに、遠景で名所を見せるという手法です。
これを現代の写真に置き換えてみると……
こんな感じでしょうか……?
「近景にアイス、遠景には海」など、インスタでよく見られる構図ですが、手前にメインで映したいもの(ビール)をドーンと大きく写し、遠景にいい感じの景色やその時の情景をふんわり移り込ませる。近景と遠景を同時に見せながら、メリハリをしっかり付けることでインパクト効果も狙えます。正に「インスタ映え」の代名詞的なこの構図を、広重は160年前の江戸時代に浮世絵に使っていたんですね。
2つ目★トンネル構図
次に紹介するのは「トンネル構図」。このテクニックを使った広重の絵がこちら。
こちらは、今でいうところの「リバービューレストラン」といったところでしょうか。隅田川上流(現代の南千住)にある真先稲荷神社の境内にあった茶店の窓からの景色です。江戸時代、真先稲荷神社の境内には隅田川に面して茶店や料理屋が並んでいて、飲食を楽しみながら素晴らしい景色が楽しめたそう。いやぁ~なんとも「映え」そうな場所ですね~。室内には白椿を生けた花入があり、窓の外には白梅、その向こうにはゆったりと流れる隅田川が見えます。遠景に見えるのは筑波山。
このように、景色を額縁に入れたように前景で囲うテクニックが「トンネル構図」です。絵の中にさらに枠を作ることで、見る人の視線を主題に導き、風景を際立たせるとともに、「覗き見」をしているかのような印象を与える効果があります。
和樂webのInstagramでは、こんな一枚を見つけました。
目黒にある文化サロン「八雲茶寮」の写真で、窓の外にあるのは広重の絵と同様、梅の木だそう。
このように、前景の額縁部分を暗くすることによって、明暗差を利用して額縁の向こう側の景色をくっきり鮮やかに目立たせることができます。
ちょっと使用できるシーンが限定される構図ではありますが、広重の絵やこちらの写真のように窓を利用する他にも、手前にある門や木の葉っぱなどを利用して景色を取り囲むことで、同じような効果を得ることもできます。
3つ目★二分割構図
次に見ていただきたいのは、こちらの絵。
画面はほぼ真ん中で上下に二分割され、上半分には月と星が輝く夜空、下半分には漣が立つ海面が描かれています。これは、「永代橋佃しま」という作品で、篝火を焚いた白魚漁の舟が佃島沖に停泊している様子(江戸の春の風物詩)を永代橋の下から写し取ったもの。
これを現代の景色に置き換えてみると……
癒されるぅ~!
このような「二分割構図」は、バランスが非常によく、見る人に落ち着いた安定感と心地よさを感じさせます。海や湖など水辺の景色はもちろん、その他の風景でも活用できる構図なので、使えそうなシーンがあればぜひ使ってみましょう。
4つ目★放射線構図
お次はこちら。
一枚目は、道の両側に呉服商三井越後屋の店が並ぶ日本橋駿河町。ここは、真正面に雄大な富士山が見える絶景スポットとも知られる、江戸の「名所」中の「名所」。二枚目は、江戸時代末期に三つの歌舞伎劇場があり、芝居の町として栄えた、浅草の猿若町です。芝居見物を終えた人びとが月明かりの下、芝居茶屋が建ち並ぶ通りをそぞろ歩いています。
これらの絵に使われているのは、画面内のある一点(消失点)に向かって複数の線が放射線状に伸びていることで、奥行きや広がりを表現できる「透視図法(線遠近法)」という絵画の手法。
消失点の方に向かって、通りがずーーっと奥の方まで続いているように見えますよね?
これは、西洋では古くから使われていた手法で、日本には江戸時代中期に禁書令の緩和によって持ち込まれました。江戸時代後期には、浮世絵師たちがこれを浮世絵に取り入れたことで、「浮絵」(景色が浮き出て見えることに由来)と呼ばれる絵が登場し、ブームになります。このことは浮世絵の風景画を発展させた一因にもなっており、広重の名所絵でも透視図法(線遠近法)が多々活用されました。
絵画だけでなく、写真でもこのような効果を利用して、カッコいい一枚を撮影することができます。
こちらは「異世界への入り口」とSNSで話題になった、熊本県阿蘇郡の上色見熊野座(かみしきみくまのいます)神社の参道。使われているのは「放射線構図」です。
絵画と同様、画面内の一点から複数の線が放射線状に伸びているように撮影することによって、奥行きや広がりを感じさせることができます。
5つ目★曲線構図(S字構図・C字構図)
最後にご紹介するのは、「曲線構図(S字構図・C字構図)」です。まずは、こちらの絵を見てください。
見事なS字カーブです! 描かれているのは、現代の葛飾区四つ木にあった「四つ木通用水」。もともとは本所・深川方面への飲料水を供給するための上水路として開通したものでしたが、水源が安定せず飲料水として不向きだったため、広重の時代には人や物資を運ぶための水路として利用されていました。ただ、幅が狭く底も浅かったため、艪が使えず、舟に綱を結んで脇道から人力で引いていたそうです(笑)。これが現代でも地名の「曳舟」として残っている「引き舟」で、広重の絵にも3艘の引き舟が描かれていますね。
なんとこの「四つ木通用水」、実際には、まっすぐだったそうです!
つまり、広重が絵の構図として、意図的にS字カーブを作り出していたということ。この「S字」は、広重の描く他の川の絵でもよく見られる手法です。
このように、画面上に「S字」を作り出すことで奥行きと優美さ、リズムを生み出す技が「S字構図」です。その他にも、画面内に「C字」を作り出すことで同じような効果をもたらす「C字構図」もあり、こちらも広重の浮世絵でよく活用されています。
それでは、「C字構図」を取り入れた現代の写真を見てみましょう。
こんな感じ。ゆるやかなC字カーブが見る人の視線を画面の奥の方へと誘い、旅情漂う写真になっていますね。
「S字構図」「C字構図」は川、線路、道路などの撮影の時に使いやすいテクニックですが、日常的に使いやすいシーンとしては、こんな使い方もあります。
ぱっと見、「どこにC?」と思いますが、よく見て見ると、器の縁の部分が「C字」になっています。
器や料理を撮影する時に一部をカットしてC字を作り撮影することで、器の曲線を生かした美しく印象的な写真に仕上がる効果があります。これも「C字構図」。
身の回りを観察して「S字」「C字」を発見したら、うまく構図に取り込んでみるのも面白いのではないでしょうか。
江戸時代の人も私たちも「心地よい」と感じる構図は同じ!?
さて、江戸時代に描かれた歌川広重「江戸名所百景」から、現代のInstagramなどの写真でも活用できそうな「テッパン構図」を見て参りましたが、いかがでしたでしょうか? 160年前に人びとを魅了した構図が現代でもそのまま転用できるということは、結局のところ、人間が「心地よい」と感じる構図は、今も昔も変わらないと言えるのかもしれません。
現代を生きる私たちも、江戸時代を生きた人たちも、心の中にある感性には共通した部分がある……。そう思うと、江戸時代の人たちがちょっとだけ身近に感じる気がしませんか……?
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