昨年107歳で亡くなった美術家の篠田桃紅さん。書家としてスタートしながら1950年代に渡米して現代美術の新たな表現を開き、100歳を過ぎても盛んに制作を続けていた篠田さんの活動ぶりは、高齢化社会を迎えた現代日本を元気づけるものでもありました。東京オペラシティ アートギャラリーの「篠田桃紅展」を訪れたつあおとまいこの二人は、まず、これまであまり目にする機会がなかった書家時代の作品のアヴァンギャルドな表現に感じ入りました。
えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて今日はどんなトークが展開するのでしょうか。
マス目ににじみ出た魅力とは?
つあお:今日は篠田桃紅さんの全貌がわかるんじゃないかなと思っていて、見るのをとっても楽しみにしていたんですよ。篠田さんはもともとは書家。でもたわくし(=「私」を意味するつあお語)の知る限りでは現代美術家。生涯の中で、きっと何かすてきな転換があったんだろうなぁと想像していました。
まいこ: 私には、墨を使って抽象画を描く美術家のイメージが強かったです。
つあお:おお、墨をメインに使っているところは要注目ですね!
まいこ:ですよね!
つあお:「書画」という言葉もあるくらいで、書と絵って日本では歴史上でもすごく近いジャンルなんです。同じ画面に混在したり、ものによっては絵の一部が文字になっていたりする。書も絵も墨と筆を使ったから、両者が近かったのはけっこう自然なことだったのだろうと考えています。
まいこ:ほぉ。
つあお:現代美術でそうしたことが起きたら、また面白い。
まいこ:ですよね!!
つあお:万葉集を題材にしたこの2点は、きっと対(つい)の作品なんでしょうね。
まいこ:原稿用紙に書いてるみたい!
つあお:おお、だから文章を書く仕事をしてきたたわくしには親近感が湧くのかな。原稿用紙に記事の原稿を書く時代もありましたからね。
まいこ:古き良き時代! 400字詰めの原稿用紙1枚が一つの単位だった時代も今は昔?!
つあお:篠田さんのこの作品は、マス目までご自分で書かれているところがまたいいですね。手書きの魅力がマス目ににじみ出ています。
まいこ:文字も自由な感じ!
つあお:1955年以前の作なので書家としての作品だと思うのですが、もう現代美術への飛翔を始めている!
まいこ:わーお。
ポロックが亡くなった年に渡米
つあお:この屏風は1960年頃の制作なので、60年も前のものということになります。
まいこ:わー! この屏風には左右に一つずつ文字が書かれているみたいですね。とても不思議な感覚。文字なのに、絵のようにも見える!
つあお:これ、「古今」って書いてるんだ。
まいこ:文字が浮かび上がってきました。特に「古」という字のある左側は白黒が反転していて、私にはとても新鮮です。
つあお:白黒反転は古来からある拓本っぽい感じもしますが、半分だけ拓本にするなんてこと普通はしませんからね。そして、字が落書きっぽいところが、「ラクガキスト」を名乗っているたわくしには最高です。
まいこ:確かに落書きっぽくて、書道で習う「入り」とか「ハネ」とかは関係ないみたい。ところで、黒い墨が背景にあって文字が白抜きなのは、どうやって書いたんでしょう?
つあお:白い文字部分を塗り残すのは大変そうだし。
まいこ:まさか引っかいたのでは?
つあお:なるほど。墨で全部一面黒く塗って引っかいたら、確かにこうなりそう。
まいこ:やっぱりアバンギャルド! そして右の「今」の字は左とは白黒逆で書き方は普通なのに、形がすごい!
つあお:「古」とはまったく違いますよね。
まいこ:「今」の屋根の部分がはずれてひっくり返ってる!
つあお:屋根ってことは、「今」は家だったのか! そういう風に見ると楽しい! もう一つはっとしたのは、左側の画面が真っ黒で右側の画面が真っ白という対照性なんですよ。
まいこ:そうですね。黒いほうは上と下にちょっとした余白があって、文字を取り去った時にも抽象画として成り立つような「コンポジション」的なものを感じます
つあお:おお、コンポジション! 「構成」かぁ。そもそも「古」も「今」も文字から図形に変容しているようにも見える。
まいこ:篠田さんは、この作品を制作する少し前の1956年に渡米して58年に帰国しているんですね。
つあお:そう。1956年は、抽象表現主義のジャクソン・ポロックが亡くなった年だ。
まいこ:すごいタイミング!
つあお:もともと篠田さんは前衛的な書家でしたが、アメリカではすごい刺激を受けたでしょうね。だから篠田さんの帰国後の作品は、もう完全に現代美術になっている。女性の現代美術家としても、1957年に渡米した草間彌生さんと並ぶ先駆者!
まいこ:すごいパイオニアですね!
墨はやっぱり愛おしい存在
つあお:この『惜墨』の4枚のシリーズも魅力的なんですよね。
まいこ:薄い長方形や濃い長方形は人で、なんだか散歩してるみたい!
つあお:そうそう、生き物的!
まいこ:左から右へ四角たちが転がっていくような軽やかさを感じます。
つあお:タイトルは「墨を惜しむ」という意味なんですかね。このままこの四角はどっかに行っちゃうのかも!
まいこ:行かないで〜!
つあお:は、はい(汗)。四角より。
まいこ:よかった! それにしてもこの四角形を構成している筋は、それぞれがとても太い筆で描かれているようにも見えます。
つあお:篠田さんは、きっといろんな筆を使って実験したんだろうなぁ。
まいこ:極太かと思うと、松葉のように細い線がすっと入っていたりもしますね 。
つあお:一見大雑把に描いているようでいて、どの線も太さとか色が同じじゃないところが楽しい。
まいこ:墨の濃淡だけで色の違いをこんなに感じられるなんて! しかも、わらび餅のような柔らかさを感じるのが不思議!
つあお:1991年に制作したこの連作はもう紛れもなく抽象絵画なんだけど、墨や筆の操り方とそこから生まれる気のようなものを熟知している書家出身のアーティストならではの表現だと思います。
まいこ:確かに! 会場で映していたピエール・アレシンスキー監督のショートフィルムに登場した篠田さんを見て、まさにそこに納得したところでした。一瞬の迷いもなくすーっ、すーっと筆を運んで、美しい流線を生み出していましたね!
つあお:アレシンスキーは、日本の書にすごく感化されて、自らの作品にも書の要素を組み入れたベルギーの画家なんですが、篠田さんの筆さばきにはやっぱり惚れ込んだ感じですね!
ピエール・アレシンスキー=ベルギーを代表する90歳(注)の現代美術家。1944年から4年間、ラ・カンブル国立美術学校で学び、1948年結成の国際的な前衛美術集団「コブラ(CoBrA)」(1951年解散)で活躍。その後、パリに移住。京都の前衛書道家、森田子龍と交流を深め、1955年に初来日。『日本の書』という短編映画を製作した。書道の影響を受けた自由な筆さばきと、乾きやすいというアクリル絵具の特性を活かし、自身の内面を大胆に表現する。(出典=高松宮記念世界文化賞ウェブサイト/注:年齢は2018年に同サイトに記載された情報をそのまま転載しました)
まいこ:真似したくても真似できない、遺伝子レベルで組み込まれたような日本人の書の技にすっかり心酔しているように見えました。
つあお:それでね、タイトルには「惜墨」という言葉が使われているんですが、英訳は「Cherishing Sumi」なんですよ。墨を愛してるっていうことかな。現代美術の世界には来ているけど、墨はやっぱり愛おしい存在で別れるのは惜しいということなのかなと想像しました。
まいこ: ですから最後まで「墨」を手放さなかったのですね!
まいこセレクト
会場で映していたピエール・アレシンスキー監督のショートフィルムでの篠田さんの筆さばきが目に焼き付いています。まるで机の上のほこりをミニ箒(ほうき)で払うようにささささっとものすごい速さで筆を動かすと、その後に笹の葉が揺れるような模様が浮き出てくる。神業だなあと思いました。きっとこのいろはも、ささささっと天使のような軽やかさで書(描)いたんだろうなあ。同じ文字を、少しずらして違う色で書くなんて、伝統的な書の先生が見たらいたずらかと思っておかんむり?! でも、瞬発的に書いているのに、3種類の字がシャドウのように同じ形になっているのが天才的。そして、それぞれの文字が生きて会話をしているようなざわめきや、隙間を流れる空気のリズムが伝わってくるところからすると、すでに抽象画になっていたんだなと感じます。
つあおセレクト
タイトルの『時間』は、篠田さんがそれまでに過ごした人生を表すものだったのかなと想像しています。そして、1930年代に作家活動を始めてこの作品が生まれるまでの間に60〜70年が経っていたわけですが、すごく確固とした歩みを感じます。直立した赤のエネルギーは、本当にすごいですね!
つあおのラクガキ
浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。
やはり西と東に分断せず、うまく絡まり合って助け合いながら共存していく、というのが理想的な世界なのではないでしょうか。一日も早く平和な日々が来ますように!
展覧会基本情報
展覧会名:篠田桃紅展
会場:東京オペラシティ アートギャラリー(東京・初台)
会期:2022年4月16日〜6月22日
公式ウェブサイト:https://www.operacity.jp/ag/exh249/