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2023.02.09

泉屋博古館の住友春翠コレクション。中国青銅器と煎茶会の関係とは

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日本の財界人であり茶人のコレクションに、世界屈指の中国青銅器が入っていることがあります。例えば泉屋博古館が所蔵している住友春翠(すみともしゅんすい)のコレクションや、白鶴美術館の嘉納治兵衛のコレクションなど。その作品には、中国神話に登場する饕餮(とうてつ)という怪獣の模様など、おどろおどろしいものも多いので、なぜかなとずっと思っていました。
その疑問が、泉屋博古館東京の「不変/普遍の造形 住友コレクション中国青銅器名品選」を訪れて一気に解消! なんと、泉屋博古館の青銅器コレクションの形成は、住友春翠が煎茶会の床飾りのために購入したのがきっかけなのだそうです。明治後期に流行していた煎茶会で、時の財界人を驚かせた春翠の青銅器コレクション。実際どのような作品が飾られ、どのように鑑賞されたのでしょうか? 「茶会」をキーワードに中国青銅器鑑賞の面白さを探りつつ、不思議な妖怪文様の魅力もお伝えします。

いち早く一級の中国青銅器を煎茶会で展示

まず、世界から見た泉屋博古館の中国青銅器コレクションの価値はどれほどのものなのでしょうか?学芸員の山本堯(やまもとたかし)さんによると、「戦前から高い評価を得ており、海外からも注目されていました」とのお答え。世界中の青銅器専門家が「まず研究するべきコレクション」として真っ先にチェックするとも聞いたことがあります。
そもそもなぜそこまで充実したラインナップを手にすることができたのでしょうか?ちょっと歴史を紐解いてみましょう。

明治30年代に、第15代住友吉左衞門こと春翠は、中国青銅器のコレクションを充実させました。公家の徳大寺家に生まれ、幼い頃から漢学、国学をはじめとした和漢の教養に親しんでいた春翠は、茶の湯や能楽といった日本の古典芸能を嗜む数寄者でした。同時に中国的教養を持っていた実兄の西園寺公望や、篆刻家の小林卓斎の影響で中国文人へ憧れを持ち、煎茶や篆刻を愉しみました。

住友春翠

そしてその春翠こそが、中国青銅器を煎茶席で展観した代表的人物であり、明治35(1902)年に青銅器を煎茶会で展示しています。
「この茶会は、関西の主要な財界人が参加した十八会です」と山本さん。
藤田傳三郎(蘆庵)、村山龍平(香雪)、嘉納治兵衛(鶴堂)など、数寄者18名が集まったことで知られる十八会。このそうそうたる顔ぶれに遜色ないよう、春翠は、中国青銅器18点を展示して皆を驚かせたそうです。30代にして、かなりの凄腕ですね。

よっぽどの知識とセンスがあったのですね!

煎茶会の展観席で展示された青銅器の様子。当時は、茶席と共に展観席と呼ばれる文物観賞の場が設けられており、そこで文化や芸術を共に語らう「清談」が重視されていた。
『昌隆社五十周年記念茗讌図録』(昌隆社、1926年)より転載

煎茶と茶の湯(抹茶)の違いとは?

ここで改めてなのですが、煎茶とは何かについて茶の湯(抹茶)と比較しながら簡単にお伝えしたいと思います。
まず、抹茶は、鎌倉時代に中国(宋)で臨済禅を学んで帰国した栄西が伝えたものです。その後、粉末茶を使用する茶道は、能阿弥や一休宗純らの影響を経て、千利休が安土桃山時代に完成させます。そして、主に武家社会に浸透していきました。
それに対して煎茶は、明時代の中国で飲まれていた「淹(い)れるお茶」を中国僧、隠元(いんげん)が伝えたもの。江戸時代中期以降に文化人たちの間で流行しました。当時は茶道の形骸化が進んでおり、それに異議を唱えた知識人たちが形にとらわれない茶道として見出したのが煎茶道です。そのため、煎茶道は茶室や道具に必要以上のこだわりを持たず、自由な精神や風流を重んじたのです。

▼詳しくはこちらの記事をお読み下さい。
どうして日本人は緑茶が好きなの?日本茶の歴史を辿る

山本さん曰く「抹茶を使う茶道は古くから日本に伝わり、わび茶として和風化されたので、中国から伝わったとはいえ、日本文化の色が濃いです。それに対して、江戸時代に入ってきた煎茶道は、カウンターカルチャーとしての意味合いもあるので、中国文化の影響が濃厚なのです。なので、煎茶席であれば、青銅器を取り入れることができたのだと思います」
なるほど!その流れが、先ほどの十八会につながるわけですね。

茶道と煎茶道の伝わり方の違いを知ると、面白い!

春翠の煎茶会に飾られた青銅器たち

そして今回の「不変/普遍の造形 住友コレクション中国青銅器名品選」展ではなんと、春翠が「煎茶会の床飾りのために」と最初に購入した「夔文筒形卣(きもんつつがたゆう)」が、当時の茶会での様子を再現するような形で展示されています。
この作品が、彼の青銅器収集のきっかけになったと思って見ると、感慨深い!

夔文筒形卣(きもんつつがたゆう)西周前期/BCE11-10c泉屋博古館蔵

青銅器ではありますが、すっきりとした筒型で上品です。掛け軸との相性もぴったりですね。驚く客人たちを前に、春翠はどのようなストーリーを語ったのでしょうか?!私は、きっと彼はこの上部中央にくっついている、小さな悪魔くんの顔のような突起について熱く語ったのではないかと思います。実はこの顔のような部分の左右に表わされている龍のような生き物が、作品名についている夔文(きもん)。山本さんによると、妖怪の一種だそうです。青銅器には、妖怪の文様や形が表現されているものも多く、それがまた独特の味を出しています。そんな妖怪については後ほどまとめてご紹介します。

夔文筒形卣(きもんつつがたゆう)部分 真ん中に付いている突起した顔の左右に表わされている龍のような生き物が夔(き)

「他にも、煎茶会に飾ったことがある青銅器が展示してあったりしますか?」
と聞くと、こちらの作品を紹介して下さいました。

偁缶簋(しょうふき)西周前期/BCE11-10c泉屋博古館蔵

これは結構文様も入っていて、耳たぶが大きい人の顔のようにも見えるユニークな器です。
「こちらは『簋』という食器で、もとは穀物を盛るためのものでした。その後、江戸時代以降に香炉として転用されていたそうです」と山本さん。
面白い!中国文人への憧れが、古代青銅器の『簋』を香炉として活用するという形で表現され、それがいつしか日本の伝統になっていったのですね。

そして、次に山本さんが紹介してくれた青銅器に、私のハートは射抜かれました!
これは、カネゴンでは?!(※円谷プロ制作のSF怪奇ドラマ『ウルトラQ』に登場した怪獣の一つ。是非ネットで画像を見てみてください。似てませんか?)

確かに、ちょっと似ている!カネゴンは衝撃的でした!

饕餮文平底爵(とうてつもんへいていしゃく)殷前期(前14世紀)泉屋博古館蔵

カネゴンでないにしても、上向きに二本突き出した触角に目があり、腰に手を当てて3本足で立つ宇宙人的キャラクター……。春翠も、もしかしたらそんなふうに見ていたのかも?やはり、香炉として活用したそうで、この作品が、掛け軸の前に可愛らしくたたずんでいる写真も残っています。

『昌隆社五十周年記念茗讌図録』(昌隆社、1926年)より転載

山本さん曰く「これはもともと爵(しゃく)という酒器で、酒を温めるために使われたものです」
愛知県陶磁美術館において開催された煎茶道賣茶流第97回教授者会で発表された内容をまとめた田畑潤氏の論文にも、「煎茶席において鼎・鬲・簋などの食器が火炉として、尊・觚・盉・瓿・卣・兕觥などの酒器が花器として、温酒器の爵が香炉として用いられ、また展観席に陳列されていることが茗讌図録から読み取れる」とあります。器種によって煎茶会ならではの活用ルールが決められていたのかもしれません。

中国青銅器にみる妖怪

さて、このように住友コレクションの象徴ともいえる中国青銅器ですが、中でも不思議な魅力を放つ「妖怪」の表現について山本さんに伺いました。
まずは、何といっても饕餮(とうてつ)さん。
「まるく突出した眼に大きな角がつき、額からはヘラのような形をした飾りが生えている。奇怪な怪獣の顔面をあらわしたこの文様は饕餮文と呼ばれ、中国青銅器に最も多く用いられたそうです」。この饕餮文が施された青銅器はこちら。

饕餮文方彝(とうてつもんほうい)西周前期/BCE11c 泉屋博古館蔵

この饕餮が面白いのは、凶悪さと神聖さの二面性を備えているところ。
山本さん曰く、「饕餮は人を食べるほど、貪欲で凶悪な怪物として様々な文献に記されています。一方で、饕餮文は殷周青銅器において最も重要な文様として飾られていることから、当時の最高神であった天帝を象徴していているという説も有力視されています。『春秋左氏伝』では、帝王である舜(しゅん)が饕餮を辺境の地へと追放し魑魅魍魎を防がせたと記されています。危険であるがゆえに聖性を帯びるという二面性が垣間見えます」
お次は、この記事の最初の方に登場しました、夔(き)です。
春翠が煎茶会の床飾りにと最初に購入した青銅器についていた、龍のような小さな妖怪です。

夔文筒形卣(きもんつつがたゆう)部分 真ん中に付いている突起した顔の左右に表わされている龍のような生き物が夔(き)

「夔(き)は、中国の文献には、『一本足である』とか『牛のような姿をして水から出入りすると雷が鳴る』とか『黄帝が夔の皮で太鼓を作らせて鳴らしてみたところ500里先まで聞こえた』などと書かれています」と山本さん。
それで良いことをしたとか、悪いことをしたという記述が特にあるわけでもないということなので、あまりオチのない夔さん(笑)。

極悪ではないけど、良い妖怪でもない!?

そしてトリを飾るのが、鴟鴞尊(しきょうそん)。

鴟鴞尊(しきょうそん)殷後期(前13-12世紀) 泉屋博古館蔵

ミミズクやフクロウを表す鴟鴞(しきょう)ですが、妖怪のような要素も持っていたそうです。
「鴟鴞は、凶悪な鳥の象徴で、他の鳥の巣を荒らして小鳥を食べてしまうという凶暴さもあり、不吉な鳥として忌み嫌われていました。見た目は愛嬌たっぷりな感じなのですけどね。よくよく見ると、体の至る所に目がついていることがわかります。世界中に「邪視」という思想が見られるように、「毒をもって毒を制す」の発想で厄までも払ってしまう。そういった二面性を感じます」と山本さん。
なるほど!

春翠が藤田氏旧邸洋館の煎茶会において、第九席「支那陶器陳列」、第十席「古銅器陳列」を担当した際の器物の図からは、この鴟鴞尊も飾られた模様。チャーミングな見た目に隠された凶悪な性格を武器に、当時の財界人たちを虜にしたのかもしれません。
はるか三千年前の中国で祭祀儀礼のためにつくられた中国青銅器が日本に渡り、明治時代の数寄者たちの煎茶界を賑わせたという歴史にロマンを感じました。そのキーパーソンであった春翠の美意識を、泉屋博古館で満喫してみてはいかがでしょうか!

いつの時代も、人はダークなものに惹かれるのかもしれませんね。

【展覧会基本情報】
会期 2023年1月14日(土)〜2023年2月26日(日)
会場 泉屋博古館東京
住所 東京都港区六本木1丁目5番地1号GoogleMap
時間 11:00~18:00 ※金曜日は19:00まで開館 ※入館は閉館の30分前まで
休館日月曜日
観覧料一般1,000円(800円)、高大生600円(500円)、中学生以下無料
URL 【泉屋博古館東京公式サイト】https://sen-oku.or.jp/tokyo/

【参考文献】
①今回記事内で解説していただいた山本堯氏の新著「太古の奇想と超絶技巧 中国青銅器入門」。中国文明が凝縮された、驚異の器を味わうための初めてのガイドブックです。
詳細:https://www.shinchosha.co.jp/book/602303/

②田畑潤氏の論文
※平成28年3月27日に愛知県陶磁美術館において開催された煎茶道賣茶流第97回教授者会で発表した内容をまとめたもの。
詳細:https://www.pref.aichi.jp/touji/education/pdf/2016aitou_05_tabata.pdf

書いた人

アート&グルメライター。日本で社会学、イギリスの大学院で映画論とアートを学ぶ。「人生は総合芸術だ!」と確信し、「おいしく、楽しく、美しく」をテーマにアートとして生きる(笑)。そんなアートライフに、無くてはならないのが美食と美酒。独特な美学と文化を発信するアートなグルメ体験をシェアします!

この記事に合いの手する人

幼い頃より舞台芸術に親しみながら育つ。一時勘違いして舞台女優を目指すが、挫折。育児雑誌や外国人向け雑誌、古民家保存雑誌などに参加。能、狂言、文楽、歌舞伎、上方落語をこよなく愛す。ずっと浮世離れしていると言われ続けていて、多分一生直らないと諦めている。