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2023.02.22

歌川広重の実力は「おじさん」にあり!愛くるしさと表現力に驚き!

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「広重おじさん図譜」という少々変わったタイトルの浮世絵展が、太田記念美術館で開かれています。「えっ? おじさん? 浮世絵なのに美女じゃなくて? よりによって広重の絵で?」はてなマークをたくさん頭に浮かべながら同館を訪れたつあおとまいこの二人は、美しい風景画の中に潜む多様な表現に、次々と目を輝かせ始めました。広重のあまりに巧みな表現を、小さく描かれたあまたの「おじさん」のモチーフの中に見つけることができたからです。

えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて今日はどんなトークが展開するのでしょうか。

浮世絵の中のおじさんに注目って、ユニークですね!

鞠子のとろろを美味しそうに食べるおじさん

つあお:今日はあの有名な歌川広重の絵を真剣に鑑賞しましょう! まいこさんは、『東海道五十三次』のこの絵に描かれている「鞠子(まりこ)」がどこにあるか、ご存知ですか?

歌川広重『東海道五十三次之内 鞠子』 天保13(1842)年頃 太田記念美術館蔵 (前期展示)

まいこ:ご存知も何も、わが心の故郷、静岡にあるんですよ! 祖父母の家から車で20〜30分くらいでした。

つあお:へぇ。おじいさまとおばあさまは、素晴らしいところにお住まいだったんですね。何かこの絵を見てると旅の途中のくつろぎをそこはかとなく感じます。手前には紅白梅が描かれていて、結構カラフル。全体を見ても素敵ですね。

まいこ:上中下と横長に分かれている構図がかっこいい! 上のブルーと白梅のコントラストもきれいですね。

つあお:こうやって見ると、広重って色使いの天才だなって思う。

まいこ:ホント! 赤青黄が使われていてポップですよね。

つあお:地面を走ってる金色の筋も、なかなか素敵です。

まいこ:ちょっとたなびいた雲みたい。

つあお:風景を実に洒脱に描いている。さすが広重という印象です。

まいこ:でも、今日注目すべきは、「おじさん」なんですよね! 右のおじさんが食べているとろろは、現代の静岡県民はみんな大好きなんじゃないかなと思います。

歌川広重『東海道五十三次之内 鞠子』(部分)

つあお:そうか、とろろを食べてるんだ!

まいこ:鞠子のとろろは超美味しいので、麦飯何杯でも食べられるんですよ!

つあお:それは素晴らしい! それにしても、美味しそうに食べてるなぁ。

まいこ:でも小さいから、すぐ食べ終わっちゃいそう(笑)。

つあお:左側に座っているおじさんが飲み物のおかわりをしてるのも、いい雰囲気ですね。「ぷはっ、もう一杯!」っていう感じ。とってもうれしそうな表情を見せている。

まいこ:ノリノリでお茶をおかわりしてるのでしょうか?

つあお:ビールじゃなかったんだ。

まいこ:表情的にはビールですね。

つあお:まあ江戸時代ですから、ビールはなかったでしょうね。お茶でこれだけ楽しそうな顔ができるんだったら、逆にすごく幸せだと思う。

まいこ:隣でとろろを食べているおじさんは、食べることに夢中。こっちも幸せそう!

おじさんたちの楽しそうな会話も、聞こえてきそうですね。

つあお:ほんと、それぞれのおじさんの表情の描き分け方が素晴らしい! ただ、人物描写は小さいから、すごく目を凝らさないと、おじさんたちの表情は見えない。

まいこ:逆に、この絵はおじさんがテーマだと思って自分の目線をフォーカスすると、面白みが何倍にも増しますね!

つあお:広重って叙情的で美しい風景を描くのが大得意な絵師だと思い込んでいたんですけど、こんなに笑えたり見ていて幸せになったりする絵が描ける人だということを、今日初めて知りました。

まいこ:実はディテールに凝っていて、会話も聞こえてくるくらいの勢いですね!

つあお:人の気持ちを巧みに描き出している。なんだかお店のおばあちゃんもいい味を出してる。

まいこ:シワが刻まれすぎていてどんな表情かがわからないけど、かわいいですね!

つあお:現実的な話ですけど、この展覧会に出品された絵を見たときは、単眼鏡がすごく役に立ちました。

まいこ:つあおさんは、いつも単眼鏡を効果的に活用してますね!

つあお:これは錦絵だから、本来は額に入れて鑑賞するようなものではなくて、江戸時代の人たちは手に持って見ていたはずです。たぶん、目の間近に絵を持ってきて楽しんでたんだろうなぁ。だから単眼鏡がなくても楽しめた。

まいこ:それもあって、広重はこんなに細かく、一人ひとりの表情を描いたのかもしれませんね。

風景の中にも人情あり

まいこ:『鞠子』を見て思ったのですが、男性の二人旅は当時のポピュラーなスタイル…だったんですよね。

つあお:そうそう、この展覧会の企画を担当した太田記念美術館上席学芸員の渡邉晃さんがおっしゃってましたけど、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』では、弥次さんと喜多さんがすごく笑える旅を東海道でしていた。あれが、まず男性二人旅でしたよね。

「東海道中膝栗毛」は、1802(享和2)年から1809(文化6)年にかけて出版された滑稽本。滑稽本とは、町人の日常生活を対話式で面白おかしく取り上げた、江戸時代の小説です。「東海道中膝栗毛」の主人公は、弥次郎兵衛(やじろべえ)と喜多八(きたはち)。このふたりが、江戸から伊勢を目指す物語です。道中、さまざまな冗談を言い合ったり、行く先々で騒ぎを起こしたり、そんな楽しい旅の様子がコミカルに書かれています。(出典=和樂web「「東海道中膝栗毛」の作者・十返舎一九は辞世の句までユーモラス!面白エピソードと生涯を解説」

まいこ:江戸のおっさんスターコンビ! あ、「おっさん」って言っちゃった(笑)。

つあお:親しみがこもっているから許します(笑)。その二人を描いたこの絵もなんだかすごく面白そうですね。

歌川広重『道中膝栗毛 四日市泊り』 天保8〜9(1837〜38)年頃 太田記念美術館蔵 (前期展示)

まいこ:大のおとなが、ふんどし姿で何をやっているんでしょう?

つあお:どうも、泊まっている宿で喜多さんがこっそり会う約束をしたという宿の女に、なんと弥次さんが先に夜這(よば)いをしようとしたんだけど、暗闇の中で吊り棚に手が引っかかって落ちそうになって、慌てて支えた。

まいこ:へぇ! 横恋慕?

つあお:まあ、そんなところです(笑)。それで、寝ていたところから目を覚ましてやってきた喜多さんが、暗闇の中でその棚が落ちないように支えてくれと頼まれて代わってあげた。広重はこの絵で、そんな場面を描いたみたいです。

ええ~!?

まいこ:まさに珍道中! 絶妙なコンビ! でも、すごい友情ですね。

つあお:実はね、画面左側の弥次さんが夜這いに行って菰(こも=「むしろ」の意)の中で触ったのは、宿の女ではなくて石地蔵だった。弥次さんは気味悪がって逃げ出し、棚を落としそうになったわけです。弥次さんは、そこにやってきた喜多さんをだますような感じで棚を支えるのを代わってもらった。仲がいいんだかどうなんだか(笑)。

歌川広重『道中膝栗毛 四日市泊り』(部分)

まいこ:すごくどうでもいいことに夢中になった挙げ句、慌てふためいている二人が超滑稽!

コントですよね(笑)。

つあお:喜多さんに代わってもらう前の弥次さんは、あの姿で棚を支えていたので寒さを感じたような描写も、話の中に出てくる。まいこさんが鋭く指摘した「ふんどし姿」にも、理由があったんです!

まいこ:広重は、1枚の絵の中で決定的な瞬間をとらえているのですね!

つあお:それでね、たわくし(=「私」を意味するつあお語)は、広重のこの絵では、喜多さんがつま先立ちで棚を支えているのが特にすごいと思ったんですよ。

歌川広重『道中膝栗毛 四日市泊り』(部分)

まいこ:ものすごい瞬発力と筋力を発揮してる。足がプルプルしてそうですよね。

つあお:実に臨場感があふれた、迫真の描写だと思います。喜多さんはバレエダンサーになれそう。

まいこ:それにしては、お腹が出過ぎてます(笑)。

つあお:しまった。もうちょっと痩せてもらいましょうか。

まいこ:まぁ、お腹が出ているのは「おじさん」のトレードマークですから。

つあお:そうか。広重は人物をそこでもきちんと描写してるっていうことですね。でも、広重は美しい風景画を描く絵師の印象が強いから、やはり意外な感じがしますね。

まいこ:そうですね! 風景の中にも人情あり、みたいな…。

つあお:なるほど! 人がいてこその風景ということなんでしょうね。広重は浮世絵でただ風景を描写しているわけではなく、「旅」を描いているわけですし。

まいこ:そうそう! 人がいない旅の絵なんて寂しすぎますよ。

つあお:当時のおじさんたちの旅の途上では、実際にもいろんなことがあったんでしょうね。

まいこ:人がいるからこそ、すったもんだが起こる!

つあお:ああ、人間ドラマ! それを描いた絵を見ていると、やっぱり楽しい!

客引きに翻弄されるおじさんたち

つあお:お姉さんたちがおじさんたちを引っ張っているこの場面は、何なのでしょう?  これも、『東海道中膝栗毛』のような珍道中を思わせますね。

歌川広重『東海道五十三次之内 御油 旅人留女』 天保4〜7(1833〜36)年頃 太田記念美術館蔵 (前期展示)

まいこ:がたいのいいおばちゃんたちが、首を絞めそうになるくらい、おっさんの荷物を引っ張ってますよ!

つあお:かと思えば。画面の右のほうでは、ちょっと美しい女性が窓からなんとなくその様子を眺めてる。

まいこ:いわくありげ。

つあお:その建物の中では、お姉さんが持ってきたたらいに、おじさんが足を入れようとしている。たらいの中には、きっとお湯が入ってるんでしょう。宿に着いて足を温めると、必ずや癒やされますもんね。

歌川広重『東海道五十三次之内 御油 旅人留女』(部分)

まいこ:ということは、路上のおばちゃんたちは、もしかして宿の客引きなのでは?

つあお:この時代から客引きがいたんですね。「今晩はこっちに泊まりなさいよ!」って言ってるんですかね。それにしても、手前のおじさんは、ホントに苦しそうだ。

まいこ:先ほどのシーンにあった夜這いとは打って変わって女性優位。形勢逆転ですね!

つあお:こうして人物の表情を見ていると、広重の顔の描き方はホントにすごいと思う。男女を問わず、一人ひとりが今何を考えたり感じたりしているかが伝わって来る。おじさんたちの運命やいかに!

まいこ:おじさん、がんばれ!

つあお:はい。

1人1人の表情が豊かで、見入ってしまいます。

まいこセレクト

歌川広重『東海道五十三次之内 府中 あべ川遠景』 天保末(1840年)頃 太田記念美術館蔵 (前期展示)
画面左の大きな木の下で安倍川餅を食べているおじさんに注目!

なんといっても衝撃的だったのがこの1枚です。どこがって? 安倍川餅がデカすぎる! 大人の握り拳1つ分くらいありますよね。

歌川広重『東海道五十三次之内 府中 あべ川遠景』(部分)

私が知る「現代の」安倍川餅は、何といっても「やまだいち」のもの。新書の半分くらいの大きさの箱に、小ぶりのきな粉餅3つと、大きめのあんころ餅が2つ入っています。母に連れられて東海道新幹線で祖父母の家に行くと必ず食べていました。私は、しっとりときめ細かくて甘いあんころ餅のほうが好きだったので、そちらを大事に食べていました。もっといっぱい入ってればいいのにと思いながら(笑)。

話を戻しますと、とにかくこの浮世絵に描かれている安倍川餅は、その5個全部合わせたよりも大きいくらいだなと思ったのです。しかも、あんこもきな粉もついていないみたいだけど、どんな味がするのかしら……?

でも、おじさんがこんなにハッピーな顔をして、大口をあけているのだから、きっとめちゃめちゃおいしかったのでしょうね!

つあおセレクト

歌川広重『即興かげぼし尽し うさぎ/即興かげぼし尽し 鉢植の福寿草』 天保13(1844)年頃 太田記念美術館蔵 (前期展示)

影絵でうさぎに化けているのも鉢植えの花に化けているのもおじさんです。何だか笑ってしまいますよね。広重がこうした遊び絵を描くのは意外な感じもしますが、浮世絵師は世の中のニーズに応えて実にさまざまな絵を手掛けていたのです。

それにしても、広重はけっこうなんでも描ける器用な人だったのですね。こういう絵を見ていると、江戸時代は楽しそうでいい時代だったんだなと思えます。実は広重が生きたのは幕末の動乱期でしたが、人々は広重が描いたさまざまな作品にずいぶん癒やされたのではないでしょうか。

つあおのラクガキ

浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。​​

Gyoemon『もしもナポレオンがただのおじさんだったら』

「おじさん」は一般に中年男性を指す言葉だと思いますが、たとえばナポレオンのような武将や政治家が「おじさん」と呼ばれることは、あまりないように思います。おそらく「おじさん」という呼び方には威厳を取り去ってしまうようなニュアンスが存在するからでしょう。さらに考えると、親しみを込めた呼び方であることに気づかされます。こうした言葉遣いには、人と人との向き合い方が表れている! たわくしも、楽しい「おじさん」でありたいと思います。

展覧会基本情報

展覧会名:広重おじさん図譜
会場名:太田記念美術館(東京・原宿)
会期:2023年2月3日(金)~3月26日(日)
 前期 2月3日(金)~2月26日(日)
 後期 3月3日(金)~3月26日(日)
公式ウェブサイト:http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/exhibition/ojisanzufu

書いた人

つあお(小川敦生)は新聞・雑誌の美術記者出身の多摩美大教員。ラクガキストを名乗り脱力系に邁進中。まいこ(菊池麻衣子)はアーティストを応援するパトロンプロジェクト主宰者兼ライター。イギリス留学で修行。和顔ながら中身はラテン。酒ラブ。二人のゆるふわトークで浮世離れの世界に読者をいざなおうと目論む。

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幼い頃より舞台芸術に親しみながら育つ。一時勘違いして舞台女優を目指すが、挫折。育児雑誌や外国人向け雑誌、古民家保存雑誌などに参加。能、狂言、文楽、歌舞伎、上方落語をこよなく愛す。十五代目片岡仁左衛門ラブ。ずっと浮世離れしていると言われ続けていて、多分一生直らないと諦めている。