昨今は、特定の場所や仕事に縛られず生きてみたいという人が増えてきました。実際に「アドレスホッパー(特定の場所に定住しない人)」も若者を中心に出現するようになり、この流れは新型コロナウイルスの影響でテレワークが促進されればより加速していくでしょう。
こうした世相を受けて、不動産検索サイト「Home’s」の運営会社として知られる株式会社LIFULLは、1カ月25000円の会費を支払えば日本全国に点在する宿泊拠点を自由に利用できる「LivingAnywhere Commons」(以下、LACと略称)という施設をオープンしました。
このニュースを聞いて、歴史ライターの私はこう思いました。「好きな時に好きな拠点で自由に寝泊まりできるサービスって、日本文化体験とめっちゃ相性よくね?」と。なぜなら、単なる旅行ではせいぜい観光地を回るだけで終わってしまって地元の「文化」を体験できないのに対し、このサービスではある程度、中・長期的にいろいろな拠点の「文化」を体験できると思ったからです。
そこで、今回はLACの中でも、『遠野物語』の舞台として著名な岩手県・遠野の拠点に出かけ、施設の様子や日本文化体験との相性を取材してみました!
「遠野物語」だけじゃない遠野の歴史と文化
「遠野」という場所に関連して、やはり多くの人が知っているのは柳田国男(やなぎたくにお)の書いた日本民俗学のバイブル『遠野物語』の存在でしょう。実際、地元でも「遠野物語の舞台」であることを全面にアピールしており、町中のいたるところで「カッパ」を確認できます。
そのほかにも、「とおの物語の館」や「遠野市立博物館」などで物語本編や柳田国男に関する解説がなされており、物語を全く知らなくても現地で学習できる仕組みに。
ただ、遠野に伝わる歴史や伝承はカッパのような「ファンタジー」の存在だけではありません。古くは旧石器時代のものから人類の痕跡が確認でき、平安時代に力をつけていた豪族・奥州安倍氏の遺跡も残されています。
その後、奥州安倍氏が永承6(1051)年から康平5(1062)年にかけての前九年合戦で滅ぼされてからは遠野の地が歴史の表舞台に出ることは減るものの、南北朝時代からは阿曽沼(あそぬま)氏という一族がこの地を支配したよう。彼らは横田城や鍋倉城といった城郭を築いて体制を盤石にしましたが、慶長5(1600)年には家臣の裏切りに遭い、滅亡を余儀なくされました。
江戸時代に遠野を支配したのは、戦国シミュレーションゲーム「信長の野望」で明らかに史実より強いことでおなじみの南部氏(立地が本州の端である、南部晴政のステータスが高い、領土が多く周りの勢力が弱小、といったゲーム的事情のため)。彼らのもとで遠野の地は発展し、街道が交差していることから交易の中心地として栄えました。
その後、明治時代の終わりには柳田国男が遠野物語を記し、現在ではそれが街のシンボルとなったのです。
LAC遠野の様子
遠野駅から徒歩約5分で「LAC」の遠野拠点に到着します。
ここは「小上がりと裏庭と道具 U」というコミュニティースペースと宿泊施設を兼ねた施設と、「Commons Space」というコワーキングカフェと運営スタッフの事務室のある施設がセットになっています。両施設は「Next Commons Lab 遠野」のメンバーにより、LIFULLと協力して運営されています。
なかでも「小上がりと裏庭と道具 U」は、クラウドファンディングで得た資金などを元手に、古くから空き家になっていた店舗を改修して誕生。改修に際しては、地域の方々の協力もありました。
ただ、運営の方に話を聞くとまだまだ施設は発展途上で、今後はもっといいものにしていきたいとのこと。
数あるLAC拠点の中で、この施設の特徴は「つくる大学」という双方向性のオープンスクールを開講していることです。
「土地から学ぶ」「暮らしをたのしむ」「働くを考える」など6つのカテゴリ群に属する講座が月に10本程度開講され、受講料を払えば誰でも受けられます。
また、「Next Commons Lab 遠野」には起業を目指して移住したメンバーがおり、起業家的なマインドを持った人に会えるというのも特徴。「地域の人たちに最初は距離を感じたとしても、一度信頼関係を築くと家族のように親切に関わりを持ってくれる」という風土もあって、人付き合いが重視される場所でもあります。
拠点に数か月住んで日本文化に詳しくなれる?
ここから、いよいよ本題に入ります。私が知りたかったのは「数か月の滞在で、日本文化や地元への理解は促進されるのかどうか」。今回、6月ごろからインターンで拠点に2カ月ほど滞在しているという大学生の高橋ひな子さんに話を聞くことができたので、そのあたりを尋ねてみました!
――まず、どうしてインターンで遠野に行こうと思ったんですか?
高橋さん:「Next Commons Lab遠野」のメンバーに、面白い人がいたからです。たまたまその人にお会いする機会があって、「じゃあ、遠野に行ってみよう」と。
――ちなみに、「遠野」という街についてどれくらい事前に知っていましたか?
高橋さん:実は、遠野の名前すら知らなかったんですよ(笑)。「そもそも、遠野ってどこにあるのかなぁ?」という感じで。
――全く知らなかったんですか(笑)。その状態で遠野に来てみて、街の第一印象はどういったものだったのでしょうか
高橋さん:とにかく「山が近い!」と思いました。
実際、遠野は四方を山に囲まれた盆地なので、遠出するときは必ず山道を通ります。私は目の前の大きな山が好きになれたのですが、「山を見るのも嫌い」という人には合わない土地かもしれません。
――2カ月生活してみて、遠野の文化に触れる機会はありましたか?
高橋さん:今年はコロナのせいでほとんど中止になってしまったんですが、各集落ごとにお祭りや神楽など何かしらの民俗芸能が伝わっているので、一人でも知り合いができていたら「今日踊っていきなよ」とか「笛吹いてみない?」という感じでお誘いがあります。
私も神楽の練習に参加してみましたし、遠野のことを何も知らなかったころから考えると、ずいぶん地元の文化に親しめたと思いますね。
――つまり、最初は全く知識がなくても、1,2カ月の滞在をするだけでその土地の文化に詳しくなれると。
高橋さん:LAC遠野の場合は、滞在すれば否応なしに地元の文化に触れることになります。私が来て1カ月経たないくらいのとき、向かいのお菓子屋さんに「遠野物語の語り部」であることを示す称号の札を見つけまして。当時は全く遠野物語のことを知らなかったので「これって何ですか?」と聞いたら、いきなりその場で物語を3話分くらい語り聞かせてくれて、ずいぶん驚きましたね。
ただ、うっとうしいとは思いませんでした。やっぱり語り部として称号をもっているだけに、話し方も興味をひかれる感じで、「ここの商店街には〇〇の話に出てくるものがあるよ」と親しみやすく教えてくれました。最低でもあと半年くらいは遠野に滞在する予定なので、少しずつ地元の文化に詳しくなっていければと思います。
――最後に、遠野という街を好きになりましたか?
高橋さん:私はけっこう好きになりました! 正直、少し閉鎖的なところはあるんですけど、壁を乗り越えれば今までがウソのように親しくしてくれますし。大学卒業後はまた別の場所で自分を鍛えるつもりなんですけど、いつか戻ってきたいと思える街です。
「日本文化の民主化」に好影響
高橋さんへの取材を通して、LAC遠野にはそれまで全く遠野のことを知らなかった人に興味をもたせ、日本文化の理解を助ける力があるとわかりました。この和樂webも「日本文化の民主化」というスローガンを掲げ、ありとあらゆる馬鹿馬鹿しいことを通じて若者にも日本文化を味わってもらおうと腐心しています。「起業家の集まる場所」と「日本文化を愛する人の集まるメディア」は全く異なるものですが、期せずして同じ方向を歩んでいると感じました。
ただ、施設にいたほかの方にインタビューすると「いくら滞在していても、その人が興味をもたなければ文化理解の助けにはならないと思う」という意見も寄せられました。確かに、一理ある思います。
だからこそ、私たちはできるだけ多くの若者たちに興味をもってもらえるよう、頑張ってアホな記事を書かなければならないのです(と、柄にもなくマジメに締めてみました。まあ、たまにはこんなのもアリですよね?)
LAC遠野 基本情報
小上がりと裏庭と道具U(コミュニティスペース、宿泊)
住所: 028-0523 岩手県遠野市中央通り5‐32
営業時間: 月・火・金曜日:12:00‐18:00、土・日曜日・祝日:10:00‐18:00
定休日: 水・木曜日(貸切レンタルスペースとしては使用可)
公式webサイト: https://www.u-tono.com/
Commons Space(カフェ、コワーキングスペース)
住所: 028-0523 岩手県遠野市中央通り5‐32
営業時間: 11:00-17:00
定休日: 水・木曜日
公式webサイト: https://www.commonsspace.jp
LAC公式webサイト: https://livinganywherecommons.com/base/tono/