Culture
2021.03.20

日本古来のSDGs?葺き替えに1000万円以上かかっても残り続ける「茅葺き屋根」の魅力

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最近、茅葺き屋根をあまり見なくなった。費用や手間がかかるので、維持するのが大変という声も聞く。それでも、茅葺き屋根が好きな人は確実にいるし、茅葺きの技術を次世代に伝えるべく奮闘されている方も多い。

茅葺屋根、雰囲気がとても好きです。

茅葺きの技術は、ユネスコの無形文化遺産にも登録された。茅葺き屋根の魅力は一体どこにあるのだろうか。茅葺き職人の現場を訪れ、働かせていただいた経験なども交えながらその魅力に迫りたい。

実際にやってみて初めて分かることってすごく多いですよね。興味津々!

日本の茅葺き技術が無形文化遺産に登録

2020年12月、日本の「伝統建築工匠の技」がユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に登録された。無形文化とは、芸能,社会的慣習,伝統工芸技術などの形の無い文化のことだ。今回は、日本の木造建築の技術である、木工、修理、彩色、畳制作、建具制作など17件が一挙に登録された。

そうか、ものを作る段階の「技術そのもの」は形として残らないから、なのですね!

このうち、「茅採取」や「茅葺」などが、今回の本題である「茅葺き屋根」に関する技術である。そもそも、この無形文化遺産はどのような目的で始まったのだろうか。文化庁のHPによれば、以下のような文言が見られる。

グローバリゼーションの進展や社会の変容などに伴い,無形文化遺産に衰退や消滅などの脅威がもたらされるとの認識から,無形文化遺産の保護を目的として,2003年のユネスコ総会において採択された。

とても盛んで確実に残っていくと分かっていれば、保護する必要もない。そういう意味から見れば、ちょっと複雑な気持ちです……。

確かに、近年のグローバル化の影響などで日本全国の街の風景も変わりつつある。チェーン店や大型ショッピングセンターが立ち並び、どこか見た事のある風景ばかり。禁止事項や広告の大型看板が乱立し、アスファルトで固められた道路や均質化された住宅も立ち並ぶ。安心安全、便利、快適などを求めた結果こうなったのは納得できるのだが、その一方で、地域固有の建築様式やそこに息づいていた生活文化は知らず知らずのうちに失われてしまった。

うーん、たしかになあ……。

「茅葺き屋根」を作る技術もそのうちの1つだ。戦後になってから茅葺き民家は急速に減り続け、(茅をとるための)茅場は減少し後継者不足という声も聞く。安藤邦廣さんの著書『新版 茅葺きの民俗学―生活技術としての民家―』によれば、戦後間も無くの頃は少なくとも約100万棟の茅葺き民家があったが、2003年の農林水産省の調査では約14万棟まで減ったと書かれている。

逆に、そんなにあったことが驚きです。きっと今はもっと少ないんだろうな。

では、茅葺き屋根がなぜ、現代の人々に受け入れられづらいのだろうか。

茅葺き屋根のコストや耐久性

まずは、茅葺き屋根は維持するのに多大な費用がかかる。屋根の葺き替えに関していえば、葺き替え範囲などにもよるが、平均的に1000万円から2000万円はかかるとも言われる。また、防火性能という点では、素材的に燃えやすく、近隣で火災が発生した時に燃え広がりやすい。そして、台風などの強風が来た時は吹き飛ばされてしまう事もある。

維持管理が難しいのですね。

これらの弱点を補うべく、明治時代以降に西洋建築などの新しい建築技術が導入されていったというわけだ。そんな中でなぜ今、原点回帰のような形で茅葺き屋根を残そうという動きがあるのだろうか。

わざわざ手のかかる方法をとるのには、代えがたい理由があるはず……!

茅葺きは持続可能な暮らしの営み

茅葺きはもともと日本古来の家づくりの基本であり、縄文時代にはすでに茅葺き屋根の家があったとも言われている。

そんな昔から!

茅葺きの屋根を作ることは近場にある自然素材を活かす発想で地域資源の有効活用を行い、地域コミュニティの習慣として、日本人の生活に深く浸透していたのだ。

日本人の中の生活サイクル

茅とはもともと、ヨシ、ススキ、チガヤなどのイネ科の多年草だ。十五夜に月を眺めながらススキが添えられた月見団子を食べるという風流なイメージを思い浮かべる方もいるだろう。

茅葺の茅ってススキなどだったのですね!初めて知りました。

ススキなどは魔除けや無病息災などの信仰とも結びつきがあり、季節を実感するものでもある。季節といえば、日本人は毎年、一年のサイクルの中で茅場に行き刈り取りと火入れを繰り返してその場所を維持してきた。茅は茅葺き屋根の素材だけでなく、牛馬の飼料や農業資材、生活道具など様々な場面で使われた。そして、使い古されたものは田畑に植えて堆肥として再利用することで、自然に還っていくのだ。つまり、建築素材としてみれば弱くて頼りない存在に見える茅が、生活サイクルの視点で見れば持続可能だったというわけだ。

今話題のSDGs!?

冨士三十六景に描かれるススキ(出典:国立国会図書館デジタルコレクション)

地域コミュニティが茅葺きのサイクルを維持

また、江戸時代には、地域住民が共同で利用する「入会地(いりあいち)」が存在していたと言われる。これは山や野原、漁場など多岐にわたり、茅場もそこに含まれた。その利用については、地域のコミュニティの話し合いによって決定がなされ、この組織のことを講(こう)、頼母子講(たのもしこう)、無尽(むじん)などと言った。定期的にお金を出して、それを公益的なことや親睦などに使ったのだ。つまり、今でいう地域通貨の循環のようなもので、お金が地域内で回る仕組みがあった。

地域内の強い結びつきがあったのですね。

その活動の中で、茅場の維持管理や、茅採取、各家の茅葺き屋根の修理なども行なっていたのである。現在、家の購入に関しては、住宅ローンによって利子が地域外に出ていく仕組みになっており、地域の中での持続可能な生活サイクルは失われつつあると言える。

エコな建材である茅葺き

また、一見弱そうな「建築素材としての茅」も、見方を変えれば持続可能でエコな建築材と考えることもできる。茅は二酸化炭素を吸収してくれる上に、燃やしても非常に成長が早くてすぐに生えてくるので、カーボンニュートラル(排出される二酸化炭素と吸収される二酸化炭素が同じ量)となる。屋根に葺けば炭素は固定されるし、夏場は涼しくてクーラーの要らない暮らしを実現できる。さらに茅場があることで、水が保持され生き物が生息する自然環境も作り出されるのだ。

昔では考えられない猛暑などもあり、地域を選ぶのかもしれませんが……自然とともに生きる暮らし、いいですね!

以上のように、長期的で公益的な視野に立つならば、茅葺き屋根は自然環境や人の暮らし、文化など複合的な側面で価値のある存在といえる。これは、枯渇することが目に見えているコンクリートや石油、石炭などの資源を利用して建てられる多くの新築物件には無い側面と言えるかもしれない。

東海道五十三次に描かれる茅葺き屋根の民家(出典:国立国会図書館デジタルコレクション)

茅葺き職人の元で働いた経験

ところで私は、以前から茅葺きの古民家に関心があり、日本全国の茅葺き古民家を訪れてきた。2年前には京都の茅葺き職人の下で働いたり、徳島の茅葺き民家の一棟貸しの宿泊施設でアルバイトをしたりもした。そこで茅葺き屋根について感じたことを紹介させて頂きたい。

実体験、とても気になります!

京都の茅葺き職人の話

京都ではある茅葺き職人集団の下で、足場作りから屋根の上に登る作業まで一連の流れを経験した。茅葺き職人は身体的にとてもハードである。足場を組むにも険しい山道を進んで、山の材木を扱う人々から大きな丸太を受けとり、まずトラックに乗せて固定する。それを神社や家など茅葺きをする建物のところまで運び足場を組む。足場を組むときも、自分よりはるかに大きな丸太を肩に担ぐので肩を壊しそうになるが、身体感覚に優れた職人たちはひょいひょいと運んでいく。50本以上の丸太を1日かけて運ぶ時もある。それで、足場を組み終わると屋根に登り新しい茅を上げて、それを屋根に葺いていく。高所恐怖症の人だと屋根に登るのは怖いし、茅を葺くときに杭を打ち込むのは力がいる。

丸太を運ぶ作業だけでぐったりしてしまいそうです……。

体力を使う分、30分以上の休憩を朝から夕方までで少なくとも3回はとる。お昼はコンビニ弁当などを買い食べ終わったら、地面に敷いたシートかベンチの上などで1時間くらい寝る。仕事後はかなり疲れ切ってしまいそうだが、実際にはサッカーをするなどして遊ぶこともある。

ハードな肉体労働の後にサッカー! どれだけ体力あるんだろう……。すごい!

職人たちは非常に身体能力が高くてエネルギーが有り余っているのだ。仕事を通して、汗水流して働く面白さを教わったように思う。

茅葺きという世界に少しでも飛び込んでみて感じたのは、茅という素材がとても自由の効くものだということ。建築の世界では、構造としての安全性を考えてミリ単位のサイズを測ってうまくはめ込んでいくような正確さが求められることも多いが、茅葺きは束ねたものを屋根に乗せていく行為なので、比較的寛容で大らかな空気感が現場に広がっているようにも思えた。

徳島の宿泊施設での話

また、徳島の山奥の茅葺き一棟貸しの古民家宿泊施設でアルバイトをしたこともあった。スタッフの方々は皆、繊細な感覚をお持ちで、屋根含めて家の隅々まで手入れが行き届いており、清掃もかなり細かく行なっていた。注目すべきは、地域のおばあちゃん達が宿泊施設の運営のお手伝いをしていたということ。料理づくり、宿泊施設の掃除、周辺ガイドツアーという3つの関わり方があった。自治会とは別に地域の建物を保存していく地域コミュニティの集まりがあり、それに参加している方々が手伝いに来てくれるのだ。

地域ぐるみで運営している施設、あたたかくていいですね。

古民家の改修にかかる初期費用や茅葺きの定期的な修理は資金的に厳しいこともあり、最初は行政からの業務委託として古民家の活用を開始して、宿の稼働率が徐々に上がることにより独立採算を目指すというモデルを採用していた。茅葺きの民家を個人の持ち物としてではなく地域一丸となって収益物件にすることにより、茅葺きの技術を次の世代に伝えていくという考え方もあるだろう。また、地域によっては個人が住む茅葺き民家に対して補助金や助成金が出る場合もあるし、資金調達の方法は様々で色々調べてみるのも面白い。

1人だけで悩んでがんばらなくていいんですよね、きっと。

手間がかかるけど魅力的な茅葺き屋根

今まで見てきたように、日本の茅葺き屋根には現代建築にはない様々な魅力が存在する。維持費がかかるなどの懸念点はあるものの、実際に住んでみると非常にエコで、趣深くて、クーラーが要らないなどの魅力的な側面もあるだろう。

茅葺き屋根の民家(富山県)
すてきな風景! ぜひ訪れてみたい場所の1つです。

本来であれば地域コミュニティが茅葺き屋根を支え、生活のサイクルの中で自然と持続的な循環が生まれていた。しかし、現代は地域コミュニティの基盤が薄れ、個人の趣味や嗜好によってコミュニティが形成されたり、土地に縛られない自由な暮らしを求める人が増えたりしているのが現状だ。それと同時に、茅葺き屋根を次世代に伝えていく基盤も薄れつつある。

そんな中で、やっぱり茅葺き屋根が良いという人も少なからずいて、文化財や観光などの文脈で公益的にそれを保全して形は違えど次の世代に伝えていくという試みは日本全国で進みつつある。茅葺き屋根の未来はこれからどうなるのだろうか。今後の展開に注目していきたい。

参考文献
安藤 邦廣, 『新版 茅葺きの民俗学―生活技術としての民家―』, はる書房, 2017年
川上幸夫, 『古民家解體新書』, 一般社団法人住まい教育推進協会, 2013年

書いた人

千葉県在住。国内外問わず旅に出て、その土地の伝統文化にまつわる記事などを書いている。得意分野は「獅子舞」と「古民家」。獅子舞の鼻を撮影しまくって記事を書いたり、写真集を作ったりしている。古民家鑑定士の資格を取得し全国の古民家を100軒取材、論文を書いた経験がある。長距離徒歩を好み、エネルギーを注入するために1食3合の玄米を食べていた事もあった。

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人生の総ては必然と信じる不動明王ファン。経歴に節操がなさすぎて不思議がられることがよくあるが、一期は夢よ、ただ狂へ。熱しやすく冷めにくく、息切れするよ、と周囲が呆れるような劫火の情熱を平気で10年単位で保てる高性能魔法瓶。日本刀剣は永遠の恋人。愛ハムスターに日々齧られるのが本業。