「はい、チーズ」で1ショット48,000円(税込)。
いまは誰もが気軽に写真を撮れる時代ですが、スマホやデジカメ普及以前は、写真といえばカメラにフィルムをセットして撮るものでした。では、フィルムが登場する前は何を使っていた?
正解は、ガラス。ほか、銅板など。
そう、フィルムのようにカメラにガラスをセットして撮影した時代があったのです。幕末の志士、坂本龍馬(天保6年~慶応3年)や、明治~大正期に活躍した大隈重信(天保9年~大正11年)のポートレートは、ガラスに撮影されました。ちなみに、ヨーロッパから日本に写真が伝来した当初は、乾いたガラスに像を写す「ガラス乾板(かんぱん)」ではなく、薬液で湿らせたガラス板を使う「ガラス湿板(しっぱん)」でした。ちなみに、ガラス以前には、銅板を使う写真術もありました。
昭和4年より五反田で営む「岡崎写真館」で、今なおガラス乾板で写真を撮り続けていると聞き、訪問することにしました。ちなみに、写真は、撮影済みガラス乾板ごと桐箱入りで納品されます。もちろん、一般的な肖像写真や出張撮影なども手がけています。
ガラス乾板が現役の「岡崎写真館」
伊與田彰(いよだ・あきら)さんは、岡崎写真館の3代目。店舗内のスタジオには、アンパンマンなどのぬいぐるみをレンズにセットしたカメラがズラリ。それから、誰もが笑顔になるというウンチのおもちゃまで。
「自然な笑顔が引き出せるんですよ」とのこと。
さっそく見せてくれたのが、大きなカメラ。
「写真館を創業したじいちゃんが、死ぬ直前に買ったものです。『トプコンホースマンVH-R』という名称で、確か、昭和40年代後半ぐらいに出てきた機種だと思います。本来はフィルム用のカメラですが、ホルダーがあり、大名刺判(だいめいしばん)というサイズのガラス乾板フィルムがセットできるのです。今でもネットオークションに出てきます。じいちゃんが亡くなり、倉庫を調べたところ、新品で出てきました。残念ながら、本人は使うことがありませんでしたが、私がもう10年ほど使っています」。
大名刺判は、6.5cm×9cmのサイズを示します。
消耗品のガラス乾板は、ドイツの会社が1軒残るのみ。伊與田さんはドイツから輸入し、撮影に使っているそうです。ちなみに、単純計算すると、ガラス乾板1枚で約3000円。
ガラス乾板写真の歴史と仕組み
透明で割れやすく、表面がツルツルのガラスがフィルム代わりになるなんて想像もつきませんでしたが、現物を見ると、ちょっとだけ納得。歴史と仕組みについて、お話を聞きました。
「写真はヨーロッパで発明されました。写真の前は絵画で肖像などを残してきましたが、なんとか絵ではなく像に残せないかという研究の結果、銅板を使う写真技術が生まれ、その約50年後にガラスを感材(かんざい)として使う方法が生まれました。感材とは、光に当てて像を現すために使う材料を指します」。
こうした写真術が、日本に伝わったのが幕末のことです。
「伝来当初は薬剤で湿らせたガラス乾板を使う湿板写真だったので、液が乾かないうちに撮影と現像を終えなければなりません。乾いたら失敗です。これを改良した感材として、乾いた状態で撮れるガラス乾板が明治20年ごろに導入されました。撮影現場から持ち帰ってから現像できるため、爆発的に写真が普及しました」。
デジタルカメラも敵わない精細描写
ガラス乾板は、昭和30年代まで使われていたといいます。最大の欠点は落とすと割れることですが、撮ったものは耐久性、保存性、クオリティーに優れ、色褪せることがありません。
「ガラスのあと、薄いフィルムが登場しました。ネガフィルム、ポジフィルムなどがあります。フィルムは薄く軽く、携帯性に優れていて、24枚撮り、36枚撮りなどがあり連写も容易です。それに比べて、ガラス乾板は1枚ずつ撮る一発勝負。現像も大変です。ですが、保存性や耐久性は唯一無二で、デジタルではこれに敵う精度の表現ができません。解像度でいえば、画素数に換算できないぐらいの高精度の描写が可能です。ピントがぴったり合ったガラス乾板の写真は、どんな高性能の大判カメラにも敵いません。だから、天体写真などで長く使われてきたのです。ベテランの天体写真家の中には、ガラス乾板写真をやっていた方もいらっしゃいます」。
ですが、戦後からカラー写真が普及し、ガラス乾板が衰退してしまったというわけ。寂しいですね。アナログカメラの1枚撮りなので一発勝負。現像も、薬液に浸しては出し……といった細かな作業を手探りで真っ暗な暗室の中で行うため、ちょっとでもしくじるとガラスにひび割れや汚れなどができてしまいます。まさに、職人の世界。
「現像のレシピは、じいちゃんが書き残してくれていました」。
そういえば……、
の取材で、大型美術書や写真集を手がける日本写真印刷コミュニケーションズに、「著名な写真家の記念館に保存されている50~60年前のガラス乾板をスキャンしてデジタルデータを起こしたところ、独特の色の階調が記録されていて、実に味のある写真が現像できた」という話を聞きました。
ガラスで写せば1000年、2000年残る
最後に、ガラス乾板にまつわるとっておきの話を聞かせてくださいというと、
「品川区役所が、ここから車で5分ぐらいのところにあります。当館のホームページの目立ちにくいところに、『品川区役所に婚姻届を出したら帰りに当店で記念写真撮りませんか』という記事を載せています。婚姻届を出したあとに記念写真なんてすてきですが、実際にはそんなにはいません(笑)。でも、しっかり見つけてきてくれるカップルもいて、まあ、幸せの絶頂という感じですよね」と、ロマンチックな話が登場。代々伝わるガラス乾板を現像して喜ばれた話などもあり、すてきなエピソードは尽きません。
家族写真プランはキャビネサイズ(13cm×18cm)1枚台紙付8,500円(税込)のところ、婚姻届提出後なら、ガラス乾板撮影の紙焼き写真をガラスフィルム付きで桐箱に入れてプレゼントしてくれるんですって。長~く残るガラスのフィルムで撮った写真をリビングにでも飾っておけば、ケンカしても仲直りのきっかけになるはず。
「毎年みんなで写真を撮っている家族は幸せですよ。いつもは普通のカメラだけど、50年経ったらこっちで撮ってみようかなとか、銀婚式の記念などにもガラス乾板写真、いいと思いますよ」。
あなたも、大切な一瞬を1000年、2000年残るガラスに刻みませんか。
■取材協力=岡崎写真館
https://okazaki-shashinkan.jp/