今注目の若手歌舞伎俳優の尾上右近さんことケンケンの連載「日本文化入門」。今回は、東京国立博物館(平成館)の特別展「縄文ー1万年の美の鼓動」に行ってきました。自らも土器発掘の経験をもつ研究員の井出浩正さんが縄文展を案内してくださいました。
岡本太郎&縄文に興味がありました!
「火焔型土器・王冠型土器」の前で興奮気味のケンケン。
僕は以前から、岡本太郎に興味を持っていて、著書を読んだりしていると縄文のことが書かれていたりするので、気にして観るようにはしていたんです。でも、これだけ多くの縄文土器を直に見るのは初めてですし、印象が全然違いました。もっとドーンと重く伝わるものがあるかと思ったら、いい意味で笑ってばかりいました。ウキウキしちゃう感じですね。作為がなくて、無垢で無償で、作家がいるわけでもない。当時はもちろんあったかもしれないけど、観る側としてはそういう背景まで勝手に想像しなければいけないことが、むしろすごく純粋に楽しめました。
ケンケンを案内してくださった研究員の井出浩正さんと。
まず、僕が驚いたのは「木製編籠 縄文ポシェット」です。縄文の手仕事の温かみを伝える一品として展示されているのですが、その脇に小さなクルミの殻がコロンとある。これが縄文時代からポシェットの中に入ったままで奇跡的に残ったクルミだとお聞きして驚きました。ふつうは残らないそうです。クルミがあることで、急に縄文時代の人の気配を近く感じてしまいました。ほんと、びっくりしたけど…クルミにこんな感動することってある?(笑)。
ところで、井出さんにお聞きして衝撃だったのですが、現在、発掘された文化財は文化財保護法に則り落とし物としてまず警察に届けるんですって。落とし物と同じ扱いになって「落とし主は、縄文人です」って。面白い!
「木製編籠 縄文ポシェット」重要文化財 青森県教育委員会蔵(縄文時遊館保管)青森県青森市 三内丸山遺跡出土。
これが大好きな「合掌土偶」だ!
この縄文展、展示の順番や陳列の仕方で観る人をあっという間に縄文の世界へ引き込むんです。展示の仕方が素晴らしい! 前述のクルミに縄文人の息吹を感じたり、国宝を集めた赤一色の部屋では、6体の縄文の土偶が一つ一つぽつぽつと並んでいたのはすごい世界観で、すっかり引き込まれてしまいました。
縄文人の祈りの姿そのまま「土偶 合掌土偶」国宝 青森県八戸市蔵(八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館保管)青森県八戸市 風張1遺跡出土。
国宝の中で僕がいちばん印象に残っているのは「合掌土偶」。「縄文のビーナス」「縄文の女神」「仮面の女神」なども興味深かったですが、僕は「合掌土偶」がいちばん好きでした。顔はお茶目なんですが、この手を合わせた姿が、正面からと横から、後ろから見るので表情が変わる気がするんです! なんて面白いでしょう! きっと観た人もみんなそれぞれのお気に入りの一体がみつかるのでは?
「火焔型土器・王冠型土器」新潟県十日町市 野首遺跡出土。
それから、「火焔型土器」の展示はかっこいい! 僕もつい前のめりになってしまって(笑)、ガラスケースに入ってないので、縄文の人々と同じ空気を吸っているような感覚で、時空を超えて生で味わえるような迫力がありました。
「喜ぶ」ということがキーワード!?
「ハート型土偶」を前につい笑っちゃうケンケン。群馬県東吾妻町郷原出土 縄文時代後期
縄文展では、何か物事をかたちにすることの根源として、奥深さを思い知らされ、重く感じるものだろうと思っていたんです、感覚的に。ところが、どれもこれもすごく明るい存在感で、純粋に楽しくて笑っちゃいました。縄文時代の人々の人間性は明るくて楽観的な人たちだと思ってしまうくらい。もちろん当時は神と交信するという意識が絶対に強かったはずで、もちろん祈りという意味合いもちゃんとあるでしょう。今のように医療手段もないし、祈ることや神と交信することは僕たちが思うよりシビアな問題だったと思うんです。一方で、明るさを持って、人なり神なりを喜ばせる…。祈りも「喜ぶ」ということがひとつのキーワードのような気がしました。今の時代に生きている僕が、勝手に想像してそんなふうに思いました。
「焼町土器」重要文化財 群馬・渋川市教育委員会蔵 群馬県渋川市 道訓前遺跡出土 縄文時代中期
井出さんから「焼町土器」の胴部にある文様が、手を広げた人体のように見えると教えていただいたとき、もしかしたら「楽」という文字はここから来たのでは? と思ってしまいまいした。漢字だから中国から来たものではあるけど、でもほんとに楽しいし、明るい感じがします。この文様を人体のように見えるというふうに読み解いた人の心もすごくロマンがあると思いました。発掘も面白いですよね、時空を超える瞬間じゃないですか。ただ「時空」とひと言で言っても果てしない年月で、しかも縄文時代自体も1万年と長いんですよね。時代が変わることによって面白くなったり面白くなくなったりするじゃないですか。でも縄文時代は一貫してそれぞれのかたちで全部面白いんですね。幾度か画期を迎えながらも緩やかな発展段階だったそうです。それはすごく興味深いと思いました。
どこまで意図的に作為をもって土器をつくっていたのかということもすごく気になります。ものづくりというのは必ずそこに作為がともなう。たとえば刀剣にしても、いちばん美しいのは道具として使われていた鎌倉時代のものでした。あのときも本当に不思議な感覚だと思ったけど、縄文時代にも同じことを感じました。
三角形の仮面で顔を隠す女神「土偶 仮面の女神」国宝 長野県茅野市 中ッ原遺跡出土。
仮面の存在も不思議でした。国宝の「仮面の女神」は逆三角形の板を頭部に仮面をつけたかのようにつけていますが、それはなぜなのか…。死者に対する鎮魂と再生を祈るためとか、神との交信ということもあるんだと思いますが、土面なども不思議な存在でした。能のような芸能の始まりだったのかなとか、想像は膨らみます。
展示された数々の土面を眺めるケンケン。
出産する土器!?
「顔面把手付深鉢形土器」(縄文時代中期)を見るケンケンと井出さん。
食料事情や衛生面、医療などを考えても乳幼児の死亡率が高かった時代、より強く子供の成長や無事を祈ったようです。「顔面把手付深鉢形土器」は、お産への祈りで命がかかっているにもかかわらず、表現はかなり明るい。「祈る」というメッセージが強く、シビアな現実も絶対にあったはずですが、それでも深刻になりすぎない、この明るさはつくり手の強さだと思います。明るくて、そして熱さも感じます。
出産する土器「顔面把手付深鉢形土器」山梨・北杜市教育委員会蔵 山梨県北杜市 津金御所前遺跡出土 縄文時代中期
これ、大きく膨らむ胴部から顔が出ていますが、母体から新生児が生まれ出る出産場面を現しているそうなんです。縄文人にとって、土器は単なる煮炊きの道具だけではなく、豊穣や繁栄を込めた思いでつくられ、使われていたんですね。僕は、縄文土器は男性がつくっていたような気がします。女性を表した土偶たちに客観性を感じるからです。壺は女性もつくっているのかなとも思いますが、「火焔型土器」の力強さは男らしいなと思います。作者がいませんから、そんなふうに勝手に想像して楽しくなるという点も、観ている側としては楽しい時間でした。
縄文人はデフォルメの天才?
「土偶 縄文のビーナス」国宝 長野・茅野市蔵(茅野市尖石縄文考古館保管)長野県茅野市 棚畑遺跡出土。縄文時代中期
胸が出ていてお尻も出てるし、ああ、これは女性なんだなというぐらいデフォルメされたものたち。顔もすごくデフォルメされているけど、当時の人たちの顔は実際どんな顔をしていたんだろう…と、いろいろ想像しながら見てしまいます。
「手形・足形付土製品」重要文化財 青森県立郷土館蔵 青森県六ヶ所村 大石平遺跡出土。縄文時代後期
あれこれ想像していましたが、最終的に、粘土版に乳幼児の手形や足形を押した「手形・足形付土製品」の私たちと少しも変わらない手形、足形を見たときに、縄文人もきっと我々とそんなに変わらなかったんじゃないかと思いました。逆にまた、縄文人がいかに面白く、明るくデフォルメするセンスがあるのかということも感じましたね。
縄文時代、同時期に世界各地ではどのような土器がつくられていたのかを知るコーナーにて。
日本列島と、アジアからヨーロッパの土器を競演させたコーナーがありましたが、僕はどの国よりも縄文がいちばんだと思いました。これは判官贔屓、贔屓目ではなく、確実に日本が1位です。(笑)どの国の器もすべてお尻がでっぷりしているのが世界各国共通の形ですが、その中で逆に広がっていく形の器。あれは鍋なんでしょう、すごいですよね。圧倒的なパワー! あ、日本は勝っているなという気がしましたね、うれしかった。
撮影コーナーで岡本太郎も撮ったという「顔面把手」を真剣に撮影するケンケン。
博物館を見てこんなに「楽しかった!」と思ったのは初めてのことでした。いつも博物館や美術館に行くと、たとえば、お能を見るような感覚で、かしこまって見るところもある。何かを感じようとアンテナを張って見に行くというところがありますが、全然そうじゃなくて、いろいろ勝手に伝わってくるし、勝手に想像が始まり、そして勝手に楽しくなってきて、元気をもらいました。お能を観に行ったつもりが、お狂言だけの公演を観ちゃったみたいな。それですっかり楽しくなって能楽堂から出てきた感じでした。まだ「縄文展」を見てない人がいたら、是非お薦めします!
会期は9月2日(日)まで。お急ぎくださーい!
特別展「縄文ー1万年の美の鼓動」
会場 東京国立博物館 平成館
住所 東京都上野公園13-9
開館時間 9時30分〜17時(入館は閉館30分前)
観覧料 1,600円(一般)
公式サイト
尾上右近プロフィール
歌舞伎俳優。1992年生まれ。江戸浄瑠璃清元節宗家・七代目清元延寿太夫の次男として生まれる。兄は清元節三味線方の清元昂洋。曾祖父は六代目尾上菊五郎。母方の祖父は鶴田浩二。2000年4月、本名・岡村研佑(けんすけ)の名で、歌舞伎座公演「舞鶴雪月花」松虫で初舞台を踏み、名子役として大活躍。05年に二代目尾上右近を襲名。舞踊の腕も群を抜く存在。また、役者を続けながらも清元のプロとして、父親の前名である栄寿太夫の七代目を襲名10月1日(月)〜25日(木)は御園座の顔見世公演に出演予定。【公式Twitter】 【公式Instagram】 【公式ブログ】
文/新居典子 撮影/桑田絵梨 構成/新居典子
【尾上右近の日本文化入門】
第1回 北斎LOVEな西洋のアーティストたち♡
第2回 大観と言えば富士?!
第3回 東博に超絶御室派のみほとけ大集合!
第4回 ケンケンが刀剣博物館に!
第5回 錦絵誕生までの道程 鈴木春信の魅力
第6回 日本建築とはなんぞや!
第7回 国宝「合掌土偶」が面白い!
第8回 永青文庫で、「殿と姫の美のくらし」を拝見