フェティシズム、変態、性的倒錯、欲望、衝動……男色という江戸のワンダーランドにはなんでもある。なんでもあるということは、愛もあれば感動もあり、笑いもあるということ。じつは男色話のなかには、野郎(男色)と傾城(女色)の両方を扱った作品(野傾物)もおおくある。男色物は、過激で濃厚な愛の物語と思われがちだが、滑稽話や感動話が隠れているのだ。
それもそのはず、愛の物語は人の数だけあるのだから。愛し方が一つきりだなんて、誰が言ったのだろう。普通も当たり前も退けて、人が人を想うことの素晴らしさに酔いしれましょう。
男色と女色入り混じる、双子を探す親と子の感動物語 『野傾咲分色孖(やけいさきわけいろふたご)』
万蔵としめとのあいだに、男女の双子が生まれました。寺へ厄払いに向かった小さな双子は、不注意で家来の権平とはぐれてしまいます。万蔵、しめ、権平の三人は子どもの体についたほくろとあざをたよりにあちこち訪ねてまわりますが、二人はなかなか見つかりません。
時がたち、女の子のほうは大夫・夕しほ、男の子のほうは藤井花之丞という名の見目麗しい歌舞伎若衆に育ちました。花之丞に夢中になった女性とのあいだに起こる妊娠騒動、夕しほの叶わぬ恋、心中騒ぎ……双子の人生にいろんなことが起こっているあいだも捜索はつづきます。
そんな折、権平は盗みに入った先で手に入れた控え帳で、双子が養子として成長した後に売られたという記録を発見。
おりしも父・万蔵は諸事情で大阪を訪れている最中。双子の片割れ、夕しほは偶然のはからいで万蔵と無事に再会します。
一方、名前を変えて暮らしていた双子のもう一人、花之丞は、かつての幼馴染と話し込んでいる最中。その場に居合わせたのが、父・万蔵。最初はたがいの血縁に気づかずにいた花之丞ですが、母・しめと家来・権平が双子を探して歌う歌詞を聞いて事情を知り、一家は再会を果たします。めでたし、めでたし。
年の差47歳。果たされなかった二人の愛 『衆道の友呼ぶ千鳥香炉』(『武家義理物語』より)
時は室町幕府八代将軍足利義政の治世。
将軍は桜井五郎吉という十六歳の美少年を召し抱えていました。千鳥の香炉を見るなり、なぜか物思いに沈む五郎吉。ついには床に臥せるほどになった姿を憐れんで、五郎吉と親しい間柄の樋口村之介が理由を尋ねます。
「私には、故郷で契りを交わした相手がいます。彼は私の出世に差し障りがあってはいけないと気遣って、京都へ上ってしまったのです。会いたいけれど、私は病気に冒されてしまいました」
最後のとき、五郎吉は村之介に「私の代わりに彼と兄弟の契りを結んでほしい」と頼みました。さすがに無理だとためらいつつも受託すると、五郎吉は微笑んで息を引きとりました。
村之介が五郎吉の死を報告しに訪ねた粗末な家には、老人が住んでいました。
愛する五郎吉の死を知り、悲観にくれる老人の姿は年相応に醜く、村之介は五郎吉との約束を告げるべきか迷います。
村之介がようやく心を決めて切り出すと、老人は村之介と関係をもつわけにはいかないと拒絶します。しかし村之介が命をも捨てる覚悟であると示すと、それを察して受け入れてくれました。
以来、二人は毎夜、忍び逢いを重ねたといいます。
死んでも浮気は許さない。血を吐かせる美少年とあきらめの悪い僧 『千仏のかわりに刻たつる猿』(『男色木芽漬』より)
江戸の町に若い僧が暮らしていました。僧は子どものころ、じゃれついてきた猿を小刀で脅そうとして誤って殺したことがありました。それをきっかけに出家し、殺してしまった猿のために毎日のように桃や梅の種を集めては猿を彫り続けています。その姿に感心したある武家の家臣。夫婦そろって僧を実の子どものように世話するようになりました。
さて、夫婦には源三郎という十一歳の息子がいました。僧は源三郎に手習いや読み物を教え、親身に接します。やがて心も容姿も美少年に育った源三郎。色恋のことは全く分からず、仲間から「石屋の聖」とあだ名される僧でしたが、いつしか源三郎と男色の契りを交わすように。
幸か不幸か、源三郎はその美貌のために殿に召し抱えられるようになります。僧のことを想い嘆くあまり、床に伏す源三郎。治療もむなしく、最後の時、源三郎は僧の手をとって告げました。
「来世も契りを交わしましょう。私が死んだあと、ほかの者と契りを交わしたら恨みますよ」
ところが僧は、芝居で見かけた出来島小三郎に心を奪われてしまいます。
小三郎を部屋へ呼び出し、いざ本番。その瞬間、吐血する僧。興冷めした小三郎は帰宅。しかし僧はあきらめません。懲りずにもう一度小三郎を呼び出し、いざ。という場面で、またもや吐血。何度試しても、そのたびに吐血してしまいます。
これは明らかに源三郎の仕業にちがいない。しかし僧もあきらめが悪かった。負けじと小三郎を呼び出し、吐血しつづけたところ、ついに血が止まりました。ちなみに僧はその後、名前を「今」に改めて、あちこちで恋をしたとか。最終的には夜逃げして、今となっては故郷にも帰れなくなったそうです。
義理と意気地の男色短編集 『男色子鑑(なんしょくこかがみ)』
全編にわたって男色話をおさめた『男色子鑑』(全十五話)は、タイトルからもわかるように井原西鶴の『男色大鑑』に追随するかたちで書かれた短編小説集。すべては紹介しきれないので、巻四の一「縁は朽ちせぬ二世の契り」のあらすじをすこしだけ。
風流男と名高い佐左衛門は、鹿之助と仲睦まじい関係にありました。
ある日、佐左衛門のもとへ父が危篤状態にあるとの知らせが届きます。離れたくない、嘆く鹿之助の姿に心を痛める佐左衛門でしたが、帰郷を決意。何日もかけて国へ戻るも、父親はすでに三日も前にあの世の風へ誘われていました。
離れがたい気持ちを耐え、愛する人と生き別れてきたというのに死に目に逢えないなんて。佐左衛門は涙を流し、ホトトギスの鳴くころ、ふたたび国を出ます。
一方、鹿之助のほうは今日か明日かと一途に佐左衛門の帰りを待っていました。待ちすぎたのかもしれません。次第に鹿之助は気力を失い、陽炎の氷が水になって消えていくように亡くなります。
鹿之助が亡くなったとは夢にも知らず、心を躍らせて帰路を急ぐ佐左衛門。ようやく鹿之助のもとへ戻ると、嬉しそうな顔をした鹿之助が料理を運んできました。その日、二人は夜中まで話し込みました。
翌日、佐左衛門は出かけた先で、人づてに鹿之助が亡くなったことを知らされます。そんなはずはない。佐左衛門がふたたび鹿之助の部屋を訪ねると、仏壇にはかすかに燈火がゆらいでいます。新しい位牌は線香の煙に燻され、霊前には食べさしの料理。佐左衛門は口を開けて嘆きました。
江戸のワンダーランドを掘り起こせ
「人間の諸活動のうち最も動物的部分と卑しめられがちな性を、欲望を満たすためではなく、種の保存という目的を果たすためでもなく、美的な夢へと昇華するのが江戸の『色道』の美学。」(佐伯順子『美少年尽くし――江戸男色談義』平凡社、1992年)
この数年でLGBTという用語をなにかと目にするようになった。岩波書店の『広辞苑』に「LGBT」という項目が書き込まれて久しい。もし江戸時代に似た言葉があるとすれば、「男色」がそれにあたるのだろう。が、性さえも美学へと昇華させた江戸文化においては、どんなあり様も性的少数者を意味しない。
というわけで男色物を、私は、すべての人に読んでいただきたいと思う。なぜなら、私は、普通とか一般性というものを信じていないからだ。男色肯定派と否定派が登場する『男色比翼鳥』、当時の人気役者を実名で当てこんだ『役者色仕組』、男色と女色入り混じる好色短編集『野傾旅葛籠』、男女の恋物語を中心に仏教的内容も含んだ『山路の露』……当たり前とおもっていた愛の形がひっくり返る感覚は、鳥肌が立つほどおもしろくて、どこまでも自由だ。
【参考文献】
『浮世草紙大事典』笠間書院、2017年
染谷智幸、畑中千晶 (編)『男色を描く 西鶴のBLコミカライズとアジアの〈性〉』勉誠出版、2017年