山村若静紀(やまむらわかしずき)という日本舞踊家をご存じですか?
若静紀さんは上方舞の若手のおひとり!……きもの雑誌『七緒』では「堀口初音(ほりぐちはつね)」という本名で、やさしく着付けについて解説されていたり、『上方伝統芸能あんない』(創元社刊)という著書を上梓されたり。
……ちょっとびっくりするぐらいきさくで、チャーミングな女性なのです。
その山村若静紀さんのはじめての舞の会が、このたび11月6日に、東京・表参道の銕仙会(てっせんかい)能楽研究所で開催されます。
現代の生活では、日本舞踊に触れる機会が少ないかもしれません。特に同世代の方の踊りは、本当に目にしないような……。
「もっと日本舞踊のことを知ってほしい!」と感じていた若靜紀さんは、初心者の方に伝統芸能の楽しさを伝えるために、個人の会を企画したそうです。
上方舞・地唄舞ってどんなもの?
日本舞踊は400年近い歴史があり、歌舞伎を母体とするいわゆる「歌舞伎舞踊(かぶきぶよう)」と、料亭などで舞われてきた座敷舞(ざしきまい)の伝統をもつ「上方舞(かみがたまい)」や「京舞(きょうまい)」があり、現在の流派は200を超えるといわれています。
若静紀さんの所属する上方舞の山村流(やまむらりゅう)は、京都・大阪の花街を中心に伝えられてきた、在阪でもっとも有名な流派なんですね。
国立文楽劇場で、「ぐち」という演目を舞う山村若静紀さん。男女の逢瀬と別れの切なさをを愚痴っている様子を表現した洒落た雰囲気の唄と舞。
上方舞は、「地唄(じうた)」に振りをつけて舞われた「地唄舞」とも呼ばれます。
地唄は、ゆったりとした間の優美な音楽で、唄と三絃(三味線)のほかに箏、胡弓などの楽器を合わせたりするもの。小唄・端唄(はうた)・長唄・都々逸(どどいつ)などの「歌物」と呼ばれる邦楽のなかで、土台のような存在が「地唄」であるといわれています。
江戸で好まれた歌舞伎舞踊を中心とする躍動的な「踊り」に対し、お座敷でほこりを立てないようと抑制された「舞」。静かな動きを特徴とする上方舞は、心情や情景を描き出すことを得意としているのです。
じつは、谷崎潤一郎の『細雪』で、末娘・妙子が稽古していたのも、上方舞の山村流でした。
文化3(1806)年に大阪で創流した山村流は、能や人形浄瑠璃に縁が深く、大阪の花柳界や商家の女性の行儀見習いとして一般家庭にも広く浸透し、今に継承されています。
日本舞踊には欠かせない舞扇。四季の文物が描かれています。
この際だから、いろいろ若静紀さんに聞いてみた
──どうして個人の舞踊の会をしようと思ったのですか?
若静紀:東京に活動の拠点を移したので、上方舞、そして山村若静紀を東京の皆様に知っていただきたいな、と思って企画しました。
上方舞や伝統芸能は、古くさいものとか、一般の人には関係ないものと思われがちなのですが、扱っている内容は〝嫉妬〟や〝悲しみ〟〝恋愛の喜び〟〝理不尽なことへの憤り〟といった普遍的なことが多いのです。
──上方舞の面白さは、ズバリなんですか?
若静紀:日本舞踊でも「踊り」は、動きの面白さやストーリーを大切にします。しかし「舞」は動きが抑制されている分、にじみ出るような「心情」をお客様に味わっていただく芸能です。ゆっくりと胸のなかで、何かを感じてもらえるとうれしいですね。
──日本舞踊の鑑賞のポイントってなんですか?
若静紀:たとえば「動いている絵を見るような気持ち」で鑑賞してもらうとよいかもしれません。
「踊っている人の動きがきれいだな」「気持ちがよくて、眠たくなっちゃうな」、「衣装やかつらが素敵」「せつない感じがする……」とか、そんな感じでいいと思います。
無理に理解しようとしなくてもいいんです。ある日、ハッと腑に落ちるときがくるかもしれないですから(笑)。
山村若静紀さん。しとやかな姿からは想像できませんが、トークが面白い!
──今回は、江戸時代の箏曲「飛燕曲」に、はじめて振りをつけて上演するそうですね。それはすごいことなんですか?
若静紀:この曲は江戸時代に作曲されましたが、今まで一度も振りをつけて舞われたことがありません。流儀に伝わる曲は、ずっと舞われてきたことで、洗練をくり返してきました。ですから振りが新作であるというのは「まだいろんな可能性を秘めている」のではないかと思っています。
また、昔とは生活様式が違うので、今の人が見ると「振り」が少しわかりづらいところもあります。しかし今の振りをつけることで、現代のお客様にも共感してもらえるのではないかな、と考えました。
またこちらの振りを担当したのが、私の師匠である山村若佐紀。師匠は上方舞の第一人者で、振付も得意にしています。風雅な趣をお楽しみいただけるのではないでしょうか。
今回は、人間国宝で文化功労者の能楽師・大槻文蔵氏をゲストに迎え、『源氏物語』を題材にした2曲上演するそう。
仕舞「葵上」と上方舞「葵の上」が、その2曲です。
仕舞は、シテ(演じ手)が面(おもて)をつけないで能の一部分を舞うことをいいます。
「葵上」に描かれる恋愛の苦悩は時代を超えて現代人にも共有されるもの。はじめて伝統芸能をご覧になる方も、楽しんでもらえる演目です。同一演目を別スタイルでおこなう、という試みによって、それぞれの芸能の違いもより際立つことでしょう。
上方舞を軸に、伝統芸能の魅力を伝えるべく、さまざまな挑戦を続ける山村若静紀さんによる新たな舞踊公演。
伝統芸能の「今」と、魅力あふれる舞台にぜひご期待ください。
第一回 山村若靜紀舞の會
演目/
一、上方舞「飛燕曲』
舞・山村若静紀、地方・菊央雄司(箏・唄)
二、仕舞『葵上』
大槻文蔵(能楽師、人間国宝・文化功労者)、地謡・大槻裕一ほか
三、上方舞「葵の上』
舞・山村若静紀、地方・菊央雄司(三味線・唄)
解説
村上湛(明星大学教授)
日時: 2019年11月6日(水) 18:30開演(※開場は開演30分前)
会場: 鉄仙会能楽研修所
東京都港区南青山 4-21-29
☎03-3401-2285
東京メトロ表参道駅徒歩3分
料金: 全席自由席 一般5,000円、学生2,000円(チケット発売中)
取扱: カンフェティチケットセンター
電話予約 0120-240-540(平日 10:00~18:00)