1926年に生まれ、2018年に92歳で逝去するまでの間に600冊を超える著作を世に送り出した、絵本作家の巨匠かこさとし(加古里子、本名は中島哲)。
この日本を代表する絵本作家を回顧する展覧会「かこさとしの世界展」が、各地を巡回しながら開催されています(現在、2019年11月18日まで京都市の大丸ミュージアム<京都>にて開催中)。
かこさとしといえば、『だるまちゃん』シリーズの印象が強いかもしれませんが、実はさまざまなジャンルの絵本を手がけました。本展では、そうした作品から精選し、初公開となる原画・下絵を含め一堂に会します。本展で展示されている作品をもとに、かこさとしの世界を紹介しましょう。
少年~青年時代のかこ
かこは、1926年に福井県に生まれ、1933年に一家ともども東京に移転します。福井から東京に向かう列車の中で、父からクレヨンを使って絵のイロハを教わったかこは、絵を描くことへの情熱がわきあがるのを感じます。
さらに、東京に落ち着いてから、近所に住む漫画の上手な年上の「あんちゃん」に「弟子入り」したことで、漫画や絵画のとりこになります。
小学校の卒業時に作成した文集の中で、かこは随所に水彩絵の具で想い出のシーンを描いています。この絵から、少年期には既にたぐいまれな画力を持っていたことが察せられます(この文集は、エッセイを加え2018年に偕成社より『過去六年間を顧みて』という書名で刊行されました)。
1938年、かこは中学校に入学。この頃の日本は戦争一色に染まり始めた影響で、航空士官への道を考えます。しかし、士官学校に入るには視力が足りず、代わりに技術者になろうと思い立ち、1945年に東京帝国大学工学部に進学したところで、間もなく終戦を迎えます。
軍人を志したことへの自責の念、そして仲間たちが特攻隊に志願して散ったなか、自分が「死に残り」として生き残ったことへの虚無感から、かこはこれからいかに生きるべきかを必死に模索します。
「戦争直後、希望を失い精神的に不安定だった頃、ひたすら絵を描いた。そうせざるをえなかった」と後年になって述懐するとおり、打開するきっかけはやはり絵でした。人物画が多かったようですが、自画像の制作にも没頭しました。
絵本作家の道のきっかけをもたらしたセツルメント時代
かこは、1948年に就職しますが、会社勤務をしながらセツルメントの子ども会の活動にも打ち込みます。セツルメントとは、工場労働者が多く住む地区での人的活動を通じて住民の生活向上を支援するものですが、かこは子どもとの交流に意義を見出します。戦争という過ちを二度と冒さないよう、健全な心身と柔軟な思考を身につけ、行動する賢さを願ったのです。
かこが子ども会で励んだのは、自作の紙芝居上演でした。これに子ども用教材としての可能性を感じていたからです。制作した紙芝居は50冊以上にのぼり、はからずも絵本作家に必要な技法をたくわえ、いわば原点とよぶべき活動となりました。
32歳に絵本作家としてデビュー
セツルメントでの活動を通じてできた仲間の紹介で、かこは絵本作家としてデビューします。その本は『だむのおじさんたち』(福音館書店)という名で、かこが32歳の時(1959年)のことでした。
当時は、電力不足で停電が頻繁に起こっており、戦後の復興の一環として水力発電のダム建設が急がれていた時代でした。かこは、ダム建設の技術的なことよりもむしろ、建設現場で従事する労働者の苦労や喜びを表現し、子どもたちに労働の素晴らしさを伝えようとしました。
「かこさとしの世界展」では、本書の終わりの方のページについて、実際に採用されたもの、検討して未採用となったものの両方が展示されています。
かこの長女で加古総合研究所の鈴木万里さんは、これについて次のように解説します。「左側の絵は最終場面なのですが、当初描かれたのは桜の下に動物がたくさんいる華やかなものでした。ですが、本書の主役はあくまでもダムで働くおじさん、ということで上の絵に差し替えられました。それに合わせて直前のページも白と灰色を基調にしました。かこは、紙芝居の経験から、ページからページに移る際にどのような色調に変えるべきかも、慎重に考慮して決めていたのです」
『だむのおじさんたち』が好評をもって迎えられて以降、科学技術に関する知識と確かな調査力が認められ、かこには多くの科学関連の絵本の企画が出版社から持ち込まれました。
遺作となった『みずとはなんじゃ』(小峰書店)も、体調不良のため最終的な絵は鈴木まもる(画家・絵本作家)が担当するも、構想・構成・文章の大部分は、かこの手によるものです。本書は、幼い子どもが水の性質を知り、自然環境に関心を向けるきっかけづくりを意図して制作されました。
『だるまちゃん』シリーズ
かこは、ソ連の絵本雑誌に掲載されていた、ロシアの民俗人形を主人公とする『マトリョーシカちゃん』に感銘を受け、日本の子ども向けに日本らしいキャラクターで創作物語の絵本が描けないかと模索します。
そして生まれたのが、だるま人形の「だるまちゃん」を主人公とした10点余りの絵本です。シリーズの内容の特徴として、さまざまな遊びが出てくることが挙げられますが、これは夢中になって遊ぶことが、子どもの成長には不可欠だという、かこの信念が反映されています。
『カラスのパンやさん』シリーズ
こちらは、かこのもう1つの代表的なシリーズ作で、主人公はからすの夫婦とその子供たち。本によって、パン、お菓子、野菜などいろいろな食べ物が登場します。親子一丸となってパン作りに励むなど、そうした食べ物との関わり合いが楽しいものとなっています。また、仲間同士の助け合いや多様性への理解といった、社会で生きることの大切さも描かれているのも特徴です。
かこの美術への想い
かこは、若い頃に見た「アジア復興 レオナルド・ダ・ヴィンチ展」で、ダ・ヴィンチに魅了され、美術への関心を強く持ちます。
出版社からの依頼で600冊以上も携わった絵本の中で、唯一かこ自身が企画したのが、『うつくしい絵』(偕成社)です。1973年の東北の旅からの帰りの列車で、「モナ・リザ」が東京国立博物館で展示されるのを新聞で知り、この名画を子どもたちに紹介する絵本を作りたいという情熱にかられました。帰宅して数日で一気に制作し、いくつかの出版社に持ち込んだところ、偕成社が引き受けて刊行されました。本書は、年代を問わず多くの読者から好評であったので、続編が出ました。それが『すばらしい彫刻』(偕成社)です。
かこは、取り上げる作品を自分の目で見てから本にしようと準備を重ね、刊行まで15年もの歳月がかかりました。収録された作品は、奈良の大仏からミロのヴィーナス、ミケランジェロのダビデ像など世界の至宝を網羅し、各像の成立に至った歴史・社会情勢にも言及しながら、その素晴らしさを読み手に伝えています。
「かこさとしの世界展」では、ほかに『出発進行! 里山トロッコ列車』(偕成社)や『こどもの行事 自然と生活』シリーズ(小峰書店)など、多くの作品の原画を鑑賞することができます。本展は、2019年11月18日まで大丸京都店の大丸ミュージアム<京都>にて開催され、以降は八王子市夢美術館(2020年2月1日~4月5日)、松坂屋美術館(2020年4月25日~6月7日)への巡回が予定されています(その後も巡回は続きます)。
「かこさとしの世界展」京都会場 基本情報
住所: 京都市下京区四条通高倉西入立売西町79番地 大丸京都店6階 大丸ミュージアム<京都>
電話: 075-211-8111
期間: 2019年10月30日~11月18日
入場時間: 10:00~19:30(20時閉場)(最終日は16:30で17:00閉場)
入場料(一般):1000円
公式サイト:https://www.daimaru.co.jp/museum/kyoto/kakosatoshi/