贈与経済の原動力:カミからの贈与
贈与経済が成立する社会の特徴の一つに、「カミ」という第三者の存在があることが挙げられます。本来、自然界の恵みはカミに属すものであって、人間が所有できるものではない、という考え方です。縄文人の「カミ」がどんなものであったかはわかりませんが、捕れた獲物や採掘した石などを、全て自然というカミからの贈り物だと考えたとしても、決して不思議ではありません。
カミから人間へと「贈与」された自然の恵みは、誰か特定の人間が独占するのではなく、みんなで平等にわけなければいけないー。縄文時代の贈与経済には、そんな神話的倫理観が働いていたのかもしれません。
「縄文人の世界」冬の狩りより(新潟県立歴史博物館)常に自然とともにあった縄文人の生活は、文字通り「自然からの恵み」に支えられていました。
これは何も、特殊な考え方ではありません。今でも私達は、「皆様でどうぞ」と人からいただいた差し入れなどを、一人で独占してしまうのは心理的に抵抗を感じます。そんな現代の私達の「いただきもの」と、縄文時代の自然の恵みは全く同じだったのではないでしょうか。
江戸時代なんて一瞬! 1万年に及んだ天下泰平の世
贈与という経済システムは、モノを介して他者を受け入れることで、人と人がつながる経済です。このため、集団間の争いが起こりにくいシステムであるとも言われます。実際、縄文時代は他の時代に比べると、比較的平和な社会だったのではないかと言われているのです。縄文時代の遺跡には、争った形跡や極端な貧富の差が見られないからです。
「万座環状列石」(右は上空から見た図)(秋田県鹿角市教育委員会)
上の図は、かの有名な縄文人のマツリの場、「大湯ストーンサークル」です。縄文人は殊「円」という概念にこだわったようで、手間暇をかけて作られた大規模なストーンサークルや木柱サークルは各地で見ることができます。また、縄文時代の典型的なムラ「環状集落」は、各家族単位の竪穴式住居が輪になる形で配置され、ムラの中心には墓が設けられます。これは、ムラにあえて中心を作らないことで権力の偏りを生まない効果があるといいます。もちろん、ムラの首長のような「まとめ役」やシャーマンのような「特別な人」はいたでしょうが、圧倒的権力を掌握するいわゆる「王」のような人はいなかったのかもしれません。
とはいえもちろん、縄文時代に戦争がなかったという証拠はありません。集落間の揉め事はきっとあったでしょう。ですが、現在見つかっている他殺体と見られる縄文時代の骨は、一万年を通して日本全体でわずか20体ほど。(!)弥生時代以降、現在まで繰り返されてきた大規模な戦争とは無縁の時代だった可能性は充分にあります。もしかしたら縄文時代には、日本列島全域が、中心のない「大きな環状集落」として機能していたのかもしれません。
よく江戸時代を指して、「200数十年に及ぶ天下泰平の世」なんて言われますが、縄文時代に本当に戦争がなかったとすると、「1万数千年に及ぶ天下泰平の世」ですから、これは人類史上、ものすごいことなのです。