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2021.06.29

「ジジイ、お前はもうすぐ死ぬ」 ココと言う名の、謎の少女のお話

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僕のソロキャン物語 VOL.3「旅で出会った、ココという名の少女」

長い年月、いろいろな自転車旅を経験しているわけですが、大した事件があったわけではないのに、時々いつまでも忘れられない印象に残る出来事がある。
今回は、梅雨の雨を見ながら、ふと思い出した、ココという少女とのお話。
彼女は元気だろうか?あの日も雨がふっていた。

写真を撮らない旅

2015年の夏だった。

自分の場合、ごく稀にだけど、写真を撮らない旅、というのがある。
いつもだと必ずフィルムカメラを持っていって、マメに撮影しているのだが、この時はたぶんそういったものはどうでもいい気分だったのだろう。
写真を撮っていると「写真のために」という意識が働き、それは大して面白くない事のように思える時が時々あるのだ。
一応、ローライ35という古い小さいカメラだけを持っていき、数本のフィルムも用意したが、結果、8日間ほどの旅で、ほんの5、6カットを撮っただけであった。
ガラケーでも時々、写真は撮ったには撮った。
今回のお話に登場する、ココという少女もガラケーでは数カット撮影した。
しかし後日、なぜか、たまたまそのあたりの画像だけが、間違えてか?何かの手違いか?消去してしまったのだ。
従ってこの時のガラケーでの画像は今は存在しない。
まるで「この旅に画像はいらない」と、何かに言われてるような、不思議な偶然が働いてしまった。

なので、今回は、その時の事を思い出しながら、イラストを描いてみた。
細かいところは正確ではないかもしれないが、雰囲気は伝わるように心がけた。

フィルムの方は、路上の壁の苔だけを撮影していた。
だいぶ後に現像したため、撮った事さえ忘れていた。
なぜ、苔を撮ろうとしたのか?
思い出せないが、大した理由はなかったと思う。
しかし、それはそれで構わない。
この旅は、なぜかこの苔の写真しか残されていなかった。

山梨~東京 8日間の旅

この年の8月、僕は時々遊びに行く山梨県の長坂にある知人のところへ来ていた。
自転車をバラシてバスに積み、バスで現地に着いたら組み立てて、彼のところを拠点にして、自転車で周囲を回っていた。
この年は、彼のところで少し過ごし、ここから東京までキャンプしながら、のんびり自転車で帰ろうと思った。

8月16日、知人宅を出発し、大野山林道を目指すが天気に恵まれず、近場にキャンプして1日遅れた。
この時は天気が不安定で、晴れ間の日を縫うように進み、8月19日、峠をいくつか越え塩山から大月へ入った。
この日も曇りで、どこにキャンプするかは決めていなかった。

大月駅からほど近いお土産屋さんを兼ねた観光案内所に寄り、キャンプできる場所があるか?聞いてみた。
すると、近場に小さい公園があり、そこなら大丈夫だろうという。
行ってみると、近くに団地があり綺麗にほどよく整えられた公園があった。
大きな東屋があり、天気予報だと雨が近いので、東屋の中の邪魔にならない場所にテントを張った。
雨だと、人力野宿旅の人間には屋根がある東屋がとてもありがたい。

この日、夜遅くから、しとしとと弱い雨が降り始めた。

公園での停滞

翌日、霧雨のような雨が降ったりやんだりしている。
この日は、松姫峠を越えて奥多摩周遊道路に出る予定だったが、こんな天気ではとても峠を越える気分にはなれない。
仕方なくこの公園でもう一泊して停滞休日とする事にした。

やる事もなく、東屋のテーブルで珈琲を淹れて飲んでいると、お昼ぐらいに子供たちが、6、7人ゾロゾロとやってきた。
どうやらこの東屋のテーブルが、子供たちのたまり場になっているらしい。
すぐに隅に移動し子供たちに席を譲った。
子供は男の子の集団で、一人だけ女の子が混ざっていた。
小学校低学年ぐらいだろうか?
男の子たちは、テーブルに座るなり、すぐにポケットからゲームを取り出し、夢中になって小さいモニターに見入り、みんなで何やら喋りながら遊び始めた。

すぐ脇に自分のキャンピング自転車も置いてあり、奥にはテントも張ってあるのだが、まったく興味を示さないのが意外だった。
今までの経験だと、小学生ぐらいの男の子なら、恐る恐るでも自転車や旅に興味を示し、話しかけられた事が何回もあったからだ。
しかし、ここで遊んでる男の子たちは、自転車や自分には一瞥もしなかった。

最近のガキどもは、こういうのに興味はないんだろうなーと思った。
でも、今はゲームに夢中なだけかもしれないから断言はできない。

そんな事をボンヤリと思いながら眺めていて、ふと見ると、一人だけ少し離れたところで退屈そうにその様子を見ている子供がいた。

一人だけ混ざってた女の子だった。

見てると明らかに男の子たちの仲間に入れなそうで、ゲームにも興味がなさそうだった。
男の子たちと喋る雰囲気もなく、ウロウロしているが、やがてその女の子は、自分の自転車をジッと見始めた。
目が合って、どちらともなく喋り始めた。
この時、何を喋ったか記憶にないが、自転車やテントの事など、彼女から聞いてきたのは覚えている。
唯一、自分の自転車やテントに興味を示したのが、この女の子一人だけだった。

小学2年生で、名前を聞いたら「ココ」という名だった。

ココとの1日

ココに自転車の事を説明したり、テントの中に入れてあげたりした。
おそらく自転車の旅人を見たのは初めてだろうから興味深く聞いていた。
それほど人懐っこい感じはしなかったが、すぐに仲良くなった。

そのうち、男の子たちはゲームに飽きたのか?バラけて、あちこちに散っていった。
特にココの事を気にしている様子はなかった。
いつのまにかココと二人だけになったので、椅子に座り、二人でボンヤリしていた。
東屋の向こうは樹木が生い茂る林のようになっていて、そこでおじいさんが、木々の手入れの作業をしていた。

その様子を何となくココと二人で眺めている時だった。
突然、ココが言葉を発した。

「ジジイ、お前はもうすぐ死ぬんだよ」

え!?と思った。
それ以外は言葉を発せず、その一言だけだった。
ビックリしすぎて黙った。聞いていたが聞かなかったフリをしたと思う。
その言葉に対し返答はしなかった。

テーブルに移動し、何か飲み物を作ってココと二人で飲んだ。

喋ってるうちに焚火の話になって、焚火をしたいと、ココが言い出す。
この時は、焚火台も持ってなくて公園内だし焚火はできないと言ったが、ココはどうしてもやりたいと言って聞かなかった。
なぜか、ココは執拗に焚火をやりたがった。

小枝や松ボックリ用の小さい焚火台は持っていたので、仕方なく燃えそうな小枝などを、ココと集め始めた。
ココは楽しそうに小枝などを集めていた。

ミニ焚火台で東屋の入口で火を燃やして二人で遊んだ。
ココは楽しいのか、何度もやりたがった。そのたびに二人で小枝や燃えそうなものを集めた。
ココ「もっと大きく燃やしたい」
  「ここは公園だしなぁ、怒られちゃうよ」
ココ「いいよ、燃やしちゃっていいんだよ」

笑いながら相槌をうった。
しばらく小さい火を二人で眺めた。

出発の日

日が暮れそうになったので、ココは帰った。
すぐ隣の団地に住んでいるようだ。帰り際、明日もまだいるのか?と聞かれた。
「明日は出ると思うよ」
見送りに来たいと言われた。
「じゃ朝10時ごろ出るから、そのちょっと前ぐらいに来ればまだいるから、ぜひおいで」
学校は?と思ったが、そういえば夏休みだった。
ココは、必ず来ると言って何度かこちらをふり返り、手をふって帰っていった。


翌朝、空は曇っていたが、雨は降っていなかった。
テントの撤収、自転車の積み込みをのんびりやった。
ぼちぼち10時になるが、ココの姿は無かった。

遅れてるのかもしれない。
しばし待つ事にした。
コーヒーを淹れるのが面倒だったので、自販機で缶コーヒーを買いタバコをくゆらし10分ほど待った。
時計を確認すると、10時10分を過ぎていたが、もう5分待つ事にした。

10時15分になったが、来なかったので出発した。

8月21日、この日、お日様は出なかったが、無事、松姫峠を越え小菅の湯でゴロゴロ数時間過ごし、近場のキャンプ場にテントを張った。

8月23日、8日間の旅を終え、無事に部屋に戻った。

戻って、当時の彼女にココの話をした。
「あれだけ見送りに絶対来るって言ってたのに、翌日来なかったんだよね、なんか用事でもできたのかなー?」

彼女はクスクスと微妙に笑うと
「女をわかってないねぇ」と一言だけ言った。

今でもふとした時に思い出す。
彼女は元気だろうか?
今日も、苔の写真を見て、夏の雨を窓から見ている。

僕のソロキャン物語

書いた人

映画監督  1964年生 16歳『ある事件簿』でマンガ家デビュー。『ゲバルト人魚』でヤングマガジンちばてつや賞佳作に入選。18歳より映画作家に転身、1985年PFFにて『狂った触角』を皮切りに3年連続入選。90年からAV監督としても活動。『水戸拷悶』など抜けないAV代表選手。2000年からは自転車旅作家としても活動。主な劇場公開映画は『監督失格』『青春100キロ』など。最新作は8㎜無声映画『銀河自転車の夜2019最終章』(2020)Twitterはこちら