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Culture
2021.01.21

「黒」も「白」へと覆す!出陣を決めた長宗我部元親の衝撃的な夢解釈とは?

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じつに、1年ぶり。我が愛犬、ゴンの夢を見た。
これが、令和3(2021)年の私の初夢である。

ちょうど、1年前。
令和2(2020)年1月16日に、老衰で死んだ愛犬。
15年前に、私が一目惚れして、JR高槻駅から連れ帰った黒い犬である。拾ってくださいという手書きの看板と、その前で芸をする可愛い子犬たち。アピールし放題の中で、1匹だけ。電柱の陰に隠れて震えていたのが、ゴンだった。うるうるした目と出会った瞬間は鮮明で。そのあと、一体どのようにして京都の実家に連れ帰ったかは、記憶にない。

命尽きる最期の日まで。野太い声で鳴く番犬として、その寿命を全うした。しかし、あれから。どんなに望んでも、一度たりとも夢には出てこず。ようやく出てきたかと思えば、新年早々の初夢である。

夢に出て来たってことは?
「やっぱり、ゴンは一番好きなんか…」と不服そうな母。
「そりゃ、ゴンは今年に生まれ変わるな」と断言する姉。
「まさか、何か起こるってゴンが知らせに⁈」と厄介な推測をする彼。

夢の解釈は人それぞれ。
つい、愛犬の話で前置きが長くなってしまったが、今回はそんな「夢解釈」についてのお話。

戦国時代、夢は非常に影響力を持つモノであった。
出陣の吉凶を占うのはもちろん、一族の栄枯盛衰の予測まで。そんな「夢」に対して、最も大事な意味合いを持たすのが、その「解釈」である。

白は白のまま。黒までも白へと言い換える。
そんな芸当も、全ては夢の解釈次第。

今回は、そんな戦国時代に行われたアッと驚く「夢解釈」について、ご紹介していこう。

※この記事は「北条早雲」の名で統一して書かれています

ネズミが杉をかじったら…

最初にご紹介するのは、夢解釈の初級編。
誰が聞いても、迷うことなく解釈は1つ。そんな明らかな夢を見たといわれているのが、コチラの方。戦国大名の先駆けといわれる「北条早雲(ほうじょうそううん)」である。

北条早雲は、小田原北条氏(後北条氏)の初代。世間では、「北条早雲」の名が有名なのだが。じつは、自ら北条氏と称したことがなく、「伊勢新九郎長氏(いせしんくろうながうじ)」だったとも(諸説あり)。ちなみに、この「早雲」は、入道したのちの「早雲庵宗瑞(そううんあんそうずい)」からきている。

延徳3(1491)年。早雲は、堀越公方(ほりこしくぼう)の遺児を討って韮山城(静岡県)に入り、伊豆を制圧。明応4(1495)年には、小田原城(神奈川県)を攻略して本拠とし、関東進出の足がかりを固めている。

北条早雲像

そんな早雲が、今後の将来を左右する重大な夢を見たというのである。
じつは、夢を見た詳細な時期は、残念ながら特定できない。多分、伊豆を制圧したのちだと推測されている。

ただ、そのシチュエーションは、明確だ。
『北条記』によれば、早雲が伊豆の三島大明神に参籠(さんろう)して、神仏からのお告げを得ようとしていた時だという。ちなみに、参籠とは、予め定めた日数の間、参詣した寺社に籠り、身を浄めて一心不乱に祈念を行うことで、神仏からの夢告や託宣を得ようとする行為である。

ただでさえ、非科学的なコトがまかり通っていた時代。特に、戦国武将が夢を見たとなれば、その影響力は相当なものであろう。実際に、このとき、早雲はどのような夢を見たかというと。

「其次の年正月二日の夜、新なる夢の告あり。たとへば大きに平なる原中に大杉二本ありしを、鼠(ねずみ)一匹来りて根よりそろゝと食ひ折ぬ。其のち彼鼠虎と成てける、と見て、夢は則覚めにける」
(小和田哲男著『戦国軍師の合戦術』より一部抜粋)

なんとなくだが。背景がわからなくとも、意味が推測できそうな夢の内容である。

というのも、小さな鼠がたった1匹。大きな2本の杉を根元からかじって、なんと杉は折れてしまうのである。非常に分かりやすい内容だろう。要約すれば「小さな鼠」が「大きな杉」を倒すという明示。そうして、最終的に「鼠」は「虎」へと姿を変わる。多分だが、その「鼠」が自分だと言いたいのではあるまいか。今は小さい存在だが、大物に変わるのだと。

しかし、蓋を開ければ。じつは、そんな単純な話ではないのだという。
早雲、自らがこの夢の内容を解き明かしている。

「関東は是両上杉の国なり。二本の杉は則両上杉なるべし。吾れは子の歳にて上杉を亡(ほろぼす)べき者なれば、頓(やが)て喰をりつべし」
(同上より一部抜粋)

「大杉」に意味はなく、ただ大いなる敵の存在を暗示しただけだと思っていたが。ただの木ならなんでもいい、というワケではないようだ。

なんと、この「杉」という部分がカギ。
当時、関東に大きな勢力を持っていたのが、山内(やまのうち)と扇谷(おうぎがやつ)の両上杉氏。「大杉」2本はこの「両上杉氏」を指すのだという。そして、鼠は当然、子(ね)年生まれの早雲のこと。

結果的に、早雲が見た夢は、当時、抗争を繰り広げていた両上杉氏を倒して、関東を治めるであろうとのお告げとなる。早雲はめでたい夢と、大層喜んだとか。これを聞いた家臣の士気は爆上がり。そういう意味では、「夢」はモチベーションアップの万能ツールともいえよう。

長宗我部元親が見た夢を逆転発想した「夢解釈」

次にご紹介するのは、上級編を飛び越えて、超難関編。
初級からいきなりのランクアップで申し訳ない。字数の関係ということで御許しを。

一体、何が超難関なのか。
いや、何がというよりは、誰にとってという質問の方が分かりやすいだろうか。要は、この夢の解釈を任された人からすれば、超難関だというコト。

というのも、夢解釈の着地点は、ほぼ決まっているからである。
それは「白」。
どんなに夢の内容が「黒」でも、「白」と判定しなければならないという状況なのだ。

例えば、出陣の日程が、既に確定しているとしよう。
ずらそうにも、諸事情で絶対にずらせない。検討の余地なく、当初の予定通りに出陣すべき場合を想定してほしい。そして、である。そんな時に限って、戦国武将がいらん夢を見ちゃうワケだ。もう、それこそ、「出陣は今じゃないんじゃね?」的な夢なのだ。

そうして、その武将が相談に来る。
この場合、誰が一番困るかというと。出陣をずらせないという内部状況を知った上で、その夢について判断しなければならない立場の人間である。それは、言うなれば。いかにして夢の内容を、「黒」から「白」へと変えることができるか、その力量が求められるというコト。

さて、今回、夢を見たのはコチラの方。
天正13(1585)年に四国を制覇した長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)である。

青木義正著 「長宗我部元親」 出典:国立国会図書館デジタルコレクション

じつに、元親が夢を見たのは、天正3(1575)年のこと。
ちょうど、土佐(高知県)を制圧した年である。

どのような夢かというと。『元親記』によれば、元親が弓を射たところで、その弓の弦が切れたというのである。それだけではない。矢の方も折れてしまったのだとか。

不吉である。
もし、戦を控えているのであれば、間違いなく、負けが確定したくらいの不吉さだ。どうひねくり回しても、弓の弦が切れ、矢が折れるのに。「これはこれは、めでたいめでたい」とは考えにくい。

この不吉な夢を相談されたのが、八幡宮の神主の左近(さこん)。
きっと彼も、本音では、もうちょっと夢を見るにも気をつけろよ、と言いたいところだろう。そんな愚痴を隠して、一体、左近はどのような返答をしたのだろうか。

そんな彼が放った最初の言葉がコチラ。

「扨(さ)てもゝよき御夢にて御座候」
(同上より一部抜粋)

さすが。もう素敵と、唸るしかない第一声である。もう、これだけで。息が付けそうなほどの安堵。

それにしても。なんと言葉の力は偉大なのだろうかと、改めて思う。全く、どこをどう取って「よき御夢」となるかは、理解不能なのだが。神主がそう告げるだけで、難逃れ、厄落としのような気がしてならない。

ちなみに、どうして、左近がそのような判断をするに至ったかのか。それがコチラ。

「弓強けれは絃きるる」
(同上より一部抜粋)

なるほど。

うん…。えっ?
これって、「なるほど」なのか?

弓が強ければ、当然、その弦も切れるだろうということか。シンプル過ぎて、分かったようでよく分からん理論である。ただ、そんなことはどうだっていい。理論的でなくてもいいのだ。「よき御夢」と「弓強い」というパワーワードで、人の心情はどうにかなってしまう。思いのほか、人間は単細胞生物なのだと実感した次第である。

そして、実際に弾き出されたのは、「当年出陣をすれば良い」という答えだったとか。

こうして、相談した長宗我部元親も大満足。
なんなら、八幡大菩薩の御神託だと気を良くして、秘蔵の長刀を与えたという。

最後に。
現代でも、逆転の発想は至るところで行われる。

奇しくも、私が受験の年。
新年早々、初詣で、父の数珠が弾け飛んでしまったのである。一体、何がどうなってそうなったのかは全くの不明。ただ、いえることは、やらかしてしまったというコトだけ。

青ざめた両親は、早速、京都の東寺さんへ。
そこでご対応されたお坊さんの一言が素晴らしかった。
「めでたいことですなあ」

厄逃れだと。数珠が身代わりになってくれたのだと。だからこそ、今年は大丈夫。何もかもうまくいきますよ。確か、そんな内容だったという。実際に、この年は何事も起こらず、私も無事に合格したのである。

いかに、逆転の発想が窮地を救うか。
だからこそ、今年の初夢が悪かったという方には、是非とも、お伝えしたい。
「それは、難逃れ」なのだと。

ちなみに、私の初夢に戻ろう。
私の解釈はこうだ。ゴンはきっと、言いたかったに違いない。なんせ、実家が大好きだったゴン。しばし待てい。絶対に絶対に、戻ってきてやるぜ。
「I’ll be back」

<参考文献>
『戦国合戦地図集』 佐藤香澄編 学習研究社 2008年9月
『戦国軍師の合戦術』 小和田哲男著 新潮社 2007年10月

書いた人

日本各地を移住するフリーライター。教育業界から一転、ライターの道へ。生まれ育った京都を飛び出し、北海道(札幌から車で4時間、冬は-20度)で優游涵泳の境地を楽しむ。その後は富山県、愛知県へと流れつき、馬車馬の如く執筆する日々。戦国史、社寺参詣、職人インタビューが得意。

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