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2021.04.10

大江広元とは?人物解説!栗原英雄演じる毛利元就の先祖の生涯とは?【鎌倉殿の13人予習シリーズ】

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今回解説するのは、13人の合議制の1人、初代政所別当(まんどころ べっとう)・大江広元(おおえ ひろもと)殿!!

オレとガッツリ知り合いで、幕府の頭脳と言える人だ。そして……本人が自ら「私は成人してから一度も泣いた事がない」と宣う、鉄の男なのだッ!

おっと、紹介が遅れたな。鎌倉御家人・三浦胤義(みうら たねよし)が語る、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』予習シリーズ! オレが何者かは第1回参照なッ!

大江広元の半生

大江殿は、元々は京都の役人。下級貴族ではあったが朝廷で働いていた。大江殿の兄である中原親能(なかはら ちかよし)殿が頼朝様と仲が良かった事もあり、その経歴とコネを生かして、幕府の役人へと転職してきたんだ。

出自は諸説あるんだが、大江氏から中原氏へと養子に出されていたらしい。だから最初は中原氏を名乗っていたんけど、建保4(1216)年に、衰退した大江氏の再興を願って、大江と名乗ったんだ。

政所ってなぁに?

和田義盛(わだ よしもり)の記事や、和樂webの過去記事でもサラッと紹介されているが、幕府の内政・外政(対朝廷)や財政・重要文書の保管や管理を司る。別当はその最高責任者だ。

政所は中世では主に家政の機関で、三位以上の階位を持つ貴族が自分の家に設置できるものなんだ。だから最初は公文所(くもんじょ)と呼ばれていたが、建久元(1190)年に頼朝様が従二位の階位を賜ったので、政所と呼ばれるようになった。

大江広元ってどんな人

一言で言えば「仕事の鬼」。荒武者揃いの東国、武士の都の鎌倉。「ザ・体育会系」が集まるその中で「文系の筆頭」として一目置かれていたガッツは伊達じゃない。力こそパワーな坂東武者が、ひと睨みで黙るあの眼力……マジすごかったんだからな!

そして仕事に対する責任感や情熱たるや……。鎌倉市街地が戦場になった時があって、オレは実朝様たちを避難誘導していたんだけどさ……。炎に巻かれた御所や町を茫然と見つめる中、大江殿がすっくと立ち上がって叫んだんだ。

「重要書類が燃えるー!!」

戻ろうとしてたから慌てて引き止めたよ。「危ないから、火が消えてからにしてください」って言っても聞かないし……。いやぁ、あん時、オレが振り払われかけたもんなぁ……。その場にいた全員で押さえてどうにか思いとどまってくれたけど。

そして、大江殿の恐ろしさが一番解るのは……敵に回った時だろうなぁ。鎌倉幕府内で「3大敵に回しちゃいけない人」を選ぶとするなら、尼御台(あまみだい=北条政子)オレの兄上(三浦義村)、そして大江殿を挙げる人が多いんじゃないだろうか。

ま、オレは最終的に3人とも敵に回しちゃったんだけどね☆(テヘペロリン)

大江広元殿の子孫は、毛利元就!

大江殿は幕府の主要な重鎮として、その生涯を全うした。だから子孫も多いんだ。その中の1人が戦国武将・毛利元就! 大江殿の4男・季光(すえみつ)殿が毛利氏を名乗った事が始まりだ。

他にも信州の上田氏、出羽の寒河江氏、越後北条氏、三河の酒井氏などなど……枚挙に暇がない。ひょっとしたら、自分の先祖が大江広元です! という読者もいるかもなぁ。

大江広元役、栗原英雄殿について

い、イケオジだァーーーーーーッ。

ただでさえ歴史ファンから人気が高い大江殿を、平成18(2016)年のNHK大河ドラマ『真田丸』で多くの視聴者を虜にした栗原殿が演じるなんて……。歴史雑誌が軒並み大江殿特集とかしちゃうんじゃないだろうか……。研究も捗るな。

みんな、財布の紐を緩める準備は出来たか~!

栗原英雄殿のコメント

『13人』の一人。頭脳で乱世を生き抜く官僚

型にとらわれず、より人間的に時代を生き抜いた鎌倉殿の13人の一人として存在できるよう全力で挑戦致します!

NHK_PRサイト 栗原英雄のコメントより抜粋

うむ。歴史書では冷徹な人物っぽいイメージの大江殿がいかに人間として生きて来たかを、どう演じてくれるのか楽しみだな!

ちなみに、大江殿の墓は鎌倉にあるんだが……これを機にあの階段を整備してくれんかのう……。入り口の階段には最近手すりが付いたんだが、その奥にある大江殿の墓への階段がな。

大江殿ファンになるオナゴたちよ。大江殿の墓参りに行くときは、オシャレでヒールの高い靴ではなく、ペタンコ靴がいいぞ。特に日が暮れてからは行くなッ! あそこは危ないから!(物理的な意味で)

おわかりいただけただろうか……この傾斜

ほんとマジお願いします!(鎌倉市役所に向かって土下座)

関連人物

主君:六条天皇、高倉天皇、安徳天皇、源頼朝源頼家、源実朝、藤原頼経
兄弟:中原親能、ほか
妻:多田仁綱の娘
子:大江親広、長井時広、毛利季光、飛鳥井雅経の妻、他

人物相関図:
『鎌倉殿の13人』予習にぴったり!源平合戦~鎌倉初期を相関図で解説!

「鎌倉殿の13人」13人って誰のこと? 人物一覧

「鎌倉殿」とは鎌倉幕府将軍のこと。「鎌倉殿の十三人」は、鎌倉幕府の二代将軍・源頼家を支えた十三人の御家人の物語です。和樂webによる各人物の解説記事はこちら!

1. 伊豆の若武者「北条義時」(小栗旬)
2. 義時の父「北条時政」(坂東彌十郎)
3. 御家人筆頭「梶原景時」(中村獅童)
4. 頼朝の側近「比企能員」(佐藤二朗)
5. 頼朝の従者「安達盛長」(野添義弘)
6. 鎌倉幕府 軍事長官「和田義盛」(横田栄司)
7. 鎌倉幕府 行政長官「大江広元」(栗原英雄)
8. 鎌倉幕府 司法長官「三善康信」(小林隆)
9. 三浦党の惣領「三浦義澄」(佐藤B作)
10. 「中原親能」
11. 「二階堂行政」
12. 「足立遠元」
13. 「八田知家」

書いた人

承久の乱の時宮方で戦った鎌倉御家人・西面武士。妻は鎌倉一の美女。 いわゆる「歴史上人物なりきりbot」。 当事者目線の鎌倉初期をTwitterで語ったり、話題のゲームをしたり、マンガを読んだり、ご当地グルメに舌鼓を打ったり。 草葉の陰から現代文化を満喫中。