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Culture
2021.07.11

三浦義澄とは?人物解説!佐藤B作演じる男は、相模国最強武士団の棟梁【鎌倉殿の13人予習シリーズ】

この記事を書いた人

今回解説するのは、いよいよオレの父上!! 三浦義澄(みうら よしずみ)!! ……なんだけど、どうしよう。マジで近すぎて、何から紹介したらいいのかわからんぞ……??

う~~ん。ここはやっぱり、源氏と父上の関係から紹介した方がいいのかの? じゃあ、ドラマで描かれるだろう時代の前までの父上について。本人から細かいエピソードや裏話は色々と聞いてるけど、全部話すと読み終えるのに一晩かかってしまうかもしれん。だから要点だけをざっくり紹介するぞ!

おっと、自己紹介が遅れたな。鎌倉御家人・三浦胤義(みうら たねよし)が語る! 令和4(2022)年NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』予習シリーズ! オレが何者かは第1回参照なッ!

三浦一族と河内源氏

和樂webにある、義明(よしあき)祖父様(じいさま)の記事で紹介されているように、三浦一族は、頼朝様の曽々祖父上の代から源氏に仕えている。父上が源氏に仕え始めたのは、頼朝様のお父上、義朝(よしとも)様の代からだ。

義朝様は 保安4(1123)年の京生まれ。父上は大治2(1127)年の相模国(現・神奈川県)生まれ。だから最初は面識はなかった。

義朝様は、元服したばかりの頃、先祖ゆかりの土地がある鎌倉に屋敷を構えて、先祖ゆかりの家人を率いて坂東南部一帯を牛耳っていた。その後ろ盾の中心となっていたのが、三浦一族というわけだ。この頃の三浦の棟梁は、義明祖父様ではなくその父である義継(よしつぐ)の代。父上はまだ元服前の少年だった。

義朝様との繋がりをより強くするため、義継は孫娘……つまり父上の姉を義朝様に嫁がせた。それで生まれたのが頼朝様の異母兄、義平(よしひら)殿だ。この時父上は満14歳だった。

久寿2(1155)年 大蔵合戦

義平殿が元服した頃、義朝様は坂東を義平殿に任せて京へ戻った。そこへ武蔵国の北部で同じように力をつけていた義朝様の弟・義賢(よしかた)殿が南下しようとしていたので、義朝様は義平殿に義賢殿の討伐を命じた。

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この戦を「大蔵合戦」と言って、生まれたばかりの木曽義仲(きそ よしなか)殿が従者の手によって信濃へ逃げたり、朝廷でもこの合戦が原因でひと悶着あったりしたけど、今回はちょっと省く。

平治元(1159)年 平治の乱

その頃京では、平清盛殿が武士としてかなり力を持っていた。義朝様も一度は清盛殿と協力して「保元(ほうげん)の乱」を戦ったんだけど、その後仲違いしてしまったんだ。

そして今度は清盛殿を攻める側に回った。それが「平治(へいじ)の乱」。

義朝様は相模国から精鋭を連れて来るように義平様に命じた。そしてその中にいたのが父上だ。

義平殿を筆頭に父上たちは怒涛の活躍を見せたんだが、結果としては義朝様側は敗けてしまって……。義朝様も義平殿も討ち取られてしまい、時代は平家のものとなった。

源平合戦直前まで

ちなみに父上は実は次男坊でな、三浦の跡継ぎは父上の1歳年上の兄であり、和田義盛の父でもある杉本義宗だった。けれど義宗も長寛2(1164)年、安房国(現・千葉県南端)の平家家人である長狭(ながさ)氏と戦って討死してしまった。

それで父上は急遽三浦の跡継ぎとなった。この頃すでに最初の妻を亡くしていた父上だけど、跡継ぎとなったからには「妻」を娶らなくてはいけない。当時の「家」は「妻」がいないと成り立たないものだったからだ。

当時の「妻」という役割については和樂webのこの記事や、この記事あたりに書いてあるから、読んどいてほしい。

で、父上が後添いにもらったのが、伊東祐親(いとう すけちか)の娘。八重姫の姉だ。それで生まれたのが兄上とオレ。

兄上とオレが何年生まれなのかは定かではない。ただ、兄上とオレは20歳ぐらいの年の差がある可能性が高い。オレは源平合戦後のベビーラッシュの時期に生まれた……ハズ。……ほら、現代だってこのぐらいの年齢差はたまにあるだろ? 三浦は魚が美味いからなッ!

三浦義澄役、佐藤B作殿について

そんな父上を演じるのは、なんと佐藤B作殿!! うおお……まじか……マジなのか……。

「目出度(めでた)いのう、目出度いのう!」

三谷くんから商店街のオヤジのように演じてくださいというアドバイスをいただきましたので、楽しんで演じられそうでワクワクしています!!!

NHK_PRサイト 佐藤B作のコメントより抜粋

あー……なるほど、佐藤B作殿なら気さくなオヤジから冷酷なボスへの温度差を……。あ、いや、ゴホンゴホン! 大丈夫だよー! 三浦一族、コワクナイヨー。……味方には(ぼそ)

それはさておき! 商店街のオヤジとな? 佐藤B作殿! ここはぜひ、三浦一族のお膝元、衣笠(きぬがさ)商店街に来てほしい! コロッケが美味しいよ!

アイキャッチ画像:菊池容斎『前賢故実』巻第8 三浦義澄(国立国会図書館デジタルコレクション

書いた人

承久の乱の時宮方で戦った鎌倉御家人・西面武士。妻は鎌倉一の美女。 いわゆる「歴史上人物なりきりbot」。 当事者目線の鎌倉初期をTwitterで語ったり、話題のゲームをしたり、マンガを読んだり、ご当地グルメに舌鼓を打ったり。 草葉の陰から現代文化を満喫中。