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2021.09.22

宝くじはの知られざる歴史とは?もとは「金銭」ではなく「運」を得るためのものだった!

この記事を書いた人

宝くじにわくわくする人は多いだろう。当選したら、とついあれこれ夢想することも一度や二度ではないはずだ。

人気の売り場の長い行列はすでに名物と化しているし、宝くじの当然確率を上げるといわれる神社やパワースポットは連日多くの人でにぎわう。貨幣という等価価値を基準とする社会に生きる我々にとって、宝くじは豊かな生活へいざなってくれるかもしれない夢へのチケットなのである。

そういえば昔10万円当たったことがあります!父親が買ったやつですが…



現在の宝くじは、江戸時代に始まった富くじが起源であるといわれている。どんな時代であっても、金持ちになる、という人類の望みは不変なのかと思えば、最初の”宝くじ”は、意外なことに「金銭」ではなく「運」を得るためのものだったという。おや、これは現代に生きる私たちは、遠い祖先よりも欲深くなったということなのだろうか。

くじで運を当てる!???想像つかないなぁ


現代の宝くじと彼らが熱狂した富くじは何が違ったのだろう。それらを紐解きながら、本当に手に入れるべき「豊かさ」を探ってみようではないか。

ではないか!!!

宝くじの始まりと歴史

さて、いよいよ宝くじの歴史を紐解いてみよう。

「金」よりも「運」に群がった人々

宝くじの発祥は、前述したように、江戸時代初期の「富くじ」といわれている。1624年(寛永元年)頃、摂津国(せっつのくに)(現在の大阪府)の箕面山瀧安寺(みのおさんりゅうあんじ)で、始まったとされる「箕面富(みのおのとみ)」だ。

みのおのとみ。ちょっと覚えにくい…


瀧安寺は、658年に役行者(えんのぎょうじゃ)が弁財天を祀った箕面寺を建立したことが始まりであり、こちらの弁財天は日本最古といわれている。(諸説あり)
また、弁財天は金運向上のご利益があることは昔からよく知られていることだ。

七福神で唯一の女神ですね


この「箕面富」の仕組みはこうだ。正月の元旦から7日までに参詣した人々が、自分の名前を書いた有料の木札を唐びつの中に入れる。最終日の7日に寺の僧がキリで3回で突き、3人の“当せん者”を選びだす。その3人には福運の“お守り”「大福守」が授けられる。

大福守って名前がもう強運なイメージ…


この「大福守」は健康や商売繁盛のご利益があるとされていて、非常に人気だったらしい。江戸時代後期の観光案内書「摂津名所図会」にもその様子が描かれているほどだというから、それなりの人数であり当選確率だったろう。

『摂津名所図絵』より(引用:龍安寺公式サイト)
キリ長っ。なんかイベント会場みたいだな…


しかし、ここで注目したいのは、健康や商売繁盛の利益に霊験あらたかといわれているだけで、現代の宝くじのように「当選したら七億円!」などの直接的な利益につながっていないことだ。確かに当選するためには現代と同様「運」が必要だったことは推察できるが、それだけのためにそこまでエネルギーを注いだ理由を不思議に思わないだろうか。

お金に価値のない時代があった?

ここでちょっと考えてみたい。いわゆる貨幣価値についてである。

日本の貨幣の統一は、江戸幕府以降だ。それまでは「和同開珎」などの12種類もの金属製の貨幣(銭貨)が時代ごとに発行されたり、中国から「渡来銭(とらいせん)」が流通し区別なく使われたりしていた。さらに大名がその地域だけに流通する「領国貨幣」を発行するなど、貨幣制度の統一がなされていなかった。

「和同開珎」中学のテストで出てくるワード!


天下統一を果たした徳川家康が貨幣制度の全国統一に着手するまで、貨幣というものはそこまで絶対的な信用に値するものではなかったのである。

家康さんやっぱりすごい


反面使われていたのが、それまでも金銭の代わりとして使われてきた米、絹や麻の布などの物品貨幣だ。戦乱が続いた世を考えてみればわかる。金銭という将来的に不確かなものよりも、具体的な”モノ”はいつの時代も強い。

考えてみれば、江戸時代に入ってからも、年貢=税金は原則、米で納められていた。その後だんだんと金納化してはいくが、金よりもモノの方が信用できる、という時代が確かに長く存在していたわけだ。

現代はお金が絶対な時代だから、その時代のことを考えてみると不思議な感覚

農耕型の日本で人々が熱望したもの

香港No.1のパワースポットと呼ばれる有名な寺がある。その「黄大仙廟(ワンタイシン)」のおみくじは当たるとして有名なのだが、内容といえば、例えばこんな感じだ。

「病気からの回復は早まります。 絹(カイコ)の飼育は成功するでしょう。 旅行者は帰ってきます。 結婚の契約に有利です。 息子は妊娠中に生まれます。 明るい見通しがあります。 ほとんどの計画と願望は祝福されます。 名声と富が望みどおりにやってくるでしょう。 家畜の繁殖は成功します。」

古代中国語を意訳しているのでイメージでとらえてもらえると助かるが、面白いのは、豊かさにつながるものが家畜だったり絹だったり妊娠(男児が生まれる)だったりすることだ。確かに農業中心であれば、気になるのは天候であり、作物の出来や収穫高であり、家畜の繁殖であり、人手という意味で男児は貴重だった。豊かさは、銀行残高ではなく実りや取引から得られるものだったのだ。

お金よりも生活重視!ってことかなぁ


日本の神仏は中国からの文化が融合したものであることはよく知られている。似たような発想があったとしてもおかしくない。そう考えれば、中世日本において、金銭よりも”幸運を得たい”、つまり運が重要、という価値観もあったというのもわかるような気がしないだろうか。

江戸時代の億万長者

とはいえ、その後商業の発展に伴い、人々は豊かさを「金銭」に求めるようになる。

前述した瀧安寺発祥の「箕面富」は、その後近世に高額な金銭が当たる「富突き」として町中に広がり、江戸に伝わった。そして財政が悪化していた幕府は、これを寺社の修復費用調達に限り許可をした。これが、幕府公認の「御免富(ごめんとみ)」となり、江戸、京都、大坂の一部の寺社で行われるようになった。

確かに幕府が管理していないとギャンブル要素が出てしまうのかも


御免富を行う寺社は販売から当選金の受け渡しまで全てを行い、寺社奉行所に届け出ていた。また、幕府は当選金の上限を300両に定めていたというが、客を集めるために1000両などのより高額な金銭が設定された富くじもあったという。

1000両を現在の貨幣価値に換算してみると、1両がだいたい8~13万程度(諸説あり)なので、8000万円~1億3000万円となる。江戸時代でも宝くじに当選すれば億万長者になれたわけだ。

ちなみに、金持ちとして有名な紀伊國屋文左衛門だが、彼の資産が50万両といわれている。これは現代の貨幣価値にすると約500億円に相当する。千両を得たとしても、いつの時代にも上には上がいたようだ。

紀伊國屋文左衛門って紀伊國屋書店と関係があるのかなと思って調べたら、創業者の先祖が紀州徳川家の足軽で共通点は「紀州」だけらしい…

宝くじとは

ここで現代の宝くじについておさらいしてみよう。

宝くじとは、日本においては、「当せん金付証票法」に基づき発行されるくじのことを指している。この「当せん金付証票法」とは、昭和23年に施行された、いわゆる宝くじに関わる法律のことである。宝くじを発売できるのは、その中に定められている全国都道府県と20指定都市、つまり地方自治体のみ。これらの自治体が、総務大臣の許可を得て宝くじを発売するといった構図になっている。

あれ、銀行が売っていたりするじゃないか、と思った人もいるかもしれない。

これは、地方自治体が宝くじの発売元として、発売計画と共に発売事務等を銀行等にまとめて委託しているからだ。受託した銀行等は、その発売計画に沿って、宝くじ券の図柄選定から印刷、売り場への配送、広報宣伝、抽せん作業や当せん番号の発表、当選者への当せん金の支払いまですべて行う。つまり宝くじにおいては、銀行は請負業者なのである。

そうえいば宝くじの仕組み知らなかった

宝くじに当選する仕組み

宝くじにはそれぞれ、「ユニット」「組」そして「番号」が設定されている。番号が当選につながることはなんとなくイメージできていても、これらがそれぞれどういう仕組みになっているのか、意外とあやふやな人も多いのではないだろうか。

まず、宝くじは、「100000番」から「199999番」までの10万枚を1組としており、これを「ユニット」という。さらに組の数によって1ユニットの枚数が決まることになっている。

このユニットの中で、さらに当たりの数がそれぞれ決められている。一等はユニットごとに1本と決められているので、例えば一等12本という宝くじであれば、その宝くじは12ユニット販売される予定である、ということになる。

人気の売り場が生まれるカラクリ?

つまり1ユニットを売り切れば1枚は必ず1等が出るわけだ。余談だが、毎回1等が出るという人気の売り場が全国各地に存在するが、1ユニットを売り切るほどの売り場ならそこでは1等が出やすいということになる。

宝くじに当たる確率を計算してみた

現代の億万長者、ひいては紀伊國屋文左衛門を目指したい私たちであるが、宝くじに当選する確率とは、正確にはどのくらいなのだろうか。

前述したように、2020年の年末ジャンボの販売数は22ユニット、2,000万枚が1ユニットである。当選数は以下の本数となっており、均等に各ユニットに割り振られる。

1等 7億円 22本

1等の前後賞 1億5千万円              44本

1等の組違い賞 10万円      4,378本

2等        1千万円 88本

3等        100万円 880本

4等        5万円     44,000本

5等        1万円     1,320,000本

6等        3000円   4,400,000本

7等        300円     44,000,000本

つまり1等であれば、1ユニット2000万枚なので2000万枚のうち1枚、2等であれば88本なので、500万枚に1枚の計算だ。

まとめると、当選確率や本数は以下のようになる。

1等         7億円 22本        1/2000万

1等前後賞 1億5千万円 44本     1/1000万

1等組違い 10万円 4378本           199/2000万

2等         1千万円 88本 1/500万

3等         100万円 880本 1/50万

4等         5万円 44000本 1/1万

5等         1万円 32万本 3/1000

6等         3000円   440万本 1/100

7等         300円     4400万本 1/10

パーセンテージにすると、1等当選の確率は0.000005%になる。思ったより低い?びっくりしただろうか。

一等に当たると人生の運を全て使い尽くした感じがするから、あ、当たらなくたっていいんだ…!!!

宝くじにはどんな人が当たりやすいのか

宝くじにはどんな人が当たりやすいのか気になる人もいるだろう。

令和2年度の「宝くじ長者白書」には、性別や年代や購入歴だけでなく、仕事などで分類したデータが掲載されている。見ているだけでも面白いが、もしこれに近い要素が多かったら、あなたも億万長者の近道にいるのかもしれない。

最終的には「運」頼み?

上記データからは、購入歴が10年以上の方が高い当選率のようなので、やはり”継続は力”なり、なのかもしれない。しかし反面、初めての購入で当選するという”ビギナーズラック”も少なからず存在するのも事実のようだ。やはり最終的に運ということだろうか。

動くことで「運」が手に入る

いつの時代にも庶民が運や豊かさを求める気持ちは絶えることなく存在する。上方落語「高津の富」は富くじを題材にしたものだし、「東海道中膝栗毛」には、2人が天神橋の近くで拾った富札にまつわる話がある。

計画的偶発性理論という言葉を聞いたことがあるだろうか。これは、スタンフォード大学のクランボルツ教授によって1999年に発表されたキャリア理論だ。

なんでも、成功した人のキャリアを調査すると、そのターニングポイントの8割が本人の予想しない偶然の出来事によるものらしい。そこから、彼は「何をしたいかという目的意識に固執すると、目の前に訪れた想定外のチャンスを見逃しかねない」と指摘する。何かが起きるのを待つのではなく、その出会いが訪れやすいように意図的に行動することでチャンスが増えると述べている。

やらないと当たらないってことですね。学生の頃バスケ部のコーチにシュート打たなきゃ入らねえぞって言われたのを思い出しました


「運も実力のうち」というが、行動できる人間が偶然の運=チャンスを得やすいと言っているのだ。

宝くじも買わなければ当たらない。そう考えれば同じように、まずは「やってみる」という行動が運を呼び寄せることは確かに納得できる。

待っていては「運」とは出会えない。箕面富に群がった人々も、長い列に並ぶ私たちと同様に、それをどこかで知っていたのかもしれない。

なお「箕面富(みのおのとみ)」は、実は現代の瀧安寺で見事復活を遂げている。2009年、約140年ぶりに古式に則った形で復活し、毎年10月10日に開催されているのだ。(天候や社会情勢により中止になる可能性あり)

当たったとしても、億万長者になれるわけではないが、その行動はなにかを呼び寄せるのかもしれない。たぶんそれが本当に「運を呼び寄せる」ということなのだろう。

宝くじ公式サイト
https://www.takarakuji-official.jp/

瀧安寺公式サイト
https://www.ryuanji.org/

▼おすすめ書籍
科学がつきとめた「運のいい人」 (サンマーク文庫)

書いた人

インターネット黎明期よりIT業界にてさまざまな業務に関わる。多くのWEBメディアやコンテンツ制作を経験したことからライターに。 現在はオウンドメディアにおけるSEO支援に関わる会社員でもある。過去にオランダに四年、香港に三年半生活した経験があり、好奇心が尽きることがないのが悩み。 プライベートでは普段から着物を愛用し、普段着物研究家を自称。日常で着物を着る人を増やしたい野望をせっせとSNSなどで発信中。美味しいお酒に目がない。https://www.daily-kimono.tokyo/