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永遠のふたり 白洲次郎と正子

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2023.07.10

魯山人も愛した加賀・山代温泉。「界 加賀」が進める美への新たな挑戦

「九谷となると、初めからガアーンと芸術的に吾人の眼に迫って来る。同時に真に心からの欣(よろこ)びが胸から湧き出ずるのである。(中略)加賀の九谷は、かくも芸術的であるとは、実に何としても不思議である」。

陶芸家であり画家、篆刻家であり作家、さらには美食家でもあった北大路魯山人は、かつてこう語りました。才に長け、「美」を求めて各地を歩いた彼がとりわけ深く愛したのが、加賀の九谷焼。そしてこの土地の人々でした。

山代温泉は、北陸新幹線の延伸によって新たに開業する「加賀温泉駅」からバスで15分。江戸時代以来、この地で多くの文化人を迎え入れてきた老舗旅館の歴史を受け継ぎつつ、新しい感性が息づく温泉旅館として人気を博しているのが「界 加賀」です。

魯山人も好んで逗留したこの温泉旅館で、今さらに新たな取り組みがスタートしています。オープンしたのは「金継ぎ工房」。旅館としては日本初という取り組みに込められた思い、「界 加賀」でしか味わえない体験を取材しました。

北陸の温泉街に唯一無二の存在感

「界 加賀」は、加賀・山代温泉の老舗旅館「白銀屋(しろがねや)」の歴史を引き継いだ温泉旅館です。フロントホールを含む伝統建築棟は、1624年に創業した白銀屋時代、文政年間(1818〜30年)に建てられたもの。正面の紅殻(べんがら)格子は細い木材を縦横に組み合わせ、ベンガラと呼ばれる赤茶色の顔料で塗った加賀地方の伝統的な建築様式で、時の加賀藩主が逗留した記録も残っており、敷地内の茶室「思惟庵(しいあん)」とともに国の登録有形文化財に指定されています。

江戸時代の温泉場は、共同浴場を中心として、その周囲にまちが形成されるのが一般的でした。加賀地方では「総湯」と呼ばれる共同浴場の周りに宿が立ち並びます。およそ1300年前に僧・行基がこの地を旅した際に見つけたと言われる山代温泉では、総湯を中心とした周囲のまち並みは「湯の曲輪(ゆのがわ)」と呼ばれ、長く親しまれてきました。

山代温泉の総湯、その目の前に暖簾を掲げる「界 加賀」には、江戸時代にこの地を馬で訪れた人が手綱を結びつけていた鉄輪(写真上)も、紅殻格子の足元に当時のまま残されており、往時の風情を想像することができます。

「界 加賀」は、こうした伝統建築を白銀屋から受け継ぎ、大切に修復・保存しています。2014年から15年にかけての修復作業では、歌舞伎座などの文化財修復を数多く手掛けてきた専門家、株式会社社寺建(しゃじけん)の山本信幸棟梁を中心に作業を行い、柱や梁を一本ずつ取り外し、丁寧に塗り直したうえで組み直していきました。

たとえばフロントホールの「枠の内」。冬の雪に耐えられるよう、太い大黒柱と大きな丸太梁を、金物を一切使用せずに組み上げたものです。かつて北陸地方でよく見られた様式ですが、現代では同じ材料で再現することが難しく、貴重な建築物となっています。

「加賀の伝統を新たな感性でもてなす」を謳う「界 加賀」では、こうした伝統建築棟の背後に新築した8階建ての客室棟も、伝統建築棟の紅殻格子はもとより、見事なうだつ(卯建/宇立)や屋根瓦、樹齢100年以上のアカマツなど、周囲の風情にマッチするようにデザインされています。夕闇の中に浮かび上がる紅殻格子と現代的な建築のコントラストは、伝統的な温泉街で唯一無二の存在感を放ちます。

「食器は料理の着物」

「料理に対する食器の存在は人間における着物の存在でしょう。着物無しでは人間が生活できないように料理も食器なしでは独立することは出来ません。そう云えば食器は料理の着物だと云えましょう」。

ある宴席でこう語ったという北大路魯山人。彼がはじめて陶芸に触れたのは、まだ無名の芸術家だった大正4(1914)年、この加賀の地においてでした。福田大観と名乗っていた青年は、山代温泉に窯を構えた再興九谷の名窯、初代須田菁華(すだせいか)に作陶の手ほどきを受けます。

そうして古九谷、さらに再興された九谷焼の魅力を深く知るところとなった魯山人は、冒頭の言葉のように「かくも芸術的」な古九谷を「男性的であり、豪快であり、雅(みやび)もまた頗(すこぶ)る雅であって、世界中の焼物の前に断然優越を感ずるものである」と絶賛し、後には自ら作陶した九谷の皿などで客人をもてなしたといいます。

「界 加賀」の大きな魅力の一つは、単に北陸の旬の味を楽しめるだけでなく、それらを魯山人も愛した九谷焼の器とともに楽しめることにあります。ノドグロやアワビ、ズワイガニといった旬の食材、郷土の味が、それらを最も引き立たせる「着物」を着て、目の前に並びます。

この日の特別会席では、先付けに「金時草(きんじそう)味噌」を乗せた「堅豆腐の昆布茶〆め」が(写真上)。「甘海老麹漬け」とレンコンを添えて、九谷焼の小皿に盛られたこの先付けは、地域ならではの食材や調理法にこだわりつつ、意外性のある組み合わせや新たな調理法を楽しめる、「界」オリジナルの「ご当地先付け」と呼ばれるメニュー。

堅豆腐(固豆腐とも)とは、日本三名山の一つ、加賀・白山の山麓で伝統的につくられてきた、にがりを多く用いて大きな重石でしっかりと固めた豆腐のこと。「縄で縛れるほど」と言われる固さが特徴で、古くから田楽などで食されてきました。加賀野菜の一つである旬の金時草を使った味噌の、甘く優しい風味と、堅豆腐の心地よい歯ごたえが、加賀伝統の味に新たな一面を感じさせます。

「鮑真薯」などを使った煮物椀、「合鴨ロースのオレンジ酢味噌かけ」など色とりどりの食材が目にも楽しい八寸(写真上)、小ぶりでクリのような形が特徴の加賀野菜「打木赤皮甘栗かぼちゃ」などの天ぷら、蓋物、台の物に続いて、食事には「ノドグロの土鍋ご飯」(写真下)。

アカムツとも呼ばれるノドグロは、「東のキンキ、西のノドグロ」と称される高級魚の一つ。季節を問わず脂が乗っており「白身のトロ」とも呼ばれます。これを土鍋でゆっくりと炊き上げたご飯は、ノドグロの脂がほんのりと染み、魚の旨味が舌にそっと溶けていくようです。

「界 加賀」では、一つ一つの料理に合わせ、それらを最も引き立たせる器を九谷焼の若手作家に依頼して制作したといいます。

人間の本質は、着ている着物によって左右されるものではありません。けれどもその魅力を何倍にも引き立たせることは、確かにある。「界 加賀」で供される旬の味覚、郷土の風味は、現代九谷の若手作家たちによって一層鮮やかに、際立っているように感じられました。

白銀屋時代から残る北大路魯山人作の「白掛鉄色絵雪笹小皿」。

器に詰まった歴史も継いでいく

室町時代、茶の湯の隆盛にともなって広がった文化に「金継ぎ」があります。壊れた跡を隠すのではなく、逆に金銀粉で飾り立て、それを器の景色として愉しむ。不完全なもの、滅びゆくものに美を見出す「わび茶」の精神は、後の日本人の美意識に大きな影響を与えました。

「界 加賀では、日々多くの食器を使ってお客様のお食事を提供していますが、やはりどれだけ気をつけていても、片付けや洗浄の際にぶつけて欠けたり落として割れてしまうことがあります。せっかくつくっていただいた九谷の食器を捨ててしまうのではなく、それも魅力の一つとして守り続けていくことができたらというスタッフの発案で始めたのが、金継ぎ工房です」。

2023年4月、「界 加賀」の敷地内に新たにオープンした金継ぎ工房(写真上)について、須道玲奈・総支配人はそう語ります。温泉旅館の内部に金継ぎ専用の施設が誕生するのは日本初とのこと。漆芸家で金継ぎの専門家でもある中岡庸子氏にスタッフらが直接指導を仰ぎ、今では使用する食器の修復のほとんどを自ら手掛けているほか、宿泊ゲストが無料で作業を見学したり、修復工程の一部を体験したりすることができます(毎日15:30~16:00の30分間。定員6人)。

「金継ぎの工程は十以上に及ぶのですが、割れ欠けした部分を生漆と砥の粉(とのこ)などを混ぜてつくったさび漆で埋める工程や、最後に金粉などを蒔(ま)く装飾工程などをお客様には体験して頂いています」。普段は接客サービスに当たっているスタッフの野口ひなさんは、習得した金継ぎの技法をそう説明します。

いまでは全スタッフの半数近くが金継ぎの基本的な技法を身に着けているという「界 加賀」では、実際に修復された小皿や小鉢、大皿などが、伝統建築棟の一部をリニューアルして設けられた工房の一角に並べられているほか、日々使用される食器にも使われています。

一つひとつの工程を丁寧に説明していた野口さんは、「割れたお皿だけではなく、その皿に詰まった持ち主の思い出や歴史も繋いでいると思える」と、金継ぎの魅力を語ります。

人間には着物が、料理には食器がなくてはならないのだとすれば、「伝統」になくてはならないものは何でしょうか。

魯山人はかつて、陶器を含む芸術について「人間が創作する以上、人間が入用である。人間なくしては出来ない相談である。陶器を作る前に先ず人間を作ることである」と語りました。文化を継承していくのは人間であり、継承されたものを受け取るのもまた人間である以上、伝統に必要なものは、やはり関わる人間の存在でしょう。

おそらくそれは、陶芸家や金継ぎ職人だけを指しているのではありません。器を大切に使い続けようとするスタッフ、金継ぎされた器に旬の食材を美しく盛る料理人、さらにはその器で料理を楽しむ人、そんな温泉旅館を愛する人々や、まちの人々まで、広く含んでいるはずです。

だからこそ加賀には、今も伝統が息づいている。個性的なあまり人付き合いに難のあった魯山人が、加賀の人々と終生親しく交流を重ねていたのは、きっと、文化を身近に感じ、美と共にあろうとする暮らしのかたちが、この土地には長く生き続けているからだったのでしょう。

(取材・文・写真=安藤智郎 Text and photos by Tomoro Ando)

フォトギャラリー

当地の伝統工芸、加賀水引を用いた風鈴が訪れた人の耳を癒やす。

風鈴や室内の装飾をはじめ、館内のインスタレーションは、工房「自遊花人」による。加賀水引は通常の水引とは異なり、折らずにふっくらとさせた姿形の美しさに特徴がある。

星野リゾートが全国22か所に展開する「界」は、いずれも「ご当地部屋」と呼ばれる部屋を設けている。北陸地方に唯一展開する「界 加賀」では、加賀伝統工芸の間として、加賀水引や加賀友禅が壁面を彩り、茶器はもちろん九谷焼。地域らしさを追求した客室で、加賀文化に存分にひたることができる。

館内で楽しめるご当地楽「加賀獅子舞」。金沢市の無形民俗文化財に指定されている伝統の加賀獅子舞を、地元の工芸作家や民俗芸能チームの協力を得て独自にアレンジし、スタッフが自ら毎日上演している(毎日21:30~)。

【終了】1組2名様に宿泊券プレゼント

※こちらの募集は終了いたしました※

■施設:界 加賀
■期間:2023/10/1~2024/4/25
■除外日:休前日、休館日、年末年始(12/29~1/3)
■客室:スタンダード和室
■人数:2名1室利用
■食事:夕食「季節の会席」、朝食(和食膳)
■特典:「金継ぎされた器で地酒とおつまみセット」
■締め切り:2023年8月10日(木)
■発表:応募者多数の場合は抽選といたします。当選者には直接ご連絡を差し上げ、発表に代えさせていただきます。電話などでの問い合わせには応じられませんので、ご了承ください。

※ご応募には小学館IDと「茶炉音(サロン)・ド・和樂」への登録が必要です。
※応募された方の住所、氏名、連絡先等の個人情報は、本企画の当選の連絡のためにのみ使用し、その他の目的では利用いたしません。
※今後の企画の参考にするため、アンケートへの協力をお願いする場合がございます。アンケートをお願いした場合、その集計については個人を特定できる部分を除いて集計いたします。

「界 加賀」アクセス

922-0242
石川県加賀市山代温泉18-47

公式サイト:https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/kaikaga/

参考文献

北大路魯山人『魯山人陶説』(中公文庫、1992年)
「日本の食生活全集 石川」編集委員会編『聞き書 石川の食事』(農山漁村文化協会、1988年)
清川廣樹『金継ぎの美と心』(淡交社、2021年)
図録『加賀の美——180年の時を超えて 古九谷浪漫 華麗なる吉田屋展』(朝日新聞社、2005年)
図録『没後50年 北大路魯山人展』(イー・エム・アイ・ネットワーク、2009年) 

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和樂web編集部

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