その答えを求めて、家族とともに北の大地で暮らす選択をした女優の小雪が、賢治ゆかりの地を巡りました。旅の装いは、イタリア・ウンブリア州にある理想郷ソロメオ村で、賢治を敬愛する「ブルネロ クチネリ」の創業者が生み出す、このうえなくシンプルで上質なスタイル。賢治が没して90年、ようやく彼のイーハトーブは世界共通の夢になったのです。
小雪
1976年12月18日生まれ、神奈川県出身。1995年からモデルとして活動した後、1998年より女優として数多くの作品に出演。代表作はドラマ「きみはペット」「全裸監督」「サンクチュアリ〜聖域〜」、映画「ラスト・サムライ」「ALWAYS 三丁目の夕日シリーズ」「杉原千畝」「桜色の風が咲く」等。現在はNHK連続テレビ小説「ブギウギ」に出演中。
日本のイーハトーブとイタリアのソロメオ村──
洋の東西を超えて生き続ける賢治の哲学
童話『ポラーノの広場』をはじめとする宮沢賢治の作品に登場する「イーハトーブ」。それは賢治が生み出した造語で、彼の心のなかにある架空の理想郷を意味しています。そのモチーフは故郷・岩手県だといわれていますが、生前、賢治がイーハトーブについて詳しく語ることはありませんでした。
では、賢治にとっての理想郷とはどのようなものだったのでしょう? 彼が思い描いていたのは、農村のあるべき姿でした。人々が助け合って自然とともに生きる、農業を中心とした豊かな暮らしを夢見ていたのです。賢治の考えが綴られた『農民芸術概論綱要』の序論に、こんな一節があります。
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」
こうした賢治の哲学は、今、時代も国も宗教も超えて、思いを同じくする人々の心の道標となっています。
風わたる丘陵、雫石の豊かな自然の中で、優雅にストールを翻して…
あのイーハトーヴォの
すきとおった風、
夏でも底に冷たさをもつ
青いそら、
うつくしい森で飾られた
モリーオ市、
郊外のぎらぎらひかる草の波童話『ポラーノの広場』
真のラグジュアリーを追求する「ブルネロ・クチネリ」
イタリアに「ブルネロ クチネリ」という、〝人間主義〟を掲げた真のラグジュアリーを追求するファッションブランドがあります。その創業者であり、現在も会長を務めながらクリエイションを統括するブルネロ・クチネリは確固たる信念のもと、これまでのファッション界のセオリーとは異なる道を選び、歩んできました。彼は敬愛する思想家のひとりに、宮沢賢治の名を挙げています。
1970年代後半、ブルネロ・クチネリはニット製造会社を設立。それが軌道にのると、都会には出ず、妻の故郷であるイタリア中部の自然豊かな小村ソロメオに事業の拠点を移し、自らも移り住みます。さらに、かつてペルージャ近郊の地場産業だったカシミアニットを事業の中核に据え、地域の職人との協業により、会社は発展。同時に、荒廃していた村の復興にも取り組みました。その製品は、自然との共生を大切にした暮らしから生み出され、纏うだけで心を豊かにしてくれます。
彼が目ざしたのは、利益よりも〝人〟を優先する「人間主義的経営」にほかなりません。それは、まさに賢治が理想としていた、人が人として尊厳をもって生きることのできる社会そのものだといえるでしょう。
賢治ゆかりの農場では、リラックス感のあるパンツスタイルで
すみやかなすみやかな万法流転のなかに
小岩井のきれいな野はらや牧場の標本が
いかにも確かに継起するといふことが
どんなに新鮮な奇蹟だらう心象スケッチ『春と修羅』「小岩井農場」
ここを歩いて岩手山へ。当時のまま保存された旧網張街道の杉並木
問い合わせ
ブルネロ クチネリ ジャパン
03・5276・8300
撮影/熊澤 透 スタイリスト/押田比呂美 ヘア/HIRO(ペールマネジメント)メーク/三澤公幸(ペールマネジメント)協力/岩手県花巻市観光課、盛岡広域フィルムコミッション
※本記事は『和樂』2023年12月・2024年1月号の転載です
※価格は2023年11月1日時点のものです