そんな春画の世界的なコレクターで、イギリス大英博物館の展覧会もサポートした浦上満(うらがみ みつる)さん。そして2025年夏なんと! ホストクラブなどを経営するSmappa!Group代表の手塚マキ(てづか まき)さんが、風俗店もたちならぶ歌舞伎町で浦上さんの春画コレクションの展示を企画している。さらに展覧会の会場構成を担当するのは、現代美術アーティスト、Chim↑Pom from Smappa!Groupの林靖高(はやし やすたか)さん。
こんな熱いコラボ企画はめったに生まれない! さっそく3人に、春画の知られざるパワーについて話をしてもらった。
日本の美術館では、なぜ今でも春画を避けるのか……GHQが関係している?
ーー浦上さんは2015年、当時細川護熙さんが理事長を務めていた永青文庫で、春画展を開催して大成功を収めました。しかしその時、春画の展示を拒んだ日本の美術館が多かったと。10年たった今、美術館の反応は変わりましたか?

浦上満(以下、浦上):春画展のチラシは置けない、という日本の美術館がいまだに多いですね。明治時代にうえつけられた価値観が根強いのかもしれません。欧米に倣って「性は隠すもの」という道徳が持ち込まれて、春画は「ポルノ」「エロ本」だから展示できないものと決めつけられてしまった。

手塚マキ:浦上さんの大量の春画コレクションを見せていただきました。たくさんの春画を見て、良質の美術品を鑑賞している気分になりましたね。ポルノだと誤解されているのが悔しいです。

浦上:日本の美術館の歴史も関係しているかもしれません。第二次世界大戦前に財閥は多くの美術品を収集していました。しかし戦後にGHQから財閥解体が命令され、財閥は美術館をつくって一般に収集品を開放した。今では美術館の運営は企業が支え、展覧会の協賛は新聞社が行うケースがあります。春画展を開催して、まわりから「美術館でポルノを展示するのか!」とクレームをつけられたら責任が取れないと、企業や新聞社が判断する場合もあるのでしょう。
林靖高(以下、林):今回の展覧会のグッズ制作でも、いくつかの業者が「春画のグッズは作れない」と断ってきたところがありました。春画に対する偏見やタブー視の構造は、10年たってもまだまだ更新されてないなと感じました。
浦上:日本で本屋に行けば、春画の出版物はたくさんある。一方で美術館関連では、いまだに春画がタブーとなっているという状況です。
春画とポルノの違いは何? 男女の“フラットな目線”があるか、ないか
手塚:ポルノは、男性からみた女性の性を描くものが多いと思います。一方的な表現で、女性が観たら不快になることもある。
▲一番左、眼鏡をかけているのが林靖高さん
浦上:そうそう。僕はポルノも決して嫌いではありませんが、春画はポルノとは異なることを伝えたいですね。春画はもともと「笑い絵」と呼ばれ、男女で一緒に見て笑うものでした。

林:春画からは、人間らしさも感じますね。
浦上:現代のポルノは少し暗いイメージもありますが、春画は明るくておおらか。たとえば、江戸っ子の家に魚屋が初鰹を届けに行って、その家の女性と関係を持つ、という春画があります。絵の背景には魚屋が家の前で鰹を捌く道具もある。「鰹を捌く前に奥さんが捌かれた」というオチ(笑)。しかも、女性が嬉しそうな顔している。それがまた明るい印象を受ける。
手塚:江戸の男女の人口比率は、圧倒的に男性のほうが多かったと聞きます。マーケティング戦略としては、人数の多い男性向けの春画を作ればいいと思ってしまう。しかし春画には、女性目線の内容も盛り込んでいるところが驚きです。
浦上:ポルノはどうしても男性主体で描かれがちだけど、春画は女性が堂々としていて、女性が見ても嫌な気持ちにならない。江戸は女性が少なかった分、立場も強かったかもしれません。江戸で夫婦が離婚をしても、女性はすぐ再婚できたという話もある。だから女性から離婚を切り出すことが多かったとか。そんな強い女性たちに「今を楽しく生きてほしい」というメッセージを込めて春画は作られたのかもしれませんね。
平安時代のカリスマ歌人・西行を元ネタにした歌麿の春画! 江戸っ子の教養と遊び心
浦上:僕がもっている喜多川歌麿の春画で先日、東京国立博物館に貸したものがあります。蔦屋重三郎が版元の《歌まくら》。

浦上:絵の中で男性が持つ扇子に「蛤に はしをしつかと はさまれて 鴫たちかぬる 秋の夕くれ」という宿屋飯盛(やどやのめしもり)の狂歌が描かれています。ハマグリは女性器の比喩。女性器に男性器がはさまれて…という狂歌です。
ーー本当だ! 扇子に書かれた文字をよく見ると、宿屋飯盛と書いてあります。大河ドラマ『べらぼう』で又吉直樹さんが演じる狂歌師ですね。
浦上:これは、新古今和歌集に載っている西行(さいぎょう※1)の和歌「心なき身にもあはれは知られけり鴨立つ沢の秋の夕暮れ」のパロディーです。
ーー西行の和歌は「風流をわかっていない自分だけれど、鴫が飛び立つ沢辺の秋の夕暮れには、『もののあはれ』を感じた」といった意味。
▲旅をする西行のイメージ/探幽/西行法師図/雅信模/東京国立博物館/出典:Colbase
浦上:宿屋飯盛の狂歌は、新古今和歌集への教養がないと理解できないし、知っていればより楽しめる。春画に描かれている男性もどことなく「心がない」、気持ちが入っていない感じもしますよね。

林:すごく知的で洗練された遊びだと思います。僕は1990年代〜2000年代に流行した渋谷系やヒップホップに影響を受けた世代です。古いレコードをサンプリングして新しい音楽を生み出す感覚に似て、おしゃれに感じます。
浦上:ほかにも、儒教のパロディーが春画にはあります。江戸時代、女性に向けて「幼にしては父兄に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従う」という儒教の教えが広まった。でも春画では、その教えをパロディーにしたものが作られたのですよ。春画をただのエロ本だと思い込んでいる人の発想が、貧弱だと思います。
美術館ではなく、歌舞伎町の雑居ビルで春画を観る意味
ーー最後に「新宿歌舞伎町春画展」に行ってみようかな、と考えている方にメッセージをお願いします。

林:10年前に浦上さんたちが試みた春画の価値の更新——その歴史は、定期的に語り継がれ、そして更新され続けるべきだと思います。むしろ今は、春画を通して、社会に内在する価値観そのものを具体的に問い直せる時代です。にもかかわらず、いまだ美術館で王道の企画が実現していない。だからこそ、ホストクラブや風俗店が軒を連ねる歌舞伎町という“メディア”から春画を発信する今回の展覧会には、大きな意味があると感じています。「新宿歌舞伎町春画展」というタイトルにできたことも、とても意義深いと。
浦上:美術館じゃなくて歌舞伎町という場で見るからこそ、感じられることもあると思います。
手塚:Chim↑Pom from Smappa!Groupが好きな人のなかには、浮世絵や春画を観たことがないという人も多い印象です。今回は林が会場構成を手掛けるので、これをきっかけに現代美術ファンの間でも、春画の魅力を知ってもらえるといいなと思っています。

林:逆に日本美術をよく鑑賞する方は、歌舞伎町に来たことがなさそうです。
浦上:たしかに。僕も今回の展覧会で初めて歌舞伎町のホストクラブに足を運びます。
林:今回は会場が2つに分かれています。第1会場は1941年、歌舞伎町に設置された能舞台(※2)。第2会場は休業中のホストクラブです。春画は好きだけど歌舞伎町に来たことがないという方は、街の中を歩いて、歌舞伎町の雰囲気も感じてほしいです。
浦上:春画を観て気分が落ち込む人はいない。今、日本全体が暗い空気でしょう。春画を観て元気になってほしいですね。
手塚:大量の春画を観ると、今の日本とは違うおおらかさを感じることもあります。なにかご自身の中の固定観念を壊したい、周りの価値観を疑いたいと少しでも思っていらっしゃる人にも、ぜひ見ていただきたいですね。
※アイキャッチ画像は、喜多川歌麿 《歌まくら》/天明8年(1788)/版元:蔦屋重三郎/浦上蒼穹堂蔵
新宿歌舞伎町春画展 文化でつむぐ『わ』のひととき
浦上満氏の春画コレクション 約100点を展示します。質・量ともに世界一とされる『北斎漫画』コレクターである浦上満氏の春画コレクションもまた、質の高さもバツグンです。本展初公開の作品も多数展示予定のため、新しい春画との出会いをお楽しみください。
さらに、林靖高(Chim↑Pom from Smappa!Group)のアートディレクションと新宿歌舞伎町能舞台という場所の特異性によって、春画の魅力を惹きだすとともに、歌舞伎町だからこそできる春画体験に誘います。

チケット購入ページ:https://artsticker.app/events/78839
会期:2025年7月26日(土)~9月30日(火)
休館:月曜日 ※ただし月曜日が祝日の場合は開館し、翌火曜日休み
月曜開館日:8月11日、9月15日、火曜休館日:8月12日、9月16日
時間:11時~21時/土日祝:10時~21時 ※入場は閉館時間の30分前まで
会場:新宿歌舞伎町能舞台(東京都新宿区歌舞伎町2-9-18 ライオンズプラザ新宿 2階)
アクセス:東京メトロ丸の内線・副都心線・都営新宿線新宿三丁目駅E1出口より徒歩3分、
西武新宿線西武新宿駅北口より徒歩8分
第2会場+グッズショップ(東京都都新宿区歌舞伎町1-2-15歌舞伎ソシアルビル 9階/新宿歌舞伎町能舞台から徒歩数分)
出展作品数:浦上蒼穹堂・浦上満コレクションより春画 約100点
チケット:【日時指定予約制】早割1900円(2025年7月25日23:59まで)、一般2200円
※障がい者手帳をお持ちの方とその介添者さまは1名無料
※本展は、事前予約制(日時指定券)を導入しています。オンラインサイトから「日時指定券」をご購入ください。
※当日、日時指定枠に空きがある場合は、事前予約なしでご入館いただけます。
※本チケットで新宿歌舞伎町能舞台+第2会場をご覧いただけます。
※受付は新宿歌舞伎町能舞台です。
※ご来館日に限り再入場可。
浦上満(うらがみ・みつる)プロフィール
幼少のころよりコレクターであった父、浦上敏朗(山口県立萩美術館・浦上記念館 名誉館長)の影響で古美術に親しみ、繭山龍泉堂での修行を経て1979年浦上蒼穹堂を設立。数々の展覧会を企画・開催し、日本の美術商として初めて1997年から11年間ニューヨークで「International Asia Art Fair」に出店し、Vetting committee(鑑定委員)も務めた。また2013年大英博物館で開催された春画展では「Shunga in Japan LLP」を設立し協力、2015年永青文庫での春画展開催に向けて尽力した。「北斎漫画」蒐集においては現在、質・量ともに世界一のコレクションといわれている。国際浮世絵学会常任理事、東洋陶磁学会特別会員。
http://www.uragami.co.jp/
手塚マキ(てづか・まき)プロフィール
歌舞伎町でホストクラブ、BAR、飲食店、美容室など20数軒を構える「Smappa! Group」の会長。1977年、埼玉県生まれ。歌舞伎町商店街振興組合常任理事。JSA認定ソムリエ。96年から歌舞伎町で働き始め、ナンバーワンホストを経て、独立。ホストのボランティア団体「夜鳥の界」を仲間と立ち上げ、深夜の街頭清掃活動をおこなう一方、NPO法人グリーンバードでも理事を務める。2017年には歌舞伎町初の書店「歌舞伎町ブックセンター」をオープンし、話題に。2018年12月には接客業で培った“おもてなし”精神を軸に介護事業もスタート。近著に、『新宿 歌舞伎町』(幻冬舎)がある。
林靖高(はやし・やすたか)プロフィール
2005年に結成したアーティストコレクティブ、Chim↑Pom from Smappa!Groupのメンバー。東京をベースにメディアを自在に横断しながら表現活動を続け、海外でもさまざまなプロジェクトを展開、世界中の展覧会に参加する。2015年、Prudential Eye AwardsでEmerging Artist of the Yearの最優秀賞を受賞。2022年には森美術館にて回顧展を開催。その作品はグッゲンハイム美術館やポンピドゥセンターなどをはじめとした国内外の美術館に多くコレクションされている。

