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Culture

2025.09.19

だんごとサツマイモの三角関係? 「芋」にまつわる江戸時代の爆笑物語集

芋。それは私たちの胃を掴んで放さない食材である。芋の歴史は古く、江戸時代にはすでに日本人に馴染みのある食材だった。その事実を物語るように江戸時代に大流行した大人向けの絵入り本、黄表紙には「芋」と名の付く作品が多くある。
今回は数ある「芋話」の中から厳選した物語を紹介。美味しくて笑える、ユニークな芋たちの活躍ぶりをご覧あれ。

『芋太郎屁日記咄』

ギャグ漫画みたいなタイトルである。話の内容も、かなり個性的だ。本作は、里芋ばかり食べる芋太郎が屁芸を広めるために屁国修行へ繰り出すという物語。ちょっとなにを言っているか分からない読者のために、あらすじをかいつまんで紹介しよう。

箕輪金杉の町はずれに暮らす夫婦が子芋のような男子を産み落とした。その子どもは産まれてこのかた、芋しか食べない。だから名前は芋太郎。そんな芋太郎の特技は屁芸である。
あるとき芋太郎は、鬼退治さながらに屁国修行に旅立つ。芋太郎は、芋総(下総)、芋つけ(下野)、屁ちぜん(越前)、屁ちご(越後)といった芋や屁でもじった地名を巡り、各地で見事な曲屁を披露する。

「東西々々、扨てこの芋食ひしまひまして、屁をひりまするところが、第一に三番叟屁、その次に至りまして淀の川瀬の水車屁、獅子のほら入りほら返し屁、猿猴の梢屁、ひだるいところへ食つたらよかん屁、腹の張る時ひつたらよかん屁、よかん屁よかん屁、曲屁の始まり、東西々々」

三萬三千三百三升の芋を食い、一ひりひると、その勢いのすごさに里の人三人が吹き飛ばされる。あるとき、その噂を聞きつけたある国の主が、はるばる日本へやって来た。宮中へ招かれた芋太郎が陽春白雪屁という曲屁をひると、屁の暖かみで帝の御秘伝の梅が開花した。

嘘か真か、芋太郎は実在したとされる放屁の見世物芸人から生まれた作品だという。主人公も突き抜けているが、物語もかなり奇抜だ。笑いだけでなく、当時は放屁が芸のひとつだったという学びまで得られる。放屁という少し品の悪い題材を無邪気に扱っているところにセンスを感じる。罪のない好作品だ。

『五人切西瓜斬売(ごにんぎりすいくわのたちうり)』

『五人切西瓜のたち売』(国立国会図書館デジタルコレクション)

『五人切西瓜斬売』は薩摩芋の男主人公の女性関係を描いた作品。物語には、薩摩芋のほかに大福や団子の名前を冠した登場人物が登場する。

大福餅公の家中の武士薩摩下芋兵衛は、主君の妾腹の菖蒲団子姫と相愛の仲になる。
「痩形にて筋は多けれども、訥子に似たる色男」と表現される薩摩下芋兵衛は、細身で端正な顔立ちとして描かれる。とはいえ、頭のてっぺんに乗っている薩摩芋のせいで色男というより、ひょうきんな男に見えて仕方がない。

そんな薩摩下芋兵衛に嫉妬しているのが、同僚の砂糖団子兵衛である。砂糖団子兵衛は、団子さながら「ごろごろところげるやうに太つた男」で「胸のやける敵役」だ(たしかに団子は食べすぎると胸焼けがする)。砂糖団子兵衛は薩摩下芋兵衛を「一山三文の青二才」と呼び、けなしている。

「薩摩芋といへば下卑た食物とばかり思へども、唐茄子、薩摩芋ときては女中の好く物にて、おさつなどゝと言はれて、至極女の贔屓多き物なり」

そう語るのは、かねてから薩摩下芋兵衛に想いをよせている菖蒲団子姫。きなこの大振袖に黒砂糖の帯をしめた、華やかないで立ちである。それを見る砂糖団子兵衛のこんがりとした熱いまなざし。砂糖団子兵衛が嫉妬しているのは他にも理由がありそうだ。
砂糖団子兵衛は薩摩下芋兵衛が気に食わない。なんたって、薩摩芋は安価で地味なくせに、その甘味で女性をたぶらかし、おさつなどと呼ばれてちやほやされているのだから。

薩摩下芋兵衛のほうも、安上がりで庶民的な自らの存在は承知のうえだ。

「この身は番太郎の店で、土器にのせられ砂まぶれになるとても、いとひは致しませぬが、殿のお許しのないうちは、とても及ばぬ恋にすつぽんのおこし落雁でござります」

たとえ皿の上で砂まみれ(焼き芋)になったとしても……と自らの境遇を語っている。他の誰も真似できない、渾身の芋ジョークである。

女性の注目を集める薩摩芋に団子が嫉妬するという、ナンセンスな構図がたまらなくおもしろい。なんといっても見どころは、主人公が西瓜を頭とまちがえて五人斬りするところだ。
ちなみに物語は薩摩下芋兵衛が砂糖団子兵衛に見事打ち勝ち、菖蒲団子姫を妻とし、たくさんの小芋を授かり、めでたしめでたし、で終わる。

『五人切西瓜のたち売』(国立国会図書館デジタルコレクション)

登場人物は全員もれなく食べものときている。ページをめくっているだけでも充分に楽しいが、ここに出てくる者たちは、当時の江戸市中の流行の食べものでもあった。

『芋世中(いものよのなか)』

芋好きとしては里芋、薩摩芋ときたら山芋もはずせない。

主人公は、里芋の一口(いっこう)。「里芋と言えば野暮のように聞こゆれどとんだ手のある芋男」と語られる、色男ならぬ芋男である。一口の父親は「どこの畠に行っても芋頭に立てられ」る人格者。この里芋親子に、山の芋を加えた三人は、芋名月(月見)で席を囲んで芋酒を片手に、とろろ汁やら山かけ豆腐やら芋づくしの料理を堪能する。
こういうふざけた設定を真面目に描いているのが芋話のおもしろいところ。

さて、山の芋は里芋の芸者、お里のもとへ連日通っていたが、あるとき一口とお里がただならぬ仲にあることを知ってしまう。そして一口を打ち倒す計画を立てるのである。

『芋の世の中』(国立国会図書館デジタルコレクション)

「一口と言ふ奴は芋師屋の娘とも芋事をしやぁがつた。芋々しい奴よ」と山の芋。山の芋は、年長者の長芋に協力を頼むことにする。長芋は「芋々(うむうむ)」うなずいてくれた。それを高みの見物する薩摩芋は、どうやら同じ芋でも別格の存在らしい。

一口とお里の仲は親芋に許されず(これがほんとうの畑違いの恋?)、二人は芋堀坊主を頼って芋妻(茨城県の下妻市)へ駆け落ちをする。二人の駆け落ちを知って川へ飛び込む山の芋は、なぜか鰻の姿に変化し、これを芋堀坊主がしとめる。最後には一口とお里は結ばれて、二人は鰻の蒲焼と芋田楽の商売を始めるのだった。

『芋の世の中』(国立国会図書館デジタルコレクション)

怒涛の展開に目が離せない作品である。
いまでこそ山芋と呼ばれるのが一般的だが、江戸時代では「山の芋」と呼ばれていた。そして『芋世中』は、里芋の主人公に対峙する山の芋の物語である。芋の世の中というだけあって、物語には13種類もの芋が登場する。誰も望まない芋同士の抗争が、ここにはある。

芋といえば、里芋

『倭名類聚鈔』(国立国会図書館デジタルコレクション)

山芋、長芋、薩摩芋、じゃがいも……家計に優しくて、お腹が膨れて、そのうえ美味しい。芋は、なんとも魅力的な食材である。とくに甘くてねっとりとした薩摩芋には、抗いがたい魅力がある。

芋と日本人の歴史は、古くて睦まじい。なにせ平安時代の辞書『和名類聚抄』に芋類の項目がすでにあるくらいだ。芋、山芋、零余子(むかご)、薢(ところ)、沢潟(おもだか)、烏芋(くわい)と6種類の芋が紹介されている。
世の中に芋の種類はたくさんあるが、芋といえば里芋である。というのは決して私が言い出したわけではなく、じつは江戸時代に「芋」といえば、ひとえに里芋のことを指していた。

ちなみに誰でも一度は耳にしたことがある「芋を食べるとおならが出る」というのは、現代の俗説でもなんでもなく、江戸時代からある通念だ。

黄表紙の芋たち

芋話のおもしろさは、なんといっても芋を絡めた巧みな表現にある。江戸時代の芋の代名詞だった里芋を主人公にしたり、女性に人気の薩摩芋が色男として登場したり、長芋が年長者の扱いをされていたり。
いろんな芋が登場する、ということも当時から芋が庶民に親しまれた食材だったことを物語っている。話のネタになるほど、人びとは芋を愛し、芋を食べ、芋に馴染んでいたのだ。

芋話は時代を飛び越えて、現代を生きる私たちでも思わず笑ってしまうほどユーモアに富んでいる。芋が馴染深い食材として食卓に並んでいるところも江戸時代から変わらない。読んでいると、まるで江戸の読者と一緒に笑っているような気持ちになれる。
とくに、薩摩芋が色男という設定がいい。芋は芋でも薩摩芋はほかの芋より、すこしだけ特別な存在なのだ。作者は女心と世相がよく分かっている。江戸の女性たちも「芋々(うむうむ)」と大きく頷いているにちがいない。

【参考文献】
花咲一男 「江戸あらかると」三樹書房、1986年
「森銑三著作集」中央公論社、1970年

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馬場紀衣

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。
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