戦乱の世が明けてさほど時間が経っていなかった江戸時代初期に、これほど心をときめかせる襖絵が描かれていたとは! 京都の妙心寺の塔頭(たっちゅう/大きな寺院の中にある小さな寺院)天球院で狩野山雪が描いた『籬(まがき)に朝顔図襖』(※)を目の当たりにして、そんな感慨に襲われた。大阪市立美術館で開催中の特別展「妙心寺 禅の継承」で、多くの寺宝とともに展示されている。狩野山雪は、美術史家の辻惟雄氏が岩佐又兵衛や伊藤若冲らとともに顕彰して再評価が進んだ「奇想の系譜」の画家6人のうちの一人。では、この襖絵はどのように「奇想」ぶりを見せているのだろうか。
本当にこんな形の垣根があったのか?
「籬 」は、竹などで粗く編んだ垣根を指す言葉。『籬に朝顔図襖』では、そこに朝顔の蔓 が蛇か何かのようににゅるにゅると絡んでいる様が、絶妙な風景を作り出している。

まずひとつの問いをこの作品に投げかけてみたい。はたして描かれた当時、本当にこんな形の籬があったのか、と。4枚の襖からなるこの面が、四方を襖で囲んだ部屋の一面の一部であることに思いを馳せてみる。部屋の中に座ってこの絵と向き合い、画面を右から左に目を移しながら見ていると、高い垣根が途中でがくんと落ちている。しばらく目を移すと、さらに一段低くなっている。この絵の籬は、四角形を組み合わせたパズルのようにも見える。なかなか興味深い造形だ。
形で遊ぶ狩野山雪
山雪は、形で遊ぶのが大好きな画家だ。本展に出品されている同じ天球院所蔵の『梅花遊禽図襖 』は、梅の木のくねり方が実に魅力的である。梅の木には現代の実物を見ても奇矯 な形を見せている例があるが、はたしてこの梅の木は実物を写生したものなのだろうか? 襖というサイズと縦横比が決まった媒体の中で、山雪は思いっきり遊んでいるのではなかろうか。

ここで『籬に朝顔図』の話に戻ると、山雪の造形の妙が改めて見えてくる。籬に関しても、形の面白さを楽しみながら描いているとしか思えないのだ。
山雪の描写の面白さは細部にも及ぶ。描かれた籬に近寄って見ると、その大半の部分で、竹が垂直方向と水平方向に細かく編まれていることがわかる。

筆者には、この細密な描きぶりがたまらない。美しさを求めて、嬉々とした表情を浮かべながらひたすら細かく描き込んでいた山雪の姿が目に浮かぶ。そもそも垣根自体は、「源氏物語」の中でも登場するなど、少なくとも平安の昔から存在する。垣根の隙間から恋い焦がれる相手を盗み見るといった意味で使われた「垣間見る」という風情のある言葉の由来となる構築物でもある。『籬に朝顔図襖』は襖絵ゆえ、もともと部屋の中に設置されているのだが、逆に外を「垣間見」たくなるような、逆説的な楽しみも持たせているのかもしれない。そのための窓のような部分さえ描かれている。
さらに注目すべきは、籬に蔓で絡む朝顔である。金箔張りで絢爛豪華。装飾性の高い画面の中で、朝顔の花や葉は意外とリアルに描かれている。こうして、籬だけでも、朝顔だけでも表現しえない美の世界を、山雪は創り上げているのである。
一人の女性のために描かれた天球院の襖絵
江戸時代後期は園芸が盛んだったことが近年多く検証されているが、『籬に朝顔図襖』は江戸時代初期の作品だ。描かれたのは1631年。豊臣家が滅びた「大坂夏の陣」から、まだ十数年しか経っていない。徳川家が幕藩体制を整えるのに躍起となっていたこの時期に、京都では花を愛でる貴族たちの文化が残り、また発展していたということにもなろうか。実に感慨深い。

妙心寺天球院は、姫路藩主、池田輝政の妹の「天球院(「天久院」とも)」という女性のために建てられた塔頭だ。建てたのは、岡山藩主だった甥の池田光政とその弟、光仲。建立されたとき、叔母の天球院は存命中だった。塔頭は亡くなった人の追善供養のために建てられることが多いというが、存命中に建てるとなると話が変わってくる。できるだけ快適に暮らしてほしいという気持ちをもってデザインされたということがあるのではないか。金箔貼りで絢爛豪華だが花を愛でる心をも喚起する『籬に朝顔図』は、天球院の喜びにあふれた日々を思い起こさせる。なんと思いやりのある貢物だったのだろう。天球院が亡くなったのは1641年。10年間ここで暮らすことができたのは、天球院に得難い幸せをもたらしただろう。
親子の虎が遊ぶ姿に心を和ませる
この展示を見て、女性の気持ちを慮ったと思われるモチーフが、天球院にもう一つあることに気づいた。『竹林猛虎図襖』に描かれた親子の虎だ。強さを象徴する虎は、武家の襖絵の定番だ。天球院もまた武家の女性ゆえ、虎をモチーフにした襖絵が設置されたのだろう。しかし、この襖では親虎と一緒に描かれた子虎があまりにかわいいのだ。

おそらくこの虎の親子は、父と子である。右のほうから母と見られる豹 の姿をした虎が、父子が遊ぶ様子を見ている。当時、豹は虎の雌と思われていたという。自分の尻尾で遊ぶ子を見る父と、少し離れた場所から見る母の眼差しは、ともにやさしい。当時日本に虎はいなかった。目の形状などから猫を参考に描いたと思われるが、心を和ませてくれる、慈愛に満ちた作品である。

禅寺の塔頭の襖絵が女性を慈しむ心から生まれた経緯は、実に興味深い。狩野山雪は『梅花遊禽図襖』の梅の木のようなエキセントリックな図柄を描いたことで知られているが、『籬に朝顔図襖』や『竹林猛虎図襖』に関してはやさしさがにじみ出ていることに、大きな共感を持てる。こうした表現もまた、山雪の「奇想」だったのである。
特別展「妙心寺 禅の継承」展覧会情報
展覧会名:興祖微妙大師六百五十年遠諱記念特別展 妙心寺 禅の継承
会期:2026年2月7日〜4月5日
※展示替えあり/前期=2月7日〜3月8日、後期=3月10日〜4月5日
会場:大阪市立美術館
公式ホームページ:https://art.nikkei.com/myoshin-ji/

