和樂webに集う動物スタッフの面々も、熱心に視聴している様子。そこで、よりドラマを楽しむための座談会を開催! スタッフ内で歴史のエキスパートとして信頼の厚い「チワさぶろう」君に、「ラッコ太郎」&「ニワトリ子」が、疑問の数々を質問してみました。これを読むと、歴史的な背景がわかりますヨ。
好き勝手に喋る、編集部村の動物をご紹介

◎参加メンバー
◆ラッコ太郎:『晴天を衝け』で大河デビューしたひよっこ大河ウォッチャー。以来、毎週テレビの前で待機するリアタイ勢。太郎だけど実は女子。(座談会ではラコ太と表記)
◆ニワトリ子:映画が大好きなニワトリ。劇場鑑賞でポップコーンを食べることが日課。和文化初心者だけど興味津々で目下勉強中!(座談会ではトリ子と表記)
◆柴犬:大河ドラマ大好きワン子。ティーンエイジャー時代は、周囲がアイドルに熱中する中、時代劇一筋を貫いた強者。自他共に認める、ミーハー。
◆チワさぶろう:歴史とラーメンをこよなく愛するチワワ侍。大河ドラマなど時代劇好き。(座談会ではさぶろうと表記)
ええ!!顔も見ずに結婚?
トリ子: 戦国時代は、結婚するまで顔を合わせなかったと聞きますが、本当ですか?
さぶろう:そうですね、親同士で先に決めてしまっているケースが多いですし、基本祝言まで顔を合わせません。『豊臣兄弟!』で、お市と浅井長政(あざいながまさ)の祝言の場面がありましたけど、初めて顔を見た感じだったでしょう? でも、これは身分の高い人たちのことですけどね。
トリ子:顔も見ないで結婚……。当時の人たちにとって、結婚って、どんな意味合いがあったのですか?
さぶろう:家と家との結びつきが重要で、その家同士が協力関係になる意味合いが大きかったですね。子孫を残して、家を絶やさないという。庶民よりも武士階級、武士のなかでも身分が高くなるにつれて、この傾向が強くなります。
トリ子:娘が生まれたとして、何歳ぐらいで結婚が決まったのですか?
さぶろう:これは一例ですけれど、織田信長の娘の五徳は、5歳の時に、徳川家康の息子・信康の許嫁になっていますね。
トリ子:ええ!! 今で言う幼稚園児の年齢ですよね。じゃあ、結婚と言っても、一緒に遊んでいるような?
さぶろう:そうです、そうです。一緒に庭を駆け回って遊んでいる感じ。五徳と信康は同い年なのです。五徳は5歳で許嫁となり、9歳で嫁いでいますね。やがて大きくなって、本来の結婚になるという、まあ、幼なじみと結婚するような感じでしょうか。

部下が結婚をお膳立て!?
ラコ太: 親同士ではなくて他の人が決める結婚もあったのですか?
さぶろう: 家臣がお膳立てをすることはありました。例えば、信長は斎藤道三の娘の濃姫と結婚していますが、信長を子どもの頃から支えていた平手政秀(ひらてまさひで)という家臣が間に入ったと言われています。まあ、最終的な決定は信長の父親によると思いますが、実務的なことをやって、相手の了解も得てという役割を担ったのは、全てこの人。力関係でいうと、当時は信長は尾張の国のごく一部しか治めていなくて、一方道三は美濃一国を治めていて、全然対等な関係ではなかったのですよ。でもうちの信長様は、将来有望ですから、お嬢さんをいただきたいと、言いに行くわけです。
ラコ太: 部下の方で、この人と組んで欲しいと考えて、結婚を進めるのですね。結婚は、同盟を結ぶ最終的な手段だったのでしょうか?
さぶろう: 同盟は誓約書を取り交わして契約を結ぶのですが、簡単に破棄もできてしまう。それが婚姻を結んで親戚関係になると、血のつながりもできますよね。同盟も簡単に破れなくなるので、強化する目的での婚姻だったのだと思います。そのため、同盟と婚姻はワンセットの場合が多かったです。
ラコ太: なるほど、そうだったのですね。
さぶろう: それから、斎藤道三が濃姫を信長に嫁がせる時に、短刀を渡したという伝説があります。「もしも信長が誠にうつけであれば、これで刺し殺してしまえ」と濃姫に言ったところ、「承知しました。ただし、ことの次第によっては、父上に向けられるかもしれません」と濃姫は返答します。すると、道三は「うん、それでいい」と笑ったというのですね。まあ、これは嫁ぐ身として、両家の橋渡しをするんだぞということを、濃姫に試したのだと思います。そして、娘も心得ていたというエピソードですね。
▼斎藤道三と濃姫について気になった方は、こちらの記事をお読みください
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お市と浅井長政は政略結婚だけれど、愛し合っていた?
ラコ太:お市が手紙を書く場面で、実家への内通を疑われていましたが、実際にそういうことはあったのでしょうか?
さぶろう:当時、嫁ぎ先から実家へ手紙を書いて渡すということは普通にありました。送られてきた手紙を読んで、どのような状況なのかを知る感じですね。スパイということではなくて、ちゃんと嫁ぎ先でうまくやっているのかを知るという意味です。これは、今と変わらないかもしれませんね。今だと電話になりますが。
ラコ太:ドラマでは長政のお父さんが、お市に対して冷たいですよね。
さぶろう:お市と長政は政略結婚だったのですが、父の久政は賛成ではなかったのです。浅井家は朝倉家に世話になってきたという経緯があるので、気兼ねがあったのですよ。そのため、急速に勢力を拡大する信長と手を組むことには消極的だったのでしょう。朝倉家側からすると、うちがあるのに、ポッと出の信長と手を組んでと思ったでしょうし、メンツを潰されたわけです。
ラコ太:そうだったのですね、でも結局は長政は信長と敵対する関係になってしまって……。
さぶろう:長政も、あのお父さんがいなかったら、敵対したかどうかもわからないですね。結婚は自分の意志を通したけれど、最終的には父の思いを無視することができなくなってしまった。結婚した時には、朝倉家を攻めないという取り決めもあったのですが、まあ、信長ですからね。約束を破って、朝倉義景(あさくらよしかげ)を攻めていったわけです。
ラコ太:お市は、とても辛かったでしょうね。兄である信長と夫の長政との間に立つことになってしまって。
さぶろう:ドラマの中で、お市が小豆袋を託す場面がありましたよね。信長へ両端を紐で縛った小豆袋を陣中見舞いとして送って、袋のネズミだと危機を知らせるという。こうして長政の裏切りを示唆したわけですが、史実としては怪しくて、恐らく江戸時代に誰かが考えた話だと思います。でもよくできた逸話ですよね。お市の、衝突する前に気づいて欲しいという気持ちが伝わってくる場面でしたね。
柴犬:あのエピソードは、脚本家が考えたのかと思っていました! でも、事実ではないのですね。そして、結局お市は長政を支える方を選ぶわけですね。
さぶろう: もう、子どもも生まれてましたしね。長政はお父さんの反対を押し切って結婚したわけですが、お市との夫婦仲はとても良かったようです。
柴犬:政略結婚だったけれど、2人は愛し合っていたのですね!
▼お市の方が気になった方は、こちらの記事をお読みください。
『豊臣兄弟!』で宮崎あおい演じるお市。母として妻として歩む波乱の生涯とは
正妻はいわば、副社長のポジション?
トリ子: 政略結婚する時に、姉妹がいた場合は、どのように選ばれたのでしょうか?
さぶろう: まあ、年齢順が一般的ですが、相手の状況があるので、あくまでも相手に適した人が選ばれる感じですね。例えばですが、長政とお市の間には3姉妹が誕生していて、長女が茶々、次女は初、三女が江(ごう)です。この茶々が後に秀吉の側室になって、淀殿と呼ばれるわけですね。側室になったのは、14歳から15歳ぐらいと言われています。真ん中の初は、秀吉の仲立ちで京極家へ嫁ぐのが18歳の時です。そして末っ子の江が、やはり秀吉の仲立ちで佐治家へ嫁ぐのですが、これが11歳の時です。お姉さんの初よりも早く嫁いでいるのですよ。
トリ子: 必ずしも順番通りではなかったのですね。
さぶろう: そうですね、相手次第で順番も変わる感じです。
ラコ太: 例えば未亡人と結婚することは、嫁ぎ先として格が落ちるとか、気にすることはあったのでしょうか?
さぶろう: それは、全くないです。未亡人でも実家へ戻れば実家の格がその人の背景になりますので。ちなみにお江は3回結婚していますが、バツ2でも豊臣家の養女だぞと言われたら、問題ないわけです。要するに奥さんを通じて豊臣家と親戚になることが大事なわけで。
柴犬:チャラになるんですね!
さぶろう: それに、当時は病気で簡単に死んでしまったり、合戦で旦那が死んでしまったりするケースが多いから、未亡人は珍しくないのですよ。
ラコ太: 現代とは感覚が違いますよね。女性は嫁いだ先での立場はどうだったのでしょうか?
さぶろう: 正室で嫁いだ場合は、立場的にはかなり重要なポジションになります。次の跡取りとなる男子、まあ自分の子どもであることが多いですけど、その教育係は正室の役割です。また夫が戦いに出て留守の間は、家の中をとりまとめるのも、正室がやります。
トリ子: へー、何だか副社長みたいな感じですね。
歴史を知ると『豊臣兄弟!』の登場人物が身近に感じられる
ラコ太: 私は戦国時代に対して苦手意識があって、学生時代に学校の教科書を読んでも、怖い印象があって、スルーしていたのです。でも、こうやって当時の女性の立場とか心境を紐解いていただくと、自分に重ねられて、生きている歴史という感じがしました! 戦だけではなくて、そこで懸命に生きていた人たちがいたのだと、理解が深まった気がします。
トリ子: 戦国時代の身分の高い女性は、子だくさんで親戚がいっぱいいた方が強いみたいな、そしてその子どもが利用されたり。ドラマよりも史実はよりシビアだなと思いました。結婚までは相手の顔が見られないのもビックリしましたし。でも、そんな中でも、結構したたかに頑張っていた女性も多かったのかなと思いました。
さぶろう: 今回は身分の高い人たちの結婚事情をお伝えしましたけれど、身分の低い人たちは、当時も恋愛結婚で結ばれています。豊臣秀吉と、正妻の寧々(ねね)もそうですし、前田利家とまつも恋愛結婚です。また武士のなかでも明智光秀は、側室を生涯持ちませんでしたし、竹中半兵衛もそうでした。
柴犬:戦国の激しい時代に、純愛を貫いた武士もいたのですね!
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アイキャッチ:浅井長政夫人像 森田亀太郎模 (https://colbase.nich.go.jp/)

