尚、聞き手はオフィスの給湯室を、国宝級の茶室に見立て抹茶をたてる「給湯流茶道(きゅうとうりゅうさどう)」。「給湯流」と表記させていただく。
日本の着物の文様は国内で完結していない。世界との交流で育んできた美的センス
給湯流茶道(以下、給湯流):着物の文様というと、「日本古来の伝統的なもの」というイメージがあります。
木村むつみ(以下、木村):着物の文様は、知れば知るほど非常にインターナショナルな世界です。
給湯流:インターナショナル、ですか?日本固有の四季折々の植物や伝統模様という印象があるのですが……。

木村:歴史をひもといていくと、海外に源流を持つデザインも多いのです。日本の着物の文様は決して日本国内だけで完結したものではありません。シルクロードや各地との交流を通じて、世界の様々な文様や文化が伝わり、日本の染織文化の中で展開してきた背景があります。学べば学ぶほどそれが本当に面白くて。
唐草模様の元ネタは、古代ギリシャ?
木村:例えば奈良時代、仏教文化の伝来や大陸との交流を通じて、中国や朝鮮半島などからさまざまな文様が日本へ伝わりました。その中には、インドや西アジアなど、さらに西方に源流を持つものもあります。
給湯流:西方に源流が!興味深いです。
木村:代表的なものが、正倉院に残されている宝物、特に染織品に見られる文様ですね。なんと今でも、着物や帯の文様として扱われています。
給湯流:正倉院といえば、ペルシャ(現在のイラン周辺)で作られたガラスの器など“シルクロード”の印象があります。

木村:ガラスだけでなく、「唐草模様」や「葡萄唐草」などにも、シルクロードを通じて伝わった文様の系譜が見られます。
給湯流:昔の泥棒が背負った風呂敷の柄、あれもシルクロード経由?
木村:ルーツをたどれば、そうなのです(笑)。蔓(つる)草が伸びていく唐草の源流の一つは、古代ギリシャやローマ、西アジアあたりのパルメット文様などに由来すると言われています。葡萄唐草は「豊穣」や「繁栄」などを象徴する文様としても今でも好まれています。
給湯流:ギリシャ!
何気ない鳥と花の柄、じつは超絶エキゾチック?
木村:他にも「花喰鳥(はなくいどり)」という柄があります。鳳凰やオウムなどの鳥が口に花や枝をくわえた文様です。そのルーツをたどっていくと、ササン朝ペルシャなど西アジアで盛んだった鳥の文様につながっていきます。

給湯流:オウムですか!かなりエキゾチックな印象を受けますね。
木村:花喰鳥のような鳥の文様は、シルクロードを通じて大陸から日本へ伝わり、日本の文化のなかでも独自の展開を見せます。たとえば、鶴が松の枝をくわえた「松喰鶴」という文様も生まれ、日本らしい意匠として定着していきました。
清少納言も“異国”を感じた植物が、着物の文様に
木村:エキゾチックといえば、「棕櫚(しゅろ)」(※1)という植物の文様です。ヤシの仲間で、大きな葉を広げる姿はどこか南国的ですよね。平安時代の『枕草子』にも棕櫚が登場します。清少納言は棕櫚を「唐めきて」と書いているようです。

木村:清少納言は、唐風でどこか異国を感じさせる植物として見ていたようです。「わるき家の物とは見えず」ともあり、身分の低い家にあるようなものには見えない、どこか特別な印象を持つ植物だったこともうかがえます。
給湯流:清少納言の時代にも、棕櫚があったのですね。

木村:写真にある大正時代の衣装は、なんともエキゾチックなデザインですよね。面白いのは、棕櫚の文様だけでなく、それを見て「異国」を感じる感覚まで、時を超えて長く受け継がれているように思えることです。
戦国時代の斬新なストリートファッション
木村:戦国時代の武将たちも、珍しい舶来の布や素材を陣羽織などに取り入れていました。

木村:江戸時代には着物に、「ビロード(ベルベット)」の襟をつけたファッションで歩く人物が描かれている絵もあります。その後、町人文化の発展とともに、さまざまな流行が生まれていきます。
給湯流:現代からみても斬新なスタイルですね。
木村:当時の人々は、異国文化を感じさせる意匠や素材も装いに取り入れ、楽しんでいたようです。
江戸時代、値段を高くしたら売れた?日本人を魅了したインドの布
木村:江戸時代初期には、オランダやイギリスの東インド会社がアジアで交易を広げていきます。この時期に日本に入ってきたものの一つが、インドなどで作られた木綿の染色布である「更紗(さらさ)」です。さらに、更紗はやがて日本でも作られるようになり、舶来のものを楽しむだけでなく、「和更紗」として独自に展開していきます。

給湯流:江戸時代初期に、インドと交流してたとは!
木村:江戸時代初期、平戸にいたイギリス人(※2)が書いた『イギリス商館長日記』という資料があります。そこに当時の日本人について驚くような記述があるのです。
給湯流:え?
木村:日本人は好奇心が強く、新しいファッションや珍しい絵柄を好む、という趣旨の記述があります。当時、売れ行きのよくなかった布も、逆に値段を上げてみたところ、「本物だ」と思ったのか、よく売れたという話です。インド産の綿布についても、実用性というより、新しく珍しいファッションや絵柄が好まれたと記されています。
給湯流:現代のヨーロッパ高級ブランドに対する日本人の心理と似ていますね(笑)
一年中いつでも楽しめる「アール・ヌーヴォー」のデザイン
給湯流:「海外の文様を取り入れて新しさを楽しむ」という着物の歴史を踏まえて、木村さんは現在どのようなデザインに取り組まれているのでしょうか?

木村:私は今、更紗や洋風のデザインなど、異国の意匠を楽しむ着物や帯を制作しています。その一つが「アール・ヌーヴォー」風のデザインです。ただそのまま使用するのではなく、現代のファッションとして、どう表現すれば着物を楽しんでもらえるのか、それをいつも考えています。
給湯流:アール・ヌーヴォー!自然の造形や有機的な曲線美を特徴とする19世紀末ヨーロッパの芸術ですね。
木村:実はアール・ヌーヴォー自体、当時の日本から西洋へ渡った浮世絵や工芸品といった「ジャポニスム(日本趣味)」の影響も受けて発展したといわれています。
給湯流:日本美術がヨーロッパに渡り、今度は日本に戻ってきて着物の柄になるとは面白い循環ですね。
木村:異国風のデザインをおすすめする理由はもう一つあります。現場で最近、お客様からよく聞くのが、「季節を問わずに着られるデザインの着物が欲しい」という声です。

給湯流:日本の着物といえば、季節の柄を大切にするイメージがありますが……。
木村:そうなのです。季節の草花を装いに取り入れて楽しむ感覚には、日本の着物文化ならではの美意識を感じます。だからこそ大切にしたい。でも、「この植物の柄は何月に着ていいのですか?」「季節外れになりませんか?」と心配される方も多くて、それが着物を楽しむハードルになってしまうのは、すごくもったいないと思うのです。
給湯流:季節を問わず楽しめる着物というと、洋風のデザインが向いているのでしょうか?

木村:いえ、季節を問わず楽しめる着物は、洋風のデザインに限りません。むしろ木村染匠が得意としている振袖や留袖、訪問着などは、式典の装いとして季節を問わず着られるよう、古典文様や伝統文様を中心に、文様の取り合わせや構成に配慮してつくられています。実は正倉院文様や更紗なども、こういった式服の意匠に取りいれられています。
給湯流:インドや西アジアの文様が入っている!面白い。
木村:一方で、私が得意としているのは、もう少しカジュアルな場面で楽しむおしゃれ着です。更紗やアール・ヌーヴォーなどの意匠を取り入れて、季節にとらわれすぎず、その人らしく楽しめる着物や帯をつくりたいと思っています。

給湯流:同じ「季節を問わず」でも、フォーマルとおしゃれ着では文様の考え方が違うのですね。
木村:そうですね。おしゃれ着はフォーマルな装いとは違い、自分が主役になって良いファッションです。私は蛍光色やコントラストの強い色など、ちょっと奇抜な配色もたくさん使って描いています(笑)
給湯流:蛍光色!自由で楽しそうです。
木村:ご家族から受け継いだ大島紬や無地の着物をお持ちではありませんか?そこにこういったインパクトのある帯を合わせると、また着物の印象が変わって面白いかもしれません。
給湯流:ミックスしてもいいのですね。
木村:着物の文様は決まりごとが多くて難しいと思われがちですが、歴史をひもとけば、異国から伝わった文化や意匠も取り入れながら、さまざまな表現を生み出してきました。受け継いできた美意識を大切にしながら、新しいものに挑戦する。そんな着物の楽しみ方があってもいいのではないかと思っています。
給湯流:着物の歴史に、まさかのインターナショナルな要素があることを知りびっくりです。
木村:異国から伝わった文様を取り入れるときには、その文様がどこから来たのか、どんな歴史や文化があるのかも大切にしたい。そこにある文化へのリスペクトも含めて楽しむことを、私自身も大切にしていきたいと思っています。
木村染匠株式会社
創業約80年、京都で手描き京友禅のキモノをプロデュース・制作する染匠。
格式ある古典柄やフォーマルを受け継ぐ一方、モダンな意匠のキモノや帯も手がけ、
伝統を現代の感性で表現している。一人ひとりの好みや希望に合わせた、お誂えキモノも手がける。京友禅で培った技術やデザインを、洋装や和雑貨、装飾合わせ硝子などの建材・インテリアにも展開している。経済産業局長賞ほか受賞歴多数。伝統工芸士、京都市「未来の名匠」認定職人が在籍し、少人数での工房見学や京友禅のワークショップも行っている。
染色作家・木村むつみ(木村染匠)
福井県越前市出身。京都精華大学芸術学部で日本画を学び、2009年より京友禅作家・高橋峰陵氏に師事。2018年に独立し、宝石とドレスをテーマにした着物ブランド「Bleuet. 自分で自分に贈るキモノ.」を立ち上げる。2021年より木村染匠株式会社に所属。「非日常とときめくキモノ」をコンセプトに、伝統的な京友禅の技法を大切にしながら、鮮やかな色彩や絵画的な表現、洋の意匠などを取り入れ、ドレス感覚で楽しめるキモノや帯を制作する。「オシャレは乙女の戦闘服。自分を誇りに思う一着を。」を信条に、着る人の心がときめき、自信につながるものづくりを目指している。経済産業大臣指定伝統的工芸品・京友禅(手描部門)伝統工芸士、京都府「京もの認定工芸士」(京友禅)、京都市伝統産業「未来の名匠」。
木村むつみさんの京友禅ワークショップ
[伝統工芸士に教わる友禅ワークショップ/京都市]伝統工芸士の染色作家・木村むつみさんを講師に、友禅染の工程の中でも、最も華やかで作品の印象を決定づける「彩色」の工程を、実際に体験いただけます。場所は京町家のクラフト施設「有閑堂」。2026年10月には本格的な財布を制作する特別な回も開催予定(お預かりしてお仕立て後1〜2月ころにお渡し予定)
詳しくはこちら
https://peatix.com/event/4984823

