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2020.01.28

実は乙姫と結婚してた!?純愛ラブストーリーとしての「浦島太郎」

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昔むかし、浦島は助けた亀に連れられて竜宮城へ来てみたら、絵にも描けない美しさ。おなじみ「浦島太郎の歌」はそんな歌詞からはじまる。その後の展開はご存知の通り。乙姫様にご馳走に、お土産に玉手箱をもらって帰ってみたら知らない人ばかり。心細さに箱を開けると、中からは白煙。浦島はたちまちお爺さんになってしまうのだった。

そんな浦島太郎の物語は神奈川県や長野県など日本全国に残されている。
そのひとつ、京都府北部の丹後半島、伊根町と網野町には『丹後国風土記(たんごのくにふどき)』にもとづいた浦島太郎の伝説が残されている。

『丹後国風土記』は浦島説話を詳細に記した現存する最古の文献で、逸文なので残念ながら原書は残されていないのだが、それよりも気になるのは物語の内容だ。
読んでいると、どうも主人公は浦島ではなく乙姫なのでは?と思えてくるのだ。しかもこの乙姫様、ずいぶん、いやかなり恋に積極的な女性として描かれる。

今回は、言わずと知れた女主人公、乙姫様の激しくも一途なラブストーリーを追ってみよう。

「浦島太郎」はラブストーリーだった?

丹後の国、筒川村に筒川嶋子(つつかわしまこ)という容姿端麗な若者がいた。
ある日、嶋子は一人で海に小船を浮かべて釣りをしていた。しかしいっこうに魚が釣れる気配がない。あきらめかけていたところ、1匹の亀が釣れた。不思議だなあと思いつつ嶋子はいつの間にか寝てしまった。

しばらくして目を覚ますと、なんと釣った亀は美しい乙女に姿を変えている。
嶋子「あなたはどこから来たのですか」
乙女「あなたが一人で釣りをしていたのでお話ししたいと思い、風や雲に乗ってやってきました」
嶋子「その風や雲はどちらから」
乙女「私は天上の神仙の国から来ました。疑わないでください。あなたと親しくしたいのです」
嶋子に一目ぼれした神の娘。嶋子へのアプローチはとどまることを知らない。
乙女「私は永遠にあなたのそばにいたいと願っています。あなたの返事を聞かせてください」
嶋子「私のほうこそあなたを愛しています」
そして乙女は、海の彼方にある蓬山の国へと嶋子を誘うのだった。

人と神との出会いに喜ぶ乙女の家族。しかし…

大きな島に着くと、そこはたとえようがない美しい場所だった。一軒の立派な宮殿の門の前に着くと子供たちがやってきて「この人は亀姫様の夫になる人だ」と話している。
嶋子は、乙女の正体は亀姫で、この立派な宮殿のお姫様だと知ったのだった。
宮殿の中に入ると、乙女の両親が出迎え、兄弟姉妹、幼い娘らと一緒にご馳走を楽しむ嶋子。そしてこの夜、二人は夫婦となった。

神仙の世界で現世を忘れるほど楽しい時を過ごす嶋子。いつしか3年の時が流れていた。妻となった乙女が浮かない顔をしている理由を尋ねると、嶋子は「故郷が懐かしいので、少しのあいだ故郷に帰らせてほしい」と申し出る。夫の告白に悲しむ乙女。「あなたと私は永遠に一緒に暮らすと誓ったではありませんか。あなたは私を一人を残して帰ってしまうのですね」と涙を流して止めるが、嶋子の思いが固いことを理解し別れることを決心したのだった。

結婚までした相手との別れの日。乙女は玉手箱を渡すのだった

出発の日、乙女は嶋子に美しい玉手箱を渡して言った。「この箱をあなたに差し上げましょう。また私に会いたいと思うのなら決してふたを開けないでください」

嶋子は決して開けないと約束し、故郷へ帰った。さて、浜に戻った嶋子は見たことのない景色に驚く。しかも、村を離れていたのは3年間だと思っていたのに実は300年も経っていた。ふたたび乙女に会いたくなってきた嶋子。いてもたってもいられなくなり、約束を忘れてふたを開けてしまう。すると若々しい嶋子の体は風雲にさらわれるようにして、天空に飛び翔っていってしまった。

別れた男を想って歌う乙姫の歌が切ない…

お気づきだろうか。
嶋子は話の最初から箱をあけてお爺さんになる瞬間まで、乙女に流されっぱなしなのだ。一方の乙女、嶋子を実家に誘いその日のうちに両親に合わせ、結婚まで持ち込む手腕をみせる。この積極的なアプローチはなかなか真似できない。しかも、まるで男女が逆転したような新婚生活。嶋子はどこか情けない。

ちょっと愛が重いような気もするが、そこは純情な神の娘。彼女は別れてなお嶋子を想い、雲の間を飛びながら次のような歌を歌っている。

「大和へに 風吹きあげて 雲放れ 退き居りともよ 我を忘らすな」
(大和の国のほうに風が吹いて雲が離ればなれになるように、たとえ私とあなたが隔たっていようとも、私を忘れないで)

この世に天地がある限り、太陽と月が輝いている限り、私はあなたを愛しつづけます。そう告白した言葉の通り、神の娘は嶋子への愛をいじらしくも最後まで貫いてみせたのだ。

そして、この物語を聞いた後の世の人が二人の歌に合わせて歌を詠んだ。

「水の江の 浦嶋の子が 玉匣開けずありせば またもあはましを」
(浦島の子が玉手箱を開けなかったら、また神の娘に会えたのに)

昔話は民族の心を映す鏡

日本神話の最高神がアマテラス(天照)大御神であることや、邪馬台国の卑弥呼に代表されるように女性を祀るというのは、ほかの主要な神話ではあまり見られないものだ。
厳しい規律を課す男とちがって、優しく守るという女性ならではの性格がそうさせるのだろうか?

アマテラス大御神の弟神のスサノオノが、大御神が高天原で丹精こめて作った稲田をめちゃくちゃに壊して、そのうえ神聖な宮殿を汚したときも、アマテラス大御神は咎めずに許した。
『丹後国風土記』でも神の娘は、「開けないように」と何度も約束させた玉手箱を嶋子が開いてしまったときに、責める代わりに愛の言葉を響かせた。

神話には、それぞれの民族のありかたと性格がよく表れている。日本人のものである日本神話には優しさがある。嶋子と神の娘との物語にも、優しさが表れているように感じる。

時代によって内容を変化させてきた浦島太郎物語

時田史郎(著)、秋野不矩(画)「うらしまたろう」、日本傑作絵本シリーズ、1974年

時代と共に変化してきた浦島太郎物語には、いろんなパターンがある。
奈良時代では積極的なカメと結婚するが、平安時代の浦島は釣り上げた亀から変身した美女(神女)と結婚し楽しく仙人生活を送る。これはちょっと大人向けの物語になっている。
江戸初期にかけて、おなじみのキーワード「乙姫」「竜宮城」「玉手箱」が登場し、明治時代になると私たちのよく知る浦島物語が展開されるようになる。いじめられていた亀を助け、乙姫様からお礼をもらい、お爺さんとなってしまうのだ。

個人的には、仙人時代をエンジョイする平安時代の浦島物語が好みだが、皆さんはどうだろうか?

書いた人

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。