今回のコレクションの中核に据えられたのは、ディオールの原点であるオートクチュールの精神と、日本の伝統工芸との出会いです。西陣織、京友禅、引き染め、そして帽子制作の手技。いずれも、その道を極めた日本の職人たちとの協働によって生まれた作品の数々が、東寺の庭に姿を現しました。
このコレクションで重要な役割を果たした日本の職人たちとのコラボレーションに焦点を当て、それぞれの工房が生み出した独自の技術がどのように作品に反映されたのかをご紹介します。
西陣織の名門・龍村美術織物の時代を超えた美意識
西陣織の名門として知られる「龍村美術織物」。1894年創業のこの工房は、伝統の意匠と現代の感性を自在に行き来しながら、唯一無二の織物を生み出してきました。今回、ディオールのウィメンズ クリエイティブ ディレクターであるマリア・グラツィア・キウリが選んだのは、「早雲寺文台裂」と「宗薫緞子」。いずれも古典文様をもとにした意匠を、現代的な解釈で再構築したものです。
ディオールと龍村美術織物の関係は1953年にまで遡ります。当時、クリスチャン・ディオールは京都でのショーに龍村の織物を採用し、三つのルックを発表しました。それから72年、両者の関係はふたたび動き出しました。
職人たちは、単に美しい布を作るだけでなく、その奥に秘められた歴史、そして時代へのまなざしをもって、布に生命を宿します。
田畑染飾美術研究「素描友禅」による桜の情景
京友禅の世界で高く評価されている、五代目・田畑喜八氏を中心とする田畑染飾美術研究。今回、東寺の庭でバイオリンを奏でたLiliyo Tsujimura氏の衣装に使われたのは、田畑氏による「素描友禅」の技法でした。手描きで一筆一筆、絵を描くように染め上げられるこの技法は、江戸時代から続く京友禅の本質を体現するものです。
Liliyo Tsujimura氏の衣装に使われた作品には、藍色の桜が咲き誇り、そのなかにアクセントとして赤色である「珊瑚朱」の桜が散りばめられています。藍という色について、田畑氏は「空のようであり、海のようである、もっとも自然で抵抗のない色」と語りました。その言葉通り、藍は作品全体に穏やかさと深みを与え、見る人の心に静かな余韻を残しました。
田畑氏は、「お召しになる方が主人公で、着物が主人公ではない。お召しになる人を考え、あまり色を使わずに仕上げている」とも語っています。この姿勢は、マリア・グラツィア・キウリが掲げる「衣服は着る人の個性を引き立てるべきであり、その内面を表現するものであるべき」というデザイン哲学とも通じるものがあります。両者のアプローチが共鳴し、印象的な作品が仕上がりました。
色彩の呼吸を描く、福田喜の「引き染め」
1927年に創業された福田喜は、引き染め、刺繍、箔加工といった高度な技術を代々受け継いできた工房です。
今回のコレクションでは、布を長く張り、水で湿らせた状態で染料を丁寧に染み込ませるという、高度な技術が用いられました。布の張力を巧みに活かすことで、微細なグラデーションが生まれ、まるで空の色が移ろうような繊細な表現が実現しています。
引き染めは、染料の濃度、湿度、気温、職人の手の動き、すべてが一体となって完成する技法です。そのため、機械では再現できない絶妙なゆらぎが生まれます。この人間的な不確かさこそが、見る者の心を打つ美しさを生み出すのです。マリア・グラツィア・キウリも「色を通して着物の伝統を精緻に表現する、卓越した工房」と称賛しています。
サワ ヴォーターズの帽子に宿る、異文化の調和
帽子作家サワ ヴォーターズは、ディオールのヘッドピースを手掛けるスティーブン・ジョーンズに師事した経験を持ち、その影響を受けながらも独自の感性で帽子をデザインしています。今回のコレクションでは、日本の伝統文化への深いリスペクトを込め、笠からインスピレーションを得た帽子を制作しました。
透ける黒の編み紐でモダンに仕上げられた帽子には、異なる文化の融合と、日本の職人の手の温もりが宿っています。日本の伝統的な技術に対する敬意が込められたこれらの作品は、単なる装飾品にとどまらず、作り手の思いが詰まった「かたち」そのものと言えるでしょう。
京都から始まる、ディオールの新たな物語
今回、ディオールが東寺で発表した2025年フォール コレクションには、日本の職人たちが長年磨いてきた技と、メゾンが大切にしてきたものづくりの精神が力強く共鳴していました。
1953年にディオールが京都でショーを開催して以来となる、日本の工芸との本格的な共同制作。72年ぶりとなった京都での発表において、メゾンのオートクチュールの精神と日本の技術は、それぞれの強みを生かしながら新たなコレクションを形づくりました。会場となった東寺という特別な場所も含め、文化的にも大きな意味のある取り組みであったと言えるでしょう。
伝統とは、守るだけのものではなく、繋いでいくもの。今回のコレクションを通じて、ディオールはそのことを確かな力で私たちに伝えました。
タイトル画像/ ©CECY YOUNG